転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

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第345話 ヨークシャー森林国の黄昏 (2)

輝く大地、美しく舞い踊る光の霧。その奇跡は儀式を行う王宮前広場ばかりでなく、王都リーフェリアを始めヨークシャー森林国全土で発生していた。 

 

“グホッ、バタン”

その霧に包まれ倒れ伏し、身体から黒い靄を漂わせる者。彼らが身に付けていた装具がボロボロと崩れ落ち、後には涙を流し感謝の祈りを捧げる者の姿が残る。王都中の各地で、ヨークシャー森林国の各地で同じ様に倒れる複数の者たち、彼らは皆自身の身に起きた奇跡を聖霊樹に感謝し膝を突く。

 

 

「あの光はなんだ、ヨークシャー森林国で一体何が起きている!?」

「分かりません、王都リーフェリアや各地に潜ませていた諜報部隊からの通信が全て遮断されています。

あの光る霧が現れてから一切の通信が不能となっています!」

 

呪術術式を使った遠距離通信、帝国の軍事力を飛躍的に引き上げた技術革新は、ヨークシャー森林国侵攻に大いに力を振るっていた。その通信が全て断たれる、相手の情報が全く分からなくなった今、バルカン帝国軍侵攻作戦総指令部は混乱の極みにあった。

 

「司令官、いかがなさいますか?」

「あの霧がどう言った効果のものであるのか分からん状態で、無暗に手を出す訳には行かん。

だがあれほどの大魔法、永続可能とはとても考えられん。

霧が収まり次第総攻撃を掛ける。

爆薬投擲準備、機構魔導師団前へ、トリニア砦を落とすぞ!」

 

「「「ハッ、直ちに!!」」」

 

司令官は目の前の光の霧に包まれるトリニア砦を鋭い視線で睨み付ける。

 

「この一戦、負ける訳には行かんのだよ。バルカン帝国に栄光あれ」

 

交錯する思惑、戦場の状況は先の見えない混迷に包まれて行くのであった。

 

――――――――

 

「国王陛下、これは一体・・・」

「うむ、おそらくではあるがあのビーン殿が聖霊樹様や他の御方々様のお力を借り、術式を行使なさっておられるのだろう。

先程も聖霊樹様が“苦境に手を差し伸べる事叶わず、事態の悪化を見守る事しか出来なかった”と仰られていた。

これは言い方を変えればその手段がなかったとも言える。

ビーン殿が何らかの方法で聖霊樹様に手段の提供を申し出る事でこの奇跡を主導したと考えれば、全てに辻褄(つじつま)が合う。

 

そして昨日提供された“中級天使の涙”、これもビーン殿がプラウド侯爵家を通じ我が王家の者や高位貴族家の者たちに配ったものであるとか。

我はあの者が何らかの目的で我が国に入り込む為に此度の感染症騒ぎを利用したのかと疑っていたが、それは穿ち過ぎの見方であったようだ。

聖霊樹様の信頼を得てあれほどの力を行使する者が、その様な小細工をする必要性がどこにあろうか。

しかもビーン殿は終始この儀式は精霊姫と聖霊樹様による奇跡であると明言しておる。

それは自身の名声を求めずこの国の柱を尊重すると言った考えの表れ。

我が国はこの恩にどう報いればよいのか」

 

儀式の行われている王宮前広場では未だ六本の光の柱が天に届かんばかりに伸び、周囲は光り輝く霧に包まれている。

その霧は身体の中に巣食う病を取り除き、心の(おり)を洗い流す。

その儀式の中心では三柱の高位存在に囲まれた精霊使いビーン・メイプルが天に向かい手を翳し、大きな叫びを上げる。

 

「“ヨークシャー森林国を覆いし穢れた魔力よ、その役割は終わりを迎えた。行き場を失いし者たちよ、我が身に宿れ。

我は我が身を持って其方らを浄化せん!!”」

それは宣言、精霊使いビーン・メイプルは、この国を襲った穢れの一切をその身に受けると宣言したのだ。

 

“ズゴゴゴゴゴゴ”

陽光が閉ざされる。

上空を埋め尽くす黒い雲、それは渦を描き王都リーフェリアを覆い隠す。

いや、それは雲などではない、ヨークシャー森林国中から集まった穢れの全て。

 

「“いと尊き御方様方よ、聖霊樹様、神聖樹様、精霊女王様。

皆様のお陰でこの国を蝕んでいた穢れは全て拭い去られました。

後は人の世の問題、産まれた穢れもまた人の罪、その全ては人たる私が被らねばならぬもの。

皆様方に再びお会い出来ます事、心より望みます。

<送還:精霊女王様(紬):神聖樹様(御神木様)>

<業務連絡:聖霊樹様(メイプリー様、状況終了です)>”」

 

