広い草原を風が走る。よく伸びた草花は海原の様に波打ち、その隙間からキャタピラーがひょっこりと顔を上げる。
瞬間上空から大きな影がキャタピラーを襲う。影は大きな鉤爪でその身体をガッシリと掴むと、上空高く舞い上がる。
広い翼を持つビッグクローは、狩りの獲物に満足し魔の森の巣へと帰って行く。
そこにあるのは自然の営み、辺境の村に流れる厳しくも穏やかな時間。
オーランド王国の最果て、辺境の地マルセル村。
草原を走る真っ直ぐな街道を進む幌馬車の一行は、ゆっくりとした足取りで村門を目指す。
「停まれ。ここはアルバート子爵領マルセル村、許可の無い者の立ち入りは禁じられている。
そちらの身分と目的を告げられよ」
門兵と思わしき者が集団の進行を止める。門兵は集団の様子を見やり、代表者の言葉を待つ。
「警戒任務ご苦労。騎士ケビン・ドラゴンロード、アルバート子爵閣下の命によりパトリシアお嬢様、エミリーお嬢様、並びにお付きの者たちを連れ避暑地レンドール別邸より帰村した。
入村の許可を願いたい」
その返事は、幌馬車の御者台に座る青年からのものであった。
「うむ、任務ご苦労。して周辺の者たちはどうしたものか?
人数が些か多い様に見受けられるが」
門兵は幌馬車の後ろに従う様に付いて来ていた者たちに目を向け、説明を求める。
「彼らは街道においてグラスウルフの群れの襲撃に遭うところをパトリシアお嬢様の命により救出した者達、見ての通り女子供を中心にした集団故放置する事も出来ず連れ帰ったものである。
詳細についてはパトリシアお嬢様よりアルバート子爵閣下にご報告がなされるだろう」
「うむ、しかしながら入村には子爵閣下の許可が必要であろう。
暫し村門前で待たれよ、今人を寄越させる故」
門兵はそう言うと村門横の詰め所に声を掛ける。
詰所からはそばかす顔の地味な印象の女性が現れ、一通の書状を足元に控えるグラスウルフの背中のカバンに仕舞うと、「頼んだわよ、行け」と言って村内に走らせるのだった。
待つこと暫し、一台の馬車が村の方からやって来る。
村門前の難民たちは自分たちが無事村に受け入れられるのかと不安な気持ちを抱えながら、その馬車の到着を待った。
執事服を着た壮年の男性が操る馬車は村門前にやって来るや停車し、ゆっくりと扉が開かれる。
“ガチャ”
降り立ったのは理知的な雰囲気漂う男性。
「さて、これはどうしたものかな?ケビン、報告を頼めるか?」
「ハッ、ですが詳細はパトリシアお嬢様よりお聞きになられた方がよろしいかと愚考いたします」
御者台の青年はそう言うや幌馬車の後方へ回り、荷台に乗っている人々へ幌馬車より降りるように促した。
荷台からは女性やお年寄り、幼い子供、そして最後にメイドと軽装ながらも貴人と言った雰囲気を漂わせる美しい女性が降り立つのだった。
青年はその女性と隣に寄り添う少女を伴い男性の前に向かうと、一礼をし後方に下がる。
「お久し振りにございます、ドレイクお義父様。
パトリシア、エミリー、共に避暑地レンドールより帰村いたしました」
挨拶と共に美しいカーテシーを決める彼女達。
「うん、二人とも元気そうで何よりだよ。その姿を見ることが出来ただけで心が浮き立つというものだね。
それで聞きたいのだけど、周りの人たちはどうしたのかな?
連絡ではパトリシア、君が街道で救出した難民の様だが」
「はい、彼らはオーランド王国南西部で起きた内戦により疲弊した農村部よりの脱出者となります。
南西部各地域では物流が寸断、多くの村々が野盗に襲われるなど被害が拡大の一途を辿っている様子。彼らの村もそうした煽りを受けた村落の一つであった様です。
年若の男衆は徴兵され戦場に向かった為、野盗に対抗する事も出来ず村を捨てる他に手段がなかったのだとか。周辺地域は何処も自分たちの仲間で身を固め受け入れてもらえず、少ない食料も底を突きどうにもならない状態に陥っていた所を魔獣に襲われてしまったとか。
私達が通り掛かったのは本当に偶然でございました。
しかしながら一時的な魔獣の脅威は取り除いたとはいえ、何時また襲われるのか分からない状況の者たちを見捨てたとあっては、救出そのものがただの自己満足となりましょう。
これはアルバート子爵家の者としての矜持。
多くの素性の知れぬ者を村に同行させたことが勝手な判断であった事は重々承知しています、その責めは私が負いましょう。
ですがどうかお義父様の寛大なるご裁可をお願いいたしとうございます」
パトリシアはそう述べると、目の前の上位者に対し深く頭を垂れる。エミリーとお付きのメイド、ケビンと呼ばれた青年もそれに倣う。
パトリシアと共にマルセル村にやって来た者達は思う。自分たちは野盗に村を襲われ命からがら逃げだした者だ、周辺の村はおろか多くの街や村からも受け入れを拒否されて来た者達だ。
世間は弱者には厳しい、一度転げ落ちてしまった者はまともに生きる事など出来やしない。
後は人を襲って生き延びるしかない、そんなギリギリのところで出会ったこの御方は国法を犯してその足を止めた私達を責めるどころか魔物から命を救ってくださった、治療を施して下さった。食事を与え、目標を与え、今また自分たちの為に頭を下げて下さっている。
“ザザッ”
その場にいる男が、女が、年寄りが、子供が。皆が自然と膝を突き頭を下げる。
自分達の為に、何もないただ生きているだけの無価値な者の為に、身を挺して下さる方がいる、頭を下げて下さる方がいる。
私達はこのご恩にどう報いればよいのか。
その場には静寂が流れる。頭を垂れる者たち、その先にいる上位者は暫しの瞑目の
「パトリシア、君の話は分かりました。この者たちをマルセル村に迎え入れましょう。
ただし、彼らがマルセル村に溶け込むまでその管理をパトリシア、君が行いなさい。
これは君の責任、君が引き受けた彼らとの約束。その間村で生じた一切の問題はパトリシア、君の責とします。
皆の者、頭を上げよ、そして話を聞け」
その言葉に一斉に頭を上げる難民たち。
「私はここアルバート子爵領マルセル村の領主、ドレイク・アルバート子爵である。
聞いての通り、諸君らを我が娘パトリシアの責任の下受け入れるものとする。
諸君らの生活、仕事、その一切はパトリシアの名において援助しよう。但しそれは客人として遇している訳ではない、全てパトリシアの責任の下行われていると認識せよ。
其の方らが起こす問題の全てはパトリシアの責任であり、それによって罪に問われるのは其の方らの命を助け生きる道を示したパトリシアである事を自覚せよ。
私はここマルセル村の領主として諸君らが一日でも早く村人として溶け込む事を希望する。
話は以上だ、後はパトリシアの指示に従うが良い」
領主ドレイク・アルバート子爵はそう言うと、身を翻し馬車に乗り込み去って行った。
「では皆さん、その足で村役場に向かいましょう。
ケビン、彼らの宿泊所の手配を。私は彼らと共に村役場に向かいます」
「ハッ、ですがいかがいたしますか?現在マルセル村にはこれ程の人数を収容出来る程の建物はありませんが」
「雨風がしのげる簡易的なもので構いません、それとスライムトイレの設置も行ってください。
本格的な居住区の建設は彼らが落ち着いてからでよいでしょう、後程ケビン建設に見積もりを出して貰ってください」
そう言い青年ケビンに目を向けるパトリシア。
「畏まりました。では私は村人受け入れの手配がありますのでここで失礼いたします。
ジェイク君、幌馬車を頼む、厩舎に移動しておいてくれ」
ケビンはそう告げるとその場を後にする。
パトリシアはそんな彼の背中を暫し見詰めた後、振り返り村門前に佇む難民たちに向け柔らかい笑みを浮かべる。
「皆さん、よく頑張りました。この場が今日からの皆さんの家、マルセル村が皆さんにとって安住の地となる事を願っていますよ。
マルセル村にようこそ」
その微笑みは優しく、そして美しく。
彼らは皆自然と手を合わせると頭を垂れ、感謝の祈りを捧げるのであった。
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ブフォッ、パトリシアお嬢様祈られちゃってるじゃん、扱いが聖女様じゃん。
いかん、思わず大爆笑するところだった。
完全に気配を消してるとは言え女性の直感は侮れないからな~。
今も何かこっちの方をチラ見してたし、気付かれてはいないと思うけどカマくらい掛けて来るぞ、あれは。
まぁドレイク村長の下で修行した俺っちがその程度でボロを出す事も無いんだけどね、頑張ってくれたまえパトリシアお嬢様。
でもまぁパトリシアお嬢様もこの夏で色々と成長なさったようですな、アルバート子爵閣下、めっちゃ驚いてたし。ザルバさん目にハンカチ当ててたし。
俺との交渉も及第点と言った所でしょう。如何せんお嬢様は手札が少ない上に俺に空手形が通用しないって知ってるからな~。
ロナウド君のようにはいかないまでも、ケビン建設の名を出す事と見積もりと言った事で支払いの意思を示した辺りは流石でしょうね。
これが他所のお嬢様だったら「お父様が~」とか「申し付けましたよ?」とか言った貴族風を吹かせちゃうんだろうな~。
そんで後から執事長のザルバさん辺りに尻拭いさせるっていうね、よくあるよくある。
まぁマルセル村じゃそんなの通用しないんだけどね、だって爵位が全部名目上なんだもん。
アルバート子爵閣下も頭の中じゃ“ドレイク村長”って変換されてるし、さっきの小芝居もよそ者の新住民に対する牽制の意味合いが強かったしね。
不和の種は芽吹く前に取り除くに限ります、自身の行いが大恩あるパトリシアお嬢様に降り掛かるとなれば悪さもしにくいし、自身の頑張りが恩返しに繋がるとなればモチベーションも上がる。
その辺は流石のアルバート子爵閣下だったよな~、勉強になります。
俺は予め“何かするんだったらこの辺でお願い”と言われている礼拝堂側の草地に向かい、<結界>を張ってから結界内を<浄炎>で焼却。光属性魔力マシマシマシウォーターをぶち撒いて触腕でコネコネ、全体を均一にならしたら生活魔法<ブロック>で固め土台を作製。
予め作っておいた光属性マシマシブロックを触腕で積み上げて行ってって感じで、ちょっとした体育館みたいな施設を作り上げました。
やっぱり備えって大事ですね、特にブロックと平板と角材。
丈夫な大森林中層の材木を使用しているので中で大人が暴れても大丈夫、バレーボールコートとしても使えちゃうって言うね。
後は干し草の束を適当に用意しておいて、自分たちで寝床を作って貰うって感じです。
このご時世、どこの村でも干し草の寝床が一般的ですからね、ちゃんとしたベッドなんて街場か宿屋くらい。そう言った意味じゃマルセル村って変わってたんだろうな~。食べる物に困っててもちゃんとベッドがあったし。
建物脇にコンクリート打ちっ放し方式の公衆トイレを設置、和風のボットン便所って奴ですね。そんでその辺から適当にスライムを捕まえて来て放り込めば完成。
炊事洗濯用の木桶やら食器類は戦場で拾った収集物からチョイス、<清掃>で綺麗にしてから建物の中に置いておきます。
床置きも何なんで、以前フレム工房から引き取った家具の棚を出してそこに並べておきますか。
まぁこんなものかな。
さてこれからが本番、アルバート子爵様への報告会が待ってるんだよな~。今回は初っ端パトリシアお嬢様がやらかしたからアルバート子爵様のテンションも上がっちゃってるだろうし、絶対怒られるよな~。
俺はモルガン商会長から教わった(嵌められたとも言う)交渉の基本、“まずは相手に利益を提示すべし”を思い出しながら、アルバート子爵家仮本邸へと足を向けるのでした。
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora