バルカン帝国、そこは大陸の西部に存在する軍事国家であり、文化・経済・軍事のどれをとっても最先端と言われる強国である。
その中心地帝都ドンヌベルク、更にその中心部に聳える城リヒテンブルグ帝城。
その城の大ホール謁見の間において、皇帝バレシュタイン・リヒテンブルグは冷めた目で配下の者たちを見下ろしていた。
「帝国軍作戦参謀ホーネット・ソルティア卿、貴殿の献策した“ヨークシャー森林国侵攻作戦”、その結果がどの様なものに終わったのか。この場で申し開きがあるのなら聞くがいかがか?」
それはただの吊し上げの場、大きな功績を上げ続けた者はそれと比例するように多くの敵を作る。
根回しをし、味方を増やし、じわじわと出世をするのならいい。
だが急速に力を付けた若き天才は、その功績に文句が言えない分多くの者がその足を引っ張ろうとチャンスを窺っていたのだ。
「いえ、此度の失策は全てこのホーネット・ソルティアの責任。
皇帝陛下に於かれましては帝国の財産たる貴重な将兵を失わせてしまった事、誠に申し開きがございません。
このホーネット、いかような処分も受ける所存でございます」
バルカン帝国は実力主義である。貴族政治的力関係すらもその実力と認める風潮がある。「文句があるのならより以上の力を見せよ」、皇帝自ら公言するこの政策は、自らの力を誇る多くの者たちを帝国へと呼びこみ、文化・芸術・経済・軍事あらゆる方面での発展を齎した。
「皇帝陛下に申し上げます。確かにこれなる者は多くの功績を残しております。馬車の改良に始まり魔導列車の開発まで、この者の打ち立てた方策により帝国がより以上の発展を遂げた事は否定いたしません。
ですがそれとこれとは話が違います。
ホーネット・ソルティア卿は帝国軍人として大きな失策を侵し、帝国軍に多大な損害を与えた。
“ヨークシャー森林国侵攻作戦”には我が帝国の最新鋭の兵器と長年の研究の末作り上げられた機構魔導師団が投入されています。
その全てが失われた、この責任は誰かが取らねばならない。
皇帝陛下の御処断を頂きたく存じます」
声を上げたのは東部方面作戦参謀長イワン・ビスコッティー、オーランド王国侵攻の急先鋒と目される人物であった。
彼もまた自ら指揮する部隊がヨークシャー森林国侵攻作戦”の陽動とされることを苦々しく思っていた人物であり、ホーネット・ソルティアの失脚により息を吹き返した者であった。
皇帝バレシュタイン・リヒテンブルグは眼下で片膝を突き頭を垂れる若者をじっと見詰める。
この者は確かに見どころがあった。その発想や類まれな才能を持つ者を発掘し、帝国の発展に繋げたのも評価に値するだろう。
だがそれだけだ。
この者は平時の英雄であるのだろう、国を発展させる内政に向いた人材なのだろう。ではあるがそうした者は他にいくらでもいる。この者を特別に起用するまでには至らない。
ならば結論は一つであろう。
「ホーネット・ソルティア、その方の帝国軍作戦参謀の職を解き、タスカーナ地方の特別行政官とする。以降タスカーナ地方の発展に寄与せよ。
この決定は我バレシュタイン・リヒテンブルグの名においてなされたものとする。以上だ、下がってよいぞ」
「ハッ、寛大なるご処分、謹んでお受けいたします」
タスカーナ地方、それは帝国北部に広がる暗黒大陸との緩衝地帯。多くの強力な魔獣溢れる帝国の流刑地。
膝を上げ、一礼の後謁見の間を下がるホーネット・ソルティア。
その姿を多くの軍属貴族が嘲笑の眼差しで見送る。
適材適所、行政が得意な者であればそれに相応しい場所を与えればいい。皇帝バレシュタイン・リヒテンブルグは駒の配置は終わったとばかりに先ほどまでのやり取りから興味を薄れさせ、また詰まらなさそうに配下の話を聞き流すのであった。
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「ククククッ、いいねいいね、この造形美。やっぱり僕ちん天才でしょう~♪」
そこは書類が散乱し、整理整頓と言う言葉とは無縁の部屋であった。多くの機器が並ぶ実験室とも製作所とも呼べる様なそこでは、一人の人物がテーブルの上に横たわる人型の何かを見詰め悦に浸っていた。
「精霊とはエネルギー生命体である、であるのなら同様のエネルギー回路を組み上げれば理想のメイドちゃんを作り上げる事が出来るはず。
本当脳筋軍人はなんでこれが理解出来ないかな~。
まぁそうは言ってもスポンサー様である事には変わりないし?
呪術技術の導入は理想のメイドちゃん作製に大いに役に立ったし?
呪術なんて大そうな呼ばれ方をしてるけど、あれって要するに闇属性魔力の術式利用、前にエルフの連中から教わった魔術と変わらないって事なんだよね。それが精神や人体に影響するものかこの世の事象に影響するものかの違いはあっても、根底にあるのは魔力運用。
光属性魔力と闇属性魔力が人体や精神に強く影響を与えるものに対し、土属性魔力と水属性魔力は物体に、火属性魔力と風属性魔力はエネルギーや運動に影響を与える。
この魔力考察もちゃんと理解出来てる連中がどれほどいるのか。
この辺が確り分ってないと、僕ちんが提唱した魔導の片鱗も掴めないと思うんだけどな~。
まぁいいや、僕ちんの目的は理想のメイドちゃんを作り上げる事、通信の魔道具も魔導列車も全部そのための資金作りだしね。
後は引き継いだ連中が上手い事発展させるでしょう、僕ちん後知らな~い」
“バタンッ”
突然開かれた扉、侵入者は部屋の中を一通り見回した後、ニヤリと口角を上げる。
「ケトル研究員、今日はいつもにましてご機嫌な様じゃないか、廊下までその不気味な笑い声が響いていたよ」
「あら、音漏れしてました?これはめんごめんご、そんでライアン所長はどうしてこんな地下室に?普段は絶対近付こうとしないで秘書のメルリンちゃんを寄越すのに。
メルリンちゃん、いいよね、あのバインバインのおっぱいが堪らないよね。所長もいい趣味してますわ~、その点だけは本気で尊敬します。
ですのであの谷間に顔を埋めさせていただきたい!これは切に願うのであります!」
部屋の人物ケトルの言葉にこめかみを引き攣らせるライアン。
ライアンは一度大きな咳払いをすると、見下したような目でケトルを見詰め、言葉を続ける。
「フンッ、相変わらず下劣極まりない奴だ。まぁいい、そんな貴様とも金輪際会う事は無いのだからな。
貴様を今この時点で免職とする。理由は研究費の私的流用だ。
そのテーブルの上の人形に一体どれ程の資金をつぎ込んでるんだ貴様は、これまでこの帝立技術院先端技術研究所においてやった事を感謝するんだな」
ライアン所長の言葉に一瞬何を言われたのか理解出来ないと言った表情になるも、ケトルはその言葉の真意を問い質す。
「えっと、何を言ってるのか分からないんだけど?
僕ちんが研究費を流用した?僕ちんそんなことしてないよね?というか出来ないよね?
だって僕ちん研究費貰ってないもん。
これまでの研究も全て僕ちんの自費だよ?経費の計上をしたって全て突っぱねて来たの所長じゃ~ん。
しょうがないから特許出願して研究成果を売ってって感じで資金を貯めたのよ?確かにここは研究所だけど個人の研究部屋は自由裁量じゃん、その事は初めに説明して貰ったよ、所長から。
だから僕ちん悪くないし」
「何を言うか、貴様は毎月研究費を貰っていただろうが、これがその詳細だ。帳簿上もこの十年間貴様が受け取った証拠が残っているわ!」
そう言い勝ち誇った様な顔を向けるライアン所長に、指を向け言葉を返すケトル。
「うわっ、ゲスいよこの人、十年間も人の研究費を横領してた上にその罪を擦り付けやがったよ。汚い、めっちゃ汚い、これが大人のやり方かよ、勉強になります!」
思っていたのとは違うケトルの返しに思わず毒気の抜かれるライアン所長。ライアンは軽く咳払いをした後再び言葉を続ける。
「貴様が我が帝立技術院先端技術研究所に与えた損害は甚大、研究所の信頼を地に落とす行為と言っても過言ではない。だが貴様がこれ迄齎した研究の数々は評価に値する。
よって貴様を免職にする事と決定した、何か申し開きはあるか?」
「あっ、これってあれですか?僕ちんの特許とか諸々全部取り上げって奴ですか?
あちゃ~、ちょっと厳しいな~。せめてあと三日待ってくれません?そうしたら荷物の整理とかも出来るんで」
「駄目だ!この部屋にあるもの、そして寮の部屋にある物も全てこちらで差し押さえさせてもらう」
「え~、せめてセシリアちゃんとセシリアちゃんのお着替えセットは持ってっちゃ駄目っすか?
漸く形が出来上がったところなんすよ~」
「セシ・・・、勝手にしろ!と言うかその気持ち悪い人形はちゃんと処分して行くんだぞ、どう見ても遺体じゃないか、こんな事が世間にバレでもしたら何を言われるか分からん」
「お~、ライアン所長太っ腹~。それじゃ早速マジックバッグに仕舞わせて欲しいんで、使用許可を貰えます?あ、いいんすね、あざっす!!」
ケトルはビシッと礼をすると、自前のマジックバッグをロッカーから取り出し、テーブルの上の人型とその付属品を次々とバッグの中に仕舞って行くのでした。
「ライアン所長、収納が終わりました。なんだったら書類の整理も手伝いますが・・・いらないんすね、了解です。
そんで僕ちんの研究の引継ぎは・・・これもいいんすね、畏まりました~!
これ身分証っす、お返しします。えっと、他に何かありますっけ?」
「あぁ、言い忘れたがホーネット卿の迎えが来ているぞ。
ククククッ、あの稀代の天才軍師と謳われた男も先の“ヨークシャー森林国侵攻作戦”の大失敗で失墜、これで貴様らあぶれ者にデカい顔をされずに済むわ。あぁ愉快愉快」
「ありゃ、そんな事になってたんすか、そりゃ僕ちんが追い出される訳だわいな。
って事はデブとメガネもお払い箱って感じっすか?」
覗き込む様に伺いを立てるケトルに、いやらしい笑みを浮かべながら答えるライアン所長。
「だから言っただろうが、貴様らあぶれ者と。既にあ奴らはホーネット卿の迎えの馬車に乗り込んでいるだろうさ。
向かう先はタスカーナ地方、自然豊かな空気のいい場所だ。精々魔物相手に戯れるといい」
「うわ~、ライアン所長辛辣。それってバルカン帝国の流刑地じゃないですか~、嫌だ~。
でもまぁ決まっちゃったことは仕方がないっすからね~、なる様になるんかな?多分。
それじゃ、後の片付けよろしくで~す。所長もお元気で♪」
そう言い鼻歌交じりに部屋を出て行くケトル。そんなケトルの様子に「まったく調子の狂う」と頭を掻くライアン所長なのであった。
「おい~っす、デブにメガネ、久し振り、元気してた?」
「「おう、メイド馬鹿、相変わらず軽いな」」
研究所の玄関前には大型の箱馬車が停車しており、中では既に乗り込んでいた二人の人物がケトルの訪れを歓迎するのだった。
「聞いた?ホーネットの旦那失脚だって、そんで俺たちも旦那と一緒に流刑地送りだってさ」
「あぁ、さっきライアン所長が自慢気に教えてくれたよ。まぁ目立つホーンラビットは狩られるってな。旦那は功績を上げ過ぎたって事だろうさ」
「だよね~、もう少しうまいやり方もあっただろうに、なんか焦ったように出世に邁進してたもんね。
それに暗黒大陸がどうのとか言ってたし、何かあったのかもね~。まぁどうでもいいけど。
僕ちんは理想のメイドちゃんを作れればなんだってかまわないしね。漸く第一号が完成したのよ~、向こうに付いたら早速お披露目してあげよう♪」
「「おぉ、流石メイド馬鹿、そこに痺れる憧れる」」
「ニッシッシッシッシ♪」
そう笑みを浮かべ、ぼさぼさの前髪を掻き上げるケトル。
““こいつ、ちゃんとすればそこそこ美人なんだけどな~。中身がスゲー残念過ぎる””
デブとメガネと呼ばれた男達は、目の前で妄想を膨らませる女性でありながらメイド大好きな残念な同僚を、生暖かい目で見詰めるのでした。
「出発します」
御者から掛けられる合図、馬車は進む帝都の街並みを抜けて。
向かうはバルカン帝国北部タスカーナ地方、帝国の流刑地と呼ばれる未開の大地。
「いや~、楽しみだね~。旅行だよ、旅行。しかも経費向こう持ち、最高だね~」
「「やっぱお前が一番イカレてると思う」」
ガタゴト揺れる馬車は、まだ見ぬ未来に向け旅立つのであった。
本日一話目です。