転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

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第357話 元侯爵令嬢、自身の過去を告白する

「アイリス、貴様には王都中央学院を卒業後バルカン帝国に嫁いでもらう」

 

それは義父デギン・ダイソンから突然告げられた言葉でした。

実父シオン・ダイソンは私がまだ幼い頃に亡くなってしまいました。いつも笑顔で優しい父であったという微かな思い出が、私に残る実父との繋がりです。

穏やかな父、美しい母、聡明で凛々しくも優しい兄。実父シオンが生きている頃が、私にとって一番幸せな時代でした。

父シオンの死後、家督は叔父であるデギン・ダイソンの手に渡りました。

叔父デギンはこれまで父が行って来た全ての物事に対し、否定的な男でした。

 

「先代は先代、今の当主はこの私デギン・ダイソン。この家の全てを決めるのはこの私だ、それが嫌ならば出て行くがいい」

 

本来であれば侯爵家の家督は兄であるキャスパー・ダイソンが継ぐはずでした。ですがそれは兄がまだ八歳と幼いという理由から否定され、王家の決定により叔父が後を継ぐ事となったのです。

母であるライア・ダイソンは兄と私、そして残された家臣の身を守る為叔父と再婚、その後弟ミネリオが生まれると、義父の関心は弟ミネリオに集中する事となりました。

 

「キャスパーが演習中に家臣数名を連れて出奔した。まったくあの男は何を考えておるのか、黙っていれば次期当主になれると本気で思っていたのか?

己の至らなさを棚に上げそれがなされないとなるや家を出る、全く情けない。あの様な者は最早ダイソン家の者でもなんでもない、その身分を剥奪しダイソン侯爵家を追放する!」

 

義父デギン・ダイソンから告げられた言葉を、私ははじめ信じる事は出来ませんでした。あの聡明で努力家の兄が研鑽が辛いからと家を出る、そんな事あろうはずもありません。

まだ幼く純粋であった私は、いえ、物事が分からぬ世間知らずであった私は、その知らせに涙を流し兄の無実を訴えました。

あの時私を止めた母の後悔を含んだ悲し気な表情の意味も分からずに。

 

兄の居なくなったダイソン侯爵家はまるで火を落としたかのように冷たく無機質に感じられました。

尊大な態度の義父デギン、その顔色を窺う様な母ライア、そんな両親ではあるものの愛情を注がれすくすく成長する弟ミネリオとその後生まれた妹マルネリア。

その場は既に嘗ての笑顔溢れるダイソン侯爵家ではありませんでした。義父デギン・ダイソンを当主としたまったく別の家、そして私はそこに紛れ込んだ異物。

私の居場所は既にこの場にはない。

侯爵令嬢である為義務として通う事となった王都中央学園は、私にとって最も安全な避難場所となっていました。

 

「お義父様、バルカン帝国に輿入れとはどう言う事でしょうか?

我が家はオーランド王国の盾であり守護者、バルカン帝国の脅威から王国を守る為に関係の改善を図ると言う事でしょうか?

ですが帝国の野心がそう簡単に(つい)えるとは思えません。我が家との関係を足掛かりにオーランド王国に侵攻しようという考えではないのでしょうか」

 

バルカン帝国との関係改善、これは長年の課題でありこれまでも幾度か婚姻外交は行われて来ました。

ですがその効果ははかばかしくなく、王国にとって帝国が仮想敵国であるという事実は変わる事なく続いて来ました。

 

「ふん、小娘がこざかしい事を言う。貴様は我の言葉を聞き素直に嫁げばよいのだ」

有無を言わさぬ義父の決定、貴族家当主であれば当然であり自身も貴族の娘として政略結婚と言うものは覚悟していました。

ですがこれは・・・。

演習中の兄の失踪、義父デギンは出奔と言っていましたが、果たしてそれは事実であるのか。言い知れぬ不安が、私の胸を締め付けました。

 

「アイリス、学園を卒業したらその足でテレンザ侯爵家に向かいなさい。あそこの第一夫人エリエール様は学生時代からの付き合いなの。あなたの事はよく頼んであるわ。

そこで身分と名を変え一介の侍女として身を隠すのです。

デギン様は大きな謀略を働こうとしています。その時あなたの存在が邪魔になると判断したのでしょう。

私は駄目な母親です、あなた達兄妹と家臣を守る為にデギン様と再婚したというのに、その事が逆にあなた達を追い詰めている。

マルネリアが大きくなった今、デギン様はあなたの排除も視野に入れているのでしょう。

あなたをキャスパーの二の舞にはさせません。お願い、あなただけでも生き延びて」

 

涙を流し書状を手渡す母、私は母の思いを胸に学園卒業と共に姿を消し、テレンザ侯爵家に向かう事となりました。

その後スコッティー・テレンザ侯爵閣下と第一夫人エリエール奥様の御厚意により、三男ロナウド様の専属メイドとしてお仕えする事となりました。

ダイソン侯爵家がオーランド王家に反旗を翻しダイソン公国として独立戦争を始めた事は聞き及んでいます。

私はスコッティー侯爵閣下とエリエール奥様に申し出て職を辞そうとしました。私の存在はテレンザ侯爵家にとって有害以外の何物でもない、大恩あるテレンザ侯爵家にこれ以上迷惑を掛ける訳にはいかないと。

ですが心お優しいお二人はそんな私を諫め、ロナウド様の世話係を続ける様にと仰って下さった。

 

私にはなんの力も無い、テレンザ侯爵家の皆様に恩を返すどころか自身を守る事すらも出来ない無力な自分。

 

“カチャッ”

胸元から取り出したペンダントロケット、開いた先にあるのは懐かしの兄と自身の肖像画。

兄は今どこでどうしているのだろうか、シリアル湖から吹き抜ける風を受けながら、そんな思いが心をよぎるのでした。

 

―――――――――――

 

「そう、アイリス、いえ、今はローラでしたね。ローラにその様な事が。

私も大概でしたけど、あなたも大変だったのね」

パトリシアお嬢様はそう仰ると俺に向かい視線で合図を送ります。

“甘木汁のお湯割りをお出しして”ってあれは俺の分ですよ!?

ご自分の分はどうしたんですか、もう全部お飲みになられたとか言わないですよね、俺まだマケドニアル様から報酬の甘木汁十樽分と苗木いただいてないんですけど!

俺が責めるように視線を返すとスッと顔を逸らされるパトリシアお嬢様。きたねー、貴族きたねー。ちゃんと約束分はいただきますからね、あれだけやって無報酬だったら流石に出奔しちゃいますからね!

俺は渋々と言った顔で甘木汁のお湯割りを用意する。

 

「パトリシア様の件は聞き及んでいます。義父の手の者から逃れる為に卒業記念パーティーの時は既に王都を旅立っていたので、その事を知ったのは随分後になってからになりますが。

パトリシア様には在学中大変お世話になっておきながら、何の手助けをする事も出来ず大変申し訳ありませんでした」

そう言い頭を下げるローラ様、パトリシアお嬢様はそんな彼女に顔を上げる様に言葉を掛ける。

 

「その事はお気になさらないでください。お互い家の事情、周囲の思惑に翻弄された。それに私の今の身分は子爵家令嬢、侯爵家に仕えるローラ様にその様な態度を取られては恐縮してしまいます」

そう言い悪戯そうな笑みを返すパトリシアお嬢様。この御方は本当にお強くなられて、ローラ様も自然と笑顔になられています。

 

“カチャッ”

新しいティーカップに注がれた甘木汁のお湯割り、光属性魔力水(熱湯)で割る事で心を落ち着けとても幸せな気持ちにしてくれます。聖茶の様な強制力も無いし、これは大変よい飲み物です。

でもだからと言って自分の分をこの短期間で使い切っちゃうかな~。使用人たちと分け合ってたらあっという間だったと、クッキーが最高だったと。

まぁそれなら仕方がないのかな?ウチでも母メアリーとミッシェルちゃんが絶賛していらっしゃったし。

ミッシェルちゃんからは「ケビ、あまあま、おっちーね」とのお言葉を頂いております。

翻訳しますと「ケビンよ、これは大変美味なる物、大儀であった」との事です。

もうね、お言葉と内容の乖離よ。その本音はお隠しになって、是非表面上のお言葉でお過ごしあそばします様、心よりお願いいたします。

 

結論から言えば女性は甘味に目が無いと言った事でしょうか、こればかりは致し方がないかと。

でもパトリシアお嬢様、これ貸しですからね、ちゃんと返してくださいよ。何故そこで目を逸らす!

パトリシアお嬢様、マルセル村に染まり過ぎです、もう少し以前のお嬢様お嬢様していた頃の事を思い出してください。

麦わら帽子を被ってオーバーオール姿で農作業している時点で今更?クッ、先に既成事実を積み上げて反論してくるとは。

流石はドレイク・アルバート子爵閣下を義父に持つ者、侮りがたし。

 

俺はパトリシアお嬢様に無言で抗議しつつ、ふとローラ様の見詰めるロケットペンダントに目をやる。

そこには可愛らしい女の子と利発そうな少年の肖像画。

・・・ん?あれ~、なんか俺こんなもの見た事あるんだけどな~。確かあれはこんなロケットペンダントじゃなくって女の子が描かれたペンダントだった様な・・・。

 

“カチャッ”

ティーカップがテーブルに戻される。

ローラ様は「ありがとう、美味しかったです」と感謝の言葉を投げ掛けてくださいます。

 

俺は暫しの逡巡の後、誰に語るでもなく口を開くのでした。

 

「あれは一昨年の冬の事でした。当時グロリア辺境伯領北西部地域は多くの盗賊が蔓延り、各地域でその被害が多発する無法地帯でした。

パトリシアお嬢様のお乗りになった馬車がオークの群れに襲われたのもそんな時でしたね。あの時お助けしたお嬢様が今ではアルバート子爵家のお嬢様となり、自身がその御方にお仕えする事になる。本当に未来と言うものは何があるのか分からないものです。

 

そんな盗賊被害蔓延るグロリア辺境伯領北西部地域ですが、その元凶は意外な所にありました。地方都市エルセルの腐敗、その街の監督官が街の商人や冒険者ギルド、教会と結託し、盗賊共を匿っていた。

盗賊を取り締まる側が匿うんです、住民たちがいくら声を上げようともどうする事も出来ません。そしてこの監督官が上手い所はエルセルの街の中では犯罪行為を行わせなかった点、エルセルの街は住民から住みよい街と思われ、誰一人この事に気が付く事はありませんでした。

 

だがその事に気が付き証拠となる書類を手に入れた者がいました。

それは人の手を渡り、グロリア辺境伯閣下の下に届けられる事となった。

グロリア辺境伯様の動きは早かった。すぐさま領軍を編成、騎士団と共にエルセルに乗り込み全ての悪人を取り締まりました。

監督官や領兵、冒険者ギルドや教会関係者、街を代表する商人や商業ギルドと言ったあらゆる場所を徹底的に。

エルセルは一時期混乱の極みとなりました、それこそ街自体が消えてなくなるかと言わんばかりに。

ですがその英断のお陰で周囲から犯罪者は消え、地域に平和が戻る事となりました。今ではグロリア辺境伯領一安全な街と言われる程です」

 

俺はここで言葉を切る。

パトリシアお嬢様とローラ様は突然一人語りを始めた俺に訝しむも、黙って耳を傾けてくれています。

俺はそんな二人の様子に、話の続きを語るのでした。

 

「ですが盗賊たちも馬鹿ではありません。大きな盗賊団、名のある盗賊たちはオーランド王国の懐刀と呼ばれたマケドニアル・フォン・グロリア辺境伯閣下の事を常に恐れていました。

グロリア辺境伯領の騎士団はオーランド王国の盾と呼ばれる程の武勇を誇る戦闘集団、そんな彼らが本気で取り締まるとなれば自分たちもただでは済まない。

その動きは常に監視され、領都には彼らの間者が潜まされていました。

 

そんな盗賊団の中に‟赤鷲”と呼ばれる一団がいました。彼らは襲った相手資産の三割を残すといった独自の決まりを持ち、抵抗する相手は正面から打ち破る、周辺の盗賊からも一目置かれる存在でした。

その実力は高く、商人の中では“赤鷲の旗を見たら下手に抵抗せず七割を差し出せ”と囁かれる程、地域では絶対的な存在として君臨していたそうです。

 

そんな彼らが領都から迫る騎士団を前にただのうのうとしている筈もありません。彼らはエルセルに見切りを付け直ぐさま移動を開始しました。

彼らの向かった先、それはグロリア辺境伯領北西部で一番勢いのあった村、ビッグワーム農法の開発で領都でも評判の野菜を出荷し、ビッグワーム干し肉で大いに潤っていた村。

我が故郷、マルセル村でした」

 

“ガタンッ”

テーブルに置かれた一振りの剣、それは赤鷲のリーダーだった者が腰に下げていたもの。

 

「エルセルとマルセル村の間にはグラスウルフの草原と呼ばれる広大な草原が広がっています。そこに伸びる一本の街道、寒風吹きすさぶ真冬の草原地帯、その地に彼らはやって来ました。

“我々はダイソン侯爵家を簒奪せしデギン・ダイソンを討ち、正統なる血筋に戻す為に活動する戦士。

自らを正義などとは言わん、その方らには負担を強いるのだからな。だが命まで奪う事はしないと約束しよう。奪うからには奪う者の矜持がある、それを失えば堕落しいずれ自らを滅ぼしてしまう、我らはその事を知っている”

その集団のリーダーの言葉です。今の今まですっかり忘れていたんですけどね、そのペンダントを見て思い出しました。

 

彼は強かったですよ。彼と彼の率いる集団は明確な意思の下規律を持って行動していた、その姿は正規の騎士そのものだった。

 

彼らには高い志があった、どんなに身をやつそうとも失われない意思があった。

ですが、だからと言ってその行為を受け入れる事は出来ません。

彼らがどれほど崇高な思いを持っていようともそれは略奪行為、奪われる側にしてみれば下卑た盗賊と何ら変わりはないのです。

相容れぬ思い、命を懸け、全力で排除させて頂きました。

 

これは誰かに伝えるつもりはありませんでした、生涯胸の内に秘めておこうと思っていた話です。まさか妹であるローラ様にお会いするとは思ってもいませんでしたから。

これは何かの導きかも知れない、そう思いお伝えさせていただきました。

 

最後にキャスパー様から妹であるアイリス様に、“愛していた”と。アイリス様の肖像画の(えが)かれたペンダントはキャスパー様の亡骸と共に荼毘に付させていただきました。

こちらの剣はアイリス様にお返しいたします。ダイソン侯爵家の紋章の入った逸品、アイリス様にとってはキャスパー様との思い出の品でしょうから」

 

俺はそう言うとそっとその場を後にする。

“善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや”

俺は後悔しない、あの戦いを悔いる事は亡くなった相手を愚弄する事だから。

だから妹であるアイリス様も彼の生き様を否定しないであげて欲しい、形はどうあれキャスパー・ダイソンは全力で生き、そして散って行ったのだから。

俺はあの寒風吹きすさぶ草原での出会いを思い出し、彼らの冥福を祈り胸に手を当てるのでした。

 




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