「結論から言います。オーランド王国北西部貴族連合と南西部貴族連合には、ダイソン公国と不戦条約を結んで貰います。
その条約締結をもってダイソン公国の承認とし、王家に対し三勢力の合同と言う形で終戦と不戦条約の締結を迫ります」
“カチャッ”
ティーカップを置く音が、静まり返った来賓の間に響く。
ケビンは暫く黙ったのち、話の続きを語り出す。
「この提案には複数の意味があります。現在オーランド王国は内戦の影響で物流が混乱、治安は悪化の一途を辿っています。これ以上の戦闘継続は百害あって一利なし。誰にとっても得策ではない。
そして三勢力の協力、これは実質的にオーランド王国の三分の一が独立を果たした事に等しい、これに対し王家並びに各貴族家が異議を申し立てれるのかと言えば難しくなる。
各家は今度の戦争で既に大幅に力を失っている。今攻め込まれる事は避けたいだろうし、仮に対立する事にでもなれば敗北の可能性すらある。
その事を一番よく分かっているのは南部貴族の各家でしょう。彼らは実際戦場で精霊砲の脅威を目の当たりにしているのですから。
そこで彼らにこう提案すればいい、“君たちはどうする?”と。
南部貴族は考えるはずです、あの光を受けるくらいなら寝返ろうと。
そうなればオーランド王国は半分に割れる。
王家も馬鹿ではありません、その様な事態は避けたいはず、なれば各貴族が反対の声を上げようともこの内戦を終わらす方向に動くでしょう。
我々は連合を組んでいるとはいえオーランド王国の貴族であり王家の臣下、独立を果たすのはダイソン公国という今まで見向きもされなかった一部地域に過ぎないのですから」
ケビンの提案、それは王家に終戦を迫るという暴挙。だがそれが決して不可能ではないという事を証明して見せた。
「ただしこの提案には一つ重大な欠点があります。それはこの提案にダイソン公国が乗って来るのかといった点です。
デギン・ダイソン亡き今、あの国の意思決定はバルカン帝国が握っていると言ってもいいでしょう。おそらく後継としては息子であるミネリオ・ダイソンが据えられ実質の主導権は別の人間が握るものかと。こうした事は歴史上往々に見られた事ですから。
ですので交渉によって条約の締結を行うと言った事はしません。
ではどうするのか、アルバート子爵様、マケドニアル様、こんな状況って身に覚えがありませんか?」
そう言いニヤリと悪い笑みを向けるケビンに、“まさかまたあれをやるのか!?”といった驚きの表情になる両者。
「ケビン殿、すまないが私にはその話が良く見えてこない。一体何をしようというのかね?」
すかさず言葉を掛けるテレンザ侯爵に、ケビンは「あぁ、そうですよね」と説明を始める。
「これは昨年の事になります。テレンザ侯爵様も聞いた事があるかもしれませんが、グロリア辺境伯家とランドール侯爵家との間にちょっとした小競り合いがありました。
大地を吹き飛ばす爆薬、人工的に引き起こされるスタンピード、それはまるで今回の戦争の予行演習の様な戦いでした。
その小競り合いにおいてグロリア辺境伯軍は一体何を行ったのか?
もしかしたら聞き及んでいるかもしれません、鬼神ヘンリー、剣鬼ボビーの活躍を。
我々は一切の戦闘を行う事なく、圧倒的な武力を見せ付ける事で戦争を小競り合いに押しとどめる事に成功したのです。
今回はそれを少々変更する事で対応いたします。
その主役になるのがここにおられる御三方です」
ケビンはそう言うやその場にいる三人の若者に目を向ける。
「グロリア辺境伯家の血を引く者、アルバート子爵家長女パトリシア・アルバート嬢。彼女はある意味王都で知らぬ者はいないでしょう、一連の騒動の犠牲者、王都中央学園で婚約破棄を受けた御方ですから。
王家もその事は良く知っている筈、自ら招いた種です、無視は出来ません。
テレンザ侯爵家三男ロナウド・テレンザ様、南西部貴族をまとめるテレンザ侯爵家の血を引く者、その参戦は今度の条約締結に強い意味を持たせます。
元ダイソン侯爵家令嬢アイリス・ダイソン嬢、今回の作戦で最も重要となる人物です。ダイソン侯爵家の正統なる血筋の者の凱旋、アイリス様がいるのといないのとでは条約を受け入れるか否かの成功性が大きく変わります。
彼ら三人にはこの冬一杯ここアルバート子爵領で修行を付けて貰います。
少なくとも石火矢の直撃を受けてもくすぐったいと言えるくらいになって貰わなければ、話になりませんから。
今回のダイソン公国の独立戦争は一つの可能性を示してしまった、それは最新の兵器を用いれば誰でも戦場に立てるというものです。
この流れは非常にまずい、各地に戦乱が勃発する恐れがある。
バルカン帝国が本気で世界を平らげたいのならやり方は簡単、これらの兵器を世界中にばら撒いて世を乱し、そこを一つずつ潰して行けばいい。
兵器と言えども武器には違いありません、その有用性も欠点も熟知した者に敵うはずもない。戦争の形はあっという間に物量戦に様変わりする事でしょう。
なればです、圧倒的個の力を見せつける必要がある。たった一人でランドール侯爵家居城を占拠せしめた鬼神ヘンリーの様な圧倒的な力を、こざかしい兵器など何の意味もなさない、ドラゴンの如き武力を。
そしてそれは、数万という犠牲を払ってでも成し遂げる事の出来なかったダイソン侯爵家居城に詰め寄るという行為は、王家のみならずオーランド王国全土の貴族たちに多大な脅しになる。
“お前たちはどうする?”と。
私がこの三人に求める事はただ一つ、“アルバート子爵家騎士団に加わる事が出来るくらいの武を身に付けよ”という事。
味方の気迫にも耐えられない様では先にも進めませんからね」(ニチャ~)
「「「ヒィッ!」」」
ケビンの浮かべる笑みに、シリアル湖での特訓の日々がフラッシュバックする三人。あの地獄の特訓の日々が、更なる進化を遂げ襲い掛かろうとしていた。
「ですがそれだけでは弱い、マケドニアル閣下、閣下には今一度現役に復帰していただきたい。
次なる舞台はダイソン公国という新興国、宰相に求められる役割は多いかと。ダイソン公国にはマケドニアル様の宰相への就任と、その後継としてアイリス嬢の教育を認めていただきます。
更なる関係の強化という意味では婚姻外交も考えられますが、それはオーランド王国国内が安定してからでいいでしょう。
ダイソン公国が終戦を迎えてしまえばバルカン帝国がダイソン公国に進軍する大義名分が失われてしまいます。その上での進軍となれば今度はオーランド王国、スロバニア王国に開戦の口実を与える事になる。
少なくとも抑止力にはなるでしょう。
そうした意味でもダイソン公国での宰相の役割は大きいのです」
壮大なる計画、その大胆不敵さに言葉を失う面々。
「それに今ならヨークシャー森林国の協力も得られますし?バルカン帝国との戦いなら嬉々として力を貸してくれると思いますよ?」
おまけの様に付け加えられた言葉が、この計画が荒唐無稽のものではない事を物語る。
「あっ、今度の戦いは俺も参加しますね。もうね、面倒事は早く終わらせてコッコ飼育に集中したいんですよ。
春前には終わらせましょうか、畑の作付けがありますし。村人は自由参加で、無理強いはいけませんからね。参加者にはそうだな、甘木汁中樽一つでどうです?アルバート子爵家用に大分いただいたんでしょう?
なんならお貸ししますけど?」
ケビンの言葉に顔を引き攣らせるアルバート子爵。その脳裏に浮かぶのは、背後にオーガを従えたミランダ夫人とデイマリア夫人の姿。
「まぁ、これは一つの提案です。必ずしもこの手段が絶対という訳ではない。ただ一人の英雄だけを立てて事態を終わらせる事は避けた方がいいでしょう、それではその者が恐れられるだけで人々は何も変わらない。
その事はこれ迄の勇者様方が教えてくれている事実ですから。
後は皆様方でよくよく考えてください、特にアイリス様は人生そのものが掛かっていますからね」
ケビンはそう言うや一礼をし、「ロナウド様、コッコたちが待っています、直ぐ行きますよ」と言ってテレンザ侯爵家三男ロナウド・テレンザと共にその場を下がるのであった。
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「ちくしょう、やってらんねえよな。うちの母ちゃん、何て言ったと思う?“食品の価格が上がってるから今月から飲み代を削減します!”だってよ。
そりゃ俺の賃金は高いとは言えねえよ?でも毎日頑張って仕事してんだぜ?俺の唯一の楽しみをよ~」
「分かる分かる、分かるよ。よし、俺んちに行くべ。安酒だけどよ、買い置きがあるんだよ。
居酒屋みてえにうまい摘みはねえけど畑のお肉ピリ辛風味があるんだよ、それで飲み直そうぜ」
夜の喧噪漂う繁華街、世間に暗い雰囲気が漂い始めても、その明かりが消える事は無い。人々は日常の憂さを晴らすかの様に、飲み、騒ぎ、それぞれの目的地へと消えて行く。
そんな繁華街から一本外れた裏通り、その行き止まりにある薄汚れた酒場。そのカウンターでは店主の男がグラスを磨き、薄暗い店内では常連客だろう男たちが酒を酌み交わす。
「やぁマスター、儲かってる?あ、本業の方じゃないよ?この店の話。ここって分り難い場所じゃん?いつ来ても飲んでる人間って配下の者ばっかりだし、経営的にどうかと思って」
ソレはそこにいた。何の兆候もなく、気が付けばそこにいる。
だがその場にいる者は誰もその事に言及しない。ソレが自分たちの手に負える存在ではないという事を、身に染みて理解しているが故に。
「そうだな、酒場の店主としては落第もいい所だろうな。
だがちゃんと仕入れは行ってるし、酒店との取引もある。建前上は立派な酒場って奴だ。潰れないぎりぎりの経営と言ったところではあるがな」
店主はそのナニカに言葉を返すと「摘みだ」と言って小皿によそったオーク肉の角煮を差し出す。
「本当にもったいないよね、マスター料理上手なのに。この角煮なんて最高、配下が店に
マスターの腕は一流、この僕が保証する」
そう言い小皿の角煮を口に運ぶナニカ。ナニカは躊躇しない、この料理に毒が仕込まれていようがナニカには関係が無い。人如きの毒でどうにかなることはないと見せ付けるかのように、小皿に手を伸ばす。
「そう言えばこないだの話、役に立ったよ。調べて貰っていたダイソン侯爵家の諸々のやつ。
人に歴史あり、デギン・ダイソン大公の人生、中々に面白かったしね。
本当惜しい人を亡くしたもんだよ」
ナニカの言葉にピタリと動きを止める店主。
「アンタ、デギン大公をやっちまったのか?」
「ん?そんなことする訳ないじゃん。さっきも言ったでしょ、惜しい人を亡くしたって。
見てて楽しい人をなんで殺すのよ。精霊砲だよ、公国軍から撃たれた広域破壊兵器、数万の兵が一瞬よ?前にヨークシャー森林国のトリニア砦で起きたスタンピードで使われてるところも見て来たけど、本当に凄まじいね、あれ。
人間の発想性と工夫の賜物、感心して見入っちゃったよ。
でもな~、オーガキングは耐えきってたんだよな~。結界を張れば防げるみたいだし、白金級冒険者辺りなら効かない人間もいるかもね。
マスターの所の幹部たちなら余裕かもよ?聞いた話じゃ人間やめてるらしいし、前のここのマスター、顔無しだっけ?あれなんか完全に人間やめてたし」
そう言い肩を竦めるナニカ。そんなユーモラスな仕草にも、“人型の化け物が何を言ってやがる”と言う思いがまさる店主。
「それでさ、今度はバルカン帝国の動きが知りたいんだよね。
本格的な侵攻がいつぐらいになるのかとかさ。
絶対派手な祭りになると思うんだよ、これを見逃す手はないじゃない?」
“ガシャ”
それはテーブルに置かれた革袋の音。ずっしりと重そうなその音は、袋を開けずともその存在感を強く印象付ける。
「詳しくは手配してからになるが、今すぐどうこうと言った事はないだろう。あの国も一枚岩じゃない、互いの足の引っ張り合いなど日常だ。
その中で大きな手柄になりそうなオーランド王国侵攻作戦、取りまとめるだけでも容易じゃないからな。
早くて年明け、遅くとも春前とは読んでいる」
「そう、それじゃ今度は年末くらいに顔を出すよ。それくらいになれば大体の事は分かってるんでしょう?」
「あぁ、それくらい時間を貰えればな。この業界も色々と持ちつ持たれつなんでな」
「ふ~ん、大変なんだね。そうそう、この前干し芋作ったんだ、良かったら食べてよ。これ結構評判良いんだよ?」
ナニカがそう言うやテーブルに現れる干し芋の束。
「へ~、珍しく普通だな。アンタもこんなもの・・・いなくなっちまったよ。まぁいい、後で炙って食べるか。
欲しい奴・・・お前ら最近やけにフロア係に参加したがってたのはアレの土産物目当てだなんて言わないよな?」
そこには干し芋を分けてもらう為に列を作る配下たち。
グロリア辺境伯領グルセリアの闇、暗殺者ギルド。
そこでは裏社会の男たちが、人知れず裏家業に手を染めている。
「おっ、この干し芋旨いな。今夜はこれを肴に一杯引っ掛けるか」
そんな組織を束ねるギルドマスターは、今日も無事に生き残れたことに、深い安堵のため息を漏らすのだった。
本日一話目です。