季節は巡る。秋の収穫祭が過ぎ、畑の整備作業の終わったマルセル村では村人たちが冬籠もりの準備に忙しなく動いている。
辺境の冬は厳しい、身も凍るような寒さはこの地が“オーランド王国の最果て”であると魂に刻み付ける。
そんな冬を乗り切る為、春に生きていてよかったと喜び合う為に、この時期の準備がとても大切なのだ。
「ケビン、薪になる木が足りん。あと十本ほど取って来てくれ」
「了解~。それじゃ今持って来た分の枝落としをお願い~」
“ドサドサドサ”
まぁそんな事は俺が小さかった頃の話、今じゃ村人全員が<魔力纏い>と<覇気>を習得してるから寒さなんてへっちゃらなんだけどね。
薪だってケビンお兄ちゃんが魔の森で伐採して来た樹木を健康広場で加工して各家の庭先に積み上げてあるし、既に来年の冬用の薪も準備されているんだとか。それじゃなんで薪作りなんかやってるのかと言えば、今回村にやって来た難民や、アルバート子爵邸建設の為に村で寝泊まりして作業している石工さんたちの為らしい。
「今後新しい移住者が来た時の為にも出来る備えはやっておきましょう」
アルバート子爵様の号令の下、出来る備えはして行くというのがマルセル村の方針なんだとか。
その意見には俺も賛成、急にやれって言われても出来ない事の方が多いしね。剣の修行とか、魔法の修行とか、魔物との対戦とか!!
ケビンお兄ちゃん、「ジミーがいなくて物足りないだろうから」とか言って対大福戦に緑と黄色を参戦させるのはどうかと思うんだけど!?
俺たち大福一体にも苦戦してるのよ、そこに地這龍二体の参戦って、俺たち死んじゃうよ?
戦力だってジミーとディアが抜けて三人なのよ?努力と根性でどうにかしろって言われても~。
そんな俺の嘆きも空しく、ケビンお兄ちゃんの
「ジェイク君、エミリーちゃん、フィリーちゃん。君たちも知っての通り、今回マルセル村でテレンザ侯爵家三男ロナウド・テレンザ様とダイソン公国アイリス・ダイソン嬢をお預かりする事になりました。
このお二方にはパトリシアお嬢様と共に覇気耐性訓練を積んでもらう事になっています。
それでジェイク君たちにはその手伝いとして鬼神ヘンリーと模擬戦形式の訓練を積んでもらう事といたしました」
“パチパチパチパチ”
何故か一人嬉し気に拍手をするケビンお兄ちゃん。
えっとそれは一体どういった事でございましょう?俺は首を傾げながらケビンお兄ちゃんに問い質す。
「ん?そんなに難しい事じゃないよ。我が家のオーガ、ヘンリーお父様と模擬戦をして貰うだけだから。ただちょっと手加減が緩くなるだけだって。
ヘンリーお父さんにはジミーと模擬戦をする時くらいの感じでお願いって言ってあるから、そのつもりで挑んでみてね。
ジェイク君たちも暗黒大陸に武者修行に行ってるジミーに負けない様にって頑張ってるんでしょう?だったら鬼神ごときに気後れなんてしてられないよね♪」
そう言いにこやかな笑みを見せるケビンお兄ちゃん。
確かにジミーが普段行っていた訓練を熟せないでどうすると言った気持ちはある。ジミーは更に先に行くと言って暗黒大陸の武者修行に出掛けたんだから。
「分かったよ、ケビンお兄ちゃん。俺たち、ジミーに情けない姿なんて見せたくないんだ。ヘンリー師匠との模擬戦、よろしくお願いします」
「「よろしくお願いします」」
全員でケビンお兄ちゃんに頭を下げる。それは決意、親友と交わした約束を俺たちは忘れやしない。
そんな俺たちの態度にケビンお兄ちゃんは「うん、いい決意だね。それじゃまた後でね」と言って、嬉しそうに微笑むのでした。
「ロナウド、どうした?なんか疲れ切ってないか?」
久々に見たロナウドはどこか悲壮感すら漂う虚ろな表情で、呆然と空を眺めていた。
「ん?あ、あぁ、ジェイクか久し振りだな。と言っても収穫祭からだからそれ程でもないのか。なんにしても元気そうで何よりだ」
そう言い弱々しく笑うロナウド。ロナウド、お前に一体何があったし!?
「おっ、ちゃんと集まってるね、感心感心。
さて、英雄様候補生の諸君、今日の訓練だが・・・」
「「「ヒィッ!」」」
やって来たケビンお兄ちゃんの言葉に短く悲鳴を上げるロナウドたち。
自身の身を抱き締め、「魔力枯渇空間でグラスウルフに追い掛けられるのはイヤだ、痛いのは勘弁してくれ!!」とかブツブツ呟いています。
ってケビンお兄ちゃん、ロナウドたちに一体何をやらせてるのさ!?
ロナウドの奴、完全にトラウマ抱えちゃってるじゃん!!
「あ~、英雄候補生の諸君に朗報です。今日の訓練は基本見学です。君たちにはこれから鬼神ヘンリーとマルセル村若者軍団との模擬戦を見て貰います。
但し彼らの模擬戦は中々激しいものがあります。油断してボーっとしてると巻き込まれてしまいますので、気を確り持ってよく勉強してください。
ジェイク君たちはこれ迄散々大福と戦って来たし実戦経験もあるから大丈夫だと思うけど、鬼神ヘンリーの殺気は半端ないからね?自分を見失わない様に頑張って」
ケビンお兄ちゃんから掛けられた注意事項、なんか目茶苦茶物騒なんですけど?
「ケビン、待たせたな。訓練には付き合うが約束は守って貰うぞ?」
現れたのは壮年の偉丈夫ヘンリー師匠。覇気は抑えているんでしょうけど、その存在感、まさに鬼神の如しって感じです。
「分かってますっての、でもそれはジェイク君たちの訓練が終わってからですから。でも訓練ですからね、ちゃんと指導してくださいよ?
なお得物は木刀です。ジェイク君たちが慣れてきたら木剣にしますんで、よろしくお願いしますよ?」
そう言い普段ボビー師匠が指導で使っている様な木刀を手渡すケビンお兄ちゃん。
“ビュンッ、ビュンッ”
木刀を軽く振り、「軽いな」と呟くヘンリー師匠。その木刀、ヘンリー師匠が振るうと小枝にしか見えないんですけど。
俺たち、生き残れるのかな。
「それじゃ軽く打ち合ってみようか。好きに掛かって来い」
そう言い構えるでもなくこちらに視線を送るヘンリー師匠。だがその佇まいからは一切の隙を伺う事が出来ない。
「敵は格上人型剣士、これより討伐を開始する。
俺とエミリーは遊撃、連携して敵を削る。フィリーは回復と指示出し、敵の攻撃を一番に受けることが予想される、防御と受け流しに集中しろ」
「「了解!!」」
今自分たちに出来る事、ジミー、俺たちも戦ってるぞ。
俺は遥か暗黒大陸で戦う親友の姿を思い浮かべ、自身に気合を入れ直すのでした。
――――――――――――
“ドガドガドガドガ”
「エミリー、スイッチ。大きいのをぶち込め!」
「イヤーーー!!」
“ドゴーーーン”
「ジェイク、エミリー、防がれました。大きいの来ます!!」
「防御姿勢!!」
「ウォーーー、<龍牙一刀>!」
“ドゴーーーーン”
ジェイク君たち若者軍団と父ヘンリーとの模擬戦。
これ、思ってた以上にいい感じじゃね?ジェイク君たちもボビー師匠やグルゴさんと言った強者との模擬戦で対人戦は慣れてるんだろうけど、父ヘンリーは頭おかしいレベルで強いからな~。さっきから徐々に覇気の圧力を上げて来てるし、その分攻撃力が上がってるんだけど、ジェイク君たち確り対応し切ってるよね。
流石大福本体ヒドラ四つ首達成者たち、半端ないわ~。
ジミーが武者修行に出掛けてから一つ首から再挑戦しての四つ首だからね、確りジェイク君たちの実力です。
でも今は盾役のディアさんが領都に銀級冒険者資格を取りに行ってるのでヒドラに挑戦はお休み、以前の大福ノーマルタイプ(デカスライムバージョン)に戻して訓練してたんだけど、なんか物足りなさげだったんで緑と黄色を参戦させてみました。
うん、俺って気遣いの出来るお兄ちゃんだよね、訓練がただの作業にならない様に適度にハードルを上げて行く、これって重要だもんね。
ジェイク君たちの仕上がり次第で魔法戦も解禁してあげよう、その方が緑や黄色も喜ぶしね。
「ハハハハッ、ジェイク君、エミリーちゃん、フィリーちゃん、君たちもここまで強くなっていたのか。おじさんは嬉しいよ。
君たちの強さなら、ある程度本気を出しても大丈夫そうだな」(ニチャ~)
“ゴフッ”
膨れ上がる覇気、ジェイク君たちは一瞬たじろぐも、互いにハンドサインを送り同じく覇気を高めて対抗する。
鬼神ヘンリーの覇気が抗い難い津波だとすれば、ジェイク君たちの覇気は鍛え抜かれた鋼。その荒波の中でも確り己を主張し抗い続ける。
「エミリー、同時に仕掛ける!」
「「<一閃>」」
「<双龍牙>!」
“ドガーーーン”
「「「うわ~~~!!」」」
若者軍団の連携攻撃に対し、一刀しか持たない筈の鬼神による<双龍牙>。その動きはまるで大剣の双剣を幻視させるようなもの。
そして現象は発現される。
鬼神により撃ち出された<双龍牙>の波動がジェイク、エミリーの<一閃>と激突。結果力負けした若者軍団たちが三人そろって吹き飛ばされる事となったのである。
う~ん、中々見ごたえのある素晴らしい戦い、お兄ちゃんは大満足です。
で、肝心の英雄様候補生たちはと言うと。
「「「ゼーッ、ゼーッ、ゼーッ」」」
息も絶え絶えでありますって言うね。
なぜこのような事になっているのかと言えば答えは簡単、鬼神ヘンリーの覇気に当てられたからですね。
この御方、無駄に覇気が溢れ返ってるんで、周囲に対する影響がですね~。
しかもジェイク君たちとの模擬戦でテンションが上がりまくってるもんだから殺気がスゲーの。ジェイク君たちは自身に覇気を纏う様にして防いでいたみたいだけど、英雄様方はまだその技術が無いから。
ロナウド様とアイリス様はそもそも覇気を身に付けてないし、パトリシアお嬢様も戦闘系の覇気は知らないし?
でも覇気と覇気とのぶつかり合いって、戦場だと時々見られる光景なんだそうです。アスターナ男爵領での戦闘では、そんな暇なく遠距離攻撃で終わってたみたいですが。
個人の技量よりも只管な物量、戦場のロマンなんて皆無ですね、折角のファンタジーなのに夢もへったくれも無いって言うね。
まぁ今度の戦ではそのファンタジーに原点回帰して貰うんですけどね、その為にはロマンに耐えられるようになっていただかねばなりません。
「ほ~ら、確りしろ~。ただ見学してるだけだぞ~、ジェイク君たちみたいに戦ってる訳じゃないんだから、ちゃんと見ておけ~」
そういい三人に酔い止め薬を飲ませて行く俺氏。完全には良くなりませんが、結構楽になるそうです。(マルコお爺さん体験レポート)
「ほらケビン、約束だ。次はお前の番だぞ」
「分かってるって。それじゃ三人ともちゃんと見ておくんだぞ?
ラビット流格闘術中伝ケビン・ドラゴンロード、お相手申す!!」
“バッ、ダダダダダダダダダダ”
打ち付けられる木刀、だがケビンはそれを足技で打ち返す。
「ケビン、木剣だ、木剣を寄越せ!!」
「へいへい、御随意に~」
収納の腕輪から取り出された二振りの大剣の木剣。ヘンリーはその振りを確かめると、ニヤリと笑みを浮かべる。
途端膨れ上がる力の奔流、それは殺気とも狂喜とも取れる感情の爆発。
「さぁケビン、親子の交流と行こうじゃないか」
「ウッ、俺こんな殺伐とした親子の交流って嫌なんですけど」
「そう寂しい事を言うな、折角の機会、心行くまで語り合おう」
「お父様の言う語り合うって、“切り結ぶ”じゃないですか、どこまで修羅なんですか、本物のオーガでももっと愛情豊かですよ、多分」
「アッハッハッハッ、行くぞ、<双剣乱舞>!」
「殺気全開で喜ぶな~!<重撃連脚>」
“ドガドガドガドガドガドガドガドガ”
大地が裂ける様な打撃音、一打一打が必殺の一撃。両者が発する覇気は大気を揺らし風を巻き上げる。
ロナウドは思う、“これが強者の語らい、これが鬼神ヘンリーと理不尽ケビンとの戦い”と。
アイリスは思う、“これは私がキャスパーお兄様の目指した道に至る為に必要な試練。キャスパーお兄様、アイリスに力を貸して!!”と。
パトリシアは思う、“そりゃ私がケビンに甘えて無理ばっかり押し付けたのは分かるわよ?でもこれは厳しくない?アイリスは友人よ、友人の為には出来る限りの事はしたいと思ってはいるけど、流石に・・・。
ケビンの鬼畜~!!”と。
グロリア辺境伯家の思惑、テレンザ侯爵家の望み、ダイソン公国の野