オーランド王国の有力貴族が中心となって結成されたデギン・ダイソン元侯爵討伐軍の大敗、この知らせは瞬く間にオーランド王国中を駆け巡った。
それは周辺各地から切り離された陸の孤島であるマルセル村でも例外ではなく、「あ~、やっぱり負けちゃったんだ。どうせ待ち伏せからのドッカンでしょ?バルカン帝国と繋がってるんだもん、当然だよね」と大した驚きも無く受け止められていた。
「ケビン、レンドールの別荘に向かいます、準備をしてください」
「はぁ?お嬢様、暑さでやられちゃいましたか?
だから収穫の手伝いはいいって言ったのに。“私は村娘になるんだ、お貴族様なんかやめてやる~!!”とか言って頑張るから。
こないだの討伐軍の大敗で国内は自粛と言った雰囲気に包まれてる様だってガーネットさんが言ってましたし、へたに遊び歩いてたら周りからひんしゅくを買いません?
少し大人しくされていた方がいいですよ?」
麦わら帽子を被り袖を捲った腕を真っ黒に日焼けさせた青年ケビンは、収穫した野菜を木箱に詰めながらオーバーオール姿の女性に言葉を返す。
「だって仕方がないじゃありませんか、何故か知りませんが急にお見合い話が増えたんですから。
いや、分かりますよ?各貴族家の方々が不安からアルバート子爵家と縁を結びたがっているって事は。
ダイソン公国が数に勝る討伐軍に勝利を収めた。被害者数は死者四万とも五万とも言われる程の大敗。先陣の将であったリットン侯爵様はじめ、多くの貴族家当主や嫡男様方が揃って亡くなるという大失態。
今や国中で後継者問題が勃発して討伐どころではない状態。
特にオーランド王国南西部の貴族家は他人事じゃすみません。
何時その牙が自身に向けられるとも限らない、戦々恐々となさっておられる事でしょう。
でもですよ、だからって社交界の徒花である私と婚姻を結んでアルバート子爵家の後ろ盾が欲しい、いざとなったらアルバート子爵家騎士団に守って貰いたいって図々しいとは思いませんか?
それは私だって貴族家の人間ですから政略結婚だって覚悟はしてますけど、こちらに何の旨味も無い結婚は断固反対です。それをしつこく泣き落としって意味が分からない。
貴族の矜持はどうしたんですか、貴族の矜持は!」
・・・パトリシアお嬢様、本格的にストレスが溜まっておられたみたいです。麦わら帽子を地面に投げつけて「やってられるか~!!」ってどこでその様な下品なお言葉を。
ドレイク・アルバート子爵様がたまにやっておられると、そうですか、アルバート子爵様も相当色々あるんですね。(遠い目)
「分かりました、ですが行き成り向かう訳にも行きませんよ?
こうした事は別荘側に先触れを出し予め準備をして貰いませんと、向こう側の迷惑にもなりますし」
「えぇ、分かっています。ですからその先触れをお願いしようかと。それと馬車の手配をお願いします。
今回は避暑ですし、幌馬車で構いません。エミリーちゃんやジェイク君も誘って皆さんで向かいましょう。
ケビンなら直ぐに行って帰って来れるでしょうから」
そう言って地面の麦わら帽子を拾いながらお嬢様が向けられた視線の先、そこには畑脇には似つかわしくない立派な建物。
「従業員宿舎、とか仰いましたっけ?また購入されて来たんですね、レンドールの別荘建物」
いや~、だってしゃあないやん、人が増えちゃったんだもん。畑脇の小屋じゃ流石に五人も六人も暮らせないし、だったら手っ取り早く家を買って来ちゃった方がいいかなって。
レンドールの別荘って流石はお金持ちのお貴族様御用達なだけあって建物自体は凄く確りしてるんですよね~。
この内戦不況で別荘地が売れ残って仕方がなかったみたいで、レンドール不動産の商会長自らが建物を案内してくれる歓待ぶり。
序でだったんで影空間用と精霊の箱庭用に一つずつ購入したら思いっきり抱き付かれちゃいました。
おっさんに抱き付かれても全く嬉しくはないんだけど、二割引きしてくれたし良しとしましょう。
別荘ご購入を検討中の方は今が買い時です、御申しつけはレンドール不動産へどうぞ。
で、畑脇のご立派な建物ではヨークシャー森林国で拾って来ちゃった呪術師さん方が月影から従業員教育を受けている真っ最中ですね。好きにしていいって言ったんですけどね~、他に行く当ても無いって言って居付いちゃったんですよね~。
まぁ俺のところは厩舎の管理や畑の収穫等々やる事はあるんで別にいいんですけど、十六夜みたいなのもいますし。
そんで呪術師さん方、案の定所属ナンバー管理されておりまして、偶々ですが月影・十六夜って月に因んだ名前が続いたんでそのまま月シリーズでC零壱(男性)を新月、N十五(男性)を満月、B二十(女性)を
月齢二十日のことを
十六夜は「ちょっと感性が・・・」とか言ってましたけどね。
だったらお前が考えてみるかって言ったらマリアンヌとかアンドリューとか。ごめん、こいつ恋愛脳だったわ。
御三方が嫌そうな顔をなさっていたので速攻却下させていただきました。
「分かりました、ちょっくら行ってきます。それでご出発は、今日なんですね、了解です。それと書状は、こちらに用意してあると、準備万端とはすばらしい。
十六夜、幌馬車出して置くからロシナンテ繋いでおいて。今回は急ぎじゃないからシルバーじゃなくていいでしょう。
それで健康広場に連れて行ってくれる?後の事は頼んだ」
俺はそう言うと麦わら帽子を収納の腕輪に仕舞い上空高くに飛び上がる。
「今日は絶好の飛行日和だね~。それじゃ行きますか、黒鴉先生、よろしくお願いします。
流線型結界(新型)発動、カタパルトセット、ケビン、行きまーす!」
“バシュ~~”
撃ち出された砲弾、ケビン・ドラゴンロードは夏の青空の下、今日も元気に南の空へと飛んで行くのでした。
―――――――――
「ジェイクく~ん、遊びに行こう?」
朝の畑仕事を終え、朝食を食べてからいつもの訓練に向かおうとした時に掛けられたエミリーからの誘い。突然の事に何を言い出すんだと聞き直す。
「ん?イヤイヤイヤ、これから訓練に行くんでしょ?サボって遊びに行っちゃったらボビー師匠に怒られちゃうよ?
それにシルビア師匠とイザベル師匠の魔法の講義はどうするのさ」
「へへへ~、既に許可は取ってるんでした~。
パトリシアお姉ちゃんが皆でレンドールの別荘に行かないかって誘ってくれたの。本当はドレイクお義父さん、ミランダお母さん、デイマリアお義母さんと一緒に行くはずだったんだけど、ヨークシャー森林国の事やダイソン公国の事があって今年は無理かもって事になってたの。
そうしたらミランダお母さんが子供たちで行ってらっしゃいって。難しい事は大人たちに任せてゆっくり遊んでいらっしゃいって言ってくれて。
実際のところは最近頻繁にウチに接触を図って来る貴族家からパトリシアお姉ちゃんと私を遠ざけるのが狙いみたい、パトリシアお姉ちゃんが教えてくれたの。
それでボビー師匠とシルビア師匠イザベル師匠に相談したら、そう言う事なら一度森の花園に帰って様子を見て来るって事になったみたい。
何でもキラービーの巣箱があるから気になってたんですって」
なんか根回しは終わってるみたい、まぁそれなら問題は無いのかな?イヤイヤイヤ、そうじゃないそうじゃない。
レンドールの別荘って確か去年エミリーたちが出掛けた別荘地の事だよね?そこで気に入った別荘を購入して来たって聞いたけど、そこってお貴族様の別荘だよね?俺なんかが行っていいの?
いいんだ、そうなんだ、分かったから上目使いで圧力を掛けるのは止めようか。
「分かった、お母さんとお父さんに話してくる。着替えとかも用意しないといけないだろうし。
それで出発はいつ頃なの?」
「えっとね、ケビンお兄ちゃんが戻り次第って言ってたかな?
なんでもこういった場合別荘側に何時頃行きますって言う先触れを出すんですって。向こうも準備が必要だろうからって事みたい。
それでその予定に合わせてこっちも出発するんだって」
「へ~、それはそうなんだろうけど、宿屋と違って行って直ぐに泊れないって面倒だね」
「でもその分凄く素敵な所なんだよ、ジェイク君も絶対気に入ると思うの♪」
エミリーがここ迄嬉しそうに勧めるってよっぽどいい所なんだろうな~。でも先触れって言ってたけど、ケビンお兄ちゃん確か今朝も畑仕事をしてたよな?で、戻り次第出発・・・。
飛べる事を隠してたのってこういう事でこき使われたくなかったからなんだろうな~、でもバレちゃったしな~。
緊急事態で仕方がなかったとはいえ手札を大盤振る舞いしたケビンお兄ちゃん。普段から“手札はなるべく隠しておいた方がいい、こっそり便利使いするに限る”って言ってたのはこういう意味だったんですね。
“鑑定のスキルを持っている事がバレると多くの人に狙われる。ドレイク村長にばれると便利使いされて大変だから絶対人に言っちゃ駄目だよ?”
そう言って俺の秘密を隠し続けてくれているケビンお兄ちゃん。その背中、学ばせてもらいます。
俺はケビンお兄ちゃんのやさしさに感謝しつつ、その教訓を胸に刻むのでした。
――――――――
村の中心、健康広場前にあるアルバート子爵家仮本邸。その前には一台の幌馬車が停まり、出発の時を待っていた。
「ケビン君、なんかすまないね、今は収穫期で一番忙しい時だというのに」
アルバート子爵は配下の者であるケビンに対し、急な話で迷惑を掛けた事を詫びる。
アルバート子爵家の騎士は農民兵、農繁期のこの時期に子爵家の私用で駆り出す事は、大きな負担を掛ける事。
台所事情にそれ程余裕があるという訳でもないアルバート子爵家にとって、騎士の離反は避けなければならないのだ。
「まぁ事情はなんとなく察しましたんで、アルバート子爵様に置かれましては頑張ってとしか。
それにうちには従業員の皆さんがいますんで、なんとか。アルバート子爵様には彼らの移住を認めていただいた恩もありますし、よっぽどの事でない限りはイヤとは言いませんよ。
あんまり便利使いするようなら逃げますけど」
「ハハハハ、そんな事はしないよ、やたらな事をしたらどんな報復を受けるのか分からないからね。
私はこれ以上の出世は望んでないからね?頼むよ!?」
真剣な表情で念を押すアルバート子爵様、大丈夫ですって、今のところばれてないんで。
ヨークシャー森林国の復興に多大な貢献をしたビーン・メイプルが実はアルバート子爵家の家臣だったって事がバレたら大変だろうな~。王家からお褒めの言葉を頂いたうえでの陞爵は間違いなし、王家も面子がありますからね、手配せざるを得ないって言うね。
今はダイソン公国のドタバタ騒ぎのせいでそんな余裕なんてないけど、ガーネットさん達は報告を上げてるだろうし、いずれ王家からもお話が来るとは思うんですけどね。
「ハッ、アルバート子爵家の一騎士としてパトリシアお嬢様、エミリーお嬢様を無事レンドールの別邸までお連れいたします。
で、その後は帰って来て・・・駄目なんですね、了解です。
ちゃんとお守りいたしますんでご安心を」
今回の旅行はジェイク君とエミリーちゃん、フィリーちゃんにディアさん、パトリシアお嬢様にお付きのメイドさんと言ったメンバー。メイド長カミラさんはどうしたのか?
あ~、カミラさんね~。前回ヨークシャー森林国に出掛けた際の色々が刺激的過ぎたみたいでしてね、しばらくお休みを。
なんかガーネットさんとリンダさんがめっちゃ優しくしてたんだよな~。「分かります、それ凄く分かります」とかなんとか?
え~、団子、任せた。癒し隊の皆さんで癒して差し上げてください。
「ドレイクお義父様、ミランダお義母様、デイマリアお母様、後の事、よろしくお願いします。
では行ってまいります」
“ガタガタガタガタ”
マルセル村から続く草原の街道を、若者たちを乗せた幌馬車が疾走する。吹き抜ける風は草花を揺らし、草原の波を作り出す。
「ジェイク君、折角だし馬車の操作を勉強しようか?エミリーちゃんたちも交代でやるよ」
照り付ける夏の日差し、空を飛ぶビッグクロー、辺境の地マルセル村には今日も優しい時間が流れているのでした。
本日一話目です。