「ホルン村長、お久し振りです。なんかゴルド村もすっかり立派になってしまって」
ゴルド村を含む四箇村の農業重要地区入りに伴う公共事業、これは多くの労働者をゴルド村に招き入れる事となった。
人が増えれば物と金が動く。特にゴルド村は四箇村の中心地として各村に労働者が派遣される拠点、その為仮設住宅から仮設商店など、多くの人で賑わうちょっとした街の様な状態になっていた。
「やぁケビン君、聞いたよ、アルバート子爵家の騎士になったんだってね。いや、貴族家の騎士様だからケビン様とお呼びしないといけないかな?」
「ハハハ、止めてくださいよ、騎士って言っても俺の場合雑用ですからね?それにうちは騎士団全員農民兵ですから、うちみたいな人口の少ない村で何人もの騎士を雇うほどの余裕はありませんっての。
周りからはビッグワーム農法で稼いでるって思われてるみたいですけど、そんなもの村の施設を作ったり街道整備を行ったりしたらすぐに飛んじゃいますからね?
グロリア辺境伯家の後ろ盾で街道整備を行って貰えるゴルド村が羨ましいですよ」
そう言い肩を竦める俺に、「その街道整備でがっぽり稼いでるケビン君がそれを言うかな」と呟くホルン村長。
イヤイヤ、ホルン村長、それはそれ、これはこれ。労働の対価は確りいただきませんと、アルバート子爵家の沽券に関わりますんで。
因みにすべて証文支払い、要は借金っすね。あまり木札の乱発を行うのも問題と言う事でそう言う形式を取らせて頂きました。
金貨二万枚はどうしたのか?まずは御屋敷建設に使われるみたいですよ?
貴族家は面子が命、要は見栄っ張り。他家に舐められないような立派な御屋敷が必要って言うね、アルバート子爵様はそこまで拘っていないみたいなんですけどグロリア辺境伯家寄り子衆最強って看板があるとどうしてもね、見栄を張らざるを得ないってのも大変です。
街道整備にしろアルバート子爵家仮本邸にしろ厩舎にしろ、全てケビン建設が請け負わせていただいております。
つまりアルバート子爵家が様々な事業で儲けても大半が借金の返済に消えて行く、つまり貧乏、専属騎士を雇う余裕は中々ないって訳です。
頑張れドレイク・アルバート、もう直ぐヨークシャー森林国から甘木の苗が届くぞ、そうしたら甘木汁産業で一儲けだ!
マルセル村のすぐ後ろは魔の森、魔の森の植物は成長が早い、つまり甘木もよく育つ。
まさにマルセル村の為にある様な甘木の栽培、完璧ですな。
「それにしても大分街道整備が進んでいるみたいですけど、いまの
「うん、ヨーク村、スルベ村、マルガス村を結ぶ街道の工事は今年一杯には終了する予定だよ。各村の監察官事務所の建設もすでに着工されているよ。
エルセルとの間を結ぶ街道は距離もあるし、当初の予定では三年以内には完成させる計画だったんだよ。でもそれも思ったよりも工事の進みがいいみたいでね、現場監督の話では二年以内には完成の見込みと言っていたよ。
それとホーンラビット牧場の建設も進んでいてね、形式はマルセル村の物を参考に作っていると言ってたかな?
これは来年には飼育出来る環境を作る事になっている。
分からない事が出たら相談に行く予定だから、アルバート子爵様にはよろしく伝えておいてくれないかな?」
「はい、それはもう。グロリア辺境伯領の玄関口“ゴルド村”にはますます発展していただかないと。
いずれは買い物に行くならゴルド村って事になるんですかね?」
「ハハハハ、そうなったら嬉しいね。その為にもこの農業重要地区事業は成功させないといけないね」
「そう言えばヨーク村のケイジ・ヨーク村長はどうしてます?結構煽っておいたんで、キャタピラーの攻撃糸繊維事業にのめり込んでると思うんですけど」
俺の言葉に何故か乾いた笑いを浮かべるホルン村長、一体ケイジ村長に何があったし。
「いや、この農業重要地区入りの一件でケイジ村長は村の資産売買等の決定権を失っただろう?始めはその事で荒れていたんだが、マルセル村でキャタピラーの攻撃糸繊維事業の話を聞いてがぜんやる気になってね、個人資産を注ぎ込んで繊維事業に投資したんだよ。
最初はよかったんだ、子飼いの農民も真面目に働いて攻撃糸を集めてってやっていたからね。
ただケイジ村長だろう、次第に悪い癖が出てね、売り上げは独り占め、管理は人任せって感じにね。
攻撃糸繊維はある程度加工してはじめて価値が上がる、その加工段階で手を抜いてしまったら?
ビッグワーム農法のお陰で真面目に働けば食べれる様になった村人がいつまでもケイジ村長の言う事を聞くと思うかい?
賃金の出し渋りをされたらこき使われた村人は離れて行く。今迄の様に子飼いの者を使って脅しを掛けようにも、監察官様の目が光っていてそれも出来ない。
仕方がなしに子飼いの者に仕事をさせるも、うまい汁を吸う為に従っていた者たちが真面目にやるはずもない。
結局事業はとん挫、借金の形に事業ごとミルガルの商会に没収されちゃったって訳さ。
ケイジ村長に残されたのは初期投資の時に作った借金の残りだけ。
村長職は奥さんに押し付けて、その時離縁しちゃったから奥さんにも頼れない。今は息子と一緒にキャタピラーの攻撃糸繊維を集めながら借金の返済を行って生活してるよ」
なんて言う見事な転落人生。しかも自業自得、商会の食い物にされたとかそう言う事じゃないのね。
これまで全てを人任せにして来たケイジ村長には、汗水たらして働くって考えなんか端から無いんだろうな~。
今は借金返済の為に息子さんと共に労働の喜びを学習中との事、真面目に働けば飢える事がなくなったのがこの農業重要地区入りした四箇村です、頑張って更生してください。
俺はホルン村長のこれまでの労を労いつつ、ゴルド村を後にするのでした。
ゴルド村からエルセルに向かう街道は途中までは快適な道程、マルセル村の街道ほどじゃありませんが、きちんと石畳の敷かれた街道は馬車の進み易さが違います。
工事現場では脇の草原に迂回し、暫くはこれまでの未整備な街道を直進、エルセル側からの工事現場から先は再び整備された街道となり、街門が閉まる前にはエルセルに到着する事が出来ました。
うん、やっぱり街道整備って凄い、移動速度が全然違う。まぁこの幌馬車の性能って事もあるんだけど、のんびり屋のロシナンテでも閉門に間に合ったくらいだから、シルバーだったらかなりの余裕を持って到着するんじゃないかな?
エルセルまで馬車で一日で到着する、以前だったら考えられない状況に、地域活性化におけるインフラ整備の重要性を実感するケビンなのでありました。
“サッ”
「突然のご訪問失礼いたします。それと御面会を頂きありがとうございます、ストール・ポイゾン監督官様」
美しいカーテシーを決め挨拶の口上を述べるパトリシアお嬢様とエミリーお嬢様。
その後ろに控え礼をするマルセル村の面々。
ここはエルセルの監督官屋敷、他領の貴族令嬢であるパトリシアお嬢様とエミリーお嬢様は街に到着したらまずはその街の監督官様にご挨拶申し上げなければならないお立場の方々。
いや~、お貴族のお付き合いというものも大変です事、俺からすると超面倒臭い。
「うむ、パトリシア嬢も御壮健のご様子、何よりですな。
エミリー嬢とは昨年の夏以来ですな、また背が伸びられましたか?来年は授けの儀、本当に楽しみですな。
して此度はレンドールの避暑地に行かれる途中に寄られたとか、ドレイク殿はご一緒でない様ですが、何かありましたかな?」
ストール監督官様の鋭い突っ込み、思わず苦笑いを浮かべるパトリシアお嬢様。この辺はやはり場数を踏んでいるストール監督官様が上手か、勉強になります。
「はい、義父ドレイク・アルバートはアルバート子爵領を訪れる各貴族家のご使者様のお相手を。
近頃はオーランド国内も何かと不穏ですので」
「ほうほう、なる程、それでお嬢様方だけで避暑地にと。ドレイク殿も何かと気苦労がおありでしょう。早く国内が安定する事が望まれますな。
まぁ今宵は我が家にてゆるりとご逗留ください。
誰かある、皆様をご案内しろ」
暗に“見合いが面倒だから逃げ出した”と言うパトリシアお嬢様と、“ドンマイ”と言うストール監督官。
貴族の会話って難しいわ。まぁストール監督官様はイヤらしい内容の会話で
「では気を付けて行かれる事だ、楽しい避暑を」
「ありがとうございます。ストール監督官様もお身体にお気を付けください。
では行ってまいります」
翌早朝、何事も無くエルセル監督官屋敷を出発するアルバート子爵家一行。フィリーちゃんとディアさんは元々そっち側の人間だったからこういったお貴族様の世界は慣れっこだけど、ジェイク君とエミリーちゃんは完全に村人だからな~。
大丈夫かと思い聞いてみる。
「ジェイク君、エミリーちゃん、監督官様の御屋敷にお泊りして大丈夫だった?村の生活とは雰囲気が違うから緊張しなかった?」
「ん?大丈夫だよ、ケビンお兄ちゃん。と言うかこないだ行ったヨークシャー森林国のプラウド侯爵家の御屋敷に比べれば全然まし、あの時は周りが高価な調度品に囲まれていて気の休まる暇がなかったから。
ストール監督官様の御屋敷はどちらかと言えばエミリーの家に近い?さり気なく品のいい調度品が置いてある辺りは、アルバート子爵様の御屋敷みたいな感じかな?」
「エミリーは大丈夫だったよ?ストール監督官様の御屋敷は二度目だし、マルセル村のお家でお貴族様の仕草はパトリシアお姉ちゃんやデイマリアお母さんに教わってるからバッチリだったでしょ?
フィリーちゃんとディアさんも褒めてくれたんだよ?」
そうでした、この子達お貴族様体験が初めてって訳じゃありませんでした。ジェイク君に至っては初っ端侯爵家って言う無茶っぷり、考えてみれば村人にはきついよな~。周囲の調度品一つとっても自分の家よりも高価って、マジで気の休まる暇もない。
でもあれ俺のせいじゃないからね、文句は子供らに経験を積ませるって言い出したボビー師匠に言ってね。
“ガタガタガタガタ”
幌馬車は進む、一路避暑地レンドールを目指して。
子供たちの学習能力は高く、それぞれが大分御者に慣れはじめた頃それは現れた。
「ケビンお兄ちゃん、街道前方、道の真ん中に人が倒れてる。
盗賊の待ち伏せの可能性大、左右の叢右に三人、左に四人」
御者をしているジェイク君の呼び声にサッと緊張するパトリシアお嬢様とメイドさん。
対して愛用の木刀を手に何時でも行けますと言った顔になる若者軍団。
これがただの村人と訓練された村人の違い。パトリシアお嬢様方も十分動ける方だとは思うけど、如何せん戦闘訓練はまだだから。マルセル村の冬を越せば皆さんも立派な修羅になれますよ。
比べて若者軍団は流石地獄の魔力枯渇訓練を乗り越えた精鋭、大分前からその存在には気が付いていた様で、既に戦闘モードに入られておりました。
「う~ん、ここで一狩り行っちゃってもいいんだけど、ちょっと気になる事があるから待ってくれる?エミリーちゃん達は幌馬車周辺に展開、大丈夫だとは思うけど弓や魔法攻撃に備えておいて」
俺はそう告げると一人馬車を飛び出して道に倒れる人物の下に向かうのでした。
――――――――
「もし、大丈夫ですか?どこか体調でも崩されましたか?」
掛けられたこちらを心配するような声。ゆっくり目を開ければそれは騎士服を着た年若い青年からのもの。
彼はこちらを心配する様な表情をして倒れる私を抱き起す。
「大丈夫ですか?道に倒れられていたのでお声掛けさせていただいたのですが?」
彼はまだ成り立ての騎士と言った所か?幼い顔立ち、世間の汚い部分などまったく知らないようなその顔に、思わず悪態を吐きたくなる。
今は我慢だ、カモにはカモらしくしていてもらわねば。
「は、はい。行き成り立ち眩みをしてしまってそのまま。私は倒れてしまったんですね」
そう言い項垂れる私。若い騎士はそんな私に優しく声を掛ける。
「そうですか、どこかを悪くなさったのでなければよかった。
そうだ、喉も乾いているでしょう、こちらをどうぞ」
若い騎士はそう言うや腰のポーチからコップと水筒を取り出し、中身をコップに注いで差し出して来た。
「夏場の移動で疲れが出たのやもしれません、こちらをどうぞ。
身体が癒されてスッキリしますよ」
それは若葉の匂いが香る緑色をしたお茶。
“ゴクッゴクッゴクッ”
スッキリとしたのど越し、ほんのり自然な甘さが口に広がる。
