ダイソン侯爵家がその周辺貴族と共にダイソン公国としての独立を宣言したのは春の事、それから半年余りの月日が過ぎたが、事態の終息には至らなかった。
リットン侯爵の戦死に始まり、バルーセン公爵、シュティンガー侯爵と次々に届く大物貴族戦死の知らせは、王都住民の心に暗い影を落とすに十分なものであった。
万を超える将兵の戦死、ほぼ壊滅状態となった王国貴族軍。
人々の不安は情勢の悪化を呼び、物価の高騰、治安の悪化という結果を招くに至る。
各貴族家では失われた当主や嫡子に代わる後継者問題に揺れ、オーランド王国の
オーランド王国貴族軍とダイソン公国軍とのにらみ合いは、その後も続いていた。だが貴族軍には既にダイソン公国に乗り込むだけの余力はなく、ダイソン公国側も将兵の数といった関係上オーランド王国側に攻め込むほどの力はない。故に戦局は膠着状態に陥る事となっていた。
王都バルセンに聳える王城では、多くの文官が各地から飛び込む報告に頭を悩ませていた。
今回の戦いにおいて多くの将兵を失った各貴族家では、領内の治安維持を名目に兵力の増強が行われた。そうした兵士たちは領内からの徴兵により賄われ、その結果領内の農村部における働き手不足が発生する事となった。立ち枯れる作物、収穫する事も困難になり折角の実りを散らす事になった小麦など、混乱は各地の収量減少という形で如実に現れる事となる。
「天候不順による凶作と言う訳でもないのにこれとは」
執務室にて机に積まれた書類と格闘しながら、ヘルザー宰相はそんな呟きを漏らす。オーランド王国有数の穀倉地帯と謳われるバルーセン公爵領、その豊穣の地ですら収量減少を免れないという報告は、現状がいかに危険な状況であるのかを物語っていた。
“このままでは国内の混乱はさらに悪化する”
未だ事態は混迷に包まれているものの、内政を司る者として戦争ばかりにかまけている訳には行かない。
国民の生活があってこその国であり、貴族である。その頂点たる王家を支え共に歩む宰相ヘルザーに、執務を休むという
“コンコンコン”
「失礼いたします。宰相閣下に申し上げます。ベルツシュタイン卿が面会を求められておりますがいかがいたしましょうか?」
ベルツシュタイン卿、この戦時においてその名が挙がった時どれ程の報告がなされる事か。ヘルザー宰相は執務室内の文官たちに指示を出し、部屋を下がらせる。そんな彼らと入れ替わる様に入室して来たベルツシュタイン卿の表情は、いつもの人を食った様な飄々としたものではなく、どこか真剣さを帯びたもの。
「ベルツシュタイン卿、卿がここに来たという事はダイソン公国に何か動きがあったという事か?緊急と言った話ではない事からバルカン帝国が侵攻して来たといったものではないと思うが、陛下には報告せねばなるまい。陛下の下で話を聞く事としようか」
そう言い席を立つヘルザー宰相を、「今しばらくお待ちを」と言い手で制するベルツシュタイン卿。
「ヘルザー宰相閣下、閣下の仰せられる通りこの話はバルカン帝国軍が侵攻して来たといった緊急性を擁するものではありません。ただし、話の持って行き方を間違えれば国を割る事態に発展しかねない大事、陛下にご報告申し上げるのは一度宰相閣下と話を詰めた後にした方がよろしいかと思い参上した次第。
まずは私の報告をお聞きいただけませんでしょうか?」
その普段見る事の出来ない様な真剣な態度に事態の深刻さを察したヘルザー宰相は、ベルツシュタイン卿に着座を勧めると、自身もソファーに座り話の続きを促すのだった。
「これは北西部貴族連合の動向を探るため派遣していた耳目が、緊急の報告として直接持ち込んだものです。内容が内容であった為その報告を齎した者を同行させていますが、入室させてもよろしいでしょうか?」
「構わない、先ずはその話の内容が知りたい」
ヘルザー宰相の許可により執務室に入って来た者は一人のメイド、その自然な立ち居振る舞いから彼女の耳目としての優秀さが伺える。
「この者はアルバート子爵家に派遣しているメイドでガーネットと名乗っております。ガーネット、お前がその目で見、その耳で聞いた事を報告せよ」
「はい、“影”が“目”、現在はガーネットと名乗っています。
既にケビン・ドラゴンロードにより齎された精霊砲並びにアスターナ男爵領における戦いの詳細はご報告させていただいておりますが、これから申し上げるのはその続報となるものです。
先ずはこちらの報告書をご覧ください」
そう言い手渡されたものは「アルバート子爵家会談における提案の詳細」と題された分厚い報告書であった。
ヘルザー宰相はその報告書を数ページ捲り動きを止める。
「ガーネットとやら、この報告書に書かれている事は全て事実であるのか?いや、耳目が嘘の報告を上げていると疑っての発言ではない、ただ内容が内容なだけに事実確認を行っていると思って欲しい」
「ハッ、宰相閣下のお疑いのお気持ちはよく分かります。私自身、アルバート子爵家に派遣されて以来そうした気持ちを何度も持ちましたので。
これは“影”の“目”としては失格もいいところなのですが、あの土地はそういう場所であるとご理解いただければ幸いでございます。
先ず報告書にも記しました通り、現在アルバート子爵家にはグロリア辺境伯家次女デイマリア様が第二夫人として嫁がれております。これはアルバート子爵家の特殊性から考えると英断であったかと推察いたします。
グロリア辺境伯家は先のランドール侯爵家との衝突を受け王家とは距離を置き自治領を宣言した家、今回の内戦を受け自領の戦力強化を図るのは当然のこと。
一騎当千のアルバート子爵家騎士団を擁するアルバート子爵家と深い結び付きを取る事は、両家にとって互いに利益のある話です。
この婚姻は北西部貴族連合の盟主となったグロリア辺境伯家に武力という確かな裏付けを与える事になった。
そしてそれは想定とは違った形でグロリア辺境伯家に寄与する事となります。ヨークシャー森林国で起きたバルカン帝国による呪病の拡散は、ヨークシャー森林国を壊滅一歩手前にまで追い込みました。
そしてそれはグロリア辺境伯家にとって大きな痛手となる出来事であった。
既にヨークシャー森林国に送られた耳目よりの報告でご存じかも知れませんが、彼の国を救った救世主精霊使いビーン・メイプル、その者の正体はアルバート子爵家騎士ケビン・ドラゴンロード本人に間違いありません。
彼にヨークシャー森林国の呪病解決を頼んだマケドニアル卿も、まさかこのような事態になるとは思いもよらなかったものと思われます。アルバート子爵様と共に頭を抱えられておられましたから。
ですが結果だけを見ればケビン・ドラゴンロードの活躍がグロリア辺境伯家に齎した利益は計り知れません。ヨークシャー森林国とグロリア辺境伯家はこれ迄以上により密接な関係を結ぶ事が出来た。それこそ有事の際にはグロリア辺境伯家の為にヨークシャー森林国の軍が動くほどに。
そして先のアスターナ男爵領での王国貴族軍の敗北、報告書にも上げましたが、デギン大公はオーランド王国との終戦を望んでいた。そしてその為の交渉の場に着く考えもあったのでしょう。
ですがそれはバルカン帝国の思惑により光の爆発と共に消え去ってしまった。
被害はバルーセン公爵、シュティンガー侯爵と言った中央貴族に
その被害を半分に抑え込んだのもケビン・ドラゴンロードです」
ガーネットはそこで一度言葉を切る。それはまるでここまでの話が前提条件であると言わんばかりに、ヘルザー宰相の目をジッと見詰めたまま。
「アルバート子爵家で行われた秋の収穫祭にマケドニアル卿とテレンザ侯爵閣下が訪れたのは偶然であり必然でした。
