アスターナ男爵領の草原地帯、そこは嘗ての風にそよぐ草の波が広がるグラスウルフの生息地ではなく、大地が剥き出しになった荒野であった。
「父上、領兵騎士団各部隊配置完了しました。また各貴族家寄り子衆も配置が完了したとの報告が入っています」
嘗てその地では大きな戦があった。デギン・ダイソン元侯爵を討ち取るべく結集した貴族を中心とした討伐軍と、自らを大公と名乗り独立を宣言したデギン・ダイソン大公を国主としたダイソン公国軍との戦い。
それは当初討伐軍による圧倒的勝利によって幕を閉じるものと思われていた。
集結した討伐軍の兵力はおよそ十四万五千、対してダイソン公国軍の兵力は五万から六万程度のものと予測されていたからである。
だが事態は人々の予想とは全く違う展開を見せた。
リットン侯爵ならび多くの貴族家当主、嫡子の戦死。将兵の死者数は四万とも五万とも言われる大敗。
オーランド王国南西部地域で起きた内戦は、一気に混迷に包まれる。
ダイソン公国が数の有利を覆した最大の要因は、バルカン帝国から齎された最新兵器の大量導入によるものであった。
これまでの戦と言えば騎士同士の切りつけ合い、魔法使いの戦略級魔法による消耗戦が主であった。
だが今回の戦は帝国の最新兵器による殲滅戦、然して武技も魔法も使えない一兵士が上級騎士を殺しうる兵器の登場は、戦場に革命を齎した。
そしてその事実は討伐軍の将兵から積極的な戦意を削ぎ取り、戦況は互いに刃を打ち合わせる程度の小競り合いに終始する事となる。
硬直化する戦場、疲弊する将兵たち。
そんな戦況を一気に押し崩すべく、討伐軍最高司令官セオドア・フォン・バルーセン公爵は一つの奇策を実行に移した。
「“籠の鳥作戦”、取り繕った言い回しだが要は貴族の矜持も何もないただの騙し討ち。休戦交渉を持ち掛け一網打尽にしようというのだ、馬鹿にした話だ。
バルーセン公爵閣下は司令部において逆賊デギン・ダイソンと吐き捨てるように仰っていたよ。我ら南西部貴族軍に駒として動くように申し付けてな。
新たに参集を命じられた南部貴族諸侯は酷いものであったよ。先の大敗はリットン侯爵殿を中心とした軍勢によるもの、当然寄り子衆である南部貴族諸侯も多く参加していた。
その結果多くの家で当主ばかりか嫡子までもが亡くなり、後継者問題で慌ただしい中での参戦要請、急遽集められた農民兵で場を取り繕ったといった家も多い。
これでまた大きな被害が出てみろ、南部穀倉地帯がどうなるのか。ただでさえ小麦の収穫期に男手を取られた農村でまともに小麦の収穫が出来たのかどうか不安が残る中での戦い、来年度の小麦の収穫量は絶望的であろうさ。
デギン大公が直接交渉の場に現れるという事は、少なからず和平を望んでいる証左。この機会に休戦交渉を結び、互いに緊張感を持ったまま最低限の交流を行う事こそが現実的な選択であろうものを」
現在オーランド王国南西部地域において最大派閥を誇る事になったテレンザ侯爵家当主スコッティー・テレンザは、これから始まる茶番に大きなため息を吐く。
「賊共は我らが殲滅する。貴殿らは賊を逃がさぬように包囲しつつ適度に圧を掛けよ」
作戦会議の場でバルーセン公爵より投げ掛けられた言葉、それは“端から戦力として考えていないが仕事は熟せよ”と言った高圧的で傲慢な言葉。自らの考え出した策謀に絶対的な自信を持つ上位者の声。
「クリネクス、決して油断をするな。相手はあのデギン大公、こちらが罠を仕掛けている事など承知の上で交渉に臨むだろう。
そんな人物が何の手立ても無くあの場に挑む訳がない、何らかの手段、それもバルーセン公爵閣下の心を折る様な圧倒的な何かを用意している筈だ。
そしてそれは我々の命に直結する最悪な事態の訪れを意味するだろう。少なくともお前だけは生き延びよ、その胸の人形はその為の守りであるのだからな」
そう言い軽く笑みを浮かべるテレンザ侯爵。それは既にこの場を死地と定めた男の顔であった。
―――――――――
「ギラン様、デギン大公陛下がバルーセン公爵と接触、交渉に入りました」
「よし、手筈通り精霊砲の射撃準備に入れ。バルーセン公爵の動き次第でいつでも撃ち込めるように準備せよ。
これはデギン大公陛下の御意思である。自らの身を危険に晒し交渉に臨む陛下の御心を無駄にするな。
陛下は我々国民の為に先頭に立ってくださる素晴らしい御方、皆陛下を信じ、最善を尽くせ」
「「「ハッ、自由、ダイソン!」」」
慌ただしく動き出した兵士たち。ギランはこれから先に起こるであろう自身の野望の始まりを夢想し、口元の笑みを深くする。
ギラン・ザビエール子爵、彼とデギン大公との付き合いは長い。ギランの姉ナミビアはデギン・ダイソンの最初の妻であり、姉を通じデギンと知り合ったギランはデギンのカリスマ性に惹かれその手足として働く様になる。
今は亡きダイソン侯爵家先代当主シオン・ダイソン謀殺にも深く関わり、ダイソン公国建国の為に裏に表に奔走した人物であった。
「デギン大公陛下、あなた様はミネリオ様を得る事で丸くなられてしまった。以前のあなた様であればオーランド王国を喰らい、バルカン帝国に対抗すべく覇を唱えておられた筈。
“ダイソン侯爵家の在り様、ダイソン公国は帝国と王国を遮る障壁となる”などという馬鹿な事を仰りはしなかった。
あなた様は何時から嘗てのギラつくような情熱をお忘れになってしまわれたのか。
ですがご安心ください、あなた様の嘗ての思いはこのギランの中に未だ鮮明に息づいております。あなた様が果たす事の出来なかった夢と野望は、必ずやギランが果たして見せましょう。
デギン大公陛下はその礎として長くダイソン公国の歴史に語り継がれる事でしょう。
ダイソン公国に栄光あれ」
ギランの瞳に宿る光、それは自ら信奉し崇拝した主の嘗ての姿を思い、妖しく揺らめく。
「ギラン様、やはり罠です、デギン大公陛下を取り囲むように地中より多くの兵士が出現。予め何らかの手段で隠蔽を掛けていたものと思われます」
「ふむ、ここまではデギン大公陛下の読み通りだ。
これより大公陛下の御命令に従い精霊砲の射撃を行う。総員衝撃に備えよ。
目標は前方王国軍、一気に薙ぎ払え、発射!!」
“ブワーーーーーーーーッ”
振るわれた手に合わせ撃ち出された精霊砲からの光、それは瞬く間に前方に展開された王国軍の軍勢を消し炭に変えて行く。
大地に響く激しい轟音と立ち昇る土煙。もはや焦土と化した戦場に、ギランの声が響く。
「精霊砲の再装填を直ちに開始せよ!戦端は開かれた、もはや王国との和平など望むべくもない。
身を挺し、ダイソン公国の礎となられた大公陛下の思いを無駄にするな!
我らは、ダイソン公国の民は、ダイソン公家に忠誠を誓う者。
我らの旗印は未だ衰えず、我らの矜持を王国に見せ付けるのだ!
自由、ダイソン!ダイソン公国に栄光あれ!」
「「「自由、ダイソン!自由、ダイソン!自由、ダイソン!」」」
精霊砲に再び魔力が補充される。投擲機が立ち上がり、爆薬の遠距離投擲の準備が始まる。
これから始まるのは敗残兵の掃討、オーランド王国王家に対する戦いの
交渉の時間は終わりだ、最初に我らを謀ったのは貴様らだ、その報いその身に刻みつけろ!
「目標、前方王国軍、王家よ、我らの思いの強さを知れ!
撃てー----!!」
“ブワーーーーーーーーッ”
そして再びの光が、大地を白色に染め上げる。
「デギン大公陛下、あなた様にダイソン公国の勝利を捧げます。
未来永劫ダイソン公国の繁栄をお見守り下さいますよう」
それはギランの心からの願い。
ギランは崇拝するデギン大公の思いを胸に、覇業の一歩を歩み出すのであった。
―――――――――
そこはアスターナ男爵領の草原地帯全体を一望する地上四百メートの上空。
「はい皆さん到着しましたよ~。周辺の風が思ったよりも強かったので全体を箱状に結界で覆ってありますんで、落下の心配はありませんのでご安心ください。一応絨毯を敷いてありますんで、高い所が苦手という方はそちらからご覧ください」
その場にそぐわない様な明るい声が結界内に響き渡る。中空に浮かぶ大きな絨毯の上に現れた黒い影、その中から次々と現れた人々は眼下に広がる光景に絶句する。
「え~、ここは今話題のダイソン公国と王国貴族で編成された討伐軍との紛争地帯、アスターナ男爵領になります。
どうやらこれから大規模な武力衝突がありそうですが、中央に何か集まってる?
もしかしたら大きな交渉事、休戦交渉か停戦交渉が行われようとしてるのかな?
だったら凄い現場に立ち会ってるって事になりますね、音声が聞こえないのが残念ですが」
「えっ、ケビン殿、ここはアスターナ男爵領なんですか!?
俺たちがケビン殿の影空間に入ってから一時間も経っていませんよね?レンドールからアスターナ男爵領迄は早馬の乗り継ぎを行おうとも二十日は掛かる距離、こんな短時間で来れる様な場所ではない。
ケビン殿は伝説の神聖魔法<転移>を使えるのですか?」
それはありえない光景であった。時間と距離の概念を無視したような伝説上のスキル<転移>を使ったのでもなければ説明の付かない事態に、テレンザ侯爵家三男ロナウド・テレンザは困惑を隠せないでいた。
「ん?ジェイク君たちに聞いてなかった?俺が空を飛べるって話。いつもの訓練で行っている様な結界を足場とした空中歩行ではなく、ちゃんと飛べます。でもこれは魔道具ありきの話なんだけどね。
俺の所持する“魔剣黒鴉”の能力を使って飛んで来たってのが事の真相。転移魔法ってのは夢がある話だけど、俺自身は出来ないかな?疑似的にやろうと思ってもちょっと思いつかない。
空間と空間を繋げて瞬時に移動するってのがどうやったらいいのか理解出来ないんだよね。
魔法ってのは理解と創造から生まれるから理解出来ない事は発現させられないんだよ。
普通の魔法使いが詠唱ありきで修行するのはそれが原因。あれは予め作られた魔法の使用許可だからね、使用者がその魔法を使う事が出来る段階だと判断されれば、詠唱と魔力使用で発現出来る。
でもこれはあくまで使用許可だから許可を受けた魔法しか使う事が出来ない。その分かり易い例が魔法適性、魔法適性の無い魔法は初級であるボール魔法ですら使う事が出来ないって奴だね。
それはそう、だって使用許可が下りてないんだもん、使える訳がない。
で、<転移>だけどこれはスキルって言うよりも魔法、さっきロナウド君が言った通り神聖魔法って呼ばれるものだね。
これまで数多くの人たちが神聖魔法に挑んだけど、再現出来た人っていないらしいよ?俺も詳しい訳じゃないけど、マルセル村にいる賢者様はそう言ってたし。
でも<転移>なんてスキルが発現しちゃったらその持ち主って王家から囲い込みを受けちゃうんだろうね、もう大騒ぎ間違いなし、俺はごめんです」
そう言い肩を竦めるケビンにどこか納得がいかないと言った顔になるロナウド。
「ロナウド、諦めろ。ケビンお兄ちゃんはこういう人だ。
その事象に拘るんじゃなくて、ケビンお兄ちゃんの言葉にこそ耳を傾けるんだ。
今ケビンお兄ちゃんが言った説明だって、魔法の専門家が聞けば顎が外れるくらい高度なものだったはずだよ?これは俺の魔法の師匠が教えてくれた事だから確かな話だと思う。
“学園に入って授業を受ける事になったら気を付けなさい、余りの稚拙な内容に呆れてしまうから”って言うのが師匠の言葉だったもんな~。
ケビンお兄ちゃんの話はそんな師匠たちから見ても“頭がおかしい”ってくらいに高度なものらしいから」
ロナウドの友人であるジェイクは、“ケビンお兄ちゃんの洗礼”を受け精神許容量の限界に達しつつある友の肩に手を乗せ、「うんうん、分かる分かる、その気持ち、よく分かるよ~」と頷きで応える。
「あっ、そんな事よりも動きがあるね。
ダイソン公国側、何か魔力がえらく高まってない?大魔法か何かの準備?
げっ、あれってバルカン帝国の最新兵器“精霊砲”じゃん。この距離じゃ王国軍の大半が薙ぎ払われちゃうじゃん!」
「えっ、それってどういう事ですか?薙ぎ払われるって、“精霊砲”って!」
声を上げたのはロナウド付きのメイドローラ。
「ん?文字通り一掃。簡単に言えばあの兵器は大魔法発生装置、その威力は勇者物語にあるドラゴンブレスもかくやと言った所かな?射程範囲は王国軍の前衛部隊全体、後方部隊がかろうじて生き残るって感じ?ほぼほぼ全滅だね」
「そんな・・・」
両手で口を押さえるローラ。
「ケビン殿!俺をあの後方左で待機する集団の前に向かわせてくれ!
あれは我がテレンザ侯爵家の紋章、あの一角は我がテレンザ侯爵家と寄り子貴族の一団だ!
このままむざむざと見殺しになど出来ん、多くは望まん、父上と兄上だけでも助けさせてくれ!」
その言葉は自身がこれから始まるだろう大惨事の渦中に飛び込むという宣言、助けを乞うのではなく自身に助けに行かせろという自殺ともとられかねない無謀な行い。
「ロナウド君、いや、テレンザ侯爵家三男ロナウド・テレンザ。
その言葉が何を意味しているのか分かって言っているのか?
それは自身の命が危険に晒されるばかりではない、あの地に向かう事になる俺の命をも危険に晒す事であるという事を。
俺とお前の間柄はただ避暑地で知り合った隣同士の家の者に過ぎない。俺がお前に特訓を付けているだけでも破格、お前の為に命を懸ける義理など一切無いのだが?」
ケビンの指摘にローラとロナウドは言葉を失う。自分たちがどれ程身勝手でどれ程理不尽な事を願っているのかに気が付いたが故に。
「俺は勇者物語が好きでよく読んでいた、だがいつも疑問に思う事があった。なぜ勇者に助けられた人々はああも自分勝手に彼らを死地へと送り込むのかと。勇者は強いから?自分たちに無い力を持っているから?
それが一体何の理由になるというのか、勇者にそう願うのなら自分たちはどうなのか、貧しい者、力弱き者の為に寝食を忘れて尽くす事が出来ると言うのか?
自分達には生活がある、家族がいる。ならば勇者には生活も家族も無いとでもいうのか?
勇者とは弱者に尽くす奴隷だとでもいうのかとね。
ロナウド、お前は貴族であり権力者だ、お前の発言は多くの者の命を左右するという事を忘れるな。
そしてただ願うだけの者となるな、弱者の振りをして人に寄生するな。
人に頼るなとは言わん。自らの力及ばぬ事を人の力を借りて行う事は、人の社会においては正しい手段だ。独りよがりになり周囲に迷惑を掛ける奴の何十倍もましだ。
ただそれはあくまで“借り”、その願いに匹敵する相手の心を動かす何かを提示できない者は、だだをこねじたばたする子供と何ら変わらないと知れ」
そう言いジッとロナウドの目を見詰めるケビン。それは言外に“願いを叶えたいのなら俺の心を動かしてみろ”という無言の提案。
「・・・ケビン殿。俺はレンドールの別荘地で一つだけ気に入らない事がある。それは卵料理が無いという事だ。
ケビン殿の所で頂いたクッキーにしろ卵黄を使えばよりおいしくなるのにと何度思った事か。聞けばグロリア辺境伯領では鳥の飼育が行われていないとか、何とも残念な話だ。
我が領ではコッコという鳥の魔獣を飼育する試みが行われていてな、ケビン殿が良ければこのコッコをお譲りしても「さぁ行くよ、すぐ行くよ、テレンザ侯爵家の皆様方をお助けしないでどうしますか。無論ロナウド君も同行するように、詳細説明は任せたからねって何か動きがあるね、時間もなさそうだから飛び降りるよ!」」
「「「・・・・・・」」」
ロナウドを脇に抱えたまま結界を飛び出すケビン。
その場に残された者たちは何とも言えない空気に包まれたまま、高速で地上に向かうケビンたちの姿を見送る事しか出来ないのであった。
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora