「貴殿がケビン・ドラゴンロード殿かね?話は姪のパトリシアより聞いているよ。
何やら我が国の感染症対策の為別動隊として動いてくれていたとか、ヨークシャー森林国の貴族の一人として感謝しよう」
ケビンたち別動隊がパトリシアの下に合流して直ぐ、彼らはこの屋敷の主プラウド侯爵家当主ドルイド・プラウド侯爵と面会を行う事となった。
「ハッ、我らはパトリシア様の命により国内における疫病の調査に当たっていた者、我らの働きに関する感謝のお言葉は全てパトリシア様にお願いいたします。
ではありますが、プラウド侯爵閣下のその御心は我ら一同感謝に耐えません、ありがたく受け取らせて頂きます」
そう言い膝を突き頭を垂れるケビンたちに、プラウド侯爵は膝を上げ楽にするようにと言葉を掛ける。
「それとこれは国王陛下からの問い合わせであるが、貴殿が話してもよいと言うのならお答え願いたい。
この度パトリシアたちは王都リーフェリアに感染症対策として大量の霊薬を持ち込んでくれた。それは我が屋敷の者により小分けにされ、王都中の各高位貴族家に配られ多くの者を苦しみから解放する事が出来た。無論それらは王家にも献上され、病に苦しむ王宮の者達を快方に向かわせた。
その際王家並びに各貴族家では、お抱えの鑑定士により霊薬の鑑定を行った。これはパトリシアや貴殿らを疑ってと言うよりも、我々がどのような場合であろうとも安全性の確認をしなければならない立場にある者たちであると理解していただきたい。
その上でお聞きしたい、この鑑定書に明記されている“製作者:ケビン・ドラゴンロード”とは貴殿の事で間違いないであろうか?」
それは震える手で書き殴るように記された鑑定書。病の苦しみの中、それでも必死に己が使命を果たそうとした鑑定士のメッセージ。
「はい、確かにあの感染症対策の薬作製には私も協力させて頂きました。なにせ量が大変なものでありましたもので、ビーン様御一人ではどうにもならないと言う事で、我がアルバート子爵家の中でも魔力操作に長けている自分が御指名を受けそのお役目をお引き受けした次第です」
ケビンの言葉に真剣な表情になるプラウド侯爵。
「ではケビン殿はあの霊薬“中級天使の涙”を作製する事が出来ると?」
プラウド侯爵の問い掛けに眉根を寄せ、難しそうな顔をするケビン。
「そのご質問には、“作る事が出来るし出来ないとも言える”としか。確かに作製には携わりましたが、肝心の材料の一部はビーン様がご用意くださったもので、それがこの対策薬にどう言った効果を示しているのかと言った事が分からないのです。
アルバート子爵家から用意したものはこちらになります」
ケビンはそう言うと、背後に控える従者にマジックバッグを渡すように指示を出した。
“ドンッ”
取り出されたのは陶器製の壷、その蓋を開けると得も言われぬ甘い香りが室内に広がる。
「これは・・・」
「はい、こちらは大森林で採取してまいりましたキラービーの蜂蜜になります。今回作成した治療薬は一樽に対しこの壺が一つ分使われています。
王都でどれ程の量が使われたのかまでは存じ上げませんが、オーランド王国国内への感染症拡大を未然に防ぐ為に国境の街ベイランドにて二十樽ほど感染症薬を使用しています。
ビーン様曰く、感染症は一度侵入してしまえば止める事が出来ないとか。その数を使ってもまだまだ不安であると仰っておられました。
私も治療薬作製時には十樽程作らせて頂きましたが、あれは本当にきつかった。ビーン様はその五倍の五十樽の作製をされていたのでもっと大変だったことと思います。
只いくら魔力操作が得意とは言っても私とビーン様とでは技術的なものが異なります。ビーン様は大丈夫と仰ってくださいましたが、私の作製した薬が本当にお役に立つのかどうか不安はありました。
先程からのお話ではどうやらビーン様は私の作製したものを使われた様ですね、それ程信頼して頂けていたのだとしたら、これに勝る喜びは有りません。
パトリシア様によればビーン様は既に旅立たれたとか、最後にお会い出来なかった事が残念でなりません」
そう言い何かを懐かしむ様な表情をするケビンに、プラウド侯爵は二人の間に共に戦う戦友のような関係が結ばれていただろう事を見て取るのだった。
「あ、そうでした」
“コトッ”
ケビンが何かを思い出したかの様にマジックバッグから取り出した物、それは何の変哲もないポーション瓶。
「ケビン殿、これは?」
「はい、こちらはビーン様が頑張った私にとくださった今回の治療薬です。製作者:ビーン・メイプルの品、謂わば本物のポーションです」
テーブルに置かれたポーション瓶を手に取り、しげしげと眺めるプラウド侯爵。
「鑑定士を」
側にいた執事に声を掛け、鑑定士を寄越す様に指示を出す。
<鑑定>
名前:天使の微笑み
詳細:地上世界に生きる者たちを見守る天使が微笑み掛けてくれるように。人々の願いが奇跡を引き寄せる。身体に巣食う闇属性魔力を追い出し、呪いからの解放、魔力の回復、体力の回復効果がみられる。
製作者:精霊使いビーン・メイプル
「確かにこちらはビーン様の作られたものとなります。ポーション名、詳細は若干異なりますが、効能については“中級天使の涙”と同等のものであるかと」
プラウド侯爵は鑑定士の言葉に唸りを上げる。同様の品が製作者により違う名前を示す、そんな事があるのだろうか?
だが実際目の前にはビーン殿が作られたポーションが存在している以上、この事実を否定する事は出来ない。
「プラウド侯爵閣下、よろしければそちらのポーションは差し上げますので、王家の方々にはそのポーションと先程鑑定士の方が作って下さった鑑定書を添えてご説明なさっていただければよろしいかと。
先程も申し上げましたが、今回使用した疫病の治療薬を私が作るにはビーン様がご用意くださる材料が必要です。
私はそれがどういった物であるのかを知らないので再現する事が出来ません。お役に立てず大変申し訳ございません」
そう言い頭を下げるケビンに慌てて顔を上げるように促すプラウド侯爵。
「いやいや、ケビン殿が謝罪の言葉を述べる必要はない、これはただの確認であってケビン殿に無理やり何かをさせると言った話ではないのだ。
それにこのポーションはケビン殿にとっては大切なものであったのであろう。それを譲ってくれると言うのだ、これ以上何を求めると言うのか。
ケビン殿には感謝しかない。この恩は一体どう返したらよいものか」
「それでしたら是非甘木の樹液を譲っていただけないでしょうか?任務でヨークシャー森林国を訪れていながらこんな事を言うのは大変不謹慎とは思いますが、家族の者に何かお土産をですね?
いや、これは本当にご無礼を申し上げました、忘れていただければ幸いです」
慌てて頭を下げるケビンに笑って答えるプラウド侯爵。
「アハハハ構わんよ、女性は甘味が好きであるからな。ケビン殿にはとっておきを用意させよう」
「ハハッ、有り難き幸せ」
その後和やかな雰囲気まま、アルバート子爵家騎士ケビン・ドラゴンロードとドルイド・プラウド侯爵の会談は幾つか言葉を交わし幕を閉じるのであった。
―――――――――
「パトリシア、本当にありがとう。本来であれば国を挙げてあなた達を見送らなければならないのに」
「いえ、ラナーニャ伯母様、お気になさらないでください。
国難を乗り越えたヨークシャー森林国は、聖霊樹様と精霊姫様を中心に一つになった。そこに他国が関わっていたとなってはその盛り上がりも薄いものになってしまう。
今この国に必要なのは団結、自分たちは聖霊樹様の下強い絆で結ばれていると言う思い。
オーランド王国との関係強化は国内が落ち着いてからでも十分。
今度はお爺様が直接ご挨拶に参りますので、どうぞよろしくお願いいたします」
そう言い礼をする姪の姿に外交を行う貴族としての頼もしさを感じるラナーニャ。
子供の成長は早い、様々な苦難を乗り越えた姪は今や立派な貴族令嬢として成長した。
「ねぇパトリシア、あなたさえよかったらヨークシャー森林国に嫁ぐ気はないかしら?
オーランド王国での婚約破棄騒動の顛末はお父様より聞いているわ、あの国の社交界ではいまだ醜聞かも知れないけど、ヨークシャー森林国なら関係ない。
それどころか多くの高位貴族家がグロリア辺境伯家との婚姻を望んでいる。国を救ってくれたパトリシアとの婚姻であれば、どの家も大歓迎で迎え入れてくれるわよ?」
伯母からの言葉、それは一度社交界を追われた貴族令嬢としては破格の話。だがパトリシアは柔らかい笑顔のまま首を横に振る。
「ラナーニャ伯母様のお言葉、パトリシアは感謝しかありません。私の婚約破棄の話はその内実がどうであれ、社交界での立場を地に落とす様な物ですから。
ですが今はパトリシア・アルバート、アルバート子爵家の娘と言う自分に満足しているんです。これは強がりでもなんでもない本心からの言葉、おそらくデイマリアお母様も同じことを仰ると思いますよ?
毎日が刺激的で心温かい人々が暮らす辺境の小領、何故精霊使いビーン・メイプル様がアルバート子爵領に滞在なさっていたのか、牧歌的なマルセル村に来て頂ければ納得していただけると思います」
それは本心からの笑顔、姪パトリシアのそんな態度に“あぁ、この子は今本当に幸せなんだ”と胸が温かくなるラナーニャ。
「パトリシア、お父様とデイマリアによろしくね。あなたも帰りの道中気を付けて」
「はい、ラナーニャ伯母様もお元気で」
「出立!」
老騎士の掛け声の下動き出す二台の馬車。
未だ冷めやらぬ王都の喧騒の中、パトリシア・アルバート子爵家令嬢の乗った箱馬車はオーランド王国を目指し去って行く。
「幸せになりなさい、パトリシア。困った事が有ったらいつでも私を頼るんですよ」
去り行く彼らを見送るラナーニャ・プラウド侯爵夫人の呟きは、王都の初夏の青空に、溶けて消えて行くのでした。
―――――――
「パトリシアお嬢様、良かったんですか?折角ラナーニャ様が縁談の話をまとめて下さるって言ってくださったのに」
街道を走る一台の幌馬車。その御者台で手綱を握る俺は、隣に座る旅装束に身を包んだパトリシアお嬢様に話し掛ける。
「えぇ、ラナーニャ伯母様は何か私の事を気遣ってくださったようですけど、あの婚約破棄騒動は私の中では既に終わってしまった過去の出来事ですから。
今更高位貴族の夫人になれと言われましても正直面倒と言うか。折角デイマリアお母様が高位貴族家の柵から解放して下さったのですから、のんびり過ごしたいじゃないですか。
それにエミリーちゃんって言う可愛い妹も出来ましたし、癒し隊の皆さんもいらっしゃいますし?」
そう言いにっこり微笑まれるパトリシアお嬢様、すっかりマルセル村の一員になられてしまわれて。
って言うかなんでみんなしてこっちの幌馬車に乗り込むかな。漸く他の者の目が無くなったんだからちゃんと説明しろ?
説明も何も大して無いんですが。
王都リーフェリアを離れて暫し、突然馬車を止められたパトリシアお嬢様に、やっぱり空の旅は速いし楽だもんね~とか思っていたら皆さんこちらの幌馬車に乗り込んでこられまして。
「前の箱馬車を仕舞ってください」とか仰られましてね~。
お屋敷内では聞く事の出来なかった事の顛末を聞きたいとか何とか。
仕方がないのでシルバーには箱馬車ごと影空間に入って貰い、今ここって感じですかね。
「それじゃお話ししますけど、これってよそじゃ言えない話ですからね?」
俺はそう前置きをして王都に到着した日の夜にプラウド侯爵家のお屋敷に居られた精霊様方に案内してもらって聖霊樹様に面会して色々打ち合わせをした事、御神木様と紬が神聖樹と精霊女王って言う高位存在に進化なさっているという事、お三方のお力をお借りして王都とヨークシャー森林国全域の浄化を行った事をお話しいたしました。
「って言う感じですけど皆さんどうなさいました?酷くお疲れの顔をなさっておられるようなんですが?」
「ケビン、これって普通の人間の反応だから。やってることが勇者物語のそれを凌駕してるって事を自覚しなさい、この歩く理不尽。
それとあの王都を覆い尽くさんばかりの呪いの塊を一身に受けておきながら何で平気なのよ、あれって王宮前広場を未来永劫呪われた地にするほどの穢れの塊だったのよ?」
大賢者シルビア様が頭を抱えながらご質問を投げ掛けます。
まぁ聞かれれば答えますけどね。
「えっと端から身に受けてなかったから?あの呪いの塊、要するに闇属性魔力なんですが、黒鴉先生に吸い取って貰っちゃいました。食べ滓は魔力の腕輪さんですね。
魔剣に魔道具、凄い便利です」
「えっ、それじゃあの闇の結界の中にいたのは」
「あぁ、いませんでしたよ?直ぐに抜け出して国内に潜伏している帝国の工作員の対処を。
工作員がどこにいるのかとかは聖霊樹様と精霊様方が常に監視していたらしくてですね、要はいつもの清掃業務でございました。
折角呪病騒ぎが治まったってのに直ぐに再発させられちゃったら目も当てられませんからね、帝国関係者には綺麗に退散していただきましたとも。
帝国と繋がっていた貴族はお心を入れ替えていただけるようにありがたいお薬をですね。確認してきましたけど、まるで聖人の様な清廉潔白なお方に生まれ変わっておられましたんで、“その罪、生涯をヨークシャー森林国の民に捧げる事で償うのだ”とか言って唆しておきました。
あんな貴族の命を差し出されても虐げられた人々にとっては何の意味もありませんからね、働いて返しなさいって奴です。
後はフィリーちゃんとディアさんが家族と交流し心の整理がついただろうって辺りで出て来たって訳です。
その後の展開は皆さんが見ていた通りですね、幻影魔法と影魔法を使っての演出です。
いや~、がんばったな~、俺」
相変わらず飄々ととんでもない事を宣うケビンに、“駄目だこいつ、どうにかしないと”と思う一同。
「フィリーちゃんとディアさん、ここから先は小細工は通用しないから。再び精霊姫様に会いたかったら実力で会いに来なさい。
金級冒険者は子爵と同等、白金級冒険者は侯爵と同等だったかな?それくらいになれば面会もかなうってね。
目標は高く大きく。焦らずに頑張れ、精霊使いビーン・メイプル様の弟子たちよ」
「「はい、我が師ビーン様」」
別れは済ませた、だがそれは永劫の別れではない、再び会いに来るという魂の誓い。
フィリーとディアに掛けられた呪いが本当の意味で解かれた。
二人の戦士は前に向かって歩き出す、家族との思い出を力に変えて。
本日一話目です。