月明かりが深い森を照らす。煌めく星々が天を飾り、優しい暗がりが世界を染め上げる。
人々はその優しさに包まれ穏やかな眠りに就き、森の魔物たちは眠りに就くもの、起き出して活動するものと様々な顔を見せ始める。
「こんばんは、はじめまして。私はビーン、ビーン・メイプル。
あなたが精霊たちの生みの親、聖霊樹様でよろしいのですか?」
それは巨大な樹木であった。
ここは人々により大森林と呼ばれる特殊な場所、周囲の魔力濃度が濃くその分植物の成長も早い。そして木々は大きく育ち巨木と呼んでも差し支えない樹木が生え揃う。
そんな森の中にぽっかりと開いた広場とその中央に佇む周囲とは比較にならない天に届かんばかりの巨樹は、見る者の心を大きく揺さぶる。
“ザワザワザワザワ”
そんな巨大で、そして神聖な気配漂う樹木の枝葉が大きく騒めき、小さな光の粒子が中空の一点に集まると、その場に神々しい気配を纏う高貴なる御方が姿を現すのだった。
“人間よ、精霊使いを名乗りし者よ、よくぞ参りました。
我は聖霊樹、我は其方の来訪を歓迎しましょう”
その御方から齎された言葉は、魂を揺さぶり、頭に直接響く天上の調べ。
言葉を掛けられたビーンは自然膝を突き頭を垂れ、頭を垂れ・・・。まぁこの辺はいいか?
「あっ、どうも。えっとそれじゃ早速なんですけど、ちょっとそのキラキラ抑えて貰えます?正直眩しいです。
ちょっと話と言うかお願いがありましてね?せっかくなんでお茶でもどうです?
これ、ウチの村で採れる聖茶って言うんですけど、紬や御神木様にも好評なんですよ」
神聖なる高位存在を前にした矮小なる人間ビーン・メイプルは、収納の腕輪から絨毯を取り出しその場に敷くと、テーブルセットを並べお茶の準備を始めるのであった。
―――――――
私が私としての意識を持ったのは何時の事であったか、長い生を持つ私はその事をあまり覚えてはいない。
憶えている内で一番古い記憶と言えば恐怖の感情。
襲い来る緑色の生き物、倒しても倒してもやって来るそれは、私の身体を蝕み、樹皮を剥ぎ、枝を折り、その身に取り込もうとする厄介極まりない存在であった。
後で分かった事だがそれらはゴブリンと呼ばれる生き物であり、多くの生き物から忌み嫌われる存在であった。
木々を倒し、生き物を襲う、倒しても倒しても増え続ける驚異的な繁殖力に私は恐怖し、森を守り自らを守る為に戦い続けた。
一人での戦いには無理がある、多くの手足が必要だ。
長い長いゴブリンとの戦い、私はいつしか周囲の生き物に自身の力を分け与え、共に戦う兵とする事が出来る様になっていた。
私は彼らに力を与える、兵は自身の力を与える生き物を見出し、配下の者とする。その配下は更に自らの配下を作り出しと言った形で戦力は増え、ゴブリンとの戦いは常に互角以上の成果を見せる事が出来る様になって行った。
それは偶然であった、ある兵がゴブリン討伐に向かい、ゴブリンと戦うゴブリンよりも大きな生き物を見つけたと言って来たのだ。
私達の目的はゴブリンの殲滅、その生き物もゴブリンと戦っている。であるのならば力を貸す事に否やは無かった。
その生き物は私の兵に驚くも、助力を感謝し、共にゴブリンと戦うと言う。
私は兵の中でも力の弱い者に、その生き物と共に力を合わせゴブリン退治に赴くように命じた。
私の命令は思わぬ結果となって現れた。
元々力の弱かった兵は、ゴブリンよりも大きな生き物、人間から魔力を得る事で強い魔法を人間に使わせることが出来る様になったのだ。また人間が使う事の出来ない魔法も兵ならば使う事が出来る。
兵と人間は協力し合い、増え続けるゴブリンを殲滅する事に成功したのであった。
以来兵たちは精霊と呼ばれ、私は聖霊樹として崇められる様になった。
人間は精霊の力を求め、精霊は人間の魔力を求める。
互いに協力し合い森の平和を守って行く。それはやがてヨークシャー森林国と言う集合体を作り、そこは森を愛し森を慈しむ者たちによって受け継がれて行く事となった。
“カチャッ”
人間と言うものを観察し、学ぶ中で食べ物を摂取する事、飲食する事を身に付けた。普段根から吸収し葉により作り出す養分を、分体の口から摂取する。
流石に精霊たちの様な味覚は再現出来てはいないが、これはこれで面白い。
目の前の人間が用意した飲み物は確かに人間が自慢するだけあり、これまで飲んだどの飲み物よりも“美味しい”と感じる事の出来るものであった。
込められた濃厚な光属性魔力と若葉より染み出した旨味が、分体の身体全体に染み渡っていく。
例えるのなら良質の肥料と良質の水を与えられ、穏やかな気候の中日光に当たっているような感覚。
まさに私の為に用意された様な飲み物に、自然顔もほころぶ。
「気に入ってくれたみたいで良かったっす。あ、仮面外しますね、聖霊樹様の前で見た目を偽っても意味が無いんで。
それで話って言うのは聖霊樹様に挨拶をしたいって方が居ましてね、ちょっと呼んでもいいですか?」
人間の言葉に訝しみの視線を送るも、取り敢えず了承する。
この人間には興味があったのだ。私の領域であるヨークシャー森林国内に突然現れた強き力を持つ精霊と共にある者。
だがその精霊は私の傘下の者ではない、であるのなら私と同等の力を持つ別の存在の縁者、いつだかエルフとか言う種族の者に聞いた世界樹と言うものの縁者か?
人間は私の了承を受け何やらスキルを発動した。
「<出張:御神木様>」
地面に現れた光の文様、それはエルフの使う魔法陣と呼ばれるもの。その魔法陣の上に集束する光の粒子、これは私が分体を作り出す時の現象に似ているが。
そこに現れた者は背の高い偉丈夫。森の木こりと呼ばれる者たちを彷彿とさせる、そんな者。だがその身より溢れる神聖なる気配、これは遠い昔に訪れた天界の者?
立ち上がり自然と跪く分体、この動作にどのような意味があるのかは何となくでしか分からないが、人間が私に敬意を示す際にする動作であり、私が目の前の者に格の違いを感じている証左。
“突然の来訪、申し訳ない。それと膝を上げてはくれまいか、我は貴殿より歳若の者、経験や知恵では貴殿に遠く及ばぬ者故、その様な態度を取られる所以も無い。
この場は貴殿の領域、我が姿を現す事の許可を頂き感謝する”
私は長く生きて来た、多くの敵と戦い生き延びて来た。
精霊に囲まれ人間と共存し、知識や知恵を身に付けて来た。
だが知らない事、力およばぬ事のなんと多い事か。
今日また新たなる出会いを果たした。この出会いの記憶は自身の年輪に深く刻まれる事だろう。
世界は広く自身は弱い。私は改めてその思いを強くするのであった。
――――――――――――
いや~、聖霊樹様、話の分かるいい御方だったわ~。
そして明かされるゴブリンとの壮絶な戦いの歴史、潰しても潰しても復活するゴブリンの恐怖。
そりゃ精霊がゴブリン嫌いになる訳ですわ、数千年単位での宿敵って、凄いぞゴブリン。
そんでもってなんで聖霊樹様がそこまでゴブリンに狙われ続けて来たのか?これがまた驚愕の事実なんですが、実は聖霊樹さま、どうやらサトウカエデのトレント様だったらしくてですね~、樹液がとっても甘いんですわ。
しかも魔力豊富、これゴブリンどころか大森林の魔物から狙われまくりじゃね?ってレベル。
まぁゴブリン以外の魔物たちは学習能力がありますから?聖霊樹様の危険性を察知して無茶はしなかったみたいなんですけどね?
ゴブリンって欲望に忠実だから。
懲りない、学習しても活かさないはゴブリンの基本スタイルですからね。ある意味人間も似た様な物ですが。
で、戦いの中で自身の兵隊を作り出したり人間を引き込んだりってしているうちに現在のような形になったんだそうです。
でも相手は人間、碌でもない様なのはいるでしょう?って聞いたら、そうしたものは精霊に監視させてるんだそうです。
聖霊樹様は人間社会のあれこれに基本不干渉、精霊と人間の関係は精霊たちに一任なさっているとか。
“力は貸すけど干渉しない。森を愛し森を守ってくれるんならそれでよし”と言うのが聖霊樹様の基本方針なんだとか。
カッケ~、聖霊樹様、格好いいっす。
やっぱ信仰の対象になるような御方は器が違うわ。俺と御神木様は聖霊樹様のお話に、唯々感心したのであります。
ん?紬はどうしたのか?聖霊樹様から頂いた山盛りの葉っぱを貪っておられますが?(キャタピラーモードで)
御神木様が“なぜキャタピラーを精霊女王になされたのですか?”との問いに、“ちとそこの者がドラゴンの素材に負けぬ繊維を欲しがっていてな、紬よ、聖霊樹殿に何か作ってはくれぬか?”と返し、紬が即興で見事な女神様衣装を作った時は聖霊樹様もかなり驚かれておられましたが。
紬先生、ベネットお婆さんの所の修行によってさらに腕を上げられたようです。
「そうそう、お二人にこの場に来て頂いたのはお二人をお引き合わせしたかったのもあるんですが、ちょっとヨークシャー森林国国内の人間の方で問題が発生してまして」
俺はお二人に、聖霊樹様と精霊姫様の威厳を上げつつ国内の問題を解決するある大芝居の提案を行うのでした。
――――――――――
「王家と主要貴族家の者達の病状が回復しただと?それは一体どういう事だ!」
室内に響く怒鳴り声、部屋の主は報告者に向かい苛立ちの感情を隠さない。
「ハッ、各貴族家に忍び込ませている配下の者によりますと、オーランド王国より疫病対策の使者として賢者二名と精霊使いと名乗る者が参ったとか。その者達が疫病の治療薬を各貴族家に齎したものかと」
「なっ、それはどういう事であるか、あの疫病は通常の治療薬では効果が無く、治療法も無いという話ではなかったのか!
効果がみられるハイポーションと聖水でも完治する事はない、そういう話であったであろう」
「はい、あの疫病は一見普通の病の様に見えますが、その実態は呪術による呪い、解術以外に回復の手段はありません。
ですが解術の方法は何も我々が用意した正規のモノだけではありませんので」
「それは一体どういう・・・」
「使者たちは大量の霊薬を各貴族家に配ったのです。霊薬は幅広い呪術を解術可能、これは広く知られた事実。
この度の感染型呪術は直接対象者を死に至らしめるほど強力なものではない代わりに周囲に呪いをばら撒くもの、霊薬に対抗出来る程の力は端から持ち合わせてはいないのです」
報告を受けたものは今度こそ絶句し黙り込む。霊薬とはポーション瓶一本の量であろうとも入手困難と呼ばれるもの、それを高位貴族だけとはいえ王都中にばら撒くなどどれ程の財力と技術力があれば行えると言うのか。
「ですがご安心を、既に計画は最終段階にあります。今更高位貴族の呪病が解かれようとも、状況は何も変わりません。
閣下に置かれましては我々バルカン帝国側の窓口になっていただき、今後のヨークシャー森林国の運営に辣腕を振るっていただきたく存じます」
そう言い頭を垂れる報告者の様子に、部屋の主は気持ちを持ち直す。
「相分かった、して侵攻は何時になるのか」
「ハッ、一両日中には」
部屋の主は報告者の言葉に、口元に愉悦の笑みを浮かべる。
その顔は
本日一話目です。