「監督官殿、この度は大変申し訳ございませんでした。
ですが何とか感染病の広がりは抑え込む事が出来たかと。
確認された感染者は旅の商人の一団五名、宿の主人とご婦人、それと従業員の者が二名。
宿の子供が遊びに出掛けているとのことで急ぎ探しましたが、幸い彼は感染しておらず街中に被害が広がっている様子は見られませんでした。
それとこちらは今回の感染症の治療薬となります」
ケビンは収納の腕輪からワイン樽を二十樽取り出すと、監督官へと
「こちらはキラービーの蜂蜜を使い今回の感染症用に調合した魔力水となります。これらは全て我が師、調薬師ミランダ・アルバート様の教えによるもの。効果は宿の商人たちの様子でご確認いただけるかと。
これをヨークシャー森林国側から訪れる全ての者たちに服用させてもらいたい。
この度の感染症には潜伏期間があり、症状の全く出ていない患者というものが見られます。気が付いた時には街が全滅と言う事態も想定出来るのです。
必要量はこちらのコップ一杯で十分でしょう、問題が解決した際には必ずお知らせに上がる事を誓いましょう」
急激に進展する事態にベイランドの監督官は目を見開く。
それは唐突であった。東街門に現れたマケドニアル閣下の使者と名乗る者たち、越権行為とも取れる領兵の招集、そこに控えるアルバート子爵家騎士剣鬼ボビーとマケドニアル閣下のお孫様と名乗る女性。その御方は領都でお見かけした事のあるパトリシア様ご本人。
ベイランドの監督官として、国境の街を治める長としてたとえ相手が何者であろうとも勝手を許すわけにはいかない。
だが状況が街の存亡に関わる緊急事態であると言うのなら、貴族の矜持など紙切れほどの価値もない。
「いや、謝罪は結構。我はグロリア辺境伯閣下に直接ベイランドを任された者、たかが貴族の矜持の為にグロリア辺境伯閣下が差し伸べてくださった手を払いのける愚を犯すほど愚かではないと自負しておる。
貴殿が我が街に害を及ぼそう者でないという事は、貴殿の行動とそちらに居られるパトリシア様により明らか。
グロリア辺境伯閣下があれほど溺愛なさっているお孫様を使者に出すという事は貴殿や賢者様方を信頼なさっての事であろう。
ヨークシャー森林国の疫病はこの街の、延いてはオーランド王国の存亡にも関わる大事。
ベイランドを治める者として、皆様方のお役目が無事為されることをお祈りする」
国境の街ベイランドを治め、オーランド王国の顔として、城壁としてこの街を守って来た監督官は、感染症の恐ろしさも十分理解していた。
国を守るのはなにも魔物や盗賊、他国の侵攻といった見える脅威ばかりではない。難民の流入や疫病の拡大と言った国を乱す事態を未然に防ぐのも、国境を守る者の務めなのだ。
「賢者様方、月影、十六夜、この件以外に感染者は確認出来たか?またその兆候は?」
「いえ、感染者は東門で確認出来た領兵のみです。
どうやらこの感染症は、潜伏期間では感染能力が低い様に思われます。直接的な接触でもない限り潜伏期間における感染の問題はないかと。
他に感染者が見られない事から、今回の商隊が第一感染者と言った形であったものかと」
「そうね、私たちも色々と見て回ったけど、通常の風邪や病気に罹っている者はいても、例の感染症の患者は見られなかったわ。
何とか間に合ったって事なんじゃないかしら。
それにさっきの領兵も薬で回復が見られたし、念の為あの場に集まった者たちには教会で聖水を貰うように勧めておいたわ。
罹り始めの症状であれば聖水でも効き目があると思うわよ?
仮に感染者が現れた場合、本人及び周囲の者に聖水を与えておけばそれで被害拡大を抑える事が出来るんじゃないかしら」
賢者シルビアの助言、それは監督官にケビンが持ち込んだ治療薬が無くなった際の対処法を示すものであった。
「うむ、ケビン殿、ボビー殿、シルビア殿、イザベル殿。
此度の感染症への対応、ベイランド監督官として心より感謝する。
パトリシア様、ご使者のお役目が無事に為される事、心よりお祈りいたします。オーランド王国とヨークシャー森林国の民の為、自ら危険に飛び込むその勇気に敬意を」
“バッ”
監督官の言葉にその場にいた領兵たちが左胸に右の拳を当てる。
それは戦場に向かう同胞に向けて、最大の敬意を示す動作。
ベイランドの西街門を二台の馬車が進む、多くの領兵に見送られヨークシャー森林国王都リーフェリアを目指して。
オーランド王国とヨークシャー森林国の未来を守る為に。
――――――――
「はい、お疲れ~。ギリギリでしたが国境を越えて感染症が入り込むことは何とか防ぐ事が出来ました。
これで分かったとは思うけど、感染症って本気でまずいんです。
特に呪病は人の治癒力でどうにかなるって問題じゃない。
実際に患者を見た印象ですが、魔力量の多い者には感染しにくいみたいですね。
皆さんの場合、<魔力纏い>を意識して貰えればまず罹る事は無いでしょう。ですがそれは<魔力纏い>が出来る程の魔力操作ありきの話、一般の平民や貴族であっても殆どの者は防ぐことが難しいかと。
ですので先を急ぎます。パトリシアお嬢様にはプラウド侯爵家での対応をお願いします。
カミラメイド長、王都リーフェリアは混乱の極みと思われます、道案内をお願いします。
ジェイク君、エミリーちゃん、フィリーちゃん、ディアさん。
これから見る事になる光景はかなり衝撃的なものになるかもしれないけど、心を強く持ってね。
世界を股に掛ける冒険者になるんだったら、こういう場面を目にする機会も出てくるかもしれないしね」
国境の街ベイランドを後にした俺たちは、街道をしばらく進んで街が見えなくなったところで再びケビンお兄ちゃんの影空間の中に入ることとなった。
正直ベイランドの街では何がどうなってるのかさっぱり分からなかった。シルビア師匠とイザベル師匠、ケビンお兄ちゃんのメイドさんたちが忙しなく動き回っていたのは分かったけど、その緊迫が何を意味するのかを実感するのは難しかった。
これはエミリーやフィリー、ディアも同じだったんじゃないんだろうか。
俺は前世の記憶のお陰で感染症の怖さもなんとなく分かっているつもりだったけど、どちらかと言えばテレビニュースの事件の一つと言った感覚だったし、マスク生活は面倒だなと言った程度の認識しかなかったからな~。
ケビンお兄ちゃんは「それじゃ到着したら顔を出しますんで」と言うと、黒い地面に吸い込まれる様に消えて行くのでした。
「皆様、お疲れ様でございます。お茶のご用意が整いました、どうぞこちらへ」
声を掛けて来たのはケビンお兄ちゃんのところのメイドさん。確か月影さんと言ったかな?
普段は門番詰め所にいたりアナさんの小屋でお手伝いさんの様なことをしているらしい。
ディアが月影さんとヘンリー師匠に弟子入りしてるとかで、教えてくれたんだよね。
最初ヘンリー師匠は分かるけどなんでメイドの月影さん?と思ったんだけど、月影さんは斥候の技術が超一流らしい。
「月影師匠には敵わない」と言うのがディアの言葉、人は見掛けによらないと言うか見掛け通りと言うか。
もう一人のメイドさんの十六夜さんもそうだけど、神出鬼没はケビンお兄ちゃんのメイドさんの嗜みらしい。
アルバート子爵様のところのメイドさんたちは王家の諜報員らしいし、パトリシア様のメイドさんは角無しホーンラビット大好きの飼育係だし、マルセル村のメイドさんって俺が想像していたものと何か違う。
現実ってこんなものなのかな?俺もメイドさんの事なんか前世のラノベの知識くらいでしか知らないから何となくなんだけど。
「ジェイク君、どうしたの?」
俺がボケッとしていたら、エミリーが心配そうに覗き込んで来た。
これだけ色々あっても平然としているエミリーは、俺なんかよりよっぽど冒険者向きなのかもしれない。
「いや、ケビンお兄ちゃんが言っていた事が気になってね。王都で見る光景が衝撃的なものになるとか何とか。
俺たちはマルセル村しか知らないから人の多い街ってだけでも驚くところがあるだろう?
王都なんて言ったら沢山の人が生活してると思うんだ。
でもそんな場所で病気が流行ったら・・・、ちょっと想像が付かなくてね」
そう言い肩を竦める俺に、考え込む様な顔になるエミリー。
「でもケビンお兄ちゃんはそんな状況をどうやって解決するつもりなんだろう?
さっきのベイランドでは凄く慌ててたし、大樽を何個も出して感染症対策に使って欲しいとか言ってたでしょう?王都って言ったらもっと大きくて人も多い、とてもケビンお兄ちゃん一人でどうにか出来るとは思えないんだけど」
エミリーの言葉で不意に思い出す。前世では感染症対策の為にどれだけの事が行われたのか、多くの人々が協力しあい寝る間も惜しんで治療に当たり、それでも防ぎ切る事が出来なかった、それが感染症と言うものであると言うことを。
「ふむ、ジェイクよ、真剣に考える事は良いことではあるが、余り根を詰めすぎぬことじゃ。こうした事は昔から何度かあった事じゃでな。
病魔により滅んだ国、数年ごとに繰り返される病の流行、人の身にはどうする事も出来ぬことのなんと多い事か。
儂自身そうして亡くなった者を何度も見て来たし、病に侵された事もあった。こうして生きておるのも運がよかったからと言えなくもない。
今度の様に呪いによる病、呪病と言うものは知らんが、アンデッド系魔物のリッチキングにより滅ぼされた街や村であったら見た事がある。呪いの病とはある意味同じ様なものなのかもしれぬの」
そう言い力なく笑うボビー師匠、ボビー師匠は多くの自身の力の及ばない状況を経験し、それでも前に進み続けて来たのだろう。
ボビー師匠の言葉で思い出す、ソードオブファンタジーにも同じようなイベントがあった事を。
あれは確かオーランド王国王都バルセンで暗黒魔導士が呪いをばら撒くってイベントじゃなかったか、王都に広がった呪いは暗黒魔導士を倒す事で解決したんだけど、王妃様に掛けられた呪いはより悪化して、エリクサーを求めて世界樹に向けて旅をするんじゃなかったかな?
今回の場合もそんなラスボス的な敵がいる?いや、ケビンお兄ちゃんの様子からだとそんな簡単なものじゃないよな。
感染症の性質を持った呪い、本当に厄介極まりない。
俺は、俺たちは一体どうしたらいいのだろう。
“カチャッ”
ティーカップを置く音が、薄暗い影空間に響く。あまりの暗い雰囲気に、“これ、光属性魔法の<ライト>で明るくしたら多少気分も変わるんじゃね?”と魔法を発動しようとしたとき、「お待たせ~。それじゃ行こうか」と言うケビンお兄ちゃんの声が暗い空間に響くのでした。
・・・早くね?もう王都リーフェリアに着いたの?あれから少ししか時間たってないよ?目茶苦茶頑張った?そうなんだ、頑張れば行けちゃうんだ、ふ~ん。
相変わらず全てを力技でぶち壊すケビンお兄ちゃん。今回もケビンお兄ちゃんするだけなんだろうな~、よし、考えない事にしよう。
ふと横を見ればボビー師匠とカミラメイド長様が何か悟りを開いたようなアルカイックスマイルをされておられます。
パトリシア様は「これがケビン様の世界、“ケビン君がケビン君すると思うよ”と言うドレイクお義父様のお言葉はこういう意味だったんですね」と何か呟かれておられます。
そのうちパトリシア様も「ケビンお兄ちゃんだから仕方がない」と唱える様になるんだろうな。
ケビンお兄ちゃんの理不尽を乗り越えてこそのマルセル村の村人だもんな~。
食堂のガーネットさんとリンダさんも無事マルセル村の住民になったみたいだし、パトリシア様たちもすぐですよ?
俺はそんな事を考えながら、ケビンお兄ちゃんに促されて幌馬車へと乗り込むのでした。
「ジェイク君とエミリーちゃんは念の為このスカーフを口元に付けてね。ボビー師匠たちにはさっき渡して来たんだけど、これは聖水布の上位版だね、簡単な呪いなら防げるから。
首に巻いておくだけでも十分効くんだけど、この呪病は飛沫感染、唾や咳、くしゃみなんかでも広がるみたいだからね、念の為にね。
フィリーちゃんとディアさんは弟子の衣装に着替えて、それと俺の事はビーン・メイプルって呼んでね」
御者台から顔を出したケビンお兄ちゃんは、白い仮面を付け、蜂蜜色のローブを身に付け、フードを被った格好。
勇者病<仮性>症状が再発しちゃった?どんな治療も効かない不治の病が顔を出しちゃったの?
「“ロシナンテ、シルバー、頼んだ”、それじゃ出発します」
“ガタガタガタ”
走り出した二台の馬車、影空間から抜けた幌馬車は大胆にも王都を囲む街壁の直ぐ側、正門の前に姿を現す。
普通に考えれば大騒ぎになりそうなそんな状況、だがそこには。
「誰もいない?」
そう、そこに配置されているはずの門兵も、検問を待つ馬車の姿も見られない。無人のそこは、まるで死の街の様に静かで、そして不気味な雰囲気を醸し出す。
“ゴホゴホゴホ”
音のする方を見れば大通りの端に倒れ伏す人の姿、そんな人がいるにも関わらずそれを助けようと言う人が現れない。
思わず立ち上がろうとする俺の袖をエミリーが引っ張り、首を横に振る。
「ジェイク君、ここだけじゃない。多分だけどこの王都全体があの人みたいな感染症に苦しむ人たちで溢れかえっているんだと思う。
ジェイク君はその人たち全部を助ける事が出来るの?どうやって?
自己満足じゃいけない、よく考えて行動する。大森林の花園でケビンお兄ちゃんから教わったでしょう?」
エミリーに言われハッと我に返る。
ゴブリンの呪いを受けたフィリーとディアに何も出来なかった自分たち、世界樹の葉を求めて旅をする?それでエリクサーを作って二人の呪いを解く?それまで二人が生き残ってはいないと言うのに?
ケビンお兄ちゃんが教えてくれたのはどうしようもない現実、己が無力だという事、そして無力な自分を覆す方法を考え出す知恵の必要性。
“ガタガタガタ”
二台の馬車は進む、多くの人々が苦しみの呻きを上げ倒れ伏す教会の前を、診療所の脇を、店と言う店が軒を閉ざす無人の商店街を。
貴族街を抜けた先、マケドニアル・グロリアが次女ラナーニャ・プラウド夫人が待つプラウド侯爵家を目指して。
本日一話目です。