ダイソン公国大公デギン・ダイソン公邸、その執務室に齎された一通の書状に、大公デギン・ダイソンは笑みを深める。
「デギン陛下、何やらお喜びの様ですがいかがなさいましたか?」
そんな執務室に入室して来た壮年の男性は、部屋の主であるデギン大公の様子に疑問の声を上げる。
「あぁ、ギランか。まぁこれを見よ」
そう言い執務机に置いた物、それは先程までデギン大公が目にしていた書状。
ギランと呼ばれた男性はその書状を手に取ると、一読し眉間に皺を寄せる。
「これはまた随分と嘗められたものですな。連中は未だ現実が見えていないと見える。
我々がこのようなあからさまな罠に気が付かないとでも?
何が停戦交渉ですか、どう考えてもただの時間稼ぎ、戦力が整い次第再攻勢を掛けようという考えが見え見えですぞ。
ここは一気に占領地域を増やすべくこちら側から攻勢を掛けるべきです。
幸い同盟国であるバルカン帝国のイワン・ビスコッティー卿が協力を申し出てくれている。イワン卿のご助力を得れば占領地域の支配体制構築も容易であると愚考いたします」
そう言い自身の考えを捲し立てるギランの様子に、“こいつも若いな”と嘆息するデギン大公。
「ギラン、その方の考えはよく分かった。確かに現状は我がダイソン公国が圧倒的な優位性を持ってはいるが、それはオーランド王国側が我々の持つ軍事力を正確に理解していなかったからこそのもの。王国に時間を与える事は連中に我々に対する対抗策を練る時間を与えるだけであり、我々にとって何の利益も齎さない。今こそこの優位性を持って王国の支配を打ち破ろうというその方の志は高く評価しよう。
だがその方は一つ勘違いをしている、バルカン帝国は我がダイソン公国の友好国でも何でもないという点だ。
我々は互いの利害関係によって関係を結んでいるに過ぎんのだよ。
ギラン、その方は我々が何の為にこの戦いに及んでいるのか今一度顧みる必要がある。我々は、ダイソン公国はバルカン帝国の先兵ではない、対等な一国家であるのだ。
確かにその方の申す通りイワン卿の力を借りれば周辺地域を支配することは容易であろう、だがそれでどうなる?
それは本当にダイソン公国の版図であるのか?
ここから先は政治の力が重要となる、その方にも働いてもらう事になるであろう。
戦争とは、軍事力とはあくまで手段。我々は漸く王都の馬鹿どもを交渉のテーブルに引き摺り出した、そう言う事よ」
そう言い獰猛な笑みを浮かべるデギン大公。
だが彼は知らない、自身の配下の中で最も信頼し重用し続けた側近である男が、瞳の奥に妖しい野心を宿らせているという事に。
―――――――――
「ほう、それで逆賊デギンは何と?」
そこはアスターナ男爵領の草原地帯を臨む高台に作られた討伐軍司令部のキャンプ地。その中央に張られたテントの中では、今回の作戦に参加している有力貴族の面々が報告者の言葉に耳を傾ける。
「ハッ、敵首魁デギン・ダイソンはバルーセン公爵閣下の書状に対し、賛同の意を示しました。以下はデギン・ダイソンの言葉となります。
“我がダイソン公国国民はこれまで王国の盾として諸外国の脅威よりオーランド王国を守りし者たちである。
我らは自身の名誉を守る為独立を宣言してはいるが、その行為は決してオーランド王国に弓引くものではない。
我々は自らの存在を主張する者である。
オーランド王国王家が我が国の独立を承認する事を、強く望むものである”」
「クッ、あれほどの虐殺を行っておいてどの口が言うか!
あ奴はオーランド王国の長い歴史の中でも、最悪の極悪人であろうが!!
王国に弓引くものではない?今更命乞いか!
あ奴の一族郎党を八つ裂きにしても物足りぬわ!!」
司令部の中に広がる怨恨の思い。
「ふん、今更そんな事はどうでもよい。既にあ奴らは一族郎党どころかその領民の一人に至るまで皆殺しにすることが決定しておる。あ奴らがオーランド王国に対し犯した大罪はもはや許されざるものであるが故な。
だが今は控えよ、問題はデギンのような小物の事などではない、その背後に控えるバルカン帝国の事。
あ奴らはバルカン帝国の先兵に過ぎず、奴らを討ち滅ぼしやがて訪れるであろうバルカン帝国本隊に備えねばならない。
“影”の情報によれば此度のダイソン公国独立騒ぎはバルカン帝国がヨークシャー森林国に攻め入る為の陽動、我が国の目をダイソン公国に向けさせ友好国であるヨークシャー森林国に手を差し伸べさせないようにする為のものであったとか。
だがその侵攻作戦は暗黒大陸方面から起きた大規模なスタンピードにより崩壊したとのこと。
であるのならバルカン帝国の食指が我がオーランド王国に伸びるは必定。
我々に残された時間は少ない。バルカン帝国が国内の兵力を再編成し我が国に対し侵攻を開始するのに半年も掛かるまい。
我々のすべきことは一つ、それまでにどのような手段を取ろうともデギン・ダイソンを討ち王国国土を取り戻す。
ミューレン伯爵、アスターナ男爵領の調査は終了しているのであろうな?」
司令部における最高権力者セオドア・フォン・バルーセン公爵の言葉に、名指しされたミューレン伯爵は席を立ち口を開く。
「ハッ、閣下のご指示の下アスターナ男爵領の草原地帯をくまなく調査、多少敵との交戦もありましたが無事任務を終える事が出来ました。
結果草原地帯における爆薬の埋設等は見られず、攻撃手段としては石火矢と爆薬の投擲によるものが主となっています。
結果アスターナの草原地帯における大規模爆破の可能性はないものと考えられます」
「うむ、魔法師団長に通達、“籠の鳥作戦”を実行する。人員を選出し急ぎ罠の作製に掛かれ。
あ奴は所詮帝国に祭り上げられただけの愚か者、ここで一気に勝負を決める!」
「「「全てはバルーセン公爵閣下の思し召しのままに」」」
討伐軍の方針は決まった。動き出した思惑、その先にあるのは栄光か、破滅か、それとも混沌か。
それは誰にも分からないのであった。
――――――――――
「父上、お呼びでしょうか」
テレンザ侯爵領領都ネピア、その中心に聳えるテレンザ侯爵家居城。当主スコッティー・テレンザ侯爵は、執務室に訪れた嫡男に難しげな表情で言葉を掛ける。
「バルーセン公爵閣下より南西部地域の各貴族家に向け討伐軍に参集せよとのお達しだ。この呼びかけに応えぬ者は逆賊デギン・ダイソンに与する者とみなすとの強い言葉でな」
そう言い執務机に書状を放るテレンザ侯爵。嫡男はその書状を手に取り一通り目を通すと、渋い表情を浮かべる。
「以前は“討伐は我々が行うから決して手を出すな”と言い今度は“参集しなければ敵とみなす”と言う。中央の貴族共は何処まで我ら南西部地域のものを愚弄するのか。
大変不謹慎ではありますが、デギン公の言葉に賛同し反旗を翻した周辺諸侯の気持ちが分かる様な気がします。
我が家はそれでもダイソン侯爵家と力を二分すると言われた大貴族家、それであってもこの様な扱いですからね、我が家より下位の者たちがどの様に見られているか」
「バルカン帝国の脅威は遥か昔、今では古い因習に縛られし田舎貴族と言った扱いであったからな。
北のグロリア辺境伯家のように常にスタンピードに晒されているという事でもなし、オーランド王国の盾と言えばグロリア辺境伯家騎士団と言うのがもっぱらの認識。
そのグロリア辺境伯家ですら王家の策略により力を削がれようとしたとか、先の自治領宣言の裏を知った時は明日は我が身と思ったものだよ。
だがしかしだ、今はその中央の意見を無視する訳にはいかない。今やバルーセン公爵閣下率いる討伐軍はオーランド王国の希望、オーランド王国の正義はバルーセン公爵閣下の下にあると言ってもいい。
彼らに逆らう事はオーランド王国貴族社会全体を敵に回す事になる、これは避けなければならない。
クリネクスよ、この戦、お前にも参戦して貰う。数合わせの背景であろうとも、貴族家当主とその嫡男が従軍したとなれば中央の貴族共も文句は言えまいからな」
避けられない戦い。中央貴族の思惑は、地方貴族たちを巻き込み大きなうねりとなって行く。
混迷を極める戦場は、更なる生贄を求め大きく口を開くのであった。
――――――――――
夏の日差しが湖面に煌めく。
「父ちゃん畑で野良仕事~♪」
「「「ウグッ、グォ~~~~」」」
湖畔の別荘地レンドール、その一角では若者たちが声を掛け合い、楽し気に追い掛けっこに勤しむ。
「ほら声が出てないぞ~、もう一度!父ちゃん畑で野良仕事~♪」
「「「ドオジャ、ハダゲ、ノダ~~~~ウグォ」」」
弾ける笑顔、飛び散る水しぶき。若者たちの夏はまだまだ始まったばかりと言ったところであろう。
「ほら元気出して~。走れ走れ走れ~」
「「「ヴォ~~~~」」」
・・・うん、対比が酷い。
弾ける青春を送る若者軍団と地獄の亡者の様な訳アリお貴族様方。
なんかね、パトリシアお嬢様とローラ様が真剣な顔で鍛錬のお願いをですね。そこで
それがパトリシアお嬢様の強制参加。
どうせこの後巻き込まれるんでしょう、もうね、俺もいい加減学習したから。いいよいいよ、ある程度は分かって来たよ。
でもな、俺だけに働かせられると思うなよ!
「“力が欲しいか、ならばくれてやろう。だがその代償は払ってもらおうか”
力を欲する者、望を持つ者、友を想う者。その有り様がどれ程高潔であろうと邪なものであろうと、求めるモノに比例するようにその代償は支払われなければならない。
さぁ、彷徨える亡者たちよ、手を伸ばせ、声を上げろ。
全てを失ってでも叶えたい夢があるのなら!」
「ウガ~、ゲビン~、ワダジハゾンナオボイナンガ・・・」
「あっ、パトリシアお嬢様は強制です。ローラ様の事を頼んで来たり、クッキーを
お嬢様は少々世の中の厳しさをお知りになるべきかと。
メイド様はお嬢様のお世話をお願いしますね、報酬はクッキーで」
「畏まりました、ケビン様。パトリシアお嬢様のお世話はお任せください」
スッと収納の腕輪より取り出される革袋、それを恭しく受け取りササッと下がるメイド様。在りし日の記憶では嘗て胡椒は同量の金と同等の価値があると言われた時代があるとか。
このクッキーの価値、それはアダマンタイトを遥かに凌駕する。
湖畔に響く亡者の呻き。
彼らがその望むものを手に入れられるかどうか、それは本人たちにも分からない。
―――――――――
夜の帳が落ち、人々が深い眠りにつく時間帯。
レンドールの街の中心に佇む教会の聖堂の中を、一人のシスターが巡回している。手に持つのはランタン型の魔道具、その明かりで周囲を照らし、問題が無いことを確認するとゆっくりと扉を閉め、巡回ルートに戻って行く。
そして誰もいなくなったはずの聖堂の中には、いつの間にか一人の青年が佇み、女神像の前で膝を突くや祈りを捧げ始める。
「天上より我らを見守りしいと尊き御方様よ、今宵我が祈りに応え、我にお言葉をお与えくださることを望まん。
ちわ~す、酒屋のケビンで~す。今月分の品をお届けに来ました~」
“パ~ッ”
その者の祈りに応える様に淡く光を放つ女神像。この光景を女神様を信仰する者が見れば、自らに訪れた奇跡に涙する事だろう。
“おっそ~い、ケビン最近配達が遅くない?私あなたが引き起こしたあれやこれやの対応で連日残業続きなんだけど?
私頑張ってるんだけど?”
それは直接心に響く天上の調べ、人々はその御言葉に神の存在を確信し、自らの信仰が間違いではなかったと打ち震える事だろう。
「いや~、それは申し訳ないと言いますかなんと言いますか、地上人である私は結構な
そう言い肩を竦める青年。その姿はこの奇跡的な出来事が、まるで何と言う事もない世間話であるような態度であった。
“コトッ、コトッ、コトッ”
女神像の前に並べられた三つの壺、それらはまるで幻であるかのように並べた端から姿を消していく。
「今回は通常通りの光属性魔力マシマシマシマシ蜂蜜カクテルと光属性魔力マシマシマシマシ聖抹茶カクテル、光属性魔力マシマシ甘木汁カクテルになります。
甘木汁カクテルは新作ですね、ただ材料の甘木汁の入手ルートが確立していないので今回は試作品となります」
“~~~~~~❤”
青年の心に届く喜びの感情、どうやら甘木汁カクテルもお気に召していただけたようだとホッと胸を撫で下ろす青年。
“そうそう、システムの復旧作業が完了したわよ。今回の騒ぎを受けてシステムの自動付与以外の称号の付与は廃止、その代わり新たに記録掲示板ってものが作られたの。
これまで個人に付与されていた天界関係者が付ける称号が記録掲示板に掲載されるようになったの。これにより天界関係者は様々な分野の地上人を知る事が出来るようになったって訳。
これはシステムでも別管理という扱いになるからそれによりシステム混乱が起きる事は無くなったわ。
要は天界に新たな娯楽が生まれたって事ね。
ケビンの称号も相当すっきりしたものになると思うわよ?
ちょっと自己診断で確認してみてもらえる?
女神像を通してこちらでもその情報を観測するから”
天上からのお言葉に自らのスキルを発動する青年。
<自己診断>
名前 ケビン・ドラゴンロード
年齢 十四歳
種族 普人族
職業 田舎者(辺境)
スキル
棒 自然児 田舎暮らし(*) 自己診断
魔法適性 無し
称号
辺境の勇者病仮性患者(*)
加護
食料神の加護
スキル詳細
<田舎暮らし>
・田舎暮らし(魔法)・・・魔力支配(統合済み)、影魔法、全属性魔法、生活魔法、重力魔法、儀式魔法(New)、幻影魔法(New)
・田舎暮らし(戦闘)・・・刀術、体術、斧術、弓術、槍術、盾術、索敵、身体支配、空走術、ラビット格闘術(中伝)、空間把握、龍の全身鎧、浮遊、覇王の威圧
・田舎暮らし(生産)・・・調薬術、鍛冶、錬金術、魔道具作成、農業全般、ポーション生成、糸生成、糸操作
・田舎暮らし(生活)・・・解体、調理、清掃、建築、生存術、魔物の雇用主、送り
称号詳細
<辺境の勇者病仮性患者>
魔物の親友 食のチャレンジャー 通貨を創りし者 新薬を創りし者 生活魔法を創りし者 魔力を理解せし者 小さな賢者 大森林の住人 導く者 進化を促せし者 呪いを解きし者 厄災の討伐者 発明家 魔物を飼育せし者 辺境の隠者 森の聖者 闇に潜む者 交渉人 魂の救済者 干し肉の勇者 風神速脚 鉄壁の門番 魔境を訪れし者 恐怖を乗り越えし者 ダンジョンマスターの友 ダンジョンの盟友 天然の魔王 影の英雄 魔境の深淵に至りし者 特殊進化魔物を造りし者 聖域を造りし者 召喚術を創りし者 堕天を食い止めし者 ドラゴン亜種との契約者(New) 精霊女王との契約者(New) 神聖樹との契約者(New) 神性存在を誕生させし者(New) ダンジョンとの契約者(New) 伝説級装備の製作者(New) 聖人(New) 救世主(New) 傍観者(New) 聖霊樹に名を付けし者(New)
<儀式魔法>
儀式を行う事で大魔法を行使出来る。
<聖域生成>
聖域を作り出す事が出来る。
<広域浄土化>
呪いや病を根絶する、それが浄土。全ての穢れは霧散する。
<幻影魔法>
実体としての幻影を作り出す。
「・・・・・」
“あっ、うん。それでも結構多いわね。
えっと、称号は<辺境の勇者病仮性患者>の下に隠れてるから。
詳細人物鑑定でも分からないから。強く生きて?
それじゃまた来月よろしくね~”
聖堂から神聖な気配が消える。その場には“うん、ブー太郎のログハウスの隣に俺の家を建てておこう。もうね、フラグが立ちまくってるとしか思えない”と、引き籠り計画を立てながら黄昏る青年の姿が残されるのであった。
本日一話目です。