マルセル村からパトリシア・アルバートを中心とした使節団がヨークシャー森林国へ旅立って半月、マケドニアル・グロリアはミランダ・アルバートの淹れたハーブティーを飲みながら空に流れる雲を眺めていた。
「マケドニアル様、どうなさったのですか?先ほどからボ~っと雲を眺めておられた様ですが」
「おぉ、これはドレイク殿。いやなに、パトリシアたちの事をな。早ければそろそろヨークシャー森林国王都リーフェリアに到着している頃かと思いましてな。
此度の一件、ケビン殿に全てお任せする以外の手が思い付かなかったとはいえ、今更ながらとんでもない事を頼んでしまったのではないかと。
これまで我も様々な疫病の報告を受けて来たし、宰相であった頃は疫病によりその地域一帯が全滅するなどと言った話も何度か聞き及んでおる。
疫病の流行とはそれ程までに恐ろしいもの、しかるに本来であれば疫病の話があった時点でベイランドに早馬を走らせ国境を封鎖、ヨークシャー森林国との一切の交流を断つことが為政者としての正しい対応であったのではないのかとな。
その事に今更気が付くなど、やはり我も年を取ったと言う事やもしれん。タスマニアに当主の座を引き継いだ選択は間違いではなかったと言う事であろう。
遅い判断、思い込み、最早老害となり掛かっていたのやもしれん。
そして此度使者として孫パトリシアを向かわせた判断にしてもそうだ、ケビン殿の見立てでは呪病であるとの事であったがあくまでそれは可能性の話、何故ケビン殿が少数の者だけでヨークシャー森林国へと向かおうとしたのか、我に書状を用意するよう依頼したのか。
それはこの病が見立て通りのものでなかった場合や自身の手におえるものではなかった場合の事を考慮してのもの。
そこにパトリシアの同行をねじ込む事はケビン殿に負担を掛けるばかりでなくパトリシアの身を危険に晒すこと。
ケビン殿が追加した同行者は皆そうした事を考慮しての強者ばかり。二名もの賢者殿がマルセル村に居られたと言う事は驚きではあったが、それ程までに危険を伴う任務であると言う事の証左。
我はそんな状況になったケビン殿に己が考えや政治的配慮を優先するように迫った、これを老害と言わずしてなんと言うのか。
疫病の蔓延する彼の地を旅するパトリシアたちが無事である事を祈るしかない自身があまりに無力での、つい雲を眺めてしまっていたのだよ」
そう言い自嘲ぎみに口元を歪めるマケドニアル。
そんな彼の前の席に腰を下ろしたドレイク・アルバート子爵は、小さくため息を吐きながら同様に雲を眺める。
「そうですね、我々は少しケビン君に頼り過ぎてしまっているのかもしれません。
マルセル村の理不尽ケビン君、本来なら有り得ない様な事を次々と引き起こす彼の行動や言動は、知らず知らずのうちに私達に“ケビン君ならどうにか出来るだろう”と言う変な思い込みを作ってしまった。
冷静に考えて村の青年に対し疫病で苦しむ国をどうにかしろなどと言う為政者など、頭を疑われてもおかしくない。
更にそこに経験の為と言って何の役にも立たない自身の娘や村の子供を同行させる。
今更ながら何をやっているのかと言った話です。
本気で疫病対策を考えるのなら賢者様方にお知恵をお借りし、その上で人員を検討すべき事案、私達は物事の初めから間違ってしまっていたのかもしれません」
“コトッ”
ミランダが差し出したティーカップ。
立ち昇るのは心を落ち着けてくれるカモネールのやさしい香り。
ドレイクはカップに口を付けると、「ありがとう」とミランダに言葉を掛ける。
“コンコンコン”
「ご歓談中のところ失礼いたします。アルバート子爵閣下、マケドニアル様、只今パトリシアお嬢様、エミリーお嬢様がお戻りになられました」
「「!?」」
執事ザルバから齎された驚くべき報告、ヨークシャー森林国へと向かったはずの娘たちが戻って来た!?
これは一体どう言った事なのか、状況が我々の考えるものよりも遥かに深刻でありケビンの判断の下帰途に付いた、そう言う事であるのか。
「直ぐに会おう、娘たちは」
「応接室にてお待ちです」
急ぎ席を立つアルバート子爵とマケドニアル、その表情は喜びと不安を混ぜ合わせた様な何とも言えない複雑なものであった。
「ドレイクお義父様、マケドニアルお祖父様、パトリシア並びにエミリー、無事帰村いたしました」
席を立ちカーテシーを決め帰村の挨拶をする娘たちの姿に、ほっと胸を撫で下ろすアルバート子爵。
だがそうなると急な帰村の事が気になって来る。アルバート子爵は娘たちを席に着かせ、事の詳細を聞く事とした。
「はい、この度ヨークシャー森林国で発生致しました疫病を含む諸々の事態は全て収束致しました。こちらがヨークシャー森林国王家並びにプラウド侯爵家からの書状となります」
パトリシアは一体何を言っているのか?彼らが村を出立して半月、そして事態が収束したと差し出された書状、意味が分からない。
差し出された書状は此度の疫病の解決に尽力してくれたアルバート子爵家とマケドニアル・グロリアそれぞれに対し感謝を述べたもの。そしてそれは王都リーフェリアのみならずヨークシャー森林国全土の疫病が完全に治まったと言った内容。
「・・・パトリシア、すまないが私にはこの書状の内容が良く理解出来ない。何がどうなったらこうした事に繋がるのかな?
それにどう考えてもこれ程の事態の解決に対して掛かった期間が短過ぎないかい?」
引き攣る笑顔で問い掛けるアルバート子爵に対し、パトリシアは柔和な笑みで言葉を返す。
「“ケビン君がケビン君する”、ドレイクお義父様の仰っていた言葉の意味がよく分かりました。
それと胃薬をありがとうございました。あれはミランダお義母様が作られた品とか、お二人には感謝の言葉しかございません。
“困ったときはこのお方に頼るんだ。きっとパトリシアを救ってくださるはずだから”
本当に素晴らしい御方でした、ドレイクお義父様がご愛飲なさっておられる気持ちが良く分かります」
そう言い胃薬の瓶を虚無の目で眺めるパトリシアに、“そっか、パトリシアもこっちの世界に来ちゃったのか。後で聖茶と抹茶クッキーを分けてあげよう”と思うアルバート子爵。
「うん、報告ありがとう。二人とも今日はゆっくり休んで、パトリシアは明日からしばらく癒し隊の皆さんに癒されてください。
必要な報告があったら落ち着いてからでいいからね?
ザルバ、二人を部屋に。それとケビン君を呼んでくれるかい?
お茶とクッキーも頼むよ」
「畏まりました、アルバート子爵閣下。パトリシアお嬢様、エミリーお嬢様、こちらへ。
ガーネット、リンダ、お嬢様方をお部屋に」
部屋を下がる娘たち、すぐ側に控えていたのであろう、入れ替わるように入室して来た問題の人物。
「じゃあケビン君、報告を頼むよ」
自身に気合を入れ報告を聞く態勢に入るアルバート子爵と未だ状況について行けていないマケドニアル。
「ではご説明いたします」
その後繰り出されるケビンの報告に、アルバート子爵とマケドニアルが揃って“もうこいつ一人でいいんじゃね?”と思った事は無理からぬことなのであった。
――――――――――
初夏の爽やかな風が吹き抜ける広い草原、良く伸びた草が風に波打ち、まるで海原の様な雄大な景色を作り上げる。
餌を求め彷徨い歩くグラスウルフの群れ、その内の一頭が鼻をひくつかせ、何かに気が付いたかの様に顔を上げる。
耳をそば立たせ、周囲の気配を探る。ただ静かに、風と一体になる様に。
“バッ”
突如走り出すグラスウルフ達、その動きは獲物を見つけた狩りのものではなく、ただこの場から離れなければならないと言う生存本能から来るもの。
何かが来る、大規模な群れが草原に迫っている。
野生の本能、草原に住む魔物たちは急ぎその場を離れる。少しでも遠く、少しでも早く。
草原全体に迫りくる脅威、厄災の訪れは刻一刻と迫っていた。
「リットン侯爵閣下、敵兵力と思われる防護陣が展開されています。全体に馬防柵が敷かれ、我々の侵攻を妨げようとしているものかと」
「ふん、どんな策を弄してくるかと思えば草原に馬防柵、ありきたりだな。
構わん、その様なもの我が討伐軍の前では何の障害にもならん事を教えてやれ。
総員前進、奴らを蹂躙せよ!」
オーランド王国南西部、ダイソン公国に加盟を表明したアスターナ男爵領においてその戦いは開始された。
迫る討伐軍はリットン侯爵率いる貴族軍およそ五万、大して迎え撃つダイソン公国軍は馬防柵に身を隠した兵士たち。
圧倒的な数の暴力による蹂躙、討伐軍の誰もがそう確信していた。
“ターーーンッ”
草原に響く火薬の炸裂音。
“ドサッ”
馬上より落ちる騎士、その顔面から流れる鮮血。
「ウォーーー、敵の攻撃だ!!怯むな!全部隊突撃せよ!!」
現場指揮官が叫ぶ、騎兵たちが唸りを上げ敵防護陣に迫る。
“ババババババババババババババババババッ”
打ち鳴らされる破裂音、それと共に次々と馬上より落ちる騎兵たち。
「クソッ、石火矢だと!?あんな玩具がなぜこれほどの威力を。
重装騎士団、前へ。先行し、敵兵力を殲滅せよ!」
それは異様な者たちであった。分厚い全身鎧に身を包んだ騎士と同じく全身を鎖帷子 に守られた巨大な騎馬、そんな鉄の塊のような一団が馬防柵目掛け突進する。
“カキンカキンカキン”
その身に当たる石火矢などものともしない鉄塊の突進、戦局は一気に傾く、そう思われた。
“ドサドサドサドサ”
突然姿を消す重装騎士団、それは何と言う事の無い単純な罠、予め準備されていた落とし穴。
“ひょい、ひょい、ひょい”
投げ込まれた複数の小樽、そして。
“ドガンドガンドガンドガンッ”
激しい爆発音と炎、沈黙する重装騎士団。
「魔法兵団、あの馬防柵を焼き払え、敵を皆殺しにするのだ!!」
草原に飛び交う魔法弾と石火矢、一方的な蹂躙で終わると思われていた討伐軍と公国軍との戦闘は、一進一退の攻防戦を繰り広げる事となったのであった。
―――――――――
「国王陛下にご報告申し上げます。ダイソン元侯爵討伐軍がダイソン公国に加盟を表明したアスターナ男爵領に到着。
公国軍との戦闘に入りました」
王城に届いた戦闘開始の知らせ、それは始め討伐軍の快勝告げる吉報の連続であった。
「リットン侯爵家重装騎士団、負傷者を出したものの敵の罠を打ち破り進軍を続けている模様、アスターナ男爵領を西に向かい制圧しております」
部下からの報告が王宮内大会議場に響く。その度に多くの歓声が沸き、ダイソン元侯爵に対する失笑が飛ぶ。
そんな中、国王ゾルバ・グラン・オーランドは戦況報告を地図上に落とし込み、眉間に皺を寄せる。
「ヘルザー、お前はどう見る?」
国王ゾルバの言葉に、隣に立つヘルザー宰相は苦々しげな表情のまま答える。
「誘い込まれていますな。先程までの報告も文字通りの快勝などではなく、かなりの痛手を伴いながらの辛勝。
快勝にしてはそれぞれの報告に間があり過ぎる、じわじわと引き摺り込まれる様に進軍している。
これは大きな罠のある可能性があります、急ぎ後退の指示を」
「いや、そうであるのなら貴族共が言う事を聞くまい。
くそ、してやられたか。
多少痛い目を見ればよいとは思ったがこれでは入り込み過ぎだ、多少どころの被害では済まんぞ。
何もかも甘過ぎた、敵はダイソン公国などではなく背後のバルカン帝国だと分かっていたであろうが!」
“ダンッ”
テーブルに叩き付けられた国王ゾルバの拳、戦勝ムードに沸く周囲とは真逆な国王と宰相の態度に、その場の者たちは困惑を隠せない。
“バタンッ”
勢いよく開かれた扉、そこには一人の兵士が報告書の様な物を握り締め、顔を青くしながら震えている。
「何をしているか、陛下の御前であるぞ!」
叱責の声が飛ぶ中、兵士はゆっくりと口を開く。
「ご報告申し上げます。リットン侯爵閣下、アスターナ男爵領にて戦死、他複数の方々がお亡くなりになられたと思われます。
アスターナ男爵領に攻め込んだ討伐軍五万は壊滅、死者及び負傷者の数は不明との由にございます」
アスターナ男爵領における討伐軍の大敗、この知らせは瞬く間にオーランド王国中に知れ渡る。
オーランド王国の内乱は、先の見えない混沌へと突き進んで行くのであった。
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora