アルバート子爵家仮本邸前、そこには一台の幌馬車が停まり、御者の者が出発の挨拶を行っていた。
「ではアルバート子爵様、マケドニアル様。
その者は淡い蜂蜜色のローブを纏い、白い仮面を付けた者。
だがその身より漂う気配は聖者を思わせる神聖なる者。
「ケビ、オホンッ。ビーン殿、その、何と言ってよいのか大変神聖な気配を感じるのだが、これは一体?
それに肩に乗せられているキャタピラーは・・・」
「どうなさいましたか?マケドニアル様。
申し上げた通り私は旅の精霊使い、これなるは我が守護精霊、名を紬と申します。
紬、ご挨拶を」
ビーンの声に“キュイ?”と応えたキャタピラーは、クイッと上体を持ち上げると、ペコリと頭を下げ挨拶を行うのでした。
「フィリー、ディア、こちらへ。
これなるは我が弟子の精霊使い、フィリーとディア。
二人とも、マケドニアル様にご挨拶を」
“バッ”
ビーンと同様の淡い蜂蜜色のローブを被り、顔に白い仮面を付けた二人の女性が、胸に手を当て頭を垂れる。
二人の足元には可愛らしい子狐がチョコンと腰を下ろし、マケドニアル・グロリアの顔を見詰め首を傾げる。
「うむ、ではこの者たちが。そうか、相分かった。
ビーン殿、よろしく頼む」
「はい、
それと紹介状の方ですが」
「うむ、そうであったな。パトリシア、こちらへ」
「はい、お爺様」
マケドニアルに呼ばれその場に現れた者、それは旅の衣装を身に付けたアルバート子爵家の令嬢、パトリシア・アルバート。
「これなるは我が孫パトリシア・アルバート、訪問先であるプラウド侯爵家の第一夫人ラナーニャ・プラウドの姪に当たり面識もある。プラウド侯爵家当主ドルイド・プラウド殿とも親しくさせてもらっていたのでな、向こうとの繋ぎとして役に立つであろう。
書状はパトリシアに渡してあるゆえ、安心するといい」
「・・・・」
笑顔でパトリシア嬢を紹介するマケドニアル閣下、ニコッと微笑まれるパトリシアお嬢様。
その場を沈黙が支配する。
「・・・はい一旦やめ~。ドレイク村長、これってどういう事よ、俺聞いてないんですけど?サクサクッと終わらせて帰って来るつもりだったんですけど?
これ直ぐに終わんない奴じゃん、勝手に姿消したら大問題になる奴じゃん。
って言うかパトリシアお嬢様、もしかして幌馬車に乗って行くつもりだったとか言わないでしょうね?
あのね、これは旅の精霊使いが頼まれて立ち寄ったって設定だから通用した方法であって、侯爵家に姪の貴族令嬢が幌馬車で向かっちゃ駄目でしょうが!
馬車を用意して来なさい、馬車を。
それとお付きが必要と、ボビー師匠でいいか、強いし名が売れてるから。
エミリーちゃん、ボビー師匠を呼んで来てくれる?あと賢者様方も。
俺は少しこのチョイ悪親父たちにお説教してるから」
出発前に行き成り化けの皮が剥がれた俺氏、って言うかこんな大事な事を直前に言う?
反対されると思ったってあたり前だわ!向かう先は呪病の大感染地帯なのよ?この装備だって呪病対策なのよ?
このお馬鹿さん達、全然分かってないんだから。
俺はボビー師匠が来るまでの間、パンデミックの恐ろしさを舐め切ってるお気楽お貴族様方に、自身の考えがいかに甘々であったのかと言う事をコンコンと語って聞かせるのでした。
「なんじゃケビン、相変わらず奇抜な衣装が好きじゃの。
今度は聖職者でも憧れたのかの?」
来て早々俺の精神を抉りに来るボビー師匠、当たらずとも遠からずなので文句は言いませんが。
「突然すみません、それと賢者様方も来ていただきありがとうございます。昨日話したヨークシャー森林国の件ですね、フィリーちゃんとディアさんの事もあって引き受けたんですけど、ちょっと面倒な事になりましてお力添えをお願いしようかと。
簡単に言えばお嬢様の馬車の御者役ですね、それと護衛をお願いします。
賢者様方はすみませんがお嬢様の護衛に就いて貰えませんか?
相手は組織だった呪術師の集団です、これから向かうプラウド侯爵家に忍び込んでいないとも限りませんので」
俺は急な呼び出しで“何事?”といった顔をされているお三方に、事の経緯を説明し頭を下げお願いするのでした。
「まぁ、ケビンの頼みじゃしようがないわね、それに弟子たちの事も気になってたし、その話引き受けるわ」
急な無茶振りにも関わらずドンと引き受けてくださる賢者師弟、本当に何時も助かってます。
「ふむ、であるのならジェイクとエミリーも連れて行っても良いかの?あ奴らに必要なのは経験じゃで、緊迫した現場での護衛任務は今後の為にもなるじゃろうて。
アルバート子爵様、どうかの?儂らが付いてるんじゃ、これ以上ない護衛じゃと思うのじゃがの」
ブッ、話が更に拡大しちゃってるんですけど!?
まぁ若者軍団にはいい経験にはなると思うけどもさ、そこは親御さん方がどう言うか。
「そうですね、エミリーの今後を考えればいい機会かもしれません。ミランダ、そう言う事だがどうだろう?ここはボビー師匠にお願いしては」
「そうね、お隣とはいえ他国に渡るなんてめったに経験出来ないし、エミリーは普段から世界に羽ばたく冒険者になるって言ってますし、良い機会なのではないでしょうか」
「うん、それじゃ決まりかな?私はエミリーとジェイク君の村民証を発行してこよう。
ケビン君、そう言う事だから少し待っていてくれるかな?」
どんどん
――――――――――
「ほらジェイク君、急いで急いで。ケビンお兄ちゃんがこれ以上不貞腐れない様に、私たちがキビキビ動かないと」
「ちょっと待ってよエミリー。着替えヨシ、木刀は持ったし腰にナイフも差したし、荷物は他にないかな?
おまたせ、それじゃ行こうか」
それは急な話だった。前の日にフィリーとディアがケビンお兄ちゃんとヨークシャー森林国に行くという話が急に決まり、今朝になってその旅に俺とエミリーも同行することになったのだ。
無論俺たちだけじゃなくボビー師匠やシルビア師匠、イザベル師匠も一緒なんだけど、他国に行くという事には変わりがない。
馬車での移動が一般的なこの世界、ゲームと違いその移動に時間が掛かる事はどうしようもない。
ボビー師匠の話では、目的地のヨークシャー森林国王都リーフェリアまでは片道一月は掛かるだろうとのことだった。
「トーマスお父さん、マリアお母さん、なんか急にこんな事になっちゃったけど行って来るよ。
お土産を買って来るから楽しみにしててね。
チェリー、お兄ちゃん少しだけ留守にするけど、チェリーに沢山お土産を買って帰って来るからいい子にして待っててね。
世界一可愛いチェリーには髪飾りがいいかな?それともブローチかな?ペンダントも捨てがたいよね。それともかわいらしいワンピースがいいか「ジェイク君、遅くなっちゃうよ?」あっ、ごめん。
とにかく行って来るね」
「にーに、抱っこ、抱っこ」
「ハイハイ、抱っこだね。本当にチェリーは可愛いよね~」
「にーに、ちゅき~❤」
そう言い俺にムギュッと抱き着くチェリー、妹最高!!もうこれだけで堅パン何枚でも行けちゃう!
(ニタ~)
ジェイクは知らない、抱き着き顔の見えないチェリーが視線の先のエミリーに向かい勝利者の笑みを向けている事を。エミリーとチェリーの間で静かな戦いが繰り広げられているという事を。
「ジェイク、気を付けてね。それとボビー師匠の言う事をよく聞くのよ?あと生水は絶対に飲んじゃダメだからね」
「そうだぞジェイク、旅先では何が起きるのか分からない、その事は十分知ってると思うが気を引き締めて行くんだぞ?」
「うん、分かったよ。それじゃ行って来る」
俺は腕の中のチェリーをマリアお母さんに託して、ボビー師匠、エミリーと共に、アルバート子爵様のお屋敷前広場に向かうのでした。
「ジェイク君ごめんね、急にこんな事になっちゃって。本当は俺とフィリーちゃんとディアさんの三人で行くはずだったんだけど、急に同行者が増えちゃってさ。
どうせならって事でジェイク君とエミリーちゃんも一緒にって事になったんだよ。
まぁ何があってもボビー師匠と賢者様方が付いてれば問題ないとは思うんだけどね。
そこ、不満げな顔でこっちを見ない、馬車で色々お話がしたかったのにってぶつぶつ言わない!
大体なんで幌馬車の旅が出来ると思ったんですか、遊びに行くんじゃないんですよ?今回は言わば公務、正式の場で貴族令嬢が幌馬車移動しちゃ駄目でしょうが!」
ケビンお兄ちゃんに怒られてシュンとするパトリシアお嬢様。
初めてお会いしたときは妖精様かと思う様な美しい御方だったんだけど、今じゃすっかりマルセル村に染まっちゃったよな~。
こないだなんかヨシ棒を持ってケビンお兄ちゃんを追い回してたもんな~。
エミリーは優しくて面白いお姉ちゃんが出来たって喜んでたけど、これでいいのか元大貴族令嬢と思わなくもない。
“貴族令嬢の幽閉地マルセル村”、過去マルセル村送りになったお貴族様のご令嬢もパトリシアお嬢様みたいにハッチャケてたんだろうか?
「それじゃ出発します、皆さんそれぞれの馬車に乗ってください」
騎士服に身を包んだケビンお兄ちゃんの号令の下、立派な箱馬車に乗り込むパトリシアお嬢様とメイド長のカミラさん、それとシルビア師匠にイザベル師匠。ボビー師匠は箱馬車の御者を務めるみたいです。
幌馬車には俺とエミリー、フィリーにディアが乗り込みます。
中は広々としていて座席には確りクッションが付けられています。普通の旅だったら食料や水、諸々の荷物でもっと狭苦しい旅になるんだけど、そこはケビンお兄ちゃん。荷物は全て収納の腕輪に収まっているとかで、今回は食事の支度もいらないと胸を張っておられました。
なんでも村の食堂で五十人前の定食を作ってもらって仕舞い込んであるんだとか。“備えあれば患いなし”というのがケビンお兄ちゃんの信条なんだそうです。
まぁ出発前にパトリシアお嬢様が「そっちの幌馬車の方が楽しそうです、ずるいです!」とか「エミリーちゃん、お姉ちゃんと一緒に乗りましょう?」とかごねていましたが、「お嬢様、これは公務でございます。それとエミリー様は冒険者としての経験を積む為の旅ともなりますので、パーティーメンバーから離れるのもどうかと」とケビンお兄ちゃんに諫められ、しぶしぶ箱馬車に戻って行かれるなんて事もありましたが。
「マケドニアル様、アルバート子爵閣下、それでは行って参ります。
ミランダ奥様、デイマリア奥様、お嬢様方はケビンが必ずやお守りいたしますのでご安心を。
ボビー師匠、街道整備後の道はかなり馬車の進みが変わっています、しばらく俺が先導しますので後をついて来てください」
“パッカパッカパッカパッカ”
アルバート子爵家仮本邸前から大勢の人々に見送られ二台の馬車は走り出す。向かうはヨークシャー森林国王都リーフェリア、そこでは一体どんな出会いが待っているのか。
ジェイクはこれが疫病対策の為の旅とは知りつつも、心のワクワクを止められないのでした。
マルセル村を出て暫く、馬車は順調に草原の街道を走り抜ける。
幌馬車の中に吹き込む初夏の風が草の香りを運び、興奮した心を穏やかなものに変えてくれる。
「そろそろいいかな?ジェイク君、エミリーちゃん、ちょっと暗くなるけど安全には問題ないから落ち着いていてね。
“ロシナンテ、シルバー、影空間に入ったらゆっくりと停車。ボビー師匠が慌てると思うけど気にしなくていいから”」
“ブワッ”
御者台のケビンお兄ちゃんが後ろを振り向きそんな事を言った次の瞬間、突然地面から大きな黒い壁が現れたかと思うとそのまま馬車ごと飲み込まれていく俺たち。
一体何が起きたのかと周りを振り向くも、周囲は真っ暗で何も見る事が出来ない。
「<プチライト>、いや~、ごめんね~。目が慣れるまで暗いとは思うけど我慢して。一応周りにはヒカリゴケが設置してあるから、慣れればそれなりに明るいとは思うから」
ケビンお兄ちゃんの声に、これがケビンお兄ちゃんの引き起こした事態だという事が分かりホッとする反面、“またやりやがったなこの理不尽の塊め!!”と言う思いが沸き起こる。
「ケビン!!これは一体どう言う事じゃ!どうせこれも貴様の仕業であろうが~!!」
後方の馬車からボビー師匠の怒鳴り声が聞こえる。俺とエミリー、フィリーとディアは然もあらんとばかりにうんうんと頷く。
「あ~、すみません。ちょっと時間的に余裕がないんで暫くこの影空間の中でお待ちください。
お茶のご用意もありますんで」
ケビンお兄ちゃんがそう言うと、どこからともなく現れた二人のメイドさんがケビンお兄ちゃんがセットしたテーブルにお茶の準備を始める。
「お茶が飲み終わる頃には戻りますんで、しばらくお待ちください。では失礼」
“トプンッ”
言うや否や真っ黒な地面に落ちるように消えて行くケビンお兄ちゃん。その光景に唯々呆然とする俺たち。
その場にはメイドさんがティーセットを用意するカチャカチャという音だけが響くのでした。
本日一話目です。