ヨーク村村長ケイジ・ヨーク氏が去った村長宅の玄関先。あれが一般的な村長って事になるとこの国の民度は俺の想定以上にヤバいかもしれない。
でも行商人様は立派な御方なんだよな~、清濁併せ持つ上に世間の情報にも広い。行商人様と言いドレイク村長代理と言い、分かった上で行動する物事の優先順位をしっかり付けられる大人もいるって言うのにこの落差よ。この村全体に漂う寂れた感じ、致し方が無いかと。
“やっぱリーダーって重要だよね”と改めて思うケビン少年なのでありました。
「お待たせしてごめんなさい、ドレイク村長、よくおいでくだ・・・、ドレイク村長、もしかしてあなた御病気が。
今度のビッグワーム農法の事然り、五箇村の農業重要地区入りの件然り。何か変だと思っていたのよ、あなたあまり時間が無かったのね。それなのにこの地区のみんなの事を想って、この凍てつく冬の大地を無理を承知でここまで。ドレイク村長、あなたの本気はよく分かったわ。今度の計画、必ず成功させましょう、未来に残されるすべての村人の為に」
ブフォ、ドレイク村長代理、遂に不治の病に侵された事になっちゃいました。
そりゃヨーク村の村長体型の人物が暫く会わない内にスッキリ体型になったら誰だって病気を疑うわな。特にこの時代、肥満は富の象徴だからね?肥満体系の農民なんてあり得ないから、そんなに食料が手に入らないから。
ですんでマルセル村の女性は皆さん美しい体型をキープしておられます。加齢による腰の曲がりや肌の衰えは致し方が無いとしても、三大成人病の大きな原因とされる運動不足と肥満は状況的にあり得ないと言うのが辺境の村ならではの現状です。
では死因の筆頭が何かと言えば、“栄養失調”これ一択。“同情するなら飯をくれ、出来れば継続的に飯が食える手段をお願い!”と言うのが辺境の村人の本音でしょう。
だって俺自身そうだったしね、肉入りスープに対する憧れは安定してたんぱく源を摂取出来る様になった現在でも健在であります。出来ればすべての村人にその喜びを分け与えてあげたい。その為のビッグワーム肉、その為のビッグワーム農法。
「ドレイク村長代理、村長夫人にお願いして村はずれの広場に全ての村人を集めて貰ってくれませんか?俺、ちょっと先に行って準備してきますんで、村長代理は後から馬車を回してください」
俺はドレイク村長代理にそれだけを告げると一人村はずれの広場へと急ぐのでした。
「ケビン君、これは一体・・・」
マルセル村村長代理ドレイク・ブラウンは今目の前に広がっている光景に開いた口が塞がらなかった。彼が見たもの、それは大きな脚付きの土鍋を火に掛けて湯を沸かすケビン君の姿てあった。
えっとケビン君、君一人で出て行ったよね?その大きな土鍋は一体何?それにテーブルとお椀にスプーンまで用意されてるんですけど?薪なんか無かったよね?周辺の草を刈って束にした物を燃やしてるんだ。その方が火の持ちがいいと、なるほどね。ってこの短時間でどうやってそんな数を用意出来たの?
ツッコミどころ満載のケビン少年。よし、気にしない事にしよう。
元冒険者であり行商人として数々の困難を潜り抜けたドレイクの判断は早かった。
“ケビン君だから仕方がない。”
彼はこの瞬間、全てを解決する魔法の言葉を生み出したのであった。
「それでケビン君、馬車を回したけどどうするんだい」
今この場を取り仕切っているのはケビン君、ドレイク村長代理はケビンの指示に従う判断を下した。
「それでは乾燥野菜を適当に鍋に放り込んでください。干し肉はこっちで切り刻んでから投入します。味付けは岩塩だけですが干し肉と乾燥野菜から
ケビンはそう言うとナイフで干し肉を細切れにして次々に鍋へと放り込むのだった。
「ドレイク村長、全ての村人を集めました。ってこれは一体・・・」
ヨーク村村長夫人エリナ・ヨークは驚きに目を見開いた。昨日まで何もなかった村外れの広場、今その広場には大きな脚付きの土鍋が用意され、濛々と温かな湯気を上げていた。
「エリナ村長夫人、ありがとうございました。それでここにいる人たちがこの村の住民全てって事でよろしいんですか?あまりお年寄りの姿が見られないんですが」
ケビンの指摘は尤もであった。マルセル村は子供の少ない辺境の寒村、若者は皆都市部へと出て行く為村の者と言えば残されたお年寄りや子育ての終わった中高年が中心であったからだ。