大地の文様が輝き、三柱の御方様方が光に包まれ姿を消して行く。

 

「ヨークシャー森林国の王家の方々、並びに高貴なる御方様方、この国を侵していた疫病はすべて取り除かれました。

ですがその被害は甚大、お国を元に戻すのには多大な努力が必要となるでしょう。

ここから先は人の力、絆の力が試される、後の事はお任せいたします。

ブルガリア公爵家の皆様方、精霊姫様のご尽力により無事儀式を終える事が出来る事、このビーン・メイプル、心より感謝を。

ですが力を使い果たした精霊姫様にはいましばらく護衛が必要でしょう。

我が弟子たちをお傍に置かれます様、お願いいたします。

この国に巣食うのは何も疫病ばかりではない、その事は皆様方が一番ご存じかと」

 

ビーンはそこで言葉を切ると天に向かい顔を上げる。そしてスッと右手を上げた。

その手にはいつの間に握られていたであろう一振りの直刀。

 

「“この国に産まれし穢れよ、我が下に!!”」

 

“ズオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ“

 

天が落ちた、そう表現するに相応しい状況。空を覆い尽くしていた闇が、一斉にビーン目掛けて降り掛かったのだ。

 

それは永劫の時間か、それとも刹那か。

ゆっくりと目を開けた先に広がっていたもの、それは青く澄み渡った空と眩しい太陽。

広場の中央には天に向かい直刀を翳した一人の人物。

 

“ガハッ、ドサッ”

何か咳込む様な音と共に崩れ落ちるビーン。

兵士の一人が急ぎ駆け付けようとするも、ビーンはそれを手で制する。

そしてその伸ばされた手から噴き出す濃厚な闇。

 

「“この場にいる者達へ。私は暫し闇の浄化に当たります。誰もこの場に近付けない様に。

なに、私はこれくらいでは負けませんよ。

私達には聖霊樹様の加護がある、そうでしょう?

これから大変なのは皆さんです。

ヨークシャー森林国の未来に幸あれ!

<結界>”」

 

その場にいる全ての者の心に響くビーンのメッセージ。

瞬間ビーンの周りを光の膜が覆い尽くす。その光景を見やった彼はそのまま力なく崩れ、彼の身体から濃厚な闇が溢れ出し光の膜の中を覆い尽くす。

人々はその光景を唯々見詰める事しか出来ないのであった。

 

「国王陛下、大変です、バルカン帝国がトリニア砦に対し侵攻を開始しました。現在バルカン帝国軍と交戦中であるとの連絡が精霊通信により入っております!」

 

「なんだと、バルカン帝国め、我が国が病に苦しんでおることをいい事に。至急議会を招集する、バルカン帝国との戦争である、国力の全てを賭してでも連中の好きにさせるな!

 

それとこの王宮前広場は閉鎖とする。この場では我が国の恩人がいまだ戦っておられる。何人もビーン殿の戦いの邪魔をする事は許さん。これは国王命令である。

我々には我々の戦いが待っている、皆の者、ビーン殿に感謝を!」

 

“バッ”

左胸に当てられた拳、それはこれから戦いに赴く者達の誓い。

ビーン殿の献身は決して無駄にはしない。我々はバルカン帝国に勝利し、この国を守り抜いて見せる!

 

ヨークシャー森林国は国難を前に一つになった。いかなる敵をも弾き返す、難攻不落、それがヨークシャー森林国なのである。

 

――――――――

 

「クソクソクソクソクソーッ!!」

“ガシャーン”

床に叩き付けられた調度品、とある伯爵家屋敷、その当主執務室では壮年の男が苛立ちにテーブルの上の物を投げ散らかす。

 

「何故だ、何故こんな事に。計画はすべて順調に進んでいた、あと一歩、全ては時間の問題であった筈、それがどうして」

 

部屋の中にいる者は男性ともう一人、執事服に身を包んだ者は男性に言葉を掛ける。

 

「落ち着いて下さい、既にバルカン帝国の侵攻は開始されております。ヨークシャー森林国の混乱は病状が回復したからと言ってすぐにどうにかなるような甘いものではない、それに精霊姫は儀式によって力尽き未だ眠りから覚めないとか。

警備の厳重さが増した事で手出しは出来なくなっていますが、使えない駒に用はない。

我々の計画が全て崩れ去った訳ではないのです」

 

執事の言葉に暫し考えを巡らせ、執務机に腰を下ろす男性。

 

「そうか、そうであるな。未だ日は落ちてはいない、そう言う事であったな。

それで戦況はどうなっておる?常に通信により連絡を取り合っておるのであろう?」

男性は気持ちを切り替え現状の確認を行う。だがその会話は予期せぬ者の登場により遮られる。

 

「う~ん、連絡は付かないと思うよ。なんか凄かったよね~。

光の大浄化?上から見てたけど、何あれ?

上空何メート?って聞きたくなるほどの光の柱、王都リーフェリアを覆い尽くす大浄化魔法?なんか以前見た事のある聖域ってのにそっくりな感じだったんだけど、あれってどうやるの?

それに大地を覆い尽くす光の霧、これ確認出来なかったけど、おそらくヨークシャー森林国全体を覆い尽くしてたと思うよ?

なにか聖霊樹様とかそれに匹敵する様な高位存在を呼び出してたみたいだけど、儀式魔法って言うのかな、大賢者の広範囲魔法でもこうはいかないんじゃないかな?

最後は王都を覆い尽くさんばかりに集まった呪いの塊を引き受けるって、あのビーンって人物、本当に人間なの?

意味解んない」

 

そのナニカはいつの間にかそこにいた。誰かが入って来たとか隠れていたとかではなく、忽然とその場に現れた。

そんなナニカに対し男性も執事も何もせずただ黙って見詰め続ける。いや、何もしないのではなく何も出来ない。

そんな沈黙の中、ナニカは言葉を続ける。

 

「実際凄いと思うよ、呪病って言ったかな、ヨークシャー森林国を内部から突き崩すのにこれほど有効な手段なんて思い付かないよ。

これを考えついた帝国の人間は天才だね。まさに神をも恐れぬ所業、思い付いてもそうそう出来る事じゃない。

この作戦の何が素晴らしいかって、やりようによっては侵略した事に感謝すらされちゃう所かな。国民の支持は止まる所を知らず、親バルカン帝国派閥なんて物が生まれても不思議じゃないって言うね。

“毒と解毒薬は同時に用意しろ”、裏社会じゃ鉄則らしいね。

 

で、あと一歩でこの国はバルカン帝国のものになる所だった、本当にあと一歩、一月もあれば完了してたんじゃないかな?

ところがどっこい、ビーン・メイプルだっけ?どこから来たんだい彼らは。

突然だよ、突然。僕の監視網でも気が付かないって相当だよ?

何故か王都リーフェリアに忽然と現れて、たった二日で状況をひっくり返しちゃう。あんなの反則でしょう~。もうね、笑うしかないって。

 

でもまぁあんな大舞台を見せられちゃったらね~、ちょっと手助けしたくなっちゃうじゃない?

残念ながら今回は君たちの負け、ここは素直に手を引いて欲しいかな。何か仕込んでた現地人も解放されちゃったみたいだし?あれ呪いの魔道具か何かなの?ボロボロに砕けちゃって原型が分からなかったんだけど。

凄いよね、バルカン帝国の技術力。

もうさ、普通に経済力だけでも世界取れるんじゃないの?無理に軍事侵攻しなくてもいいよね?人間のその辺の感覚は分からないんだけどね」

 

そう言い愉快そうに笑うナニカ、だがその場にいる者は唯々恐怖に身を震わせる。そのナニカはこれだけの事態を、国家の滅亡すら観劇の一演目としか見ないそんな存在、自分達の事などまるで見えてはいない、そのナニカにとって自分たちなど塵に等しいのだから。

 

「えっと、執事服の君、帝国諜報部の工作員だね。ご苦労様。

君の部下の者は既に抑えているよ。

それと呪術師たちだけど、本人たちが帰りたがらないんだよね。

何で彼らは僕が貰っておくね、本国には好きに言っておいて。

帰りはそうだな、トリニア砦から二つ行った先の街があったでしょう、名前は知らないけどそこまで送ってあげるよ。

なんかトリニア砦も楽しい事になってるみたいだからちょっと見に行こうと思ってね、そのついで。

で、君だけど」

 

ナニカの意識が男性に向けられる。フードを目深に被ったその先は、影になって表情を見る事は出来ない。だがその狂気を孕んだ声音からは愉悦の感情が伝わって来る。

 

「君はゲームに負けちゃったんだから仕方がないよね。ハイリスクハイリターンって言ったかな?昔転生者だっていう人物に教わった言葉。

ベットした物、それは命か人生か。君はどっちなんだろうね?」

 

“バタバタッ”

突然その場に倒れ込む男性と執事、執事はそのまま暗い影に沈んで行き、執務室に残されたのは男性只一人。

 

“コトッ”

「光属性マシマシマシマシ聖茶、君の新しい人生に幸多からん事を」

ナニカは魔力を形に変え漏斗の様な物を作り出すと、その管の先を男性の口の中に入れ、カップに満たされた液体を漏斗の口に注いでいくのでした。




本日一話目です。
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