転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

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第373話 辺境の剣客、暗黒大陸を渡る

マルセル村の朝は早い。東の空が白み始める頃には起き出し、その日の作業を開始する。

特に収穫期は朝採れ野菜を新鮮な状態で時間停止機能付きマジックバッグに保存する為、葉物野菜・果菜類の収穫を朝飯前に行う事が通例となっている。そんな忙しい朝の収穫には多くの人手が必要であり、マルセル村に保護された難民たちも重要な戦力として駆り出されるのであった。

 

「ジェイクの兄貴、ホウレンの根は切り取っておくんですよね?」

「あぁ、よく土を(はら)ってから根を切って葉の部分を箱に並べて行くんだ。ホウレンは鮮度が落ちやすいからな、箱が一杯になったら直ぐ村役場に運んでくれ。

ジェラルドさんかジョンさんが受付をしている筈だから」

 

「了解です兄貴」

 

難民たちは始め中々村に馴染めないのではないかと心配されていた。だがその大半を占める子供たちが村の青年ジェイクや少女エミリーに懐き率先して収穫作業を手伝う姿に、大人たちも自らマルセル村の生活に溶け込もうと努力する様になって行った。

そして何より自分たちの受け入れの為に奔走してくれるパトリシアお嬢様の為にと、積極的に仕事を求める様にもなって行ったのである。

 

「ジェイクお兄ちゃん、キャベールの箱詰めが終わったよ。これも村役場に運ぶの?」

「いや、キャベールはそこまで鮮度の落ちやすい野菜じゃないから畑の脇に積んでおいてくれればいいよ、後から荷馬車で回収する事になってるから。

それよりもそろそろ朝ご飯の時間だから、収穫の道具を道具箱に片して手を洗って戻るんだよ?

朝ご飯が終わったらボビー師匠の訓練場で体力作りだからね、皆はまだ身体が出来てないから基礎から始めないとね」

 

ジェイクはそう言い子供たちにニコリと微笑み掛ける。

 

「ジェイクの兄貴、俺も兄貴みたいに強くなれるかな?俺、強くなってお母さんを守れるようになりたいんだ」

勝気な雰囲気の女の子がそう言ってジェイクの袖を掴む。

 

「大丈夫、そんなに焦らなくてもみんな強くなれるさ。俺だってみんなと同じくらいの頃はその辺のスライムにもなかなか勝てないくらい弱かったんだから。

でもそんな俺に剣を教えてくれた親友がいてね、俺は親友の美しい剣捌きに憧れてボビー師匠に弟子入りしたんだよ。

親友の名前はジミーって言って、剣の腕なら村で一番って言われるくらいに強いんだよ」

 

「え~、ジェイクお兄ちゃんよりももっと強い人がいるの?誰々?私も会った事のある人?」

ジェイクの言葉に目を輝かせる子供たち。

 

「いや、ジミーは今武者修行の旅に出ていてね、マルセル村にはいないんだよ。今頃どこで何をやってるのか」

ジェイクはそう言い空に浮かぶ雲に目を向ける。遥か遠く、暗黒大陸に旅立った親友ジミーの事を想って。

 

「ジェイクく~ん、女の子に囲まれて何黄昏てるのかな~?

エミリーにもお話聞かせて欲しいな~♪」

 

「「いえ、何でもありません、マム!!直ぐに撤収するであります、マム!!」」

急ぎ道具を片し、家に戻る子供たち。

その場に残されたジェイクは引き攣る笑顔を浮かべながら、‟ジミー、お願い、早く帰って来て!!”と祈らずにはいられないのでした。

 

――――――――

 

‟パチンッ、パチンッ”

深い深い宵闇に沈む森の中、ゆらゆらと揺れる焚火の明かり、くべられた枝が炎に弾ける。

焚火の上には金網の敷かれた簡易竈が設置されており、その上では仕留めて血抜きをしたばかりのマッドボアがこんがりと焼かれ、食欲をそそる旨そうな香りを立ち昇らせる。

味付けは少量の岩塩と粉状にしたカラミナ草、カラミナ草のピリッとした辛さがマッドボアの脂ののった肉とよく合うとは兄の言葉であったか。

 

‟暗黒大陸に修行に出ると言った俺の為に、過剰と言わんばかりの備えを持たせてくれたケビンお兄ちゃんには感謝しかないな”

幾ら父親であるヘンリーやボビー師匠の手解きを受け冒険者の暮らしを学んで来たとはいえ、その遥か斜め上を行く兄ケビンの準備品には日々助けられているジミー。

不安視された暗黒大陸での生活がここ迄快適に過ごせるのは、兄ケビンの持たせてくれた収納の腕輪のお陰以外の何物でもない。

 

手に魔力を纏わせ、焼き網の上でいい感じに焼けたマッドボア肉をガシッと掴み、豪快に齧る。口腔に広がるマッドボアの肉汁、タンパク質の持つ旨味と魔物肉特有の魔味が絡み合い、脳内のドーパミンをドバドバ放出する。

‟豪快にかぶり付く肉って最高!ケビンお兄ちゃんが肉肉騒いでいた気持ちがよく分かる。

これがケビンお兄ちゃんの言っていた野外飯の醍醐味って奴なんだね”

 

焚火の隣では深皿に盛られた獲物の内臓を貪り食べるブラックウルフの太郎。暗黒大陸に来てからその体躯はより大きくなり、今ではジミーを乗せて走り回れる程にまで成長している。

 

‟太郎も大きくなったよな~、今じゃ立ってる俺より大きいもんな。やっぱり狩った魔物の内臓をどんどん食べさせたのが良かったんだろうか?今じゃ頭部をまる齧りして、骨も残さず食べちゃうもんな~”

 

魔物の成長はその環境に左右されると言われている。魔力濃度の濃い土地、魔力豊富な餌、そうした条件が満たされる暗黒大陸はマルセル村のあるエイジアン大陸よりも魔物も植物も精強であり、人族にとってはより厳しい環境であるとも言える。

 

‟でも強い魔物と次から次へと戦える環境は、本当にありがたい”

 

暗黒大陸に来てからのジミーの日々は、淡々としたものであった。

戦う、食べる、寝る、それの繰り返し。

暗黒大陸に渡った当初こそ魔都周辺での討伐採取依頼といったものも受けてはいたものの、大体の魔物の傾向や周辺地理について把握出来るや直ぐさま旅に出たのであった。

荷物は収納の腕輪に仕舞えるし食料も潤沢、兄ケビンの過剰とも言える備えは、ジミーが何もせず食っちゃ寝の生活を送ろうとも十年は暮らせる程の食糧を用意する程のものであったのである。

 

だがジミーは常に背負いカバンを背負い、一般的な冒険者を装う事にしている。これは‟いらぬ諍いを起こさぬ事、常に背景であるからこそ思いのままに行動が出来る”といった兄ケビンの教えによるものであった。

ではその背負いカバンの中には何が入っているのか?

 

「じゃあスライミー達、今日もよろしく」

‟‟‟ポヨンポヨンポヨン”””

 

それは三匹のスライム。ジミーはそのスライム達を身体に張り付けると、直立のまま瞑想に入る。

心を落ち着け意識を広げ、自身と森とが一体となる様に。

夜の森は多くの強力な魔物が跋扈する、そんな森の中で焚火をし臭いをばら撒く事は多くの魔物を引き寄せる自殺行為である。

だがそこにはブラックウルフの太郎という強大な力を持つ魔物が控えている。

森で激しい生存競争を繰り広げ生き残ってきた魔物達は、そんなあからさまな罠に自ら飛び込んだりはしない。

意識を集中し森全体の気配を感じ取っているジミーには、そうした魔物たちの動きが手に取るように分かる。

その間ジミーに張り付いたスライムのスライミー達と言えば、服の汚れや身体の垢をせっせと吸収し、その身の糧とするのであった。

 

「!?スライミー達、どうもありがとう。背負いカバンに戻ってくれる?

太郎は気付いたみたいだね、移動するよ?」

ジミーはスライム達を背負いカバンに仕舞い、簡易竈を収納の腕輪に仕舞うと生活魔法<ウォーター>で大きな水球を出し、焚火を完全に消火する。

既に生活魔法は無詠唱で出来る為動きは迅速、広げた荷物の仕舞い忘れを確認すると太郎と共に移動を開始する。

 

「大きな気配と小さな気配、追掛けられてる?

それに悲鳴が人族のそれだったみたいだし、放置って訳にもいかないか」

暗闇に沈む森の中を、木々の合間を縫うように疾走するジミーと太郎。それはまるで昼間のように周囲が見えているかの様であった。

 

「目に魔力を纏って頭に光属性魔力を集中する事で暗視の様な事が出来る。やっぱりケビンお兄ちゃんって頭おかしいよな、何でこんな事を思い付くかな。

凄く便利だし助かってはいるんだけどさ」

剣術の腕では負ける気はしない、だが決して届かない遥か高みに君臨する兄ケビンに感謝しつつ、愚痴を言いたくなるジミー。

 

「太郎、いたぞ、ケルベロスだ。それとローブを被った人族、動きは悪くない、気配を小さくする魔道具か何かで隠れていたのが見つかったって所か?

太郎は人族を頼む、俺は獲物を狩る!」(ニチャ~)

‟ガウッ”

 

‟ハァッ、ハァッ、ハァッ”

少女は窮地に立たされていた。

 

「クッ、こんなところでケルベロスに見つかるなんて。魔都はまだまだ先だっていうのに、私がこんな所でやられたら領民たちが」

背後から迫るケルベロス、その数三体。たとえ一体を倒したところでその間に他の二体にやられるのは明白。

 

「お父様、ルビエラ、ふがいない私を許して。せめてパルム一族の者として恥ずかしくない様に逝くから」

 

少女は覚悟を決める。ここは自身の死地、であるのならせめて誇れる死にざまでありたい。

 

「ククククッ、無様ですな、ラビアンヌ様。パルム一族の至宝と謳われたあなた様ももはやこれまでの様で。

でもご安心ください、ダリアン様はあなた様をご所望だ。

ダリアン様はあなた様との婚姻を行い、子を儲ける事で周辺地域の安寧を図ろうという崇高な思いを抱かれておられる偉大な御方。なぜそれほどダリアン様を拒絶なされるのか私にはさっぱり理解出来ませんな~」

 

その声は暗闇の木々の間から響き渡る。人を小ばかにし見下した、酷く慇懃無礼な物言いのモノ。

 

「お前はバルンバ、お父様の信頼を裏切った逆賊が!

誰がダリアンなどの下に落ちるものか、安寧とは名ばかりの洗脳による支配、領民を替えの利く道具としか思っていない者の下での平穏などあるはずも無いわ!!」

 

 

それは絶対的な拒絶、ラビアンヌは魔道具により自身に掛けていた隠蔽を外し、全力で敵を討つ構えを取る。

 

「‟我が命ここにあらず、我は死兵、恐れるものは無し”」

それは真言、己の全てを開放するパルム一族に伝わる絶対奥義。

 

「クッ、往生際が悪い。お前たち、奴の手足をかみ砕き大人しくさせるんだ。死んでいなければそれで構わん、後はどうとでもなる」

バルンバの叫び、それは自らの配下であるケルベロスに対しラビアンヌの捕縛を命じるもの。

 

まさに一触即発、その時であった。

‟ザッ”

 

それは木々の合間から現れた。

 

「ふむ、何やら面倒事か?まぁいい、俺は剣を振るうだけだ」

両者の間に降り立った闖入者、その身からは気配と言うものが一切感じられない、ある種不気味な存在。

 

「なんだ、よく分からんが邪魔立てするなら容赦はいらん。先ずはそいつを血祭りにあげろ!」

バルンバの言葉にケルベロスたちが闖入者に向け一斉に襲い掛かる。

 

「ふむ、使役魔物か?それにしては随分動きが悪いな」

‟シュタンッ”

振るわれた一刀、それは剣や刀といった刃物ではなく、木刀の一振り。だが・・・。

 

‟ズッ、ドサドサドサドサドサドサッ”

重力に従いゆっくりと地面に落ちるケルベロスの頭部。

 

‟ズシャズシャ”

倒れ伏す二体のケルベロスの様子に、残った一体が後退る。

 

「さて、お前はどうする?来るならやるけど?」

‟キャウン”

闖入者の言葉に情けない叫びを上げその場にしゃがみ込むケルベロス。分からない、分からない、分からない。ケルベロスの思考を理解出来ないと言う恐怖が支配し、その場にしゃがみ込む。

 

「クッ、何をやってるんだ、そいつを殺せ!それでもお前は栄えあるダリアン様の眷属か!!」

暗闇の森に響くバルンバの虚しい叫び。

 

「で、お前はどうするんだ?俺はどっちでもいいんだけどな」

闖入者はバルンバに向け静かに語り掛ける。だがその口許は次なる戦いへの期待に妖しく歪む。

 

「クッ、ククククッ、アハハハハ。馬鹿が、何を勝ったつもりになっているんだか。私の従魔がこの三体だけだなどと誰が言った?

すでに包囲されているとも知らず勝ち誇った顔をしているお前は滑稽だったよ。

お前たち、構わん、ラビアンヌもろともこの馬鹿を葬り去れ。ラビアンヌは頭だけ残しておけばいい、残りは食ってしまえ!」

 

周囲の暗闇に飛ぶバルンバの命令、暗闇に隠れていた悪意が一斉に二人の命を・・・。

 

「・・・なぁ、気は済んだか?で、もう一度聞くがどうする?」

闖入者は手に持つ木刀を肩に添え、トントンと叩きながらバルンバに呆れ交じりの視線を向ける。

 

「な、どうした、何故来ない、何故従魔が言う事を聞かない!?」

焦りと混乱がバルンバの思考を埋め尽くす。

 

「あぁ、それなら・・・」

‟ズルズルズルズルッ”

暗闇から現れたのは、ケルベロスの首を銜えた一体の巨大なブラックウルフ。

 

「全部で六体か?全て太郎が仕留めちまったからじゃないか?」

「ヒッ、ヒ~ッ!!」

一度尻もちを搗き、慌てて暗闇の森へと消えて行くバルンバ。

 

「さて、一体何がどうなってるのか聞かせて貰ってもいいかな?」

後ろを振り向き、呆然と立ち竦む少女に優しく語り掛ける青年。

 

「あっ、はい。あの、実は・・・」

少女の口から語られる特級のトラブル、その話をウンウンと聞く青年ジミー(十一歳)は、これから始まるであろう戦いの予感に、緩む口元を押さえ切れないのでした。




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