オーランド王国王都バルセン。
王国経済の中心地、王国文化の発信地。王国民の憧れの地であるこの街は、いま老若男女を問わず一つの話題に包まれていた。
「いよいよ今日出発だってな、俺これ程の軍勢の進軍を見るのって初めてだわ」
「そりゃそうだろうよ、こんなの王国の歴史を見ても数えるほどしかないんじゃないのか?
北方の大貴族シュティンガー侯爵家、南方の要リットン侯爵家、東の大穀倉地帯を有するバルーセン公爵家。オーランド王国を代表する大貴族家が揃い踏みってそうそうある事じゃねえだろうがよ」
王都民たちは口々にこれから行われる一大イベントについて話し合う。
彼らが興奮するのは無理もない、これより始まるのはオーランド王国の貴族、それも侯爵家という重責にありながら国を裏切り、自らを大公と名乗り公国独立宣言を行った逆賊デギン・ダイソンの討伐なのだから。
正義は我にあり、王都民たちは自ら名乗りを上げ正義を行おうとする貴族諸侯を称え、吟遊詩人は歌にし、歌劇場では今度の討伐軍の活躍を題材にした演劇が公演された。
王都は熱狂と興奮に包まれ、各貴族への期待と王家に対する忠誠は日毎に高まって行った。
「皆の者、これは討伐である。国内に巣食う反乱分子の排除である。だがしかし、その背後にあるもの、それはバルカン帝国の干渉であり侵略。
我々は、オーランド王国は奴らの侵攻を決して許さない。
我に続け、オーランド王国の威光をバルカン帝国の連中に見せ付けてやるのだ!」
「「「「応~~~~~~~!!」」」」
王宮前広場、そこには今回の討伐に参加する貴族軍の数百と言う騎馬が揃い、出発の時を待つ。
彼らはそれぞれの部隊の代表であり、王都街門を出た大平原には補給部隊を含めた十数万と言う大軍勢が進軍の号令を待つのであった。
演台の上から騎馬隊を見下ろし檄を飛ばしていたリットン侯爵は、彼らの返事に満足気に頷く。
貴族間の話し合いの末討伐軍の先陣を勝ち取った彼は、既に戦後の褒賞について計算を巡らせていた。リットン侯爵家はオーランド王国南西部国境付近に位置する大貴族、スロバニア王国との交易街道を押さえる国の要所。
戦の褒賞として交易関税の何割かを貰う権利を手に入れるだけで、莫大な利益が望めると言うもの。
“クックックックッ、ダイソンの田舎者が何やら画策しているという噂は聞いてはいたが、まさかこんな事になろうとはな。
我らの為に自ら進んで敵役になってくれるとは、中々に見どころのある男であったと言う事か。
簡単に滅んでくれるなよ、我らの評価に関わるからな?
精々無様に踊って死んでくれ”
リットン侯爵の中では既に勝利は確定事項であり、後はどの様な形で勝利するか、自らの見せ場をどう作るのかに考えはシフトしているのであった。
「臣下の者ども、此度は大儀である。難しい事は言わん、己が使命を全うせよ。
全軍、出撃!」
「「「「国王陛下の思し召しのままに」」」」
“パッカパッカパッカパッカ”
男達は進む、それぞれの思惑を胸に秘めて。
「「「「オーランド王国、万歳!オーランド王国、万歳!」」」」
街道で見送る王都民たちは叫ぶ、彼らの勝利を信じて。
オーランド王国は動き出した。バルーセン公爵家当主セオドア・フォン・バルーセンを総大将とした貴族連合による討伐軍と、逆賊デギン・ダイソン元侯爵を首魁とする公国軍との戦いの時は、刻一刻と迫っているのであった。
―――――――
「出発したな。ヘルザー、此度の戦、お前はどう見る」
貴族連合軍の出立を見送り国王執務室に戻ったゾルバ・グラン・オーランドは、側仕えに入れさせた麦茶を口にしながら着座する宰相ヘルザー・ハンセンに声を掛ける。
「そうですな。結論から言えばかなりの痛手を被るかと。
あ奴らは幾ら此度の戦がバルカン帝国との代理戦争であり帝国の最新兵器が投入されると言って聞かせても、右から左でしたからな。こうした事は一度痛い目を見なければ理解出来ないものかと。
それよりも総大将のバルーセン公爵の動きです。全体を仕切る総大将と言う立場を得る事でその発言力を益々強くするでしょうから、今後は国の運営に今迄以上に口出しして来るやもしれません。その方が問題かと」
宰相の言葉に大きなため息を吐く国王ゾルバ。本来であれば自ら出陣し指揮を執りたい所ではあったが、それは宰相をはじめとした多くの者に止められてしまった。
国家の顔たる国王がたかが地方貴族の造反に顔を出してはいけない。他国への名目上国内のいざこざであると言い張る以上、体面と言うものは重要となる。
小さな問題、大した事ではない、ならば王家が直接動く訳にはいかない。王家に連なる者である公爵家が付く事で王家として国内の問題に本気で取り組んでいるという体裁は整う。
その者の実力云々ではなく、面子や体面を気にしての配置、貴族政治とは本当に面倒だ。
グラン国王は大きくため息を吐きながら話を続ける。
「して、北西部地域の動きはどうだ?此度の招集に彼らは動かなかったのであろう?」
「はい、“影”の耳目からの報告によりますと、グロリア辺境伯家、ランドール侯爵家共に警戒を強めている模様です。
ランドール侯爵家は隣領であるジョルジュ伯爵家の娘フローレンスと嫡子ローランドとの婚姻を通じ、ジョルジュ伯爵家、セザール伯爵家との関係強化を図った様です。フローレンスはセザール伯爵の孫娘、この婚姻は三家の関係をより強固なものとするでしょう。
そしてグロリア辺境伯家との関係ですが、現当主ガレリア・ランドールが直接グロリア辺境伯の元を訪れマケドニアル・フォン・グロリア辺境伯を盟主とする北西部地域貴族同盟の結成を打診、これが了承された由にございます。
南西部地域の討伐に向かった牙は必ずや自身に降り掛かると言うのが彼らの考えであると思われます」
ヘルザー宰相の言葉に大きく唸りを上げるグラン国王。
北西部地域貴族の貴族同盟結成、平時であれば反乱の兆しとして糾弾するような動きではあるが、今はまずい。
既に王家はランドール侯爵家を通じてグロリア辺境伯家を陥れようとしたばかりか、ランドール侯爵家が力を付け過ぎた際はそれを潰す算段を立てていたことが相手方にばれてしまっている。
更に言えば南西部国境の守りであったダイソン侯爵家が仮想敵国であるバルカン帝国と手を組み反乱を起こす始末。
その討伐に赴き手柄を得られなかった国内貴族が、その矛先を北西部地域に向けるのは火を見るより明らか。彼らがその対策の為に動くのを止める事など出来ようはずもない。
「それと周辺国の動向はどうだ?スロバニア王国、バルカン帝国、ヨークシャー森林国、分かる範囲で構わない」
「はい、スロバニア王国ですが、ダイソン公国・バルカン帝国側からの侵攻を警戒し軍を増強している動きがみられます。
我が王国にも援軍が必要であるのかと打診してくるくらいですから。
彼の国はこの独立騒ぎを機に、戦線が一気に拡大する事を警戒しているものと思われます。
バルカン帝国はかなり国内が慌ただしくなっている様です。
ヨークシャー森林国側に兵力が集まりつつあるとの報告が上がっています。
ヨークシャー森林国では新しい精霊姫が生まれたと言う事で、国を挙げてのお祭り騒ぎとなっている模様です。
病気で亡くなられた前精霊姫の妹に当たる公爵家令嬢で、国民の期待を一身に背負ったといった所なのでしょう。
ただ気になるのは王都を中心に疫病の流行の兆しがみられる点でしょうか。バルカン帝国の軍事侵攻が行われるかもしれない今、国内に疫病が流行る事は非常にまずい。
ヨークシャー森林国とバルカン帝国との一戦、かなり荒れるかもしれません」
ヘルザー宰相の報告を聞き瞑目し考えを巡らせるグラン国王、暫くの後目を開き口にした言葉は、恐るべきバルカン帝国の戦略についてであった。
「恐らくだがヨークシャー森林国での疫病は、帝国によるものであろうな。それがどの様な病であるのかは分からないが直ぐに治まる事はあるまい。
占領政策の一環として帝国の治療団がヨークシャー森林国内に派遣され、親切顔で治療に当たる。
占領下の国民から敵愾心を削る上手いやり方だ。
ヨークシャー森林国の国民は全てが精霊魔法の使い手、それをみすみす潰すのは勿体ない。かと言って自陣に引き摺り込むには難しい、ならば暗黒大陸からの魔物の脅威の防波堤に使うのにちょうどいい、そうは思わないか?
帝国の狙いはヨークシャー森林国の鉱物資源、それさえ確保出来るのなら他はどうでもいい。属国化し資源の調達だけさせる、それには融和政策が最も効率がいい。
食料、文化、ものの考え、徐々に帝国色に染め上げる。
見事な手腕だな。
考えられるのは短期決戦、初戦に最大戦力をぶつけ、後は病により弱り切ったヨークシャー森林国を一気に制圧する。
ダイソン公国騒動はその為の牽制と言った所か。
であればダイソン公国側の防衛戦力はかなりのものがある?少なくとも一年は持たせたい、それが帝国の本音であろうな」
ヘルザー宰相は言葉を失う。国王グランの上げた推測、しかし状況と帝国の動きはそれを否定する事を許さない。同時にそれはオーランド国内でも同様の事態が起こり得ることを示していた。
「陛下、それでは・・・」
「ヨークシャー森林国は既に駄目であろう。流行しつつある病の対策が打てぬのなら、開戦即敗北は必定。我が国に援軍要請が届く頃には終戦と言う結末も考えられる。
我が国に出来る事は亡命貴族の収容と帝国の動きの牽制、国内に入り込んだ諜報組織の壊滅と言った所か。
ユニック商会であったか、帝国がヨークシャー森林国に侵攻し次第帝国側に抗議文を送り、国内の帝国商会の締め出しを行う。
名目としては理不尽な侵略行為に対する制裁と言った所だ。
多少の反発はあるだろうが国民の理解は得られるだろう。
国内貴族の緩んだ思考もダイソン公国に
国王の目は既にバルカン帝国との静かなる戦争に向いていた。
平穏に胡坐をかく時代は終わった。
今は戦時、帝国との戦は既に始まっているのだ。
立場は人を変える。国内貴族と王家とのバランス調整に悪知恵を働かせていた国王は、帝国と言う強大な敵を前にして覚醒した。
目の前にいるのは正しくオーランド王国の統治者にして大国の王、ゾルバ・グラン・オーランド国王陛下。
宰相ヘルザー・ハンセンは一度頭を垂れると、再び今後の戦略について話を進めて行くのであった。
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「始まったか」
グロリア辺境伯家居城、当主執務室で報告を受けたマケドニアル・フォン・グロリア辺境伯は、貴族連合軍が王都を出発したとの知らせに眉間に皺を寄せる。
「ハロルド、どう見る?」
グロリア辺境伯の問い掛けに暫し考えるそぶりを見せた執事長ハロルド・ロンダートは、自身の考えであると前置きをした後、言葉を述べる。
「恐らく初戦は大敗するかと。相手は自分たちを辺境の田舎者と舐め切った貴族軍、多少の抵抗を見せながら徐々に自領に引き摺り込み爆破攻撃で一気に。
あれはどうしようもありませんから、罠に嵌った段階で終わった様なものです。
多少の慎重さを持った者であれば無暗に攻め込む事が出来なくなります。ましてや争い事など無縁であった盆暗騎士であれば尚の事、以降の戦乱は小競り合いに終始するかと。
帝国の目論見は時間稼ぎ、ダイソン公国側が下手な野心を抱かなければ公国樹立も認められるやもしれません」
「うむ、それは我も同意見だ。問題はバルカン帝国の動き、当初の予測よりも早いダイソン公国の独立宣言はやはりヨークシャー森林国の精霊姫誕生が原因であろうことは明白、ならば何時仕掛けると言った話か」
腕を組み考えを巡らせるグロリア辺境伯。
「それについてはヨークシャー森林国に嫁がれましたラナーニャ様よりの書状に気になる文面がございました」
「あぁ、王都内で流行り出した病の事であろう?原因は不明、体調を崩し寝込んでしまう。今のところ死者は出ていないものの拡大の一途を辿っておるとか。
それが今回の戦争と関係が・・・、これも帝国が?」
「可能性は高いかと」
「うむ」
再び黙り込むグロリア辺境伯。国内の流れ、戦乱の動きは止めようがない、であるのならば自身に出来る事は。
「よし、アルバート子爵殿の下に向かうぞ、名目は我が娘デイマリアと孫パトリシアの下への訪問である。
その間領内の決定権の一切をタスマニアに託そう。いや、そろそろタスマニアに全権を任せてもいいやもしれぬ。
我はそうだな、ホーンラビット牧場計画の責任者にでも就任するかの。パトリシアもホーンラビットが大好きであった故な」
そう言い悪戯そうにニヤリと笑う主人に「仕方がございません、私もお供いたします」と応えるハロルド。
時代が動くとき、その余波は国中に波及する。辺境の地グロリア辺境伯領でも一つの時代が終わり、新たな時代が始まろうとしていた。
その事が辺境の村の青年にどのような影響を与えるのか。
「ケビン、ヨシ棒を取りなさい!今日こそズタンズタンのギッタンギッタンなのですわ!!」
「だ~、お嬢様マルセル村に馴染み過ぎ、その言葉誰から教わったんですか~!」
「エミリーちゃんですが何か?私の可愛い妹を馬鹿にしますの?ケビンとはいえ許しませんわよ?ズタズタのボコボコでしてよ?」
「お嬢様言葉風に言っても内容が物騒過ぎるわ!どうしてこうなった~!」
激動の時代とは全く関係なく、マルセル村には牧歌的な空気が流れる。上空を飛ぶビッグクローはそんな村の光景を見下ろしながら、今日も餌のキャタピラーを探し飛び回るのであった。
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora