グロリア辺境伯領領都グルセリア、その一角に佇むまるでお城の様な堅牢な壁に囲まれた建物、領都学園。
そこはグロリア辺境伯領ばかりか周辺各地の貴族子弟や、授けの儀において有用な職業を授かった少年少女たちが通う学び舎。
多くの将来有望な若者が己のスキルを伸ばし切磋琢磨する希望の光である。
“ドガンッ、ドガンドガンドガンドガンドガンドガン”
学園の武術訓練場には、それぞれの得物を手に訓練に励む若者たち。互いに睨みを利かせ、相手の攻撃に備える。
「<シールドバッシュ>」
「<流水制空圏:霞落とし>」
“ドガンッ、バゴンッ”
瞬間の攻防、堅盾士ローズの武技スキル<シールドバッシュ>を長杖で受け流し、返す刀で叩き伏せたケイト。
その激しい攻防と高度な駆け引きに、周囲の生徒は言葉を失う。
「なぁ、ケイトってなんであんなに強いんだ?ローズって言ったらここグロリア辺境伯領領都学園でもベティー・スワイプと双璧をなす最強格の一人だろう?
ケイトって言ったら普段ボーッとしてるか干し肉売ってるところしか知らないんだが?
というか学園内で生徒が行商人みたいなことをしてていいのか?」
「いや、あいつ普通に強いからな?あいつの所のパーティーがおかしなくらい強いから目立たないけど、一年の時は撲殺姫って言われてたくらいだから。闇属性魔導士のくせに獲物のほとんどを撲殺するって意味分からない奴だからな?」
「流石“干し肉の魔導士”の常連、ケイトの事詳しいな。“ツッコミのハリー”の名は伊達じゃないってか?」
「誰が“ツッコミ”だ、誰が。って言うか“ツッコミ”ってあいつが言ってるだけだろうが、大体“ツッコミ”ってなんだよ、言葉の意味が分かんねえよ!」
「おぉ~、これが“ツッコミ”。一を言えば十返してくれるって本当だったんだな。“干し肉の魔導士”が絶賛してたぞ、“バーナード様は素晴らしい配下を持たれていて羨ましい”って。
でも肝心のバーナード様がなぜか苦笑いをなさってるって本当か?」
「だ~、ケイト~、余計なこと言うんじゃね~。俺のヘルマン子爵家での立場が~!!」
先程まで二人の女子生徒の模擬戦に言葉を失っていた生徒たちも、何故か口元をニヤケさせる。
全てのボケを拾い上げる名手“ツッコミのハリー”、本人の意思とは関係なく着実に腕を上げる稀有な存在であった。
――――――――
「ミッキー、ローズ、ベティー、ケイト、聞いて欲しい話があるんだ」
放課後、いつもの様に学園の魔法訓練場に足を運んだケイトは、学園ダンジョン攻略パーティーの火力担当アレンからある提案を聞く事になった。
「冒険者ギルドの登録だと?」
「あぁ、俺たちは冬のマルセル村の訓練で学園生徒としては破格とも言える強さを手に入れてしまった。皆も教諭たちに言われたんじゃないのか?“グロリア辺境伯領が自治領になっていなければ王都の中央学園行きは間違いなかったのに”って。
まぁそれが無くても国内で内戦が起きている今王都行きって話もないとは思うんだけど、少なくともそんな話が出るくらいには俺たちは浮いた存在になっている。
学園に帰ってからは学園ダンジョン探索も隈無く終えてしまったしな。郊外のゴブリンダンジョンが階層変動を起こしてオーク階層が出来たって聞いてたからそっちに挑戦しようとも思ってたんだけど、何故か封鎖されちゃったらしい。
そこでだ、冒険者登録をして雑用経験なんかを積んでおけば今後の為になるんじゃないかと思ったんだがどうだろう?」
アレンの提案、それは初級冒険者が行う街の雑用仕事を通して討伐依頼では培う事の出来ない様々な経験を積んでおこうと言うもの。
学園生徒は学園生の特典で卒業と同時に銀級冒険者として冒険者登録を行う事が出来る。その為冒険者資格を取りたいというだけなら別に今から冒険者ギルドで登録する必要はない。
ただし一般の冒険者が経験することになる細々とした雑用仕事を経験することなく銀級冒険者になってしまう為、いざという時の応用力が弱いと言われている。
「うん、悪くないんじゃないかしら。正直学園での訓練は体術を中心としたものになってしまったし、魔法の訓練なんてほとんど手加減の訓練だったしね。
私たちの事をどこか冷めた目で見てたケイトの気持ちが分かる様になってきたわ」
ベティーは学園の寮で共に暮らすケイトが自身の力を隠し生活していた事、そしてそうせざるを得なかったことを実感として理解する事が出来た。
それ程にマルセル村での普通と学園生徒との間には、隔絶した実力の開きがあったのである。
「よし、それじゃ早速登録に行こう。学園生は生徒手帳を見せればそのまま登録できるらしい、その辺は寮にいる既に冒険者登録を済ませた友達から聞いて来たから確かだと思うぞ?」
そう言い自慢げに胸を張るアレン。
そう、アレンには男子の友達が出来たのである。これまでハーレム野郎と言われていても無自覚に自身の事ではないとスルーしていたアレンは、マルセル村滞在中ケイトにねちっこく弄られた上に村の青年ジミー君に女性パーティーメンバーから向けられていた好意を全て奪われるという経験を経て、自身の在り方とこれからの在り様を真剣に考えた結果、いけ好かないハーレム野郎から気さくな爽やかイケメンにジョブチェンジを果たしていたのである。
「ん、早速向かう。時間は有限」
ケイトは眠そうな顔をしながらパーティーメンバーに移動を促す。マルセル村には冒険者ギルドはなく今後も作る予定はないと聞く。だが“身分証明書代わりになるから持っておいた方がいい”と言う父ザルバの言葉があった為、卒業と同時に登録するつもりではあったのだ。
「それじゃ決まりね、今日は冒険者ギルドで登録、しばらくは街の雑用依頼と学園ダンジョンでの訓練を交互に行うって事で」
パーティーリーダーのベティーの一言で今後の方針が決定した。
そんな中アレンは一人“よし、これで殴られ役の回数が減る!いくらミッキーが直してくれるとは言っても痛いもんは痛いんだよな~。織絹もアレン様の為ですからって容赦ないし!”と、誰にも気が付かれないように小さく拳に力を籠めるのであった。
――――――――
冒険者ギルドグルセリア支部、そこは多くの冒険者が集う喧噪漂う場所。
「なぁ聞いたかよ、ついに守護者シンディー・マルセル様が白金級冒険者になられたってお話」
「聞いた聞いた、なんでも隣国のミゲール王国に渡って“ワイバーンの巣”に挑んだって話だろう?スゲーよな、俺らからしたらワイバーンなんて災害以外の何物でもないのにその巣に挑むなんて。俺なんかワイバーンの咆哮を聞いただけで身が縮こまっちまう自信があるぞ、本当に」
冒険者は噂好きである。それは噂話に含まれる情報が明日の糧に繋がり、自身の命を繋ぐ事に役立つという事を身を以て知っているからである。
「うわ~、ここが領都の冒険者ギルドなんだ。人がいっぱい、村にあったのとは違うんだね」
そんな喧噪漂う冒険者ギルド受付ロビーに、いかにも初めて来たといった雰囲気を醸し出す集団。
「あのねミッキー、村にあったのは冒険者ギルドじゃなくて薬草の買取所だから、皆が勝手に冒険者ギルドって呼んでただけだから。大体冒険者ギルドって大きな街にしかないのよ?
私たちの住んでた村なんかじゃそこまで仕事が無いじゃない、冒険者が仕事にあぶれて大変よ。うちの親がしょっちゅう留守にしてたのは街の冒険者ギルドで仕事していたからなのよ?」
そんないかにも素人丸出しの会話をしていれば、普通であったのなら絡みに行く冒険者の一人や二人現れても不思議ではない。
だが彼らは冒険者たちからの視線は受けるものの、誰一人絡まれる事なく受付カウンターに向かう事が出来た。なぜなら・・・。
「冒険者ギルドグルセリア支部へようこそ。領都学園の生徒さんですね。本日はどういったご用件でしょうか?」
領都学園の生徒は皆統一された制服を着ている。これは魔法防御と防刃効果が付与された一種の魔道具であり、その辺の冒険者が着込む軽鎧よりもよほど防御力のある逸品である。
その上領都学園は基本有用な職業を授かった生徒を集め教育する場であり、その実力は軽く銀級冒険者に匹敵する。しかもそうした有用な職業持ちを取り込もうと、共に机を並べる貴族子弟や有力商人の子女。そんなあからさまの地雷に手を出すほど領都の冒険者たちも馬鹿ではない。
更に言えばそんな道理も分からない様な冒険者は領兵によりきっちり処分される。領都学園の生徒、それは学園を守護するグロリア辺境伯家により保護された者たちなのである。
「はい、私たちも学園二年生です。これから先の将来の為にも冒険者の仕事を通じて世の中を知って行ければと思いまして。
無論旅立ちの儀の前ですので冒険者見習い、街の雑用依頼しか受けれない事は知っています。
まずは街の事を知る事、雑用依頼を通じて人との関わり合い方を学ぶことが冒険者の基本であると教わっていますので」
彼らの代表であるベティーが受付嬢にギルド登録の意思を伝える。ここでベティーがしつこいくらいに街の雑用仕事を強調したのには訳がある。
学園生徒の中には冒険者と言えば魔物の討伐だろうとばかりに冒険者ギルドに無理を言い、問題を起こす生徒が年に数名現れるからだ。
領都学園生徒の中には貴族子弟も含まれており、問題を起こす生徒の多くがそうした貴族階級であることから、冒険者ギルド側としてはそうした良識を弁えているかどうかを警戒しているからである。
「そうですか、それは大変良い心掛けかと思います。冒険者ギルドとしては優秀な生徒さんが冒険者ギルドに加盟して頂けることは大歓迎です。分からない事がありましたら何でも受付カウンターまで相談に来てください。
では登録の為に生徒証明書の提示をお願いします」
受付職員はきちんと道理の分かっている生徒たちであったことに胸を撫で下ろす。面倒なトラブルは無いに越したことはないからであった。
「すまない、冒険者登録を頼みたい。これが教会の鑑定書だ」
それは直ぐ隣の受付カウンターから聞こえた声であった。
どこかで聞いた事のあるような女性の声音に、思わず顔を向けたアレンは驚きに声を上げる。
「えっ、ボビー師匠!?それにディアさん。なんで領都の冒険者ギルドに?」
アレンの声にその場にいたパーティーメンバーが一斉に顔を向ける。そこにいたのはマルセル村で大変世話になった村の剣術指南役にして“剣鬼”の二つ名を持つアルバート子爵家の騎士ボビー・ソードと、その養女ディア・ソードの二人であった。
「うむ?お主らはケイトの学友ではないか、久しいの。と言うかケイトもおるではないか、こんなところで何をやっておるのじゃ?」
学園生徒であるはずのケイトたちの登場に、驚きの声を上げるボビー師匠。
「いえ、俺たちは冒険者登録に。学園のダンジョンはすでに攻略してしまったので少し冒険者としての経験を積んだ方が良いかと。とは言っても街の雑用なんですが、そうした事も勉強になると以前ジェイク君から聞いていたものですから」
「「「ジミー君もそう言ってました」」」
不意にボビー師匠の顔を見たからかジミー信者の一面を見せる三人の少女に、顔を引き攣らせるボビー師匠。
「そ、そうか、それはいい事じゃな。
儂らは娘ディアの旅立ちの儀と冒険者登録にな。銀級冒険者の昇格を迎えるまで、しばらく滞在する予定じゃな。
マルセル村では仕事が無いのでな、領都の方がなにかと都合がよいのじゃよ」
そう言い“カッカッカッ”と笑うボビー師匠に、ケイトが言葉を向ける。
「だったら少し稽古を付けて欲しい。学園の武術教官じゃ不十分」
ケイトの不意の要請に、一瞬思考の遅れるボビー師匠。
「あっ、俺たちからもお願いします。時間がある時だけでも構いませんので、学園には俺たちの方から許可を貰いますので」
「「「「「よろしくお願いします、ボビー師匠!!」」」」」
大きな声を上げ頭を下げるケイトたち。その様子に何事かと冒険者たちの視線が集まる。
「う、うむ、まぁ儂としては問題はないが、学園側の許可が出たらじゃぞ?」
「「「「「ありがとうございます、ボビー師匠!!」」」」」
再び深々と頭を下げるケイトたち。
不意の遭遇、ボビー師匠は“なんでこうなった?”と思いつつ、ポリポリと頬を掻かざるをえないのでした。
本日一話目です。