お茶の旨味が身体の奥から全身に広がって行くのが分かる。
「どうですか、美味しいでしょう?良ければもう一杯どうですか?」
促されるままコップを差し出し、再びお茶を口にする。
あぁ、美味しい。こんなにゆったりと物を味わったのは何時振りだろうか。
気が付けば視界が歪み、溢れる涙が頬を伝う。
貧しかった子供時代、食べる物は少なく、いつもお腹を空かせていた。そんな生活でも両親は私を育てる為に必死に働き、私もそんな両親を助けた。
そんな村を盗賊が襲う、貧しく食べる物に困るような村人に奴らに抗う術は無い。
奴らは全てを奪った、金、食料、女、村人の命。
私は奴らに攫われ、両親は殺された。
そこから先は地獄だった、犯され、殴られ、言われるがまま盗賊の片棒を担がされる日々。
荒んで行く心、いつしか身も心も盗賊の一員になってしまった。
「私は何の為に生きて来たんだろう」
漏れる言葉は本心、生きる希望も死ぬ勇気もない、ただの屍、それが私。
「そうですか、さぞお辛かったでしょう。良いんです、存分に泣いて下さい。
ですがなぜ皆さんはこちらに?ここグロリア辺境伯領は昨年大規模な盗賊の取り締まりがあった土地、未だ監視の目は厳しく盗賊稼業には向かないのでは?」
「戦争さ、私達は南西部の出身でね。つい最近ダイソン公国だかってのが独立騒ぎを起こしただろう?あれの煽りでね。
どこもかしこも大騒ぎ、不安から住民が暴徒と化している地域もあるくらいさ。
中には火事場泥棒に走る連中もいるけど、命あっての物種だろう?」
私はそう言い力なく笑う。そう、私達は逃げ出して来た。そんな逃げ出した先でも同じように罪を重ねる、そんなどうしようもない屑、それが今の私。
「そうですか、色々お辛い話をありがとうございます。
それであなたはこれからどうしたいですか?」
“どうしたいのか”、そう聞かれて何も答える事が出来ない。
ただ言われるがまま過ごしてきた薄っぺらい私には、自ら考える事など出来ようはずもない。
「分からない。私は生きていていいのか死んだほうがいいのか。
ただ言われるがまま罪を重ねてきた私には、何をどうしたらいいと言った事を考える事など許されていなかったから」
そうか、私は人ですらない只の人形だったのか。
自らの手を見る、それは罪にまみれた薄汚れた手。
「そうですか、ならばその罪、生きて返してください。
自らの生き方すら分からない様な者の命を捧げられたとしても、奪われてしまった命には代えられない。
ならば少しでもいい、生きて誰かの為に尽くしてください。
この先エルセルの街の教会に向かい女神様に御すがりするといいでしょう。女神様の御下で人々の為に尽くす、あなたも女神様に見守られていては同じ過ちを繰り返す事もないでしょうから。
このポーションを飲まれてから行くといい、傷付いた身体では人々の役に立つ事も叶わないでしょうからね」
差し出されたポーション瓶を手に取りクイッと飲み干す。身体の奥から力が広がり、溜まりに溜まった身体の不調が綺麗に無くなって行く。
「ありがとうございます。こんな私に、これ程迄の事を・・・。
あなた様は一体」
「私ですか?私の名はケビン・ドラゴンロード。アルバート子爵家に仕える騎士です。
さぁ、振り向かずにまっすぐ進みなさい。あなたの人生が光ある物になる事を祈っていますよ」
私は歩き出す、若き騎士ケビン・ドラゴンロード様の言葉を背に受けて。
自らの犯してしまった罪と向き合い、償っていく為に。
「ふむ、光属性魔力マシマシ聖茶二杯で盗賊も改心すると。後はそれがどこまで持つかなんだけど、こればかりは観察して行かないとな~。
今のお姉さんは時々観察に行くとして残りの被験者七名はどうしようかな?」
背後で囁かれた何者かの呟き、それは街道に吹いた一陣の風に紛れ、前を向き歩き始めた女性の耳に届く事はないのでした。
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora