転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

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第358話 転生勇者、夏の湖畔を楽しむ

シリアル湖の湖面から涼しい風が流れて来る。

朝の日差しに照らされた水面はキラキラと輝き、何か楽しい事が起きそうだと気分を高揚させる。

そんな爽やかな別荘地の湖畔の地面に腰を下ろし、目の前に立つ青年の言葉に耳を傾ける若者たち。

 

「いいかい、ジェイク君、エミリーちゃん、フィリーちゃん、ディアさん。<魔力纏い>を習得した君たちなら分かると思うけど、魔力には火属性・水属性・風属性・土属性・光属性・闇属性といった所謂属性魔力の他に基礎魔力、ここでは基礎属性魔力としようかな?まぁそういうものがあります。

皆はそれぞれ魔法適性があると思うけど、そうした者は全体で見ると少ない。多くの者は魔法適性の無い者となる。

でも俺はそうした者を敢えて基礎属性魔法の適性者だと考えている。

 

この基礎属性魔法は魔力を持つ全ての者に備わった力、各属性魔法適性を持つ皆は勿論、魔物だって使う事が出来る。

ただ属性魔法が複数属性の者よりも単体属性に特化した者の方が強力であるように、基礎属性魔法も所謂属性無しとされた者の方が強力に、より器用に使う事が出来る。

俺やジミーがその典型、でもこれは訓練の賜物とも言えるんだけどね。

 

話を戻すよ。

問題はこの基礎属性魔法を鍛えるとどういう事が出来るのか?

簡単に言えば“魔力を物体のように自由に扱う事が出来る”って言うのが基礎属性魔法の特徴。

俺が良く使うのが魔力を使った触腕と触糸、ボールと結界」

 

“ブワッ”

青年の背後に現れる半透明な何か、それは大きく太い腕であり、細い糸であり、球体や板状のもの。

 

「これらの魔法は触腕は敵を掴み、糸は敵を拘束し、ボールは敵に投げ付け、結界は敵の攻撃を防ぐ。こう考えてしまうのが一般的だよね?

でもそれだけじゃあまりにも応用が足りない。触腕はそれこそ手の代わりとして物を持ったり穴を掘ったり運んだり、糸は縛ったりロープの代わりにしたり網を作ったり、ボールは中に洗濯物を入れて洗ったりするときに使えちゃったりもする。

じゃあ結界は?

ディアさん、どう言った使い方があると思う?」

 

青年に話を振られたディアは、暫し考えた後口を開く。

 

「普通は先程ケビンさんが言ったように敵の攻撃を防ぐ盾の様に使います。ですがこの結界はその場に留めておくことも出来る。

であるのなら敵の侵入を防ぐための障害や落とし穴などの罠を回避する為の足場としても使える」

 

「おぉ~、いいねいいね、まさに武人らしい発想と飛躍。その通り、その応用範囲はとても広い。

この結界は敵の攻撃を防ぐだけあって硬くて丈夫。だから形を変えて掴んで投げれば投げナイフにもなるし、こんな風に段差を付けて並べれば」

 

“コツッコツッコツッ”

 

「空へと昇る階段だって作れちゃう。そんでこれを更に広くすると」

 

“タッタッタッタッ”

 

「疑似的に空中歩行だって出来ちゃう。

ジミーがたまにやってると思うけど、戦闘中に空中に結界を張って足場にする事で立体機動攻撃をするってのも、この技術の応用技だね。

でもこんなに大げさにやってると結構魔力も使うし非効率、もっと消費魔力を減らし尚且つ応用範囲の高い使い方が出来ないのか?

それがこれから行う訓練です」

 

青年はそう言うとシリアル湖の湖面を軽快に走り回る。だがその水面は水飛沫一つ立てる事なく穏やかに揺らぐのみ。

 

「要は水面に足が付く寸前に結界を張って体重を支えるって方法です。これがある程度慣れたら結界を張る位置を高くして行って、最終的には」

 

“ターーーンッ、タッタッタッタッ”

飛び上がる青年、彼は皆が見上げる中、遥か上空を走り回る。

 

「こうやって空中を走れるくらいになってもらう予定だから~。

大丈夫、落ちても下は湖だから、死なない死なない。救助はケルちゃんとシリアル湖に住むお仲間さん方に頼んでおいたから~」

 

“““ザバッ、キュルキュルピ~♪”””

湖から姿を現した数体のケルピーの群れ、レンドールの住民が見たらパニックを起こす様なこの光景も、彼らには“お馬さんが現れた”くらいにしか感じられない。

その時点で既に手遅れと言った事なのだろうか。

 

「はい、では早速と言いたい所ですが、まずは足の裏に結界を生じさせる訓練を行ってからの方が効率的かなと思いまして、(わたくし)こう言った物を考えさせていただきました。

ケルちゃん、お願いします」

“キュルルル~♪”

 

それは装具を身に付けたケルピーの姿であった。その装具から伸びた紐は後方へと向かい、その先端には棒状の取っ手の様なものが付いている。

 

「これはディアさんが良く使う盾状の結界の応用ですね。足の裏にちょっと広めの結界を張ってみましょうか。

ケルちゃん、出発~!」

“キュルルル~、ダッダカダッダカダッダカダッダカ”

 

それは湖面を疾走する馬の姿であった。そしてその後ろにはロープの先の取っ手を掴み水面を滑る青年の姿。

 

「ひゃっほ~い、とう!」

“クルンッ”

 

水面で飛び上がる青年、彼は中空でくるりと回転すると、見事に着水を決めそのまま滑り続ける。

その光景を見詰めていた若者たち。エミリーとフィリーは目をキラキラ輝かせ、ディアは指先をワキワキさせながら“次は私の番”と興奮し、ジェイクは一人“これって水上スキーじゃん、何でケビンお兄ちゃんは想像の斜め上を行っちゃうのかな!?”と、他の者と共有出来ない気持ちを抱え悶々とするのでした。

 

――――――――――

 

「アハハハハハ、ケルちゃん速い速い、行け行け~♪

お~い!お姉ちゃ~ん♪」

シリアル湖の湖面を疾走するケルピー、その後ろをロープを持ち滑走する少女。その後ろからは同様に湖面を駆けるケルピーとロープを手に滑走する若者たち。

そんな彼らを微笑ましげな眼で見詰めながら手を振り返す美しい女性。その内心は“キャ~、エミリーちゃん可愛い~、ウチの妹最高~♪”とちょっと残念なものではあるのだが。

 

“コトッ”

テーブルのソーサーの上に置かれたグラス、注がれているのはよく冷えた麦茶。グラスの中では小さな氷の塊がくるくると揺れている。

 

「ケビン、あなた氷魔法も使えるの?宮廷魔導士でもごく一部の者しか使えないと言われる希少魔法を」

「ハハハ、嫌ですよパトリシアお嬢様、この俺がそんな大それたもの使える訳ないじゃないですか。ちょっとした氷を出すのが精々ですって。

というか氷魔法ってあまり必要って思える機会が無いんですよね~。熱い時にちょっとした氷があれば便利だな~ってくらいで。

魔法って面白いもので使用者が然程必要と思わないとそれほど伸びないんですよ。だって考えてみてくださいよ、なんでわざわざ雪原作る必要があるんですか。

アイスランスってストーンランスとの違いが分からない、石でよくないっすか?そりゃ凄いな~とは思いますけど、それくらいしか感想が湧かないんですよね。

その点生活魔法は便利ですよね、俺の場合便利過ぎて訳分からない事になっちゃってますが。

俺って俗にいう“上級魔法”っていまいち肌に合わないんですよね。ボール魔法とかアロー魔法は好きなんですけど」

 

“コトッ”

差し出された大皿、そこにはまだ温かな湯気を立てている何枚ものクッキー。

 

「昨日管理人のグリルさんに頼んで焼いて貰った、甘木汁を使ったクッキーです。小麦粉はマルセル村産のものを石臼で挽きさらに細かい網目の篩に掛けたものを使用、水は大森林中層部の泉のものですね。コンコンと湧き出る清浄な水は命を潤してくれる様な独特の旨さがあります。

甘木汁はプラウド侯爵閣下より頂いた特別なもの、それらの材料をお見せしたところグリルさんが姿勢を正し、“料理人人生の集大成とも言えるクッキーをお作りいたします”と仰って下さったので味は期待出来ると思いますよ?

出来上がったものを試食なさって涙を流されておられましたから」

 

俺の話を聞き何故か額に手を当てるパトリシアお嬢様。

今の話のどこにそんな動作を加える要素が?解せん。

 

「ケビン、毎回言いますが、あなたはいつもやり過ぎなんですよ」

パトリシアお嬢様はそう仰るとピシッと指を三本立てられます。

 

「一つ、マルセル村の農産物はオーランド王国全土を見ても最も優れた物と言えるでしょう。その鮮度と言い深みのある味わいといい、全ての食が集まると言われる王都でもあれほどの食材を手に入れる事は出来ません。それは野菜に限らず小麦もです、優れた農法により生産された小麦の旨味はたとえ品種が同じであってもその味わいに雲泥の差が出ます。

しかもじっくりと石臼で挽いた上に篩に掛けている。これは王都の高級料理店で行われている手法です。

グロリア辺境伯領領都でも一部の高級店では同様の手法で作られた食感の素晴らしいパンが提供されていたりしますね、これは辺境の地と馬鹿にされない様にと最新の調理技術に目を向け続けた先祖の努力の賜物です。

その様な形で選別された小麦粉が素晴らしくない訳ないでしょうが!

 

次に水、何ですかその大森林中層部の湧き水って言うのは!

フィヨルド山脈の雪解け水が大地に染み込み長い年月を掛け濾過され溢れ出した天然の恵み、美味しくない訳ないじゃないですか!

しかも大森林、魔力が豊富に含まれている事は確定済み、ケビンの作り出す魔力水とはまた違った味わいである事は間違いないでしょうが!

 

そして最後のプラウド侯爵様より頂いた甘木汁、そんな高級素材で出来上がったクッキー、任された調理人が感極まって涙するのも当然です。

自身がどれ程の信頼を置かれているのかと、アルバート子爵家に対する忠誠心が上昇しまくりじゃないですか。こんなクッキー、王家の者でも食する事なんて出来ませんから。

悪い事ではない、悪い事ではないんです、でもやり過ぎです。

ケビンは少し自重という言葉を覚えてください」

 

うん、何故か怒られてしまいました。

そうですね、よく考えればこの材料を揃えるだけでどれ程の人脈と財力があればって話ですもんね。

ケビン、反省します。

ではこのクッキーは収納の方に“ガシッ”・・・。

 

「あの、パトリシアお嬢様、その手を放していただけると」

「何を仕舞おうとしてるんです、誰も食べないとは言っていないではありませんか。

あぁ、この蜂蜜とはまた違った優しい香り、甘さの香りにこうも違いがあるなんて。ケビンも席に着きなさい、一緒にいただきましょう」

 

う~わ、掌コロッコロ、甘味には勝てないって事なんですね、納得です。

そんでお付きのメイド様、目が凄いですよ、そんなにガン見しなくてもクッキーはまだまだありますんで安心してください。

 

“コトッ、コトッ”

俺はクッキーの盛られた小皿と冷えた麦茶の入ったグラスをテーブルに並べる。メイドの矜持かお嬢様の後ろにジッと待機していたメイド様、まるでお預けを喰らった子犬の様に悲しげな瞳でパトリシアお嬢様に目を向けられます。

パトリシアお嬢様は仕方がないと言った風にコクリと頷き、メイド様はそそくさと席に着くとクッキーを一口。

 

“~~~~!♡”

一瞬身悶えた後、大変だらしないお顔になってしまわれました。

 

スゲ~、クッキースゲ~。これは聖茶とはまた違ったベクトルでアルバート子爵家の武器になるのではなかろうか、主に外交で。

こんな甘味を渡された日には女性陣大変よ?美容と甘味は三大欲求以上に女性の心を鷲掴みにするのよ?

 

「ケビン、このクッキーの扱いはドレイクお義父様の判断を仰ぎましょう。デイマリアお母様なら有効な使い方を考え付くやもしれません、いずれにしろ騒ぎになる事は確実です」

「ですよね~。村で普及させるにはもう少し大人し目の物を作ってからという事で。それまではこの品は封印“ガシッ”・・・パトリシアお嬢様?」

 

「オホンッ、試食です、試食。物事の完成には試食が重要です。

安心なさい、このお皿のクッキーが世の中に出回る事などありませんから」

そう言いニッコリ笑うお嬢様、その背後に立ち昇る荒ぶる巨大ホーンラビットの幻影は一体何なんでしょうか?

 

遠くシリアル湖の湖面では、若者軍団が楽し気な声を上げながら滑走を楽しむ。

湖面から吹く涼しい風が、草木を揺らし髪を靡かせる。

“不用意に女性に甘味を提供してはいけない、甘味を前にした女性に逆らってはいけない”、また一つ大人になったケビンなのでありました。

 

“ザブーン”

あっ、ジェイク君がバランスを崩してこけた。

 




本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora
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