会議が終了し別室に移った魔王とゼノビア。テーブルにはカップに注がれた黒色の液体が揺れる。
「ゼノビアちゃんお帰り~、怪我とかしなかった?いや、本当ごめんね、突然偵察に行ってこいなんて言っちゃって。
でもさ~、他に頼めそうな子がいなくてさ~。
ドルイドもエカテリーナもジークバルドもみんな魔王の座を狙ってるじゃん?
機会があれば即大暴れってタイプじゃん?そんなのが他国に行ってごらん、すぐに戦端が開かれちゃうよ?
その点ゼノビアちゃんはちゃんと言った事を守ってくれるからね、本当助かってるわ~。
で、実際どうだったのよ、オーランド王国は。時間的な事を考えればさっき話に出たグロリア辺境伯領辺りで急いで引き返して来たって感じ?」
先程までの態度とは打って変わり途端フレンドリーになる魔王、そんな魔王の態度に額に手を当て大きなため息を吐くゼノビア。
「陛下、いつも言ってますがそのふざけた口調はどうにかなりませんか?威厳と言うものがあるでしょう、威厳と言うものが。
他の者に示しが付かないと何度言えば分かっていただけるのですか」
「え~、いいじゃん別に。謁見の間ではちゃんとやってたっしょ?ほら、使い分け使い分け、それにあんまり堅苦しいのは肩が凝るって言うか?柄じゃないし?
俺頑張ってるのよ?」
そう言い肩を竦める魔王アブソリュート。
ゼノビアはそんな魔王の姿を見ながら思う、この御方はケビン殿の言った魔王分類ではどの魔王に当たるのかと。
その絶対的なカリスマと溢れる膨大な闇属性魔力、共に戦場を駆け抜け多くの敵を
それ程までに魔王は隔絶した力を身に付けている。
だがその本質はいたって平凡。元は開拓村の生まれであったアブソリュート、家族を守る為、村の者を守る為戦って戦って、気が付けばその範囲は拡大し、配下も増え、各部族との同盟も結び暗黒大陸を一つに纏め上げるに至った。
何時だか本当に休む暇のない百年であったとぼやく魔王の姿を見た事がある。
家族の為、村の者の為、守るべきものが増え魔王と名乗らざるを得なくなった者、それが魔王アブソリュート。
その本質を知るが故に絶対の忠誠を捧げる剣将‟絶剣のゼノビア”。
‟それが何であれ、我が道は変わらず”
ゼノビアは未だぶつぶつと愚痴を言う魔王に対し、改めて敬意の念を抱くと共に忠誠を誓うのであった。
「で、ゼノビアちゃんが負けちゃったと、純粋な剣技で。その後とんでもない覇気を纏った化け物の様な大人二人をのした後、村中の男衆を吹き飛ばしていたと。
何そのとんでもない少年、将来どんな化け物に育つのよ」
「いえ、既に授けの儀は終えているとかで本人は青年と言い張っていますが、いかんせん見た目が。背伸びをしている子供にしか見えないものでして。
しかしその実態はとても辺境の村人とは思えない智謀と推察力を持った武の化け物、とても私如きでは御し切れるものではございませんでした。
私の後継は彼しかいないと思っていたのですが」
そう言いカップに口を付けるゼノビア。
これは魔国の特産ココアコの実を焙煎して粉にした物にシューガールと言う植物系魔物から取れる砂糖を溶かしたもの、ほんのりとした苦みと甘さが癖になる。
「う~わ、大陸にもそんな化け物がいるのかよ~、全然楽出来ないじゃん。
今度の遠征も暗黒大陸の魔国を正式な国家として認識させる為の一手、力無き言葉は誰にも通じないからね。
それにバルカン帝国はヤバいでしょう、暗黒大陸に国家があるなんて知ったらあいつら絶対攻めてくるじゃん。そうなったらうちの連中嬉々として戦争始めちゃうじゃん。
ジークバルトの空軍ですら相当にヤバいのよ?そこに海軍でも出来た日には世界征服戦争を始めてもおかしくないのよ?
そんなのされたら俺に休む暇が無くなるっての、マジ勘弁して」
机にぐてっと突っ伏して“こんなはずじゃなかった”とぼやく魔王に苦笑の浮かぶゼノビア。
「で、報告はそれだけじゃないんでしょ?何か冒険者風の若者を連れて来てるって話が上がって来てるんだけど?」
魔王の手は長い。この魔王城にいながらにして暗黒大陸中の情報を手中に収めると言われる手腕こそが、独立心の強い各民族を一つにまとめ魔国を魔国たらしめている一因であろう。
「お耳の速い事で。先程申し上げたケビン殿の弟でジミーと申す者となります。己を鍛えたいと武者修行を申し出られましたので、連れてまいりました。
道中副官のメルルーシェと何度か手合わせをしたのですが、完全に手玉に取られてしまいました。おそらく本気の私とやり合ってもいい勝負をするかと、それ程までに冴えのある剣技の持ち主でございます」
「ブッ、なにそれ!?そのマルセル村って所は化け物の養成所かなにかなの?話の中に化け物しか出て来ないんだけど?」
「う~ん、そうとも言えるのかもしれません。村人全員が<覇気>と<魔纏い>の使い手だと言っていましたし、村の中を魔物が平然と歩いてましたから。
雰囲気は魔国のそれに近いのやもしれません。
それとこれはケビン殿よりお預かりした品になります。
魔王陛下に対する献上品だそうです。小物入れにどうぞと申しておりました」
それは一見何の変哲もない小さな皮袋。
「これは・・・マジックポーチになっているのか?」
「はい、魔力注入により収納量が増える仕組みで出し入れ出来るものの大きさも一メート四方に改良したものだそうです。お摘みやワインを仕舞える様に時間停止機能も付いているとの事でした」
「ほう、この様な見た目であるのになんと無駄に高性能。
そのケビン、相当に遊び心の分かる青年とみた」
そう言い暫く楽し気に皮袋を弄っていた魔王はピタリと動きを止め、お付きの者に急ぎ鑑定士を呼ぶようにと伝える。
「魔王陛下、お呼びでしょうか」
「おぉ、ロンダート、忙しいところ済まぬ。ちとこの皮袋を鑑定して貰えるかな?献上品のマジックポーチであるのだが」
呼び出された鑑定士は魔王から皮袋を恭しく受け取ると、早速とばかりに<鑑定>と唱える。
「・・・・」
「どうした、何か問題でもあったのか?」
「・・・いえ、その問題と言えば問題なのですが、その」
いい淀む鑑定士、魔王はそんな彼に良いから申せと言葉を促す。
「はい、では申し上げます。そのマジックポーチですが、素材がドラゴンの皮で出来ております」
「「・・・はぁ!?ドラゴンの皮!?」」
思わず素で応える魔王とゼノビアに、鑑定士は頷きで返す。
「こちらが鑑定結果でございます」
言い差し出された鑑定用紙に二人の視線が注がれる。
<鑑定結果>
名前:村人の皮袋
詳細:村人が利便性を考えて作り出した皮袋。縦横一メート四方の入り口を持つマジックポーチになっており、容量は魔力依存。
時間停止機能付きの逸品。
素材:エンシェントドラゴンの皮・精霊女王の糸
製作者:ケビン・ドラゴンロード
「「・・・・・」」
「どのような経緯で献上された品かは存じませんが、国宝級の逸品、大事にされた方がよろしいかと」
「うむ、相分かった。手間を掛けたな、下がって良いぞ」
「ハッ、失礼いたします」
慇懃に礼をし、部屋を下がる鑑定士。残された魔王とゼノビアは、鑑定結果に頭を抱える。
「ゼノビア、これどう見る?」
「おそらくこの品をくださったケビン殿本人はただの好意かと。ですがケビン殿がエンシェントドラゴンの皮と精霊女王の糸という素材を手に入れる事が出来る事、それだけの強さを持っていると言う事を示しています」
「だよね~、エンシェントドラゴンの皮って。
いてててて、ごめん、誰か胃薬持って来て~」
使用人に胃薬を頼む魔王、片や冷や汗の止まらないゼノビア。
‟ヤバイ、私革のチョッキ貰っちゃったんだけど?あれってコレよね?って事はとんでもない逸品って事?下手に表に出したら大騒ぎになること間違いなしよ?
ジークバルドの馬鹿が聞いたら絶対マルセル村に突貫かますわよ?そうしたら確実に素材にされちゃうわよ?
というか魔国が敵国認定されて滅ぼされちゃうわよ?
よし、黙っておこう。メルルーシェにもよくよく言い含めておこう。見た目はただの革のチョッキだし”
こうしてゼノビアは自身が貰ったお土産について秘匿する事を決意する。この決断が後に自身の命を救う事になるのだが、その事をこの時の彼女は知る由もないのであった。
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「はぁ、まぁいいんですけどね?どうせうちの連中がバカみたいに突っ掛かって行っただけでしょうから。
強い者を見つけたら取り敢えず戦ってみるってのが暗黒大陸の気質ですから、面倒とは思いますが勘弁して下さい」
そう言い頭を下げるメルルーシェに「気にしないでください、楽しかったですよ?丁度いい運動です」と返すジミー。
‟ゼノビア様の精鋭たちがちょっとした運動でこの有様”
改めてマルセル村の無茶苦茶加減に頭を抱えるメルルーシェ。
「それではこれからジミー殿が魔国で自由に移動出来る様にする手続きを行います。簡単に言えば冒険者登録です。
無論大陸の冒険者組織とは無関係ですが、その仕組みを模した組織と考えてください。
移動中にも話しましたが魔国が暗黒大陸を統べていると言っても完全な一枚岩ではありません。多くの部族や地域と同盟関係を結び、傘下に収める事で争いを抑え込んでいると言った所が実情です。
この暗黒大陸と言う灰汁の強い土地を治める事は並大抵ではありません。‟力こそ全て”、この考え方がまかり通っていると言う事も事実ですから。
曲がりなりにも平穏な日々が送れるのは全て魔王様のお陰と言っても過言ではないのです。
そうした意味では、未だ戦乱の終わらぬ土地と言えるのかもしれません。
そうは言っても魔物の脅威は人の事情などお構いなしですから、魔物を討伐する者を優遇するのはどの部族でも共通、冒険者ギルドは必要不可欠と言う訳です。
ランクはD・C・B・A・Sの五つ、納品した魔物の強さによって決まります。要はどの程度の魔物迄なら倒せますと言った基準がランクと言う訳です。
Dランクは初心者ランクでオーク迄なら倒せると言う意味です。
Cランクでオーガやミノタウロス、オークキング、一人前と呼ばれるのはここら辺です。
Bランクでレッサードラゴンやバトルホーンラビットでしょうか。ベテランと呼ばれる人たちですね。
Aランクでワイバーンやグリフォン、やはり空飛ぶ魔獣の討伐は難しいですから。シーサーペントとか言う海の魔獣もAランクですね。
Sランクはそれ以上、Sランクが負けるのなら仕方がないと言うのが暗黒大陸の常識です。Sランクの者を倒すような魔物は災害指定され、周辺住民に退去勧告が出されますから。
ここが冒険者ギルド本部ですね、暗黒大陸の冒険者組織の中枢です」
ジミーが案内された先、魔法レンガ造りの四階建ての大きな建物、質実剛健と言った重厚感が醸し出されるその場所には、多くの冒険者が集っている。
「失礼、剣将旗下副官のメルルーシェと言う。“武勇者”のギルド登録を頼みたい」
ギルド受付ホールで告げられたメルルーシェの言葉に、その場にいた多くの冒険者の目が背後に控えるジミーに集中する。
ある者は値踏みをする様に、ある者は獲物を見る様に。皆の関心はジミーの強さ、その一点に向かっていた。
「メルルーシェさん、その“武勇者”とは一体なんでしょうか?
初めて聞く言葉なんですが」
「あぁ、これですか?ジミー殿の様に武者修行に訪れた者の総称ですね。
“武勇者”は金銭よりもいかに強い魔獣と戦う事が出来るのかと言った事を優先する。安全よりも強敵を求める戦闘狂、この大陸に住む者にとっては有り難い事なんですが、ギルドとしてはそうした者には積極的に討伐を行って欲しい。
仕事の斡旋と受注の関係を最初から明確にする事でより良い関係を築くための制度、それが“武勇者制度”なんです。
一応試験がありますのでそのつもりでいてください」
メルルーシェの言葉にブルルと身を震わせるジミー。それはジミーの求める修羅の道、口元が自然愉悦に歪む。
「なんの騒ぎだ。ん?メルルーシェじゃないか、久し振りだな」
「あら、ウインダム、いいの?副ギルド長がこんな所でサボってて。また秘書のマリアーナさんに怒られるわよ?」
「サボりじゃねえわ、休憩だわ。そんで、ほうほう、そっちの若いのが“武勇者認定”を受けると、面白い。
手前ら、久々の“武勇者”だ。挑みたい奴は地下闘技場に集合だ!」
副ギルド長の掛け声に我先に闘技場へと走る冒険者たち。ある者は観客として、ある者は試験官役として。
「相変わらず冒険者はお祭り好きね。自分から痛い目に遭いに行こうってんだから気が知れないわ」
「まぁな、それが冒険者って奴らだ。で、そっちの若いのは得物はどうする?見たところ丸腰だが」
「あぁ、俺はこれを使う」
そう言い収納の腕輪から普段使いの木刀を取り出すジミー。
「おいおい、そんな棒切れでってそれトレントか?それもただのトレントじゃないだろう!
エルダー、いやまさか、エンシェント!?」
「ブフッ、ジミー殿、それってそんな高級素材だったんですか!?それを木刀って、魔法職の者が聞いたら血の涙を流しますよ!?」
メルルーシェの言葉に乾いた笑いを浮かべるジミー。
‟ケビンお兄ちゃんは側にいなくてもケビンお兄ちゃんだった”
実兄のとんでもなさを異国の地で思い知らされ、改めて“理不尽な存在”だと思うジミーなのでありました。
この後試験官として集まった冒険者たちを瞬殺し、メルルーシェから“あの兄にしてこの弟あり”と思われる事になるとは露知らずに。
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora