転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

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第362話 転生勇者、戦争の恐ろしさを知る

早朝のシリアル湖湖畔。

避暑に訪れた多くの人々は爽やかな朝の目覚めと共に、自然豊かな水辺をゆったりとした気分で散策する。

世の中は口を開けば内戦の話題。力ある貴族の軍勢が大敗を喫した、多くの敗残兵が野盗と化した。先々の不安から物価は高騰し、物流が滞りを見せている。

自身の先行きも見えない、だがそれでも人は生きて行かねばならない、激動の世の中を戦い抜かねばならない。

そんな日々の生活で疲れ切った心と身体を、このレンドールの地は優しく包み込む。

 

ふと視線が泳ぐ、朝靄漂うシリアル湖の湖面を、ぼんやりとした人影のようなものが走り抜ける。

寝ぼけ眼で夢の続きでも見ているのか?あんな沖合を人が走っている?イヤイヤイヤありえないだろう、となれば自分の疲れは相当なものなのか?

 

“今朝は柔らか目の胃に優しい食べ物とカモネールのハーブティーにしよう”

自らの疲れを自覚した人々は、湖から視線を逸らし散策の続きを開始する。身も心もリフレッシュし、新たな戦いに向かう為に。

 

「はいお疲れ、皆大分空中歩行にも慣れて来たみたいだね。この調子で頑張ればそのうち空中歩行のスキルが芽生えるかもしれないよ、そうなれば今以上に素早く空を駆ける事が出来るようになるから。疑似的な飛行が出来るようになるって感じかな?

ジェイク君やエミリーちゃんなら今の段階でも二日も掛からずにマルセル村に帰れると思うよ?

フィリーちゃんとディアさんは頑張って基礎体力を付けようね。こればっかりは長年修行をし続けたジェイク君たちとの差だから仕方がないかな?

ロナウド君は十分付いて来れてると思うよ、正直びっくりだよ。

これが才能の差って奴なのかね。

パトリシアお嬢様とローラさんは・・・頑張れ。

それじゃ朝食を取ったら上空歩行訓練。若者軍団は上空百メート、ロナウド君たちは十五メートで行ってみよう」

 

ケビンお兄ちゃんの挨拶で朝の湖面走り込み訓練は終了、朝食の後は上空歩行訓練に移る。

以前だったらロナウドの魔法訓練も兼ねてバッティング対決を行っていたのだが、流石に高級リゾート地であるシリアル湖湖畔で攻撃魔法であるウォーターボールをバカスカ打ちまくっていたことが問題になってしまったらしい。

地元住民の代表としてレンドール不動産の会長さん自らがお伺いを立てて来た事に、ケビンお兄ちゃんが目茶苦茶恐縮してたもんな~。

風光明媚なシリアル湖を縦横無尽に走り回る俺たちやケルピーの姿は、言うなれば夏の海水浴場を走り回る水上バイクの様なもの。迷惑以外の何物でもなかった事だろう。

では何故そんな迷惑行為が見逃され続けて来たのか?それはエミリーとロナウドの身分が関係してくる。

エミリーは言わずと知れたアルバート子爵家のご令嬢、ここグロリア辺境伯領を治めるグロリア辺境伯家寄り子衆の中で最も勢いのある武闘派集団、アルバート子爵家騎士団を率いるドレイク・アルバート子爵様のご令嬢。

そしてロナウドは何とテレンザ侯爵家という大貴族家の三男坊であらせられたのだ。

・・・そりゃ誰も何も言えないっての。エミリーが去年も一杯遊んだんだよって言ってたけど、相当迷惑していたんだと思うよ?言えなかっただけで。

 

それが今年になったら更に人数を増やしてのご来訪。次々と沖合い目掛けて打ち込まれるボール魔法、水上を走り回る俺たちとケルピーの群れ、上空から湖面目掛けて落下する俺たち。

うん、暴走する夏の若者たち、リゾート荒らしそのものだね、夕方の報道番組で特集組まれちゃう奴だね。

住民代表で訪れたレンドール不動産の会長さんは、この別荘をアルバート子爵様が購入した際にお世話になったばかりか、ケビンお兄ちゃんがマルセル村に移築したアルバート子爵家仮本邸やケビンお兄ちゃんの実験農場脇のお屋敷(ケビンお兄ちゃんは社員寮とか言ってたけど)を購入した際にお世話になった方であり、ケビンお兄ちゃんやエミリーちゃんとも面識があるからって事で貧乏くじを引かされたらしい。

 

「ケビン・ドラゴンロード様にはいつも大変お世話になっておりますのに、このような事を申し上げるのは大変心苦しいのですが」

そう言って街の意見を届けてくださった会長さんの表情は、いっそ殺してって感じの悲壮感すら漂ってたもんな~。

ケビンお兄ちゃん平謝り、本当に申し訳ありませんでした。

と言う訳でバッティング訓練は中止、この辺ならいいですよと許可を受けた辺りでの空中歩行訓練と相成った訳でございます。

 

まぁ場所が限定されたと言ってもマルセル村の居住区域並みに広いんで問題はないんですが。

それとどうやら俺たちの空中歩行訓練は相当目立つようで、一部の観光客が遠くから見学してるんだとか。

自衛隊の落下傘部隊の演習並みに見学者がいるみたいです。

会長さんがそうした住民を罰さないでいただけないでしょうかとロナウド君に懇願しておられました。

 

ですんで最近はもっぱら魔力隠しをしながら朝の湖面ランニングから始まり、空中機動格闘訓練や上空歩行訓練、上空走り込み等をですね。

一度折角訓練場所を貰ったんだからってケビンお兄ちゃんが作ったウォータードラゴンを使っての戦闘訓練を行おうとしたら、レンドールの街が大パニックになったんだよな~。

あの時はパトリシアお嬢様が街の重役にとりなしてくれたお陰で事なきを得たんだけど、俺たち全員して常識が無さ過ぎるってこってりとお説教されたんだよな~。

マルセル村じゃ当たり前過ぎて意識にも上らなかったんだけど、冷静にヒドラやウォータードラゴンが現れたら大災害だよね。

そりゃパニックも起こすよね。

どうやら俺たち、相当に常識と言うものを失っているみたいです。

ケビンお兄ちゃん曰く俺たちは学園行きが確定らしいし、なんか凄い不安です。

 

午後からの訓練は相変わらずロナウドたちとは別メニュー。

彼らも最近は亡霊から進化した様子、パトリシアお嬢様とローラさんは瀕死の村人の様に恨み言を言いながら彷徨い歩き、ロナウドに至っては遅くはあるものの運動不足の人間の走り込みの状態にまでになっている。これは日頃から魔力枯渇を起こすまで魔法訓練に取り組んでいたロナウドの成果だとの事だが、同じ地獄を味わった俺たちからしたら驚愕の事実であった。

この短期間でここまでとは、侯爵令息って半端ないです。

 

楽しい時間と言うものは直ぐに過ぎて行く。

それは俺たちがこのレンドールの別荘にやって来てから一月程経った時の事だった。

 

「はい、皆さん注目。夏の避暑地レンドール、皆さんも十分堪能されている事と思います。

特に目覚ましい成長を見せているのはロナウド君ですね、本当にロナウド君は素晴らしい、その才能に嫉妬してしまいそうになる程です。

全ては自身の力に驕ることなく努力を続けてきたロナウド君のこれまでの成果、誇っていいことなんですよ?

パトリシアお嬢様とローラさん、大分魔力枯渇になれたようですね。亡者から人に進化したのはご立派です。

ですがそこが入り口です、お二人の望みを叶えるにはまだまだ力不足、これからも頑張って行きましょう。

パトリシアお嬢様はそんな恨みがましい目で見ない、貴族の言葉は金より重い。随分前にも言いましたが、お嬢様の言動や行動一つで人の命が簡単に儚くなることを自覚なさってください。

そして願いを叶えるには対価が必要だという事も。人に頼んでお役目終了とはいかないのですよ」

 

そう言いパトリシアお嬢様に向かいビシッと指を差すケビンお兄ちゃん。グヌヌヌと言った表情のパトリシアお嬢様に対し、ケビンお兄ちゃん超楽しそう。

なんかあの二人って仲のいい兄弟みたいだよな。俺も姉がいたらあんな感じになってたのかな?

いや、多分無理やり従わされていたんだろう。女性に逆らって勝てる自分が想像出来ない。マルセル村の女性は皆強いからな~。

チェリーちゃんは別だけどね、チェリーちゃん超かわいい。本当俺の妹最高、マジ天使。

 

「そして若者軍団の諸君、少しは自信を手に入れる事が出来たかな?

君たちが暗黒大陸に旅立ったジミーに比べ、自分たちは劣っているのではないかと不安を抱えている事は気付いていたよ。来年の授けの儀に戻って来るジミーがどれ程の男に成長しているのか、あの才能の塊にして努力の天才ジミーが実践の場に晒される。実力主義の魔国において貴族籍を手に入れたと聞かされても驚きはしないかな。

そんなジミーに対し自分たちは何をやってるのか、不安にもなって当然だと思う。

 

でもね、ジミーは何もただ実力者だから、幼いころから共に過ごしたからと言う理由だけでみんなと一緒にいる訳じゃない。

皆と一緒にいる事が楽しいから、心の底から共にありたいと望んでいるからこそ旅立ちの儀の後冒険者としてパーティーを組みたいと思っているし、暗黒大陸に修行にも出たんだ。

自身の力不足を不安に思っているのは何もみんなばかりじゃない、ジミーも同じなんだよ。

 

この夏のレンドールの一時は、みんなに新たな道を示しそれぞれの努力の方向性を教えてくれたと思う。

今日はそんな皆に今この国で起きている出来事、この国の真実を見てもらおうと思う。

これは決して他人事ではない、ロナウド君にしても、ローラさんにしても、パトリシアお嬢様にしても当事者と言ってもいい事態。

若者軍団はこれから進むべき道でいつか直面するかもしれない避けられない状況。

皆さんには戦場に向かって貰おうと思います」

 

「・・・はぁ?ケビンお兄ちゃん、一体何を言って」

俺がそう口にした時にはもう遅かった。

辺り一面に広がる真っ暗な空間、ところどころに置かれたヒカリゴケの塊が周囲を淡く照らす。

ここはいつか訪れた異空間、ケビンお兄ちゃんの影魔法によって作られた闇の世界。

 

ロナウドとローラさん、そしてパトリシアお嬢様のお付きのメイドさんはこの謎空間に酷く狼狽し、パトリシアお嬢様はこめかみをぐいぐい揉んでいらっしゃいます。

 

“コトッ”

そんな影空間に並べられたテーブルと椅子、テーブルにはフルーツの盛り合わせやクッキーと言ったものが備えられ、コップや飲み物も用意されている。

 

「では暫しの間この安らぎの空間でご歓談いただきたいと思います。現地に着き次第ご報告いたします」

そう言葉を残し影空間から姿を消すケビンお兄ちゃん。その場に残された俺たちは未だ状況についていけていないロナウドたち三人をなだめ、現状の説明を行うのでした。

 

 

「なぁジェイク、ケビン殿は一体何者なんだ?

この闇空間、影魔法だったか?これは勇者物語に出て来る剣の勇者様の従者、影使いジルバの持つ魔法スキル<影魔法>そのものじゃないか。

ケビン殿は影使いジルバに連なる血筋のものか何かなのか?」

 

ロナウドの持つ疑問、というかその反応が普通だよな~。でもロナウド、残念ながらケビンお兄ちゃんはその程度の存在じゃないんだよ。

 

「あ、うん、それはないと思うけど。ロナウドはグロリア辺境伯家とランドール侯爵家の間で起きた戦いで活躍したアルバート子爵家騎士団って知らないかな?

当時はまだアルバート男爵家騎兵団だったんだけど、その中でも特に武勇を誇った人物“下町の剣聖ボビー”と“笑うオーガヘンリー”。現在は“剣鬼ボビー”と“鬼神ヘンリー”って呼ばれてるかな?

その内の一人“鬼神ヘンリー”、騎士ヘンリー・ドラゴンロード師匠の長男に当たるのがケビンお兄ちゃんかな?

 

因みにケビンお兄ちゃんはアルバート子爵家騎士団全員を相手取っても勝てます。

マルセル村の“理不尽”、それがケビンお兄ちゃん。ロナウドにはケビンお兄ちゃんと付き合う上で大切な言葉を教えておくね。

“ケビンお兄ちゃんだから仕方がない”

深く悩んだら負け、現実を受け入れ今出来る自分の最適解を見つける。これは冒険者にとって一番大切な事なんだよ」

 

俺の言葉に腕を組み、自分なりにその意味を咀嚼するロナウド。

 

「ふむ、これは戦場における心得、“戦況の変化に柔軟に対応すべく平時においてはあらゆる状況を想定すべし”という奴だな。

“想定外の事態など戦場においては往々に起こり得る。その際に思考を止めてしまう事は部隊の死を意味する。指揮官は全ての事態を飲み込み適応せよ”

オーランド王国初代国王バルセリア・グラン・オーランド陛下が語られたとして軍務教本の最初に記載されていた言葉だ。

ケビン殿が如何様な理不尽を見せようとも、それに動揺することなく利を取る。それぐらいの器を見せよとの事なのであろう」

 

そう言い腕組みのまま呻るロナウド。

ケビンお兄ちゃんは多分そこまで考えてないと思うよ?最近色々と隠すのが面倒くさくなってきちゃっただけなんじゃないかな?

マルセル村の環境も整いつつあるし、お貴族様の横槍も跳ね返せるだけの発言力も付いて来たしね。

俺はその皺寄せを一身に受けるであろうアルバート子爵様の心労を思い、一人黙祷を捧げるのでした。

 




本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora
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