「お恥ずかしい話なのですが我が村では食糧事情が厳しく高齢の者は早くに亡くなってしまうんです。村の年寄りと言えばこの三人くらいなんですよ」
そう言われ紹介されたのは皆骨と皮ばかりの皺皺で瘦せ細った村人であった。ケビンは集まった村人を見回した。彼らは皆やせ細り、とても健康とは言い難い様子であった。
だがそんな村人の中でも比較的まともな人間が幾人かいた。不思議に思ったケビンがその事を村長夫人に問うと、彼女は“彼らは皆村長の子飼いですから”とばつが悪そうに答えてくれた。
まぁ村社会だからね、特にこんな環境じゃ致し方が無いっちゃ致し方が無いよね、誰だってご飯は食べたいもんね。良い物が食べたい、いい暮らしをしたい、その為には権力者に尻尾を振る。この世界において至極当たり前で当然の行為、そして与えられる恩恵(食料)、その結果は明らか。
「ではあちらの酷くやせ細っておられる方々は?」
「彼らは村以外から来た‟よそ者”と呼ばれる新住民です。どこの村でもそうですが、“よそ者”は敬遠されがちですから」
やせ細った親子、その子供の目はこの世の全てを諦めきったような光を失った虚ろな眼差しであった。そしてそんな親子に先程の子飼いの者ばかりでなくやせ細った老人たちまでもが
人は己の置かれた現状に満足できない時、二通りの行動を取ると言われている。一つは己の現状を打破する為に努力を重ね、目標を掲げ突き進む。もう一つは自分より下の者、劣る者を見つけ攻撃する事で心の安寧を得る。
人は易きに流れるもの、多くの村人が苦しい現状を忘れんとより立場の低い“よそ者”に全ての責任を押し付けてしまうのもまた、人と言う生き物の本質なのであろう。
「皆さん初めまして。私はマルセル村の村長代理、ドレイク・ブラウンと言います。私は今回この周辺五箇村に新しい農法”ビッグワーム農法”をお伝えする為このヨーク村を訪れました。
我がマルセル村では二年前より始めたこの農法のお陰で収穫量が増加、大きな利益を得る事が出来ました。今回この農法を皆さんにお教えする事は何も皆さんの為を想ってばかりの事ではありません。私たちはこの周辺五箇村の農業重要地区入りを目指しています。この農業重要地区に指定されれば税金が安くなるばかりでなく、街道の整備や領兵の派遣、各村に監察官様が常駐し様々な村の困りごとに心を砕いて下さるようになります。簡単に言えば村が豊かになり食べるものに困らなくなります。何せグロリア辺境伯様が直接目を掛けて下さる様になるのですから。
我々はもう辺境や最果てだの言われなくなるのです。何故ならこのグロリア辺境伯領の中で一番注目される地がこの五箇村になるのですから。
ですがそれにはまず我々が健康で生き残らねばなりません。その為に私達マルセル村の者が注目したのがビッグワーム肉でした。ビッグワームと言われると腰が引ける人もいるかもしれません。ですがその肉は成り立ての冒険者の中では広く知られた食材なのです。マルセル村では冬の食糧確保の為ビッグワーム肉の研究開発を行いました。その集大成が今日お持ちしたこの干し肉です。そしてこちらに用意したスープはビッグワームの肉入りのスープになります」
ドレイク村長代理はそこまで語り終えると椀にスープをよそい、美味しそうに食べ始めました。
「うん、寒い時期に食べるビッグワーム肉のスープは最高ですね。ですがやはりビッグワーム肉、忌避感を感じるのは当然、そんな方に無理やりこの肉を食べろとは言いません。無論ビッグワーム農法もきちんとお教えします。ビッグワーム肥料による収益の増加はマルセル村で実証されていますから。
興味を持たれた方はまずこのスープを食べてみてください。農法の実演講習は明日の午前中にお話しさせて頂きます」
ドレイク村長代理はそこまで語ると手持ちの椀をテーブルに置き、新しい椀にスープをよそって村人の反応を待った。
「では私たちが頂きましょう」
そう言い前に出たのは“よそ者”と呼ばれる痩せ細った親子であった。
「熱いから気を付けてね」
そう言い笑顔で椀とスプーンを渡すドレイク村長代理。
“ミミズを食べるよそ者。”
侮蔑の表情を浮かべ鼻で笑う村人を余所にスープに口を付ける親子。
「「!?」」
親子は互いの目を見合い信じられないと言う様な顔をした後、一言の言葉を発する事もなく黙々とスープを食べ続けた。
「そんなに急がなくてもまだまだスープはたくさんありますからね。お代わりをしてもいいんですよ?」
ドレイク村長代理はそんな親子を温かく見守るのであった。
「な、なぁ、俺にも一杯くれないか?」
そんな二人の様子に自分もと手を上げる村人。
「!?うめ~~~~~~~!」
“ガツガツガツガツガツガツ”
「お代わり!!」
「あ、あたしにも頂戴!」
「俺にもよそってくれ!」
「馬鹿野郎、俺のお代わりの方が先だろうが!」
先程までのどこか小馬鹿にしたような顔は何処へやら、掌を返し我先にスープを求める村人たち。そんな彼らの様子に動揺する子飼いの村人たち。
「もう一度言いますが、無理にビッグワーム肉を食べる必要はないんです。ビッグワーム農法が上手く行けば多くの作物を収穫出来ます。その収益でホーンラビットの干し肉を買うなりしても全く問題は無いんですから。
ただそこに至るまでにはやはり時間が掛かってしまう、これは一つの提案なんです。ビッグワームもその育て方によっては食材として利用する事が出来る、これは冬の飢えに苦しんで来た我々辺境の寒村の者にとっては福音以外の何ものでもない。生き残る為には何だってやる、それが美味しいと成れば尚更。
明日の実演講習に皆さん是非いらしてください。この村の未来は皆さんの情熱に掛かっています」
マルセル村村長代理ドレイク・ブラウンはそこまで語ると、彼の話よりもビッグワームの肉入りのスープに夢中になるヨーク村村民の為、スープをよそい続けるのでした。
「おいドレイク村長代理、貴様一体何を考えている!俺は言ったよな、この村に迷惑を掛けるなと」
ビッグワームの肉入りスープの試食会を終えた俺とドレイク村長代理がヨーク村の村長宅へ戻ると、そこで待っていたのは怒りを燃え上がらせたケイジ・ヨーク村長の姿であった。
「大体ビッグワームの様な魔物の肉を村人に食べさせるなど正気の沙汰とは思えん、お前はヨーク村の人間を殺す気か!」
うん、馬鹿がいる。俺と村長代理は一気に心が冷めて行くのを感じながらも、この馬鹿をどうしようかと思案するのだった。
「いや~、ケイジ村長に詳しいお話をしなかったことは誠に申し訳ない。広場でもお話ししましたがビッグワーム肉は冒険者の間では広く食されている食材なんですよ、それに我がマルセル村の冬の貴重な食糧でもありますから、その事を皆さんにお知らせしたかったのです。何もヨーク村の方々を馬鹿にした訳ではないと言う事をご理解いただきたい。
その上でこのビッグワームの干し肉が村の収入源になると言う事もお知らせさせて頂きます」
「なに、あんなものが売れると言うのか?冒険者と言うものはそれほど馬鹿なのか?」
「いえいえ、流石にその辺のビッグワームを干し肉にしたからと言って売れるものではありません。売れるのは“肉質を改善したビッグワーム”、このビッグワーム農法も元はいかに美味しいビッグワーム肉を作るかと言う研究から生まれた副産物の様なものなんですよ。重要なのはビッグワームの干し肉は売れると言う事です。無論品質が悪ければすぐに収益など消し飛びますから管理責任者が必要ですが、それこそそんな事は村人にやらせればいい。ケイジ村長はその利益でホーンラビットの干し肉を買って食べればいいんですから。ビッグワーム肉はそうですね、貧しい者にでも与えればいいんじゃないんですか?そうやってミミズ肉を与えて働かせれば村の収入が増える、良い事ずくめじゃないですか」
ミミズ肉と言う言葉にケイジ村長の顔が一瞬歪むも、それを食べるのは自分ではない。自分や子飼いの者はその利益で美味しいホーンラビットの干し肉を食べればいい。彼の中でそろばんが弾かれたのだろう、途端笑顔になるケイジ村長。
「ハハハ、そうかそうか、村人の為に色々手を尽くしてくれている様だな、礼を言おう。今夜は泊る所も無いだろう、我が家でゆっくりするといい。
明日は肝心のビッグワーム農法とやらの説明だったな、俺は参加せんがエリナの奴によく言って聞かせてくれ。帰ってそうそう騒がせて悪かったな」
ケイジ村長はそう言うと、またドスンドスンと大きな足音を立てて奥の部屋へと戻って行くのでした。
本日二話目です。
学生さんはそろそろ春休みですかね?春休み、いい響きだ。
いってらしゃい。
by@aozora