マケドニアル卿がヨークシャー森林国へ向かったのは二カ月ほど前、マケドニアル卿はいつ戻られてもおかしくない状況であった。
テレンザ侯爵家からの使者がアルバート子爵家に訪れる事は予めケビン・ドラゴンロードよりロナウド・テレンザ様の言葉として伝えられていた。テレンザ侯爵閣下ご本人がお越しになるとは予想付きませんでしたが、いずれにしろテレンザ侯爵家に連なる者の訪れは必定でした。
そしてケビン・ドラゴンロードが行った南西部貴族連合と北西部貴族連合、そしてダイソン公国とで条約を結び王家に終戦を求めるという提案は、現状最も被害の少ない状態での終戦の形であると言わざるをえません。
スコッティー・テレンザ侯爵閣下とマケドニアル・グロリア卿は協議の末この提案を承諾、それぞれの勢力に戻りそのとりまとめを行っているものと思われます」
そこまで語り、一歩後ろに下がるガーネット。そんな耳目の報告に、ヘルザー宰相は未だ信じられないと言った顔を向ける。
「ヘルザー宰相閣下のお気持ちは分かります。私もガーネットよりこの報告を受けた時、こんな事が実現可能なのかと我が耳を疑いましたから。
ですがそれはこれ迄耳目が上げて来た、アルバート子爵家騎士団とケビン・ドラゴンロードの実績が裏付けとなっています。
たった二人でランドール侯爵家居城を制圧せしめた鬼神ヘンリーと剣鬼ボビー、五騎でスタンピードを鎮静化させたアルバート子爵家騎士団、ヨークシャー森林国で起こった呪病と言う厄災を解決に導き戦場では精霊砲の脅威から万の将兵を救ったケビン・ドラゴンロード。
そのケビン・ドラゴンロードが春の作付け前には戦争を終わらせると宣言した以上、それは成されるでしょう。それがどういった形で成されるのかは我々“影”でも皆目見当が付きませんが、報告書に書かれた通り三勢力の連合体が結成される事は確定的と言えます。
問題はその後、北西部貴族連合と南西部貴族連合、ダイソン公国の不戦条約が締結した後です。
彼らが突き付けるであろう不戦条約とダイソン公国の承認を、王家がすんなり飲むのかどうか。何も知らない状態であればそれは無理でしょう、オーランド王国を率いる者としての王家の誇りがそれを許さない。結果何が起こるのかと言えば国を二分する内戦です。
南部貴族たちが連合からの要請に従い相手方に付くのは明白、誰も光の渦で一掃などされたくはない。であればダイソン公国の有する精霊砲が王都に照準を合わせる事を止める事の出来る者はいない。そればかりかランドール侯爵家居城で起きた蹂躙劇が、この王城で再現されるかもしれない。
彼らにオーランド王国を乗っ取る意志はない、彼らは己を守りたい、ただそれだけなのです。
ですが時は待ってはくれない。事はバルカン帝国の侵攻作戦が始まる前に済まさなければならない。
そのギリギリが、おそらく春前と言う事なのでしょう」
ベルツシュタイン卿はそこで言葉を切るとジッとヘルザー宰相の目を見詰める。それは言外に決断を求めるもの。
「我らオーランド王国は多くの痛みを覚えた。この報告書にあるシオン・ダイソン侯爵の死亡と後継者の選定における王家の横槍、小さな綻びから始まった大きな誤算。我々は一度原点に立ち戻らねばならないのかもしれないな。
ベルツシュタイン卿、陛下の下に向かう。卿にも付き合って貰う。
暫く帰れんとは思うが王家存続の為だ、卿に異論はあるまい?」
「もとより。ベルツシュタイン伯爵家は王家の影、剣にして盾。王家の為に動く事こそベルツシュタイン家の誇りですから」
男達は立つ、互いの信念の元に。
耳目により王家に齎された情報は、オーランド王国に新たな歴史を刻もうとしているのであった。
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora