転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

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第337話 元辺境伯、マルセル村を訪れる

ヨークシャー森林国、国土の八割を深い森に囲まれた林業を主要産業とした大森林国家。国民の全てが精霊と契約し、精霊魔法の使い手と言われる大魔法国家でもあるその地では、偉大なる最上級精霊との契約を果たした精霊姫の誕生に国中がお祝いムードに包まれていた。

 

「それで被害状況はどうなっていますか?」

「はい、奥様。現在は貧困地域を中心に感染が拡大、その範囲を急速に広げているものと思われます。

診療所の治癒術師の話では一見突発的に病状が現れている様に見えるもののおそらくは潜伏期間の様な物があり、患者は既にこの病に罹っているにも関らず多くの者と接触、実際の感染範囲は相当なものとなっているのではないかとの事でありました。

患者の特徴として首筋に黒い小さなほくろの様なものが浮かび上がっているとのこと、治療法としてはハイポーションの投薬により改善が見られたとの事でございます」

 

プラウド侯爵家第一夫人ラナーニャ・プラウドは、情報収集に向かわせた配下のメイドからの話に暫し考え込む。

 

「確認します。ハイポーションを与えられた患者は完治したのではなく改善が見られたと言いましたか?」

 

「はい、改善です。症状が暫く収まっても一週間以内に再発が見られるとの事です。

これは他の病気にも言える事ですが、ポーションの類はケガの回復には高い効果を発揮しますが、病気の場合は罹り始めの症状改善薬的役割を果たす事はあっても完治する事はなく、場合によっては逆効果になる事も多い治療薬なのだそうです。

ですので一般的に病気の治療には生活薬と呼ばれる物を処方するのだそうです。

今回の病気の治療にも同様の手法が取られたのですが、中々改善がみられる事がなくその試行錯誤の中で先程のハイポーションの効果が見つかったのだそうです。

それとこれは未確認の情報なのですが、聖水を飲むと症状が和らぐと言う話が広まりつつあります」

 

メイドの報告に突如入り込んできた意外な言葉、聖水とは一体どういう事なのか?

 

「聖水ですか?それは一体どう言う」

「はい、これは貧困街での出来事なのですが、孤児院のシスターが病に苦しむ子供にせめてもとの思いから聖水を与えたところ、症状が軽くなったとか。

この話が広まったからか教会には連日多くの者が聖水を求め訪れているとの事でございます」

 

謎の病、これまでの薬が効かずハイポーションと聖水により治療効果がみられる。

 

「は~、情報が足りませんか、引き続き情報の収集を行いなさい。但し患者との接触は厳禁、調査に向かった者が戻った際には必ず首筋のほくろの確認を行う事。

そのほくろが発症後に現れるのか感染してすぐに現れるのかは分かりませんが、少なくとも感染者の目安にはなるでしょう。

それと互いの連絡は書面にて行い直接的接触は避ける事、その書類はクリーンの魔法により一度消毒を行ってから取り扱いなさい。

今出来る対策はそれくらいでしょうか」

 

疫病の蔓延、それは国を衰退させ国力を大きく下げる。

 

「それと国境付近、バルカン帝国の動きはどうなっていますか?お父様からの情報ではバルカン帝国に開戦の兆しありとの事でしたが」

「はい、ご報告申し上げます。トリニア街道国境周辺部におきまして・・・」

 

国を挙げての慶事、それは亡くなった前精霊姫の悲しみを払拭し、国民に希望と活力を与えようとする国の戦略でもあった。

だがそれは多くの人々が集まること、国中から王都に人々が訪れる事を意味していた。

その様な時期に原因不明の感染症が流行したのなら、既に王都の貧困街では多くの患者がその症状を訴えている。

であるのなら。

 

バルカン帝国と言う脅威が迫る中、国家規模でのパンデミック発生は既に時間の問題となっていたのであった。

 

―――――――――――――

 

その知らせは突然齎された。

 

「それでグロリア辺境伯様、いや先代様とお呼びした方がいいのか?マケドニアル様はどうなされたのだ?」

「はい、閣下は公務の引継ぎを済ませ次第三女デイマリア様と孫娘パトリシア様にお会いしたいとの由にございますれば、アルバート子爵閣下に滞在の許可を頂きたく、私を使者に出されたのでございます」

 

アルバート子爵領マルセル村。その領主仮本邸にて客人であるグロリア辺境伯家元執事長ハロルド・ロンダートを出迎えた当主ドレイク・アルバート子爵は、事態の急な展開に頭を抱えつつ、話の続きを促す。

 

「相分かった。先代様は私にとっても義父という間柄、その訪問に否やと言う事はない。ではあるが此度の話、ただ孫のパトリシアに会いたいからという理由だけではあるまい。

詳しく話せとは言わん、いや詳しく話すな。

概要だけ教えてくれればいい、心の準備がしたいのでな」

「はい、では重要な部分だけ。これは“コンコンコン”「“失礼します。ケビン・ドラゴンロード、お呼びにより参りました”」・・・」

 

「失礼、あの者はいつも間が良いと言うのか悪いと言うのか。

ケビン、入って来なさい」

「失礼します。あの、どう言った御用件でってハロルド執事長様、何故あなた様がここに。

アルバート子爵様、申し訳ございません、少々お腹の調子が。

今日は家に帰って休ませて頂いてもよろしいでしょうか?」

 

「うん、駄目かな?それを言ったら私の方が休みたいくらいだからね?

あっ、ハロルド元執事長、私も言葉使いを戻させて頂きますね?

どうせ胃の痛い話になるんでしょうから。

ザルバ、お茶とクッキーの用意を頼む」

 

アルバート子爵の指示に既にこちらにとばかりに配膳を行うアルバート子爵家筆頭執事ザルバ。

“ケビンが呼ばれる⇒聖茶と抹茶クッキーのセットを用意する”、これは既にザルバの中でお決まりになっている事項なのであった。

 

“カチャッ”

温かな湯気がティーカップから立ち昇る。ケビンの指導により光属性魔力水(熱湯)を出せる様になったザルバが淹れた聖茶は、乱れた心の波を穏やかな物に変えてくれる。

 

「ハロルド元執事長、申し訳ありませんが事の経緯を今一度説明して貰ってもよろしいでしょうか?

ケビンはこの歳にしてその智謀や理解力は一角のものがあります。何かよい知恵を出してくれるやもしれませんので」

アルバート子爵の言葉に頷きで返すハロルド。

“そう言えば昨年のランドール侯爵家への遠征もケビン青年の言葉が大きかったか”

一年と少し前の出来事が昨日の事のように思い出される。

 

「ではお話しいたします。事の起こりはヨークシャー森林国に嫁がれている次女ラナーニャ様からの書状でした。

既にお気付きかと思いますが、ラナーニャ様は所謂婚姻外交の一環でヨークシャー森林国の侯爵であるドルイド・プラウド侯爵様の下に嫁がれた、グロリア辺境伯家とヨークシャー森林国とを繋ぐ橋渡し。

市井の様子や国政の様子を伝えるばかりでなく、ヨークシャー森林国側の窓口として穀物の取引や材木の取引に大きな貢献をなさっておられる御方です。

 

そのラナーニャ様が大変気になる情報を送って来たのです。ヨークシャー森林国王都リーフェリアにおいて疫病が流行しつつあると。

これが平時であれば治癒術師の派遣要請かとも思いますが今は戦時、ただの偶然として片付けるにはあまりにも間が良過ぎる。

しかしその事で動くにはグロリア辺境伯家当主、オーランド王国北西部地域貴族連合盟主の肩書はあまりにも大き過ぎる。

 

いい機会と言えばその通りだったのですよ。

次代様、タスマニア様は聡明で人を引き付ける力もある、王都ではその才能をいかんなく発揮し、グロリア辺境伯家の地位を盤石なものになさっていた。

まぁその事が王家の警戒心を呼び先の騒動に繋がったと言えなくもありませんが、偉大なる父親を越えようと言う思いがいつの間にやら出ていたのやもしれません。

 

今はまだ確信出来る程の情報も無い、ですが隠居した先代当主が娘可愛さに多少援助を行うくらいであれば、貴族間国家間に波風は立たない。

自身を身軽にしたからこそ出来る事もある。

それに最終決定を行える人間が複数いては領内の分裂騒ぎにも繋がりかねない。特に今は戦時、身内同士のゴタゴタなど家の存亡にも関わりかねません。

自治領となったグロリア辺境伯家に頭は二つもいらないと言うのがマケドニアル閣下のお考えなのです」

 

ハロルド元執事長の言葉を聞き暫し考え込むアルバート子爵とケビン。

引き際と勇退、それは簡単に出来る事ではない。

親から見て子供とはいつまで経っても幼子であり、手を差し伸べたくなるもの。

心配であり口も出したくなる、だがそれは子供の反発を生み道を違える原因にもなる。信頼しただ黙って見守る事のいかに難しい事か、ドレイク・アルバート子爵はマケドニアル・フォン・グロリア辺境伯の決断を、一人の子を持つ親として尊敬の念をもって支持するのであった。

 

「話は分かりました。要約するとヨークシャー森林国がまずい、この機会に世代交代をして個人的に手助けがしたい、そう言う事でよろしいでしょうか?」

ケビンの物言いに苦笑いを浮かべるアルバート子爵とハロルド元執事長。身も蓋もない言い回しではあるが要点は確り押さえているので文句も言えない。

 

「月影、十六夜、今の話どう見る?」

ケビンの言葉にいつの間にか背後に控えるメイド二名。

 

“あっ、うん、それはいるよね。ケビン君だから仕方がない”

その場にいる者達は顔を引き攣らせながら心の中で呪文を唱える。

 

「はい、まず間違いなく帝国側の工作かと。

今のお話だけでは病の種類までは分かりませんが、ヨークシャー森林国内に病気を蔓延させ防衛力を削った上で、開戦。

短期決戦で一気に国内を制圧する目論見かと。

見方によっては一番被害の少ない賢いやり方とも言えますし」

 

「ヨークシャー森林国を滅ぼすのではなく属国として支配するのであれば、占領政策の観点からも呪術による病、呪病である可能性が高いと思われます。

感染型の術式の研究は昔から行われていましたから。おそらくですが今回は接触式、しかも潜伏型のものを使ったかと。

接触といっても肌と肌が触れあう必要はなく通常の感染症の様に飛沫(ひまつ)による感染を起こすタイプのものと思われます。

呪術ですので解術を行わないかぎり完治は有り得ません。

相手を殺す様な呪詛は難しいですが、大勢の者の体調を崩し寝込ませるくらいでしたら、(むし)ろこちらの方が効率的なんです」

 

メイドたちの言葉になるほどと感心するケビン。片や呆気にとられるような顔をするアルバート子爵とハロルド元執事長。

 

「ん?二人して何を驚いているんです?

ゴブリンさん方の事を忘れたんですか?バルカン帝国の呪術研究は相当なものなんですよ?

寧ろ疫病の蔓延を起こすくらい造作もない事なんじゃないでしょうか。その上疫病の正体が呪術による術式であるのなら病後の再発の心配もない。だって術式なんですから、精々弱った身体を休めるだけで済む。

治療器具とか言って解術用の魔道具を作製してもいい、そうすれば解術師が少なくても問題にはならないし帝国治療団の名声は思うがまま、ヨークシャー森林国国民の反発を生む事なく占領政策を執り行う事が出来ますからね。

属国にしてもいいし自治領として運営を任せてもいい。

帝国は鉱物資源を丸ごと手に入れたい、それだけですから」

 

ケビンの口から語られた帝国の恐るべき戦略に言葉を失う両者。

 

「後は解術の手段ですがそこは上手い事やってとしか、それじゃ俺はこれで」

ケビンはそれだけを告げると、メイドと共に執務室を後にするのでした。




本日一話目です。
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