魔境、それは人類が踏み込んではいけない隔絶した土地。
濃厚な魔力、凶悪な魔獣、その地を訪れて生きて帰る事の出来た者は一生の幸運を使い果たしたと言っていいだろう。
多くの者がその地に眠る高級素材を求め、挑み、そして散って行った。
人々の欲望を刺激し死へと
(「魔境、その実態」序文より抜粋)
「頼みたい事があるってどう言う事ですか?清掃依頼?はぁ、分かりました。すぐにお伺いいたしますので」
それはホーンラビット牧場で厩の掃除をしている時に齎された。
「パトリシアお嬢様、すみません。ちょっと急用が入ったんで暫く留守にします。後の事は月影に聞いて下さい。
十六夜、仕事サボるなよ?お前目を離すとすぐ女衆の集まりに参加してるだろう、最近はカミラメイド長とジョンさんの大人の恋が熱いって駄目だからね?無理やりくっ付けようとしないの、温かく見守りなさい!
月影、馬鹿の面倒を頼む。俺はアナさんとメアリーお母さんの所に顔を出したら出掛ける。断りを入れないと後が怖いからな」
俺は上司であるパトリシアお嬢様に断りを入れると、家で子育てと料理の勉強をしているアナさんと母メアリーに断りを入れ、急ぎ依頼人の待つご自宅、フィヨルド山脈に向かうのでした。
「どうも、酒屋兼清掃業者のケビンです。何か掃除の依頼と言う話ですが、垢取り場に目詰まりでも起きましたか?
前回掃除してからまだ一年半くらいしか経ってないと思うんですけど?」
俺は渓谷沿いにある巨大洞窟の奥に進み、依頼人に言葉を掛ける。
“うむ、ケビンよ、わざわざ済まないな。今度の件は我の家の事ではないのだ”
どうも雲行きが怪しくなって来たなと思いつつ、最強生物の話に耳を傾ける。耳と言っても実際は頭に直接響いて来るので関係ないんですけどね、ほぼ強制ですし。
話の内容は単純であった。久方ぶりに知人から念話が入り、近況などについて談笑していたところポロッと俺の話題になったらしい。
長年使っていてゴミだらけになっていた垢すり場を綺麗にして貰ってスッキリした事、目詰まりの無くなった垢すり場の快適な使い心地について。
“痒い所を確り掻けるのは最高だと言ったら是非自分のところも綺麗にして欲しいとか言い出してな。
相手は人間だと言ったのだが仕事さえこなしてくれるのなら構わないとか言い出してな。あ奴は昔から地元の人間に信仰されてるから、あまり人間に対する忌避感が無いのやもしれぬ”
百番百番、掃除屋ケビン君、それなりに需要があった様です。
“であるからしてケビンに掃除の依頼を頼みたいのだが、どうだろうか?”
どうだろうかと言われましても私に拒否という選択権はございません。最強生物直々の依頼、断れる人物がいたら見て見たい、俺は無理だ。
「はい、そう言う事でしたら。ですがどちらに向かえばよろしいのでしょうか?」
“ふむ、では我が其の方を乗せて「騒ぎになりますのでご勘弁を。お話では人里が近くにありそうですので」・・・であるか、
ではこ奴に頼もうか”
最強生物が暫く黙ったかと思うと、洞窟の入り口から何やら大きな物音が。振り返ってみればそこには大きなワイバーンの姿が。
“こ奴は我の配下のワイバーンであるな。ワイバーンにしては頭の良い個体でな、気に入って我の血を分けておる。お陰でこうして念話で呼び出す事も出来る。
ケビンに向かって貰う友人の
ではケビン、よろしく頼むぞ”
そう言い俺に出発を促す最強生物。ワイバーンは‟ほれ、若いの。背中に乗りな”とばかりにこちらに背を向ける。
「えっと、それじゃあよろしくお願いします」
裸馬と言う言葉があるが、裸ワイバーンで空中飛行って・・・。
こんなん無理やろ、速攻落ちるって。
<浮遊>があるから死なないけど、なんなら黒鴉を使って飛べるけど、迷子になることこの上なしですから。
俺は急ぎ魔力糸を展開、ワイバーンと自身の下半身を固定、最強生物に見送られながら空の住人となるのでした。
―――――――
“へ~、昔はあの最強生物に何度も挑んでボコボコにされまくったんですか。チャレンジャーですね~。
若かっただけ?イヤイヤイヤ、度胸が違いますって、俺絶対無理ですもん。
そんで血の盃を分けてもらって舎弟になったと、漢だな~”
え~、
推定上空七千メートルの快適なフライト・・・ってめっちゃ寒いんですよ、吐く息が凍るんですよ、バナナで釘が刺せますっての。
最初は良かったんですよ?魔力纏いで結構平気ですし、雲の上にはよく行ってましたから。
ガーディンさんどんどん上昇するんだもん、あのフィヨルド山脈が遥か下ってどんだけなのよ。急ぎ結界を展開、癒しの覇気で身体を保護しましたとも、魔力纏いを貫通する寒さってどんだけって感じですよ。
あっ、ガーディンさんてのは俺が付けた呼び名です。ワイバーンさんってのもなんか呼び難いんでガーディアン(守護者)からもじってガーディンって呼び名を付けさせていただきました。
だってガーディンさん、普通のワイバーンの三倍くらい大きいのよ?最強生物の胸くらいあるのよ?
ドラゴンの一種って言われても違和感ないくらいの迫力よ?
これも血の盃を頂戴した影響なんだろうな~。(遠い目)
で、そんな上空でおしゃべりなんて出来ませんのでね、‟念話”って奴に挑戦したって訳です。
あれですよ、あれ。あなた様とか最上生物がよくやる奴、頭がキンキンする奴。
あの人たち矮小な人間のこと一切考慮しないんだもんな~。人の頭は小さいのよ?脆弱なのよ?こう出力を押さえてですね。
そんな不満が多々あった
波長で飛ばしてる訳じゃないんで相手の脳を揺さぶらずクリアな会話を実現、今回みたいな飛行中の意思疎通には最適な方法でございます。
離れた相手に対する会話もいずれは確立したいと思ってるんだけど、魔力感知範囲外はちょっと難しそう。相手位置の特定に思念の送信、その辺はスキルには敵わない点ですね。
業務連絡って超便利。
“え~、ドラゴンって更に上空を飛ぶんですか?この辺でも相当空気薄くなってますよ?まともに息出来るんですか?
やっぱ最強生物ってスゲー”
ガーディンさん曰く普通のワイバーンは雲の下か雲に入ったくらいを飛ぶんだとか。普段俺が黒鴉で飛行しているくらいの高度が一般的だそうで、飛行距離も然程ではないとの事。
まぁ確かにワイバーンが渡り鳥みたいに飛び回ってるって話はあまり聞きませんしね。
ガーディンさんの場合今の身体になって相当に能力が上がったとの事です。
“あっ、そろそろ到着ですか、ありがとうございました”
楽しい時間はすぐに過ぎると言いますが、それでも大分日が傾き始めてるので結構な時間飛んでいたんでしょう。
目的地である山脈が見えてまいりました。
上空から見ると山の裾野に都市が広がっており、山側には神殿のような建物が見えます。山岳信仰ならぬドラゴン信仰が行われている証拠ですね。
ドラゴン饅頭とかドラゴンの置物とか売ってるんだろうか?すっごい気になる。
なんかこう出張先で土産物屋を覗きたくなるって感じ?
真面目にやれって上司に怒られちゃう奴。
でも今は我慢我慢、クライアントが待っておりますから。
相手は最強生物の御同類、気を抜いて良い相手ではありません。
俺は頬をパンパン叩くと自らに気合を入れ直し現場へと向かうのでした。
“いらっしゃ~い、待ってたのよ~。あなたがお掃除屋さんね?もう私ったらそう言った片付けって苦手で、すぐ物が溜まっちゃうのよ~。
まぁ人間が沢山くれるってのもあるんだけどこれって昔からの癖って言うか貯め症って言うか?
よく言うじゃない?ドラゴンの塒には金銀財宝が貯め込まれているって、あれ分かるわ~、凄い分かるわ~。
もうね、習性?そう、習性なのよ、生き物としての特質なのよ、私は悪くない!!”
「・・・・・」
到着早々挨拶もどこへやら、行き成りのマシンガントークって、ドラゴンの威厳は何処へ行った?
あなた様は沢山の信者様を抱える御神体様なのでは?信仰の対象がそんなに軽くていいのか?
俺は頭を抱えたい衝動に駆られつつも、本来の目的である仕事の話を切り出すのでした。
「初めまして、ご紹介を受けてまいりました普人族のケビンと申します。それでご依頼の掃除なんですが?」
“そうそう、掃除して欲しいのは脱皮場なんだけど、もう垢が溜まっちゃって、今じゃ岩がちょこっとしか出てないのよ。
爪でコリコリしようにもイライラしちゃって駄目、私あの手の細かい作業苦手なのよ~。
前の塒の時にそれで思わずドラゴンブレスぶちまけて塒ごと壊しちゃった事があってね?仲間内じゃ笑うやら呆れるやらで。
ここって私の事を祀ってる人間がいるじゃない?流石にそんな者達がいる前で癇癪を起こす訳にもいかないって言うか、恥ずかしいじゃない?
かと言っていつまでもこのままってのもね。
奥になるから付いて来て”
そう言い俺の事を案内する依頼人。なんか本格的に清掃業者になった気分です。
人との接触が多いからかめっちゃ人間臭いって言うか、おばちゃん臭いって言うか?
まぁ仕事は仕事、さっさと熟しますか。
“ここなんだけど、どうにかなる?”
それは以前見た事のある垢すり場によく似た場所。
って言うかなんか折れた大木とか明らかに違う生物の死骸とか混じってない?
「あの~、なんか色んなものが挟まってる様なんですが?」
“あぁ、これ?この木っていい匂いがするでしょう?
垢すりの時に身体に擦り付けてたのよ。どうせならサッパリしたいじゃない?
他の仲間にも勧めたんだけどあまり理解して貰えないのよね~。
で、このゴミはサッパリ
・・・ゴミ屋敷だ。
片付けられないなんてもんじゃない、そりゃ目詰まりも起こすっての。
ここに来るまでも通路の周り中何かが落ちてたもんな~。
「それじゃ早速片しますんで、少し下がって下さい」
俺はゴミ山(ごめん、この惨状で資源とかお宝って言えない)に向け闇属性魔力を放出する。
ゆっくりと染み込ませるように、まるで洗濯洗剤が衣類の繊維と繊維の間に入り込んで汚れを浮かせ取るかのように。
割れた岩の欠片も結構あるのでそれも回収するように意識して。
“ブフッ、えっ、何、この人間、こんな濃厚な闇属性魔力って。
堕天使?もしかして人に擬態した堕天使なの!?”
後ろで何か言ってますが取り敢えず無視、指定が終わったら一気に回収。
「<収納>」
一瞬にして消えるゴミ山、そして闇属性魔力を消し去ると何と言う事でしょう、そこには美しく輝く新品同様の垢すり場が。
これには依頼人もびっくり、思わず感嘆の叫びを上げられておりました。
“えっ、何、えっ!?凄い凄い、これよこれ、この美しさ、これこそが私に相応しい脱皮場よ~♪
ちょっとごめんなさい?”
“ゴロンッ、ゴリゴリゴリ”
ぬわ~!!行き成り何するんじゃい!!
嬉しそうに尻尾をブンブン振るな~!死ぬわ、死ぬ。
新品同様になった垢すり場に我慢出来なくなった依頼人、その場で使い心地を確かめられちゃいました。
尻尾をブンブン振り回すもんだから弱い部分の岩が飛ぶ飛ぶ、これだけで一国の軍隊壊滅するから、マジ勘弁して。
“あ~気持ち良かった~。もう最高、蕩けちゃいそう”
何か湯上りの御婦人の様な事を仰る依頼人、御満足いただけた様で何よりです。
それとこれは恒例なんでしょうか?いつもの如く“棘”が出て参りまして・・・。俺は「これ、どうします?」とばかりに地面に並べるのでした。
“あ~、これこんな所にあったのね、無くしたと思ってたのよ~”
それは一際大きな、父ヘンリーのクレイモアに匹敵する様な一振り。
依頼人はそれをひょいと摘まむと“歯の間の詰まりを取るのに便利なのよね~。前に脱皮場をどうにかしようとした時に置き忘れちゃったのね、失敗失敗”と仰るのでした。
どうやらそれは“棘”ではなく“楊枝”だったようです。
「では依頼はこれで終了と言う事で“ちょっと待って、他にも片して欲しい場所があるの”・・・」
そう言い依頼人が顔を向ける先、それは何やら怪しい気配が漂う洞窟の向こう側。
「・・・了解いたしました。参りましょう」
俺は“行きたくね~~~~!!”と言う気持ちをグッと堪え、ゴミ屋敷の清掃に取り掛かるのでした。
本日一話目です。