転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

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第350話 ヨークシャー森林国の夜明け、そして旅立ち (2)

「広場入口を固めろ、誰も近付けさせるな!」

「「「了解しました!!」」」

騎士の指示に走り出す兵士達、広場にはヨークシャー森林国中の高位貴族が集まり、その中央に佇む人物に熱い視線を送る。

それは白い仮面を付け、薄蜂蜜色をしたローブを羽織った神聖な気配を漂わせた者。その小柄な体躯も、その者の発する存在感がとても大きなものと幻視させる。

 

「“ブルガリア公爵様、奥様、精霊姫カトリーヌ様。この度の祈りの儀式では大変お世話になりました。

ヨークシャー森林国の穢れを祓うことが出来たのは全て精霊姫カトリーヌ様のお陰。これからも精霊様の御導きの下、国民と聖霊樹様の間を取り持ち、共に歩まれて行って下さい”」

 

その言葉は心に直接語り掛けられる天上の調べ。祈りの儀式の全ては精霊姫の功績であると認め、国の在り方を尊重するビーンの思いやり。

 

「“フィリー、ディア、此れへ”」

 

“ザッ”

ビーンの前へと歩み出て膝を突く二人の弟子。ビーンはそんな彼らに凛とした口調で言葉を掛ける。

 

「“フィリー、ディア、心は決まりましたか?”」

「「はい、我らは精霊の子。その命、精霊と共に」」

 

それは彼らにしか分からない符丁。ビーンは頭を垂れる弟子たちを暫し見詰めた後、視線をブルガリア公爵家の面々へと移す。

そこには喜びと悲しみ、後悔と決意と言った様々な感情を綯い交ぜにし、それでも凛として前を見据える公爵家の者の姿があった。

ビーンは何も語らない。語らずとも伝わる両者の思い。

ビーンは弟子たちを立ち上がらせると、その様子を見守るヨークシャー森林国の王家の者たちや高位貴族家の面々へと目を向ける。

 

「“ヨークシャー森林国の王家の皆様方、各貴族家の皆様方、多くの国民の皆様方。

この国を覆い尽くしていた穢れや厄災は、聖霊樹様のお力と精霊姫様のご尽力により全て拭い去られました。ですがこれは聖霊樹様のご慈悲、何もかもおすがりすればいいと言うものではない事を心に留め置きください。

人と精霊が共に歩み共に支え合う、それがヨークシャー森林国の姿。森を愛し森を育てる、その心を忘れることなくこの国が益々の繁栄を遂げる事を心よりお祈り申し上げます。

 

皆様には誠に申し訳ありませんが、私どもはこれより旅立たねばなりません。向かう先は世界樹様のおられる東方の果て、秘められた楽園。

聖霊樹様のお力添えを得ても尚、穢れの力は強大であった。

私のごとき矮小なる者には少々荷が勝ち過ぎた、この身に宿った穢れを祓うには世界樹様に御すがりするしか他に道がない、自らを過信した愚か者とお笑いください”」

 

ビーンはそこで言葉を切ると視線を下げる。そこにいるのは今代の精霊姫、カトリーヌ・ブルガリア公爵令嬢。

 

「“精霊姫様、気負い過ぎないでください。あなた様にはあなた様を大切に思うご家族がいる、家の者、家臣の者、多くの国民たち。皆があなた様と共にあり共に生きる事を望んでいる。

何よりあなた様には聖霊樹様と最上級精霊レガード様が付いておられる。

悩みを分かち合うのもまた家族であり仲間、全てを一人で抱え込もうとせず、多くの者と共に力を合わせ乗り越えられますよう。

私の様な不器用な者にはならないでください”」

 

それはビーンの心からの願い。精霊姫カトリーヌが孤独にならぬ様に、自らと同じ轍を踏まぬように。

 

「“門よ!”」

“ブワンッ”

 

現れたのは光輝く巨大な門。その門が音も無くゆっくりと開かれ、その先には虹色の壁が広がる。

 

「ビーン様、お弟子様、今暫く我が家に逗留していただくことは出来ないのでしょうか!?

私は、私は・・・」

精霊使いの弟子の一人フィリーに抱き着き暫しの滞在を懇願する精霊姫カトリーヌ。だがビーンは首を横に振り言葉を返す。

 

「“精霊姫様、誠に申し訳ありません。私に残された時間はあまり長くない。

世界樹様のお力に御すがりする事が出来るのであればあるいはと言った話なのです。

弟子たちにはその姿をつぶさに目に焼き付け、そしてもしもの場合その処理を頼まなければならない。この者たちが独り立ちを果たしたとき、私と同じ道を歩ませない為に。

精霊姫様、私たちはまたいつか必ずこの地を訪れます。

この国が国民の笑顔に溢れる素晴らしい国になることを期待していますよ?

もっともその時は今の姿とは似ても似つかないものとなっているやもしれませんが。

お身体に気を付けて、お元気で”」

 

そう言い踵を返し門へと向かおうとするビーン。

 

「ビーン殿、我々は、我がヨークシャー森林国は貴殿の恩にどう報いればいいのだ!

我々はあなた様にまだ何も返せていないというのに」

声を発したのは国王ビスコン・デ・ビンギスであった。

ビスコンは思う、この高潔なる者に、国を救った救世主の恩に報いたいと。

 

ビスコンの声に足を止めたビーンは、暫し考えを巡らせた後言葉を返した。

 

「“先程も述べましたが此度の祈りの儀式は全て聖霊樹様と精霊姫様のお力があっての事、私はその介添えに過ぎません。

ですが国王陛下がそこまで仰っていただけるのでしたら私をこのヨークシャー森林国へと送り出したマケドニアル・グロリア様と友誼を結んでいただきたい。グロリア辺境伯家は昨年より自治領として半ば独立した状態、現在オーランド王国国内が荒れている中でヨークシャー森林国の後ろ盾が得られることはマケドニアル様にとっても心強いものとなるでしょう。

それと私が世話になったアルバート子爵家マルセル村に甘木の苗を送っていただけませんか?

あの地の者には感染治療薬作製に随分と力を貸していただきましたので”」

 

ビーンの言葉に国王ビスコンは気が付く、“中級天使の涙”制作者名がビーン・メイプルではなかったことに。

“ではあのケビン・ドラゴンロードという名は治療薬作成に携わったアルバート子爵家の者の名であったのか”と。

 

「相分かった、その願い、ビスコン・デ・ビンギスの名において必ず叶えるものとしよう」

力強く返された言葉に、ビーンは深々と頭を下げる。

 

「“それと一つこの場にいる皆々様にお願い申し上げます。今後この国に精霊使いビーン・メイプルの名を名乗る者が現れた場合、それは私の名を騙る不埒者と認識いただきたい。

たとえその者がどの様な超常なる力を示そうとも、それは決して私ではない。それはこの弟子も同様、この姿を借り、この名を利用しようとする者として接してもらいたい。

強き力は必ず悪意を引き寄せるは世の常、そこに純粋なる思いがあればあるほどそこに付け込もうとする輩は現れる。

ヨークシャー森林国が素晴らしき地でありますように。

聖霊樹様と精霊様が暮らすヨークシャー森林国に幸多からんことを”」

 

ビーンは開かれた門に向け足を踏み出す。その姿は虹色の壁に吸い込まれるように消えて行く。

 

「お弟子様、私は、私は」

精霊姫の瞳から大粒の涙が零れる。フィリーはそんな彼女の頭をやさしく撫で、一度ギュッと抱き締めてからその身を引き離す。

 

「精霊姫様、何時までもお元気で。あなた様の幸せをいつまでもお祈りしております。

カトリーヌ、あなたは大丈夫、頑張りなさい。

カトレアの花の様に美しく、そして魅力的な女性になるんですよ」

別れ際、耳元で囁かれた言葉。それは嘗て大好きな姉が自分に語って聞かせてくれた自身の名前の由来。

 

「おね!?」

「シーッ」

口元に人差し指を当て、悪戯が成功したといった仕草をするフィリー。

 

「またいつかね」

その言葉を残し()()()()()()()()()()と共に去って行くフィリー。

溢れる思い、溢れる涙、でもそれは決して悲しいからではない。二度と会えないと思っていた失ってしまったモノ、それは直ぐ側にいてくれたのだから。

“またいつかね”、そう囁いてくれたのだから。

 

“ギュッ”

背後からカトリーヌを抱きしめる手、それは大好きな母のもの。その母の顔は自分と同じ様に涙に濡れている。

そして隣に立ち優しげな瞳で見下ろす大好きな父。

 

「お父様、お母様、私は・・・」

「うむ、分かっている。今はただ見送ろう、このヨークシャー森林国を救ってくれた心優しき英雄たちの事を」

 

それ以降口を閉じ何も語らない父に、ただ頷きを返すカトリーヌ。

 

“スーッ”

光の門が音も無く閉じる。そして一瞬眩く光ったかと思うと、光の粒子になりその場から姿を消していってしまった。

不思議な事にそれまで王宮前広場に漂っていた神聖な気配も深い闇の気配もその一切が消失し、そこにはいつもの王宮前広場が残されているだけなのであった。

 

―――――――――

 

「ごめん、突然の訪問失礼する。こちらはプラウド侯爵家王都屋敷で間違いないであろうか?」

 

それは騎士服を身に纏い、その上から黒いローブを羽織ったやや小柄な青年であった。

 

「確かにここはプラウド侯爵家王都別邸であるが、貴殿はどこの家中の者であるか?」

家の門を任された門兵が、油断なく構え怪しい者たちを誰何する。

 

「これは申し遅れた。我々はアルバート子爵家配下の者。アルバート子爵家パトリシア・アルバート様の命を受け王都の感染症対策の為の別任務に就いていた者である。

この度漸くその任務が完了したため当初の指示に従いこちらにお伺いしたものであるが、パトリシア様に御取り次ぎ願えないであろうか?」

 

アルバート子爵家の別動隊。そのような話は聞いてはいないが、王都崩壊の事態解決の為に動いてくれていたパトリシア様であればそうした部隊を動かしていても何ら不思議ではない。

 

「誰かすまないが賢者イザベル様にお声掛けしてくれないか、パトリシア様の配下と名乗る者が訪ねて来ているが、その確認を頼みたいと伝えて欲しい。

して、貴殿のお名前をお聞きしても?」

 

「あぁ、これは気が利かずすまない。私はアルバート子爵家騎士ケビン・ドラゴンロード。ケビンと従者二名、無事任務を遂行したとお伝え願いたい」

門兵の問い掛けに答えを返したケビンの背後では、黒いローブを羽織った二人の人物が軽く会釈をするのであった。

 

――――――――

 

「パトリシアお嬢様、ケビン・ドラゴンロード並びに従者二名、特別任務を終え只今合流いたしました」

 

そこはプラウド侯爵家王都別邸の客間。今回の感染症騒ぎ解決の為にやって来たパトリシアお嬢様の為に、プラウド侯爵家が用意した特別室ですね。

まぁ広いのなんの、調度品も品の良い一流の品ばかり、これはプラウド侯爵家がいかにパトリシアお嬢様に対し感謝の気持ちを持って遇しているのかが分かる対応ですな~。

因みにお隣のお部屋はビーン師匠がお弟子さんと共にお泊りになったお部屋ですね。なんか部屋の前に兵士様が立たれて立ち入り禁止状態になっていますが。

聞けばこの部屋は今後誰にも使わせないんだとか、あれですね、戦国武将の誰それが逗留した温泉とか坂本さんが襲われた寺田屋の部屋とかと同じ扱いですね。

観光名所?でもこんなところを見に来れるのって一部の高位貴族だけよ?その為だけに部屋一つ空けておくの?もったいなくね?

まぁお金持ちのやる事は庶民の(わたくし)にはよく分からないのであります。

 

「ケビン、大変な仕事を任せてしまいました。正直なところ私は今回の事態を甘く見ていたのかもしれません。

ケビンがなぜあれほどまで事を急いでいたのか、その事についてこの王都の惨状を見るまで思い至る事が出来なかった。

これまで多くの国や地域で繰り返し起きていた感染症の脅威、知識では知っていましたし、冬場の感染症対策などは王都バルセンやジョルジュ伯爵領にいた頃何度も目にして来ました。

だからこそでしょうか、心のどこかでどうにかなるという根拠のない楽観的な思いがあった。

私はまだまだ世の中の事を何も分かっていない“お嬢様”であったのですね。ケビン、本当にありがとう」

 

パトリシアお嬢様は真っ直ぐな瞳で俺を見詰め、自らの言葉でその想いを語られます。自身の事を客観的に見詰め直しその至らない部分を反省する事がいかに難しい事であるのか。

パトリシアお嬢様の言葉に、このケビン、感涙の思いであります。

 

「それはそれとして申し上げます。ケビン、何やってくれちゃってるんですか!?

ヨークシャー森林国の守護神である聖霊樹様を呼び出しての大儀式魔法?神聖樹様に精霊女王様?精霊女王様ってベネットお婆さんの工房で縫製の仕事をしてる紬さんですよね?

えっ?紬さんって人間じゃなかったんですか?

それに神聖樹様ってたまに村に現れるブー太郎さんのところの樵さんですよね?確か村人から御神木様って呼ばれているお方ですよね?意味が分からないんですけど?

王都全体の聖域化?病を癒す光の霧?賢者シルビアさんに伺っても未だ理解出来てませんから。

“ケビン君がケビン君する”、ドレイクお義父さまが仰られていた事ってこういう意味だったんですか!?わたしにこれをどうしろと?

あれから沢山の高位貴族の方が私に面会を求められるんですよ?

“ビーン様は一体どんな御方なんでしょうか?”とか、“ビーン様は独身でいらっしゃるのでしょうか?”とか。

そんなこと知る訳ないじゃないですか、誰ですかビーン・メイプル様って、私は何て答えたらいいんですか!

大体ですね、ケビンはいつも急過ぎるんですよ、その発想の突拍子のなさが周囲の人々にどれ程の負担を強いているのか理解しているのですか?お義父様なんか胃薬を持ってきて“困ったときはこのお方に頼るんだ。きっとパトリシアを救ってくださるはずだから”とか仰るんですよ?

旅立つ私を気遣ってご冗談で和ませてくださっていると思っていれば事実って、どういう事なんですか~!!」

 

パトリシアお嬢様が遂に決壊なさってしまわれました。

惜しい御方が逝ってしまわれた。俺は瞑目し、かつてのパトリシアお嬢様の事を思い、心の中で涙する。

 

「黙って話を聞いてると思ったら寝るんじゃありません!起きなさいケビン、正座です、正座、これは命令です!!」

お説教というか愚痴と言うか、パトリシアお嬢様のお話はまだまだ終わりそうにないのでありました。

あの、足崩していいですか?ダメですか、そうですか。(T T)




本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora
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