その変化はケビンが地上に飛び降りて直ぐに始まった。
「ジェイク君、何か地面から人が現れて。真ん中の人達、取り囲まれちゃったよ?」
それはまさに“籠の鳥”作戦が実行された瞬間であった。
地面から溢れ出し休戦交渉を行うダイソン公国使節団の周囲を囲んだ兵士たちが何やら網の様な物を投げ付けるも、その悉くが何かに遮られるかのように地面に落下する。
「あれは結界魔法?周囲を覆う結界が捕縛網を防いでいるのでしょうか?」
ディアの言葉に急ぎ目に魔力を込めるジェイク、すると網を投げ掛けられた者達の周りを守るかのように魔力による結界が張られている事がはっきりと見てとれた。
「確かに結界だね、目に魔力を込めるとその姿がはっきりと分かるよ。
でもあのままじゃじり貧じゃないかな?互いの勢力が睨み合いの状態の中、その代表者が捕らえられてしまったら勝負は決まった様なものなんじゃないかな?」
ジェイクの言葉に確かにと頷く一同。
だがそんな一般論的な戦術は実際の戦場では何の役にも立たないという事を、彼らは見せ付けられる事となる。
“ブワーーーーーーーーッ”
「「「「えっ」」」」
それは光であった。戦場を白色に染め上げる程の眩い光が、眼下の大地を覆い尽くす。
自分達は一体何を見せられているのか、大地が爆ぜ、轟音と共に土煙が立ち上る。それは自分たちのいる上空の結界付近にまで達する程の大規模なものであった。
「「「ケビンお兄ちゃん、ロナウド!!」」」
ジェイクたちは眼下に向け声を上げる、それは先程ロナウドに請われテレンザ侯爵家の者たちを助けに向かったマルセル村の兄に向けてのもの。
自分達は何時から勘違いしていたのか、ケビンの行いがあまりに突拍子も無く理不尽だから、その結果が想像の遥か彼方を行くほどのとんでもないものばかりだったから。
だからどんな事があってもケビンお兄ちゃんなら大丈夫、ケビンお兄ちゃんなら何とでもしてくれる。
自分達は馬鹿だ、ケビンが何故真剣にロナウドに言葉の真意を問うたのか、その意味も考えなかった。ここは戦場、人の命など紙よりも軽い。
知識では知っていた、頭では分かったつもりになっていた。
でも戦争が、国同士の戦いが、ここまで理不尽で不条理なものだとは思いもしなかった。
あの光の渦を前にして自分は生き残れるのか、人も武器も、何もかもをも巻き込んで焼き尽くす殲滅の光。
「ジェイク君、見て、何かが動いてる。生きてる人がいるよ!」
それはケビンが向かったテレンザ侯爵家の軍勢がいるあたり、生き残りがいた、全滅じゃなかった、でも・・・。
ゆっくりと晴れて行く土煙、そして明らかになる被害の実態。
焼き尽くされた大地、あれほどいた軍勢が、多くの兵士たちが。
だがかろうじて生き延びた人々を凶弾は逃がしはしなかった。
「駄目だ!それはもう光らせちゃいけない光なんだ、これ以上傷付け合うのは止めてくれ!!」
結界内に響くジェイクの悲痛な叫び、だがそれはそんな事などお構いなしに実行された。
“ブワーーーーーーーーッ”
人が、大地が、その悉くが光の中に消えて行く。
若者たちはその光景を、ただ黙って見続ける事しか出来ないのであった。
――――――――――
「なっ!?貴様らは何者だ!!」
その者達は突然空から現れた。実際には違うのかもしれないが上から降って来た事は事実、戦場という極限の場所におけるその登場は、兵士たちの警戒を最大限に引き上げるのに余りあるものであった。
「静まれー!!我が名はケビン・ドラゴンロード、テレンザ侯爵家三男ロナウド・テレンザ様の御依頼によりロナウド様をお連れした者である!
スコッティー・テレンザ侯爵閣下に急ぎご注進したき儀あり、時間がない緊急時である、道を開けられよ!」
力の限りの叫び、その大声は騒めく南西部貴族軍の中で陣頭指揮を執るテレンザ侯爵本人の耳にも届く程のものであった。
「静まれー!!ロナウドが来ているだと!?どういう事だ!」
状況を確認しに走ったのは嫡子クリネクスであった。
「ウッ、ケビン殿、急降下は聞いていませんでしたよ、気持ち悪。あっ、兄上、御壮健で何よりです。
ですが時間がありませんので簡潔に。
これより敵ダイソン公国側よりバルカン帝国の最新兵器による大規模範囲攻撃が行われます。詳しい話は後程、今は一刻も早く撤退を。
南西部地域の者たちを無駄死にさせてはいけない、ご決断を!」
そこにいたのは避暑地レンドールに出掛けていたはずの三男ロナウド、だが何故ロナウドがこの場に、それにこのケビンとか言う者は一体・・・。
「チッ、時間がない!出来る限りは防御するが後から文句を言うなよ!
手前らも死にたくなかったらさっさと動け!!<範囲指定:防御城壁>」
“バンッ”
ケビンと名乗る者が突然地面に両手を突く、すると目の前に巨大な壁が姿を現した。
「なっ、これは」
クリネクスが言葉を発した瞬間であった。
“ブワーーーーーーーーッ、ドドドグォーーーーン!!”
目もくらむような眩しい光が上空を照らし出し、轟音と共に大地が揺れ、目の前の巨大な壁が音を立てて崩れ去って行く。
周囲は激しい土煙に包まれ、自身がどこにいるのかも分からない。
「ロナウド!急ぎテレンザ侯爵様に撤退命令の決断を!
生き残りをまとめてこの場から逃げ出すんだ!!
次が来るぞ、今度も防ぎ切れるとは限らん!」
「承知した、ケビン殿、感謝する!クリネクス兄上、呆けている場合ではございません、父上の下に向かいましょう。
敵の攻撃はまだ終わってはいません、早く!!」
「あ、あぁ・・・」
未だ放心状態にあったクリネクスは弟ロナウドの声に、虚ろに声を発し後に続くのであった。
「なっ、何だ今のは!一体何が起きている!」
テレンザ侯爵家当主スコッティー・テレンザの心は混乱の極みにあった。
突然齎された三男ロナウドの訪れ、目の前に立ち上がった巨大な防壁、おそらくアースウォールの魔法であろうがあれ程巨大であれ程広範囲に渡るアースウォールなど見た事も聞いた事もない。
そして先程の光と轟音、大地を揺るがす衝撃。
今この戦場で一体何が起きているというのか。
「失礼いたします。父上、突然訪れましたご無礼、非常時故平にご容赦を。
簡潔に申します、敵ダイソン公国軍がバルカン帝国の最新兵器を用い広範囲攻撃を行っております。先程の一射目はケビン殿の御助力により防ぐ事が出来ましたが二発目に耐えられる保証はなく、仮に二発目を防げたとしても既に討伐軍は壊滅状態にあります。
このままでは無傷の公国軍になぶり殺しにされるは必定、急ぎ全軍の撤退を進言いたします」
混乱するテレンザ侯爵の前に現れ自身の意見を述べるのは三男のロナウド、その姿は“こいつ本当にロナウドか?”と思ってしまう程確りとした指揮官然としたもの。
「相分かった。今は非常時、その方がどうやってこの場に現れたのか、あのアースウォールを張ったケビンとか言う者がどういった者であるのかといった疑問は尽きぬが、その言葉に従おう。
撤退だ、撤退の合図を鳴らせ!
テレンザ侯爵家当主スコッティー・テレンザの名において全軍の撤退を命令する!」
“ピーーーーーーーーッ、ピーーーーーーーーッ”
テレンザ侯爵の行動は早かった。情報を見極め現状から最適解を導く、長年国境の地を治め周辺貴族家を取りまとめて来た男の判断の素早さは伊達ではなかった。
戦場に鳴り響く警笛の音、周囲は先程起きた大爆発と立ち込める土煙により大混乱に陥っているも、その警笛の音は何処までも広く響き渡った。
兵士たちはこれ幸いとばかりに逃げだした。その動きは撤退行動とは名ばかりの
“ゴゴゴゴゴゴッ”
再び大地からせり上がる巨大な防壁、だが今はその防壁すらも酷く心もとなく感じる。それ程に先程の光と衝撃は王国兵士の心に強く突き刺さっていた。そして・・・
“ブワーーーーーーーーッ、ドドドグォーーーーン!!”
災厄は再び降り掛かる。兵士たちは情けなく悲鳴を上げ、身を屈め頭を隠す。度胸があるとされる軍馬たちも暴れ出し、騎乗者を振り落とす。
阿鼻叫喚、規律など最早どうでもいい、一刻も早くこの場から逃げ出さねば。転び踏み潰される兵士、助けを求め周りの者に掴み掛る兵士、それを殴り飛ばし逃げ出す兵士。
生き残った王国の軍勢はパニック状態に陥りながらも、我先にと戦場を離れて行くのであった。
「ふ~、なんとかなったかな?
うげっ、結構な人間が押しつぶされちゃってるじゃん、これってちょっとした災害並みじゃん。
生きてる人間は魔力枯渇させて影収納で回収っと。ざっと百人くらいかね、一々治療するのも面倒なんで魔力チューブを伸ばして
<ポーション生成>で全員の体内にポーションを注入、ついでに“天使の微笑み”も注入。
<ポーション生成>って俺が自作できる薬品類だったら作製出来るのね、これ超便利」
「「「う~っ、ここは」」」
目を覚まし起き上がり出す兵士たち。
「お目覚めですか?皆さんは撤退の人の波に飲まれ負傷なさっておられましたのでポーションにより治療させて頂きました。
ですがこれは応急処置です、所属先に合流なさったら医者に診てもらって下さい。
ここはまだ戦場です、現在公国の攻撃を受けている真っ最中です。
未だ撤退指示は出ています、急ぎ撤退を!!」
ケビンの言葉に急ぎ起き上がり撤退を始める兵士たち。その顔は助かったと思った命がいまだ危険に晒されていると知り、酷く動揺したものであった。
「さてと、ロナウド君、そっちの動きはどうだい」
ケビンが声を掛けたのはボロボロに崩れ去った防壁の瓦礫の上。
そこではテレンザ侯爵家三男ロナウド・テレンザがダイソン公国軍の動きを注視しているのだった。
「未だ動きは見られないが何時進軍して来てもおかしくない。
公国軍の中央部辺りに魔力の高まりがある様な?」
「うわ~、公国軍も油断ないね~。この戦場を徹底的に燃やし尽くすつもりだよ。
このまま引き上げてもいいけど、撤退する軍の後ろから追撃されても堪らないしね、ここは嫌がらせと行きますか。
という訳でロナウド君、はいこれ」
ケビンは収納の腕輪から何かを取り出すと、それをロナウドに手渡した。それは一本の魔法杖、長杖と呼ばれる大きなものであったが、問題はそこではなかった。
「・・・ケビン殿、なんですかこれは。あまり魔法杖に詳しくない俺でも分かる、禍々しい迄の魔力の高まり、これは一体」
「ん?詳しい事は秘密、ちょっと貸すだけね。因みにそれ、伝説のアダマンタイト製の剣に匹敵する位の貴重品だから、国が白金貨を払ってでも欲しがる品だから、バルカン帝国の最新兵器なんて目じゃないくらいのヤバい品だから。
終わったら返して貰うよ?
目標は魔力の高まってる公国軍の中心部、最新兵器の破壊が目的だから魔力を高めるんじゃなくて圧縮する感じで撃ち出す事、出来るかい?」
ケビンの言葉にブルルと身を震わせるロナウド。そんなとんでもない魔法杖を自分なんかが使ってもいいのか?ケビン殿にやって貰った方がいいんじゃないのか?
ケビンは何も言わない、ただじっとロナウドを見据える。ケビンは問い掛けているのだ、ロナウドの決意を、心の強さを。
“お前の言葉とはその程度の重さしかないのか?”
その瞳は言外にロナウドの決断を迫る。
“スーッ”
伸ばされた長杖、目標はただ一つ。
「“大いなる神よ、我が手に集いて眼前の敵を撃ち滅ぼせ、集まりし我が魔力よ、収縮し大いなる成果を見せよ、行け、雷光の如く、ウォーターボール”」
それはロナウドが最も使い、その身に染み込ませてきた初級魔法。だがそれはエミリーから教わった詠唱改変により、全く別の魔法へと生まれ変わった。
そしてそれは手にした魔法杖により増幅され、必殺の一撃として敵に向かい撃ち出された。
“ボワッ、チュドンッ”
それは瞬きであった、周囲に衝撃波を残し姿を消したボール魔法は、正確に魔力の高まりの中心を撃ち抜いた。
だがその魔法はそれだけに
圧縮され形成されたウォーターボール、その枷が外される。
それは敵勢力のど真ん中で弾け飛ぶ。
“ドグォ~~~~~~~~ン”
「「・・・・・・」」
弾け飛ぶ敵陣。逃走する王国軍の後方に追撃を掛ける?その様な事を出来る余裕など最早公国軍には存在しなかった。
「はい、魔法杖は回収回収、一旦みんなと合流するよ~。
それと一度ロナウドくんちに寄ってから帰るからね、もう報酬の貰いそびれは勘弁だから、お貴族様って本当口ばっかりなんだもん、やっぱり小口の現金取引が一番だよね。
ほら、ロナウド君もいつまでも呆けてないで行くよ?」
そう言いロナウドの腰をガシッと掴んだケビンは、“よっ”という軽い掛け声とともにその場から姿を消すのだった。
戦場に残るのは焼け焦げた大地と失われた多くの命、そして未だ混乱の最中にある公国軍だけなのであった。
本日一話目です。