「寄ってらっしゃい見てらっしゃい。王都名物ふわふわパンの甘汁掛けだよ~。
この香り、堪らないだろう?そこのお嬢さん、お一つどうだい?」
「獲れ立てオークの照り焼きだよ~。契約冒険者が獲って来たばかり、鮮度抜群のオークさ、味は私が保証するよ~。
是非精霊姫様にも食べていただきたい逸品だよ~!!」
王都リーフェリアに喧騒が戻る。
死の街と化していた王都、路地のあちこちで
だが訪れたのは救いの手、奇跡の光に包まれ自身を蝕んでいた苦しみの全てから解き放たれた彼らは、愛する者の下に駆け寄り互いの無事に涙する。
病に侵されていた人々は自身の身に起きた奇跡を喜び、それを齎してくださった聖霊樹様と精霊姫様に深い感謝の祈りを捧げた。
街は蘇った、これまで停滞していた全ての物事が動き出す。
だがそんな彼らに厄災は容赦なく襲い掛かる。
バルカン帝国の侵攻、その知らせは奇跡に沸く王都民の中を瞬く間に駆け抜ける。
病に苦しむヨークシャー森林国に向けられた刃、その凶行を許す事など出来ようか。
人々の心は一つ、バルカン帝国の魔の手を打ち砕く。
ヨークシャー森林国は負けない、我らには聖霊樹様、精霊様、精霊姫様が付いてくださっている。
国民の力が一つにまとまったとき、更なる奇跡がヨークシャー森林国を救う事となる。
大規模スタンピードの発生。
崩壊する戦線、まるで全てが無かったかの様に何もかもが消え去ってしまった戦場。
だがそこでは確かに大きな戦いが行われていた。崩壊したトリニア砦、傷付き苦しむ多くの同胞、国を守る為その命を散らした英霊たち。
戦いはあった、だがヨークシャー森林国に齎された奇跡はその全てを洗い流した。
“精霊姫様の奇跡”、“トリニア砦の怪奇”、我々ヨークシャー森林国の民は大いなる力に守られている。
人々は精霊様に対する信仰を益々厚くし、精霊様と共にこの国を守り森と共に生きて行く事を誓う。
“千年の平和の始まり”、後の歴史でそう語られるヨークシャー森林国の受難は、こうして幕を閉じるのであった。
―――――――――
「エミリー、凄い人だかりだけどこんな中お土産を買いに行くの?」
王都リーフェリアは興奮の渦に包まれていた。
“精霊姫様の奇跡”、“トリニア砦の怪奇”。
病に苦しみ死を覚悟していた人々にとって立て続けに齎された奇跡は人生を変えるほどの大転換点となった事だろう。
王宮前広場には多くの人々が集まり、聖霊樹様と精霊姫様に感謝し祈りを捧げようとした。
王都に立ち昇った天を貫かんばかりの光の柱は、多くの人々に目撃されており、そこで行われていた祈りの儀式の話がアッという間に王都中に広がったのだから無理もないことだろう。
だが王家は決して広場に人を立ち入らせようとしなかった。
多くの兵を配置し、広場を完全に封鎖した。
人々は思った、これは聖地である王宮前広場を荒らさせない為の措置であると。自分たちは軽率であった、奇跡の儀式が行われた聖地を自分たちで踏み荒らすところであったと。
そして広場前で跪き祈りを捧げた。
“自分たちをお救い下さりありがとうございます。ヨークシャー森林国をお守り下さりありがとうございます”と。
くしくもそれは、広場中央に佇む漆黒の結界に向かい祈りを捧げているかの様であったという。
「そうだよ?折角ボビー師匠が息抜きも必要だからって送り出してくれたんだし楽しまないと。
それにお姉ちゃんも言ってたよ、“その国の事を知るにはその地で暮らす民を知る事から始めなければならない”って。
私たちは世界を股に掛ける冒険者になるんでしょう?だったらいろんな国の事を知って行かないと、偏見や思い込みはいけないってケビンお兄ちゃんも言っていたよ?」
「うぐっ、いつの間にかエミリーが立派な事を言うようになってる。こないだからなんか負けてる気がするのって気のせいじゃないよね?
エミリーに一体何があったのさ!?」
「へへへ~、実はパトリシアお姉ちゃんに色々教わってるんでした。
“モノの見方や考え方が凝り固まっていては物事の本当の姿は見えてこない、柔軟な思考からしか新しい道は生まれない”
私がジェイク君たちと一緒に世界を股に掛ける冒険者になるのって言ったら、“エミリーちゃんの役割は戦う彼らを支える事”って言って今まで知らなかったことや色んな考え方なんかを楽しくお話ししてくれるようになったの。
パトリシアお姉ちゃんってとっても優しいんだよ♪」
そう言い楽しげに笑うエミリー。あの勉強嫌いのエミリーがシルビア師匠やイザベル師匠の授業をちゃんと聞いているから変だとは思っていたけど、こんな裏事情があったとは。
恐るべし、パトリシアお嬢様。
勉強嫌いの子供を言葉巧みに誘導し自ら学ぶ力を付けさせる、簡単に見えて非常に難しい事をいとも容易く行うパトリシアの人心掌握術に、唯々戦慄を覚えるジェイクなのでありました。
「お姉さん、このマッドボアの照り焼き一つ貰える?銅貨五十枚ね、オーランド王国硬貨なんだけど大丈夫?なんか色んなところで病気が発生してたみたいでさ、全然換金出来なかったんだよね~。
オーランド王国硬貨は同率で扱われているんだ、それは助かるわ~。
因みにバルカン帝国硬貨って・・・そんな睨むような顔しないでよ~、ちょっと気になっただけだって。俺行った事ないし持ってないっての。
絶対に出さない方がいいのね、了解了解。
バルカン帝国との間がそこまで拗れてるって知らなくてさ~、二回ほど戦争があったんでしょう?
えっ、また攻め込まれたの?ダメじゃん、こんなお祭り騒ぎしてる場合じゃないじゃん。
あっ、もう終わったのね。流石国民全てが精霊魔法の使い手と言われる国、半端ないわ~って旨!?
お姉さん、あるだけ頂戴、あるだけ。めっちゃ旨いわ、これ最高♪」
聞こえて来たのは屋台の店員と買い物客との会話。その言葉にエミリーは目を輝かせ、ジェイクはハッと何かに気が付いたといった顔になる。
「ねぇジェイク君聞こえた?私もマッドボアの照り焼き食べたい!」
「そうだね、確かにお腹が減って来たよね。それにオーランド王国の貨幣なら普通に使えるって、俺もその辺はうっかりしてたよ。そうだよね、外国だもん本来その国の貨幣に換金しないと駄目だよね。
トーマスお父さんが一度外国に行ってみた方がいいって言ってたことの意味がよく分かったよ。国が違えば常識も変わる。
さっきの貨幣の事もそうだし、バルカン帝国の貨幣を出したら睨まれるって事もそう。気を付けないといけない事って結構あるんだね」
「そうだよ、場所によっては抱擁して頭を撫でたら結婚しないといけないってところもあるんだから気を付けないと。
特にジェイク君はそんなところが抜けてそうだし?」
「噓、そんなところがあるの!?外国って怖い。エミリーさん、ご指導のほど、よろしくお願いします」
「フフフ、よろしい、エミリーにお任せだよ」
多くの人々でごった返す街の大通りを、
―――――――――
遠くから街の喧騒が聞こえる。だが広場に人々の喜びの声が響く事はなく、その場には神聖な気配と静かな祈りだけが続いている。
ヨークシャー森林国を襲った病魔を取り除く為、王宮前広場で大規模な祈りの儀式が行われてから四日が過ぎた。
国に蔓延していた疫病はまるでそのこと自体が嘘であったかの様に綺麗に消え去ったばかりか、様々な病に苦しんでいた人々がその苦しみから解放された。その事象は儀式を取り仕切った精霊姫にちなみ“精霊姫様の奇跡”として国民に広く知れ渡り、その儀式を題材にした歌が吟遊詩人により奏でられ、人々を大いに楽しませることとなった。
人々は儀式が行われ天に届かんばかりの光の柱の起点となった王宮前広場を聖地と崇め、日々訪れては祈りを捧げる様になっていた。
「国王陛下、今日もいらしていたのですか」
「うむ、何か気になってな。報告では各地で発生していた疫病はすべて取り除かれ、国内に存在した忌み地や穢れ地と呼ばれていたアンデッド魔物の発生地域も消滅してしまったとか。
その全ての穢れを引き受けてくださったビーン殿が未だ穢れの浄化に苦しんでおられるのに自分たちだけが平和を享受していてよいものかとな。
そして今回の件で最大の功労者であるビーン殿をないがしろにしてしまっている事がの」
国王ビスコン・デ・ビンギスは漆黒の結界を見詰め呟く。
穢れとの戦い、それがどれほど過酷で苦しいモノであるのか、それを想像することは難しい。だが国を覆うほどの穢れを一身に受ける事が容易い事でない事、その献身がどれほどの偉業であるかと言ったことは想像に難くない。
王宮魔導士の全てが口をそろえて言う、あの結界には決して近付いてはならないと。あまりに濃厚な呪いの穢れに直視するだけで気を失いそうになる、あの空間の中で人が生きていられるという事が信じられないと。
未だ消える事のない結界内の暗黒の暗闇は、精霊使いビーン・メイプルと呪いとの戦いが続いている事の証左。
自分たちに出来る事はこの場に人を近付けさせず、彼の者の無事な生還を祈る事のみ。
その瞬間は何の前触れもなく訪れた。漆黒に染まった結界、そこから漏れ出るかのように一筋の光が天に向かい走る。
光の決壊、まるでそこから何かが孵るかの如くひび割れ崩れ去って行く闇。光の波は広場全体を照らし、その場にいる者たちに彼の者の生還を知らしめる。
「おぉ~、ビーン殿が、ビーン殿が遂に闇の浄化から戻られた。
皆の者、ビーン殿をお迎えするのだ!」
広場に配置されていた兵士の動きは早かった。
英雄の生還、それはこの場に臨む全ての者たちの願いであったのだから。
“スーッ”
だがそれは神聖なる光に包まれた者、精霊使いビーン・メイプルによって制される。
「“この場にいるヨークシャー森林国の御方様方、直接声音を出す事の出来ぬこと、お許しください。そして私の為に皆様にご心配をお掛けした事を謝罪いたします。
私は何とか生還する事が出来ました、それは皆さまが聖霊樹様を通じ祈りを届けてくださったから。私一人の力では決して成し遂げる事の出来なかった奇跡。
精霊使いビーン・メイプル、ヨークシャー森林国の人々に心よりの感謝を申し上げます。
そして私の事を歓待して下されようとした王家の方々様に感謝とお詫びを。私は皆様方の歓待を受ける事が出来ないのです。
何故なら・・・”」
ビーンはそこで一度言葉を切ると、掌を天に向ける。
“ブワッ”
それは濃厚な闇属性魔力の揺らぎ、その身から溢れる神聖なる光とは相反する対極の力。
「“この国を覆った未曾有の穢れ、それは人々を苦しめ魂を蝕み、更なる穢れを生み出した。その力は強大、とても一朝一夕でどうにかなるようなものではなかった。
私は皆さまのご助力もありその穢れを封じ込めることに成功した。ですがそれはあくまで封じ込め、決して浄化しきった訳ではないのです。
どなたか我が弟子たちを呼んで来てはくれないでしょうか?あの者たちと話がしたい”」
ビーンから発せられる光が弱まりその場に静寂が訪れる。
「誰ぞ急ぎブルガリア公爵に連絡を、それとプラウド侯爵にもだ。精霊使いビーン殿が生還された、急ぎ報せるのだ!」
国王の言葉に、各家へと連絡に走る騎士達。
英雄の生還、その知らせは瞬く間にその事実を知る貴族の中へと広がって行くのであった。
本日一話目です。