オーランド王国王都バルセン。その最奥に佇む巨大な城、オーランド王国王家の者たちが住まうその場所は、未曽有の混乱に陥っていた。
「ダイソン侯爵領に向かったバルーセン公爵閣下からの定時連絡が途絶えました。またシュティンガー侯爵閣下からの連絡も同様にありません」
事の始まりはオーランド王国の大貴族家であるバルーセン公爵とシュティンガー侯爵からの魔道具による定時連絡が無くなった事からであった。
王家には予め逆賊デギン・ダイソンを討ち取るべく極秘作戦が行われるとの通達が入っていた。その為当初はこの連絡不通状態も何らかの作戦の一環かと思われていた。
だが一日経ち、二日経ち、その後の連絡は一切入って来ない。
状況を伝える報が入ったのは三日目の事、それは王家直属の諜報組織‟影”の耳目によるものであった。
「これはこれは皆さん、お忙しい所お邪魔致しまして大変申し訳ございません」
大会議場に顔を見せたのは諜報組織‟影”の総帥、ハインリッヒ・ベルツシュタイン伯爵その人であった。
「社交辞令はよい、今は戦時である。ベルツシュタインよ、卿がこの場に顔を見せたという事は何らかの知らせが届いたと言う事であろう。
構わん、有り体に申せ」
ざわつく大会議場に、国王ゾルバ・グラン・オーランドの
「畏まりました国王陛下、では結論から。
アスターナ男爵領で行われました戦闘に於きまして討伐軍は大敗、バルーセン公爵閣下並びにシュティンガー侯爵閣下、他各貴族家の方々が多数戦死した模様でございます。
詳細につきましては現在調査中ですので申せませんが、先の大敗における四万とも五万とも言われる死傷者数に匹敵する被害が発生したものと思われます」
「「「なっ・・・」」」
一瞬の静寂、その場にいた者の全てがベルツシュタイン卿の報告に我が耳を疑い言葉を失う。
「それは一体、バルーセン公爵も馬鹿ではない、爆薬の対策は十分に行っていたはず・・・」
最初に声を発したのは宰相ヘルザーであった。
「バルーセン公爵閣下の所に潜り込ませていた‟影”の者も共に亡くなってしまいましたからね、これは複数の情報を合わせた形のものになります。
先ずアスターナ男爵領で一体何が起きていたのかになります。
バルーセン公爵閣下は硬直化した戦況を一気にひっくり返すべくある奇策に出ました、それが今回行われた“籠の鳥作戦”、停戦交渉を持ち掛けのこのこ現れたデギン・ダイソン元侯爵を捕縛するといったものでした。
無論相手方も馬鹿ではない、普通に考えればこんな作戦が上手く行くはずもない。
ですがバルーセン公爵閣下としては勝算があった。
先ず国際情勢です。
今回のダイソン公国独立騒動、その発端と思われるのがバルカン帝国によるヨークシャー森林国への侵攻でありました。
バルカン帝国としては疫病で国力の低下したヨークシャー森林国に攻め込み一気に制圧する目論見があった、ただその為にはヨークシャー森林国の隣国であり友好国でもあるオーランド王国からの援軍を阻止する必要があった。
ダイソン公国の独立騒ぎは言わば大規模な陽動作戦であった訳です。
だがバルカン帝国のヨークシャー森林国侵攻作戦は失敗に終わった。突如発生した大規模なスタンピード、その後の情報によればその発生源は暗黒大陸側の魔の森であったとか。
ただでさえ強力な魔物蔓延る暗黒大陸の魔物が一斉に襲い掛かって来たんです、さしものバルカン帝国軍も堪ったものではなかった事でしょう。
これによりヨークシャー森林国侵攻作戦は完全に瓦解したものと思われます。
そうなると困るのがダイソン公国軍です。これまでの様にバルカン帝国からの物資の供給は望めなくなる、ダイソン公国による陽動作戦は既に必要なくなってしまった訳ですから。
次にダイソン公国軍の人員です。民は有限です、いくら上の者が鼓舞しようともいつまでも緊張感を保ったまま戦い続けられるものではない。ましてや専門に鍛え上げられた兵士ではなく、その大半がこの戦の為に徴兵された者であれば尚の事。
ダイソン公国側としては当初の目的が無くなってしまった以上、早めに戦を終わらせたい、そう考えている筈だと踏んだのでしょう。
現にダイソン公国側からはデギン・ダイソン自らが交渉の場に現れた。これはバルーセン公爵閣下が身体を張って交渉の場に臨んだからこその成果であったものと思われます。
そして交渉は開始され、バルーセン公爵の作戦は実行に移された。
地中から次々と現れる兵士たちがあっという間にデギン・ダイソンを含むダイソン公国の使節団を取り囲みました。
だがデギン・ダイソンはそうした状況を予測していたのでしょう。結界か、障壁か。何らかの魔法で捕縛を阻止しました。
そしてこのまま事態が硬直化するかと思われた時でした。
辺り一面を覆い尽くさんばかりの光と爆発、報告では大賢者が行使すると言われている広範囲殲滅魔法の様であったとの事でした。
これはダイソン公国軍からの攻撃と思われますが、それが一体どう言ったモノであるのか明確な情報はありません。
ただバルカン帝国の情報で気になるものが。
バルカン帝国はヨークシャー森林国侵攻に向け兵器の開発を行っていたとの事、その中に“精霊砲”と言う広域破壊兵器があるという情報がありました。その詳細情報が無い為これがどう言ったものであるのかといった事は分かりませんが、ダイソン公国に大賢者がおり独立戦争に参加していると言われるよりよほど可能性が高いものと思われます。
つまりバルカン帝国はこれ程の惨事を齎した兵器を開発し、複数所有しているという事です」
ベルツシュタイン卿の報告に再び大会議場から音が失われる。
大量の爆薬による大爆発、想像だにしなかった兵器の登場、これまでの戦争の常識を大きく塗り替える数々の変化に全く思考が追い付かない。
騎士が武勇を誇り軍馬に跨り戦場を駆け巡る、かつて夢見た英雄譚の姿などそこには微塵も残ってはいない。齎されるのは鉄の雨と爆発による破壊。
これまでの研鑽が、努力が、その全てをあざ笑うかのように無残に消えて行く。
「こんなものは誇りある戦でもなんでもない、ただの殺戮ではないか」
それは誰が言ったのか、静まり返った大会議場に虚しく響く。
「えぇ、ただの殺戮、失われた命には何の意味も残されてはいない。だが諸君はそれがお望みだったのではないのかね?
ダイソン侯爵が公国として独立を宣言した時、彼らの話を聞いたかね?互いに歩み寄れる点を模索し、問題の解決を図ろうとは?
諸君らは己が正義を掲げ、数に任せ一方的に蹂躙しようとしていたのではないのかね?
今度の作戦が行われる前にバルーセン公爵閣下はこう宣言していたとの事だよ。
‟あ奴らは一族郎党どころかその領民の一人に至るまで皆殺しにすることが決定しておる。あ奴らがオーランド王国に対し犯した大罪はもはや許されざるものであるが故な”とね。
敵を皆殺しにしようとしてた者が逆に殺された、向こうからすれば恐るべき脅威から身を守ったに過ぎない。
さて、真に恐ろしいのはどちらなのかな?」
ベルツシュタイン卿はその場の者たちに目を向ける、そこにいるのは正義の名の下に子供の様に暴力を振るい、敵をなぶり殺しにする事を夢想していた愚か者たち。
「控えよ、ベルツシュタイン卿。デギン・ダイソン元侯爵の討伐は国王たる我の決定、この者たちはその言葉に従ったに過ぎん。卿は我が決定が不服と申すのか?」
国王ゾルバ・グラン・オーランドは鋭い視線をベルツシュタイン卿に向ける。
「いえ、滅相もございません国王陛下。ただこの者たちがあまりに戦と言うものを軽く見ていたものですから少々苦言を呈したまでの事。
国王陛下が此度の戦を宣言なされた時に仰られていた、“敵はダイソン侯爵家の背後に隠れるバルカン帝国、決して侮っていい相手ではない”という言葉をどれだけ理解していたのか、ヘルザー宰相閣下が仰られていた“此度の戦はこれまでの様な様式美に則ったものなどではない、騎士の誇りも貴族の誇りもない、泥水を啜り命を取り合う生きるか死ぬかといったものになるだろう”という言葉をちゃんと聞いていたのだろうかと思いましてね。
我々が今すべきことはこの報告を嘘だと言って嘆く事ではない、この後どうするべきであるのかと言った事ではないかと愚考した次第でございます」
ベルツシュタイン卿はそう言いゾルバ国王とヘルザー宰相に一礼をすると、大会議場を後にするのであった。
ベルツシュタイン卿の報告より三日後、早馬により届けられた戦況報告は“影”の報告が全て事実であることを示すものであった。
そして遅れること一日、オーランド王国北西部地域の小領アルバート子爵領より齎されたアスターナ男爵領における広域破壊兵器“精霊砲”の実態は、王家を戦慄させるに余りあるものであった。
恐るべきバルカン帝国の兵器の数々、これまでとは全く変容した戦の在り方、そしてなぜか南西部地域であるアスターナ男爵領での戦いの詳細を知る北西部地域アルバート子爵家の情報収集能力。
国内で強い発言力を持つ大貴族が次々と亡くなり全てが混沌に包まれる中、国王ゾルバは先の見えない国難に難しい舵取りを迫られるのであった。
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「父上、それでは行って参ります」
オーランド王国西部、広大な領地を有しヨークシャー森林国と国境を接するテレンザ侯爵家では、アスターナ男爵領での敗走の疲れを癒す間もなく、嫡子クリネクスが戦況報告の為王都バルセンに向け旅立とうとしていた。
「すまんな、クリネクス。本来であれば王家への報告は当主である私自ら赴かねばならんのだがな」
テレンザ侯爵家当主スコッティー・テレンザは、疲れの色を見せる嫡子に申し訳ないといった思いで言葉を向ける。
「いえ、父上にはロナウドの件がありますので、こればかりは致し方が無いかと」
クリネクスの言葉に難しそうな顔になる両者。
テレンザ侯爵家三男ロナウド・テレンザ、ダイソン公国との戦場に突如現れ、テレンザ侯爵家の軍勢どころか討伐軍後方に控えていた南部諸侯をも救って見せた英雄。
グロリア辺境伯領の避暑地レンドールにいたはずのロナウドがどうしてあの場にいたのか、そして自分たちをあの光から守った巨大なアースウォールを築き上げた土属性魔法使いは一体何者であったのか。
「あの後ダイソン公国軍の追撃が一切無かった事も気にはなりますが、おそらくあの場の状況を一番知っているのはロナウドではないかと。
あの光、ロナウドはバルカン帝国の最新兵器と言っていましたが、何故ロナウドがその事について知っていたのか。
そしてその日のうちに領都ネピアに現れ“コッコ”十数体を貰い受けていった。
我々の知らないところで何かがあったとしか思えない。
そしてそれはダイソン公国との戦乱を止める事の出来る一手になりうるかもしれない。
父上、王家への対応はお任せください。なに、私もここ数年父上の下で勉強させてもらっている身、判断の難しいものは言葉巧みに先延ばしにして父上に丸投げして見せますとも」
そう言い
一つの戦いが終わった。多くの者が亡くなり、多くの物が失われた。
それは信念であり、幻想であり、欲望であり。
だがそれは戦いの一側面であり、ダイソン公国の独立戦争が終わりを見せた訳ではない。
人心は乱れ多くの野盗が街や村を襲う。物流は停滞し、物価は高騰の兆しを見せる。土地を追われた人々、肉親を亡くした遺族、戦争は多くのものを奪い去って行く。
為政者として、オーランド王国西部地域を束ねる長として。
テレンザ侯爵家当主スコッティー・テレンザは、先の見えない未来にギュッと
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora