草原を吹き抜ける風、揺れる叢。見渡す限り周囲には何もない、そんな場所で一人佇む騎士服を着た青年。
「はぁ~、全く予定通りに進まない。世の中って難しいよな~。
でもこんなところで呆けてる暇は無いと、せっかくボビー師匠と賢者師弟、パトリシアお嬢様とカミラメイド長って言う駒が揃ったんだし、やれる事はやっておきますか。
運が良ければ被害を未然に防げるかもしれないしね」
青年は一人呟くと収納の腕輪から一振りの直刀と帯剣具を取り出し背中に背負う。
「今日も頼むぞ黒鴉、地上魔力障壁展開、<覇魔混合><浮遊>発動!」
“バシュン”
上空五千メートル、空気中の水分が固まり雲海を作り上げるそこは、限られた存在しか至る事の出来ない天上世界。
「空気薄、まさか<田舎暮らし(生活)>の<生存術>が役に立つ時が来るとはね~。こんな場所でも平気なのって絶対スキルに統合された<水中耐性>や<土中耐性>の効果だよね?流石に無酸素はヤバいかもだけど、多少なりとも酸素があるところだったら生きて行ける感じ?
考えてみればフィヨルド山脈の山頂を闊歩するっておかしいもん、どう考えても高山病必至よ?
スキルってやっぱスゲーわ。
円錐形魔力障壁展開、カタパルトセット、射出!!」
“バシュン”
撃ち出された弾丸は空気を切り裂き、オーランド王国とヨークシャー森林国とを結ぶ国境の街ベイランドを目指す。
「<重力魔法>、それはすなわち惹かれ合う力、反発し合う力。
弾き飛べケビン・ドラゴンロード、黒鴉、コントロールは任せた!!」
<覇魔混合>により練り上げられた力は、魔力の力を何段階も引き上げる。精密に紡がれ織り込まれたそれは、ケビンの身体を音速の領域へと至らせる。
“ギユーーーーーンッ、ボウンッ”
「キッツ~~~~!!」
それは天を飛び去る流星のごとく。ケビンは一筋の雲を残し、南西の空に飛び去って行くのでした。
“カチャッ”
空も地面も全てが暗闇に閉ざされたそんな場所で、ヒカリゴケの明かりだけが淡く周囲を照らす。
急に停車した馬車に何事が起きたのかと警戒しながらも外に降りたパトリシアは、突然訪れた夜の景色に我が目を疑った。
「これは一体、それにここは・・・」
自然と漏れた呟き、だがその言葉を拾い答える者が。
「あら、これは見事だこと。と言うか普通あり得ないでしょう。
ケビンは一体何者なのって話よ、意味が分からない」
「師匠、考えるだけ無駄です。相手はあの理不尽なんですから」
「「ケビンだから仕方がない」」
何かを諦めたかの様な、どこか納得した様な声音で呟く賢者師弟。そんな二人にアルバート子爵家メイド長カミラが問い掛ける。
「シルビア様、イザベル様、お二人にはここがどこで私たちがどういった状態なのかがお分かりになるのですか?
それでしたら是非教えていただきたいのですが」
「ん?えぇ、そうは言ってもカミラさんも薄々気が付いてはいるんでしょう?
こんな事をしそうな人物は一人しかいないという事に。
それにほら、あそこでお茶の準備をしているメイドもいるし、詳しい話はあの二人に聞いた方が早いんじゃないかしら?」
大賢者シルビアはそう言いにやりと笑うと、賢者イザベルと共に若葉の香り漂うテーブル席へと歩いて行くのでした。
“カチャッ”
ティーカップを口に付け、温かな若葉のお茶を味わう。ほんのり広がる自然な甘さが、突然の事態に混乱する心を穏やかなものにしてくれる。
「お待たせ~。いや~、俺っち頑張った頑張った。皆さんもすっかり落ち着かれたって感じ?ならいいんだけど。
えっと、色々疑問に思っている事もあると思うんで、少しお話しでもしましょうか」
その声は唐突にその場に響いた。それはこの事態を引き起こした全ての元凶、マルセル村の理不尽、ケビン・ドラゴンロードのものであった。
「オホンッ、ケビン、あなたがいつも無茶をする、無茶苦茶をする、よく分からない状況を作り出し理不尽を振りまくという事はドレイクお父様からも聞き及んでいます。
ですのでそのこと自体はとやかく言わないでおきましょう。
簡潔で構いません、現状と状況を説明してください」
その声はとても理性的で現状最も有効と思われる提案。
この場の人々はパトリシア・アルバートの言葉に従い、口を閉じケビンの話に耳を傾ける。
「分かりました、パトリシアお嬢様。ではまず状況からお話しいたします。
現在私たちはヨークシャー森林国において発生している疫病の対策の為に王都リーフェリアに向かおうとしています。
マケドニアル様のお話によれば王都で疫病の兆候が見られ始めたのがおよそ一月程前、王都リーフェリアにて精霊姫様誕生の知らせが広く公表されてから一月経った辺りでの事です。
そしてこの疫病は感染してから暫く潜伏期間を置いた
パトリシアお嬢様に質問です。お嬢様はこうした感染症がどうやって、どれ程の早さで広がって行くのか御存じですか?」
ケビンの問い掛けに首を横に振るパトリシア。ケビンはその場にいる者全てに目を向けるも、皆が同様の仕草をする。
「まぁ普通はそうでしょう。この件が終わったら一度ミランダ夫人に聞いてみるといいでしょう、ミランダ夫人は高名な調薬師であり俺の師匠、昔から冬場に流行る感染症の対策で多くのポーションや生活薬を作ってこられた方ですからそうした事もお詳しいはずです。
基本的には人の流れ、物の流れによると言えます。
感染症は特殊なものを除き人から人へと移り広がって行くものです。風邪の症状がそうですが、風邪くらいと甘くみて多くの者が何の対策もせずに仕事を行う。人と会い、人から人へと風邪は広がって行く。
冬場の流行性感冒は正にこうした現象です。物流や人の流れの少ない冬場ですらこうなのです、今の時期多くの人や物が行き交う街道で感染症がどうなっているのか、想像すら恐ろしいとは思いませんか?」
ケビンの言葉に顔を青ざめさせるパトリシアとカミラ。
シルビアとイザベルはなるほどと言った顔をし、他の者は未だよく分からないと言った表情。
「話を続けます。現在ヨークシャー森林国で蔓延している感染症は未だ治療法が見つかっていないとか。症状の緩和は行えても完治には至らず、直ぐに再発してしまう。
病に倒れた者、その者を看病する者、看病していた者が立ち寄る商会、クスリを貰いに行く調薬師のところ、診療所や教会と言った施設。
おそらくですが、今頃感染の範囲は王都に留まらず周辺都市にまで拡大しているはずです。そして治療の為の有効な対策は見つかっていない。その拡大を止めることは出来ない。
王都には数多くの商人が訪れ、各商会が軒を連ねている。
精霊姫様誕生の知らせに、観光に訪れた者も多かった事でしょう。バルカン帝国の動きが活発な今、国境付近の様子を伝える為に移動する者、警戒の為に王都から派遣される者。
ヨークシャー森林国国内の感染は既にどうにもならない状態になっている事でしょう。
問題はその感染症が国境を越え、オーランド王国やバルカン帝国に流れ込む事です。
バルカン帝国はいい、この事態を仕掛けたものであり原因も分かっていればその治療法も分かっている。だがオーランド王国は?
何も知らない商人が悪気もなく国内に持ち込む、それこそ国境封鎖でもしない限り被害の拡大を防ぐことは出来ない。
その事をグロリア辺境伯様がお分かりになっておられたのなら当主交代などせずに既に行動に出られていたのでしょうが、残念ながらそうではなかった。
あまつさえ孫であるパトリシア様を使者に立てる始末、あの方々は本当に何も分かっていない。
私や月影たちが立てたものはあくまで現状考え得る一番あり得るであろう可能性です。決して答えなどではない。
帝国が未知の病を研究し、それを兵器として利用していたとしたら、我々が出向いたところで何も出来ないどころか我々の命すらも危うくなる。
今回同行することになっていたフィリーやディアにはその事をよくよく言い聞かせてその上で意思の確認を行ったつもりだったのですが、先程からの反応を見ると説明不足だった様ですね。
二人には悪い事をしました。
そう言った事もあり二人にはあの仮面とローブを準備したのですが、残念ながら皆さんの分を用意する時間的余裕はありませんでした。
ですので場合によっては皆さんには途中で引き返していただくことになるかもしれません、その事はご了承ください。
まぁその場合でも皆さんがどうにかなることが無い様にシルビア様とイザベル様にお越し願ったと言うのもあるのですが。
お二人のクリーンの魔法は素晴らしいものがあります。病気の根源たる見えない汚れを綺麗に消し去ってくれるかもしれない。
クリーンの魔法とはそう言った大きな可能性を秘めているんです。
さて、それでは参りましょうか、これから向かうは国境の街ベイランド、グロリア辺境伯領内のこの街であればアルバート子爵家騎士団剣鬼ボビーの名やパトリシアお嬢様の名が強い力を持つでしょうからね。領兵たちも皆言う事を聞いてくれると思いますよ?」
「「「・・・はぁ~~!?国境のベイランドって今しがたマルセル村を出発したばかりですよね?それにこの真っ暗な空間は何なんですか!?」」」
ケビンの畳み掛け様なとんでも発言に、思わず疑問の声を上げる一同。
「むっ、聖茶の効果を越えて来るとは、皆さん中々やりますね。
それじゃ一つずつ。
この場所は俺の影空間、<影魔法>の効果ですね。知らない方もいると思いますが、俺、<影魔法>が使えます。
元々はシャドーウルフのブラッキーが持っていた魔法ですね、<魔力支配>というスキルのお陰で習得する事が出来ました。
だから魔法適性がないにも関わらず魔法が使えちゃったりします。
因みに全属性使えますよ?この事はジェイク君たちには話したことがあったよね。
で、こんなに広い影空間があるのは俺の魔力量がとんでもないからですね。収納の腕輪と同じでここの広さって魔力依存なんです。
それとなんで既にベイランドに到着してるのかと言うと、飛んで来たから。
ジェイク君たちは見た事があると思うんだけど、俺って黒鴉のお陰で空を飛べるんですよね、そこに複数のスキルと魔法を組み合わせる事でこの短い時間での移動を可能にしました。
流石に無茶をしたなと反省してますけどね、目茶苦茶きつかったですから。
急いだ理由はさっき言った通り、時間との戦いだったんですよ。
運が良ければ防げるけど一人でも感染者を通過させちゃったらお仕舞って言う無謀な賭け。
感染症の恐ろしさがもう少し広まっていたんならどうにか出来たのかもしれませんが、こればかりはたらればですから。
はい、おしゃべりはここまで、皆さん馬車に乗り込んでください。
パトリシアお嬢様とボビー師匠は権威付けの為に必要なお方になります、よろしくお願いしますね」
そう言い全員を馬車に押し込むケビン。
「“ロシナンテ、シルバー、出発する。門を開くぞ”」
ケビンの号令に目の前に現れた黒い壁に向かいパカパカと走り出す二台の馬車、その壁を抜けたときそこは街道へ合流する脇道であり、馬車は直ぐに国境の街ベイランドに到着するのでした。
「領兵長はいるか、私はアルバート子爵家騎士団所属ケビン・ドラゴンロード、後ろに控えるは同じくアルバート子爵家騎士団所属ボビー・ソード。剣鬼ボビーと言った方が通りが良いかな?
我らはマケドニアル・グロリア閣下の命によりヨークシャー森林国の疫病対策の為彼の国へと向かう使節団である。
使者として孫娘であらせられるパトリシアお嬢様が同行されておられる他、賢者シルビア様、賢者イザベル様が向かう事となっている。
彼の国での感染症の件について至急確認したい事がある、全ての街門兵を集めていただきたい。これは西側、東側、休暇中の者全てである。
私の言葉はマケドニアル・グロリア閣下のご意思である、急ぎ行動に移られよ!」
「「「「ハッ、直ちに!!」」」」
ケビンの口上に急ぎ動き出す領兵たち。ある者は非番の兵士を探しに、ある者は西門の兵士を呼びに。決して小さくない街は途端ざわめきに包まれる。
「一体何の騒ぎであるか、我が街において勝手は許さんぞ!!」
その声は騒ぎを聞き駆け付けた街の監督官のもの。
「お騒がせして申し訳ないの。儂はアルバート子爵家騎士団ボビー・ソードと言う者じゃ。
ちとマケドニアル閣下に用事を頼まれての?ヨークシャー森林国の疫病対策に動いて欲しいとか。
まぁ儂の仕事は賢者様方と使者として立たれたお孫様であらせられるパトリシアお嬢様の護衛なのだがの、国境の街に疫病が入り込んでいないか調べる必要があるとかで、勝手して申し訳ないが堪えてもらえんかの?」
「なっ、疫病だと?その様な話は聞いておらん。それにそうであるのならなぜ私に話を通さん、それが筋と言うものであろう!」
声を荒げる監督官だが、次の瞬間別の場所から声が上がる。
「ケビン様、おりました。こちらの者です」
「どれどれ、ほう、確かに。でもよく見付けたわね、殆んど掛かり始めじゃないかしら。この段階であれば聖水でも効くんじゃないの?」
それは集まった兵士の状態を診察していた十六夜と賢者シルビアのもの。
「賢者シルビア様、やはり呪病で間違いありませんか?」
「うん、間違いないわね。身体の方はさほど侵されていない様だし、潜伏期間と言ったところね。
あなた、ごく最近風邪の様な症状の人物と接触しなかったかしら?もしくは体調の悪そうな者を連れた人物とか」
「そう言われれば今朝検問を行った者の中にそうした者が。調子が悪いから宿に泊まりたいと言うので、西門から直ぐの“街の明かり亭”を紹介しましたが」
「遅かったか。賢者シルビア様、俺は急ぎその宿に向かいます、こちらの方にはこの光属性蜂蜜ウォーターを。
月影と十六夜は全ての兵士の確認を行ってから、街の人間の確認を頼む。
監督官殿、横車を押すこと大変申し訳ないが時間がない、謝罪は後程行う故今しばらくのご容赦を。
パトリシアお嬢様、後の事、よろしくお願いします」
ケビンはそれだけを告げると、全速力で西門に向け走り出すのであった。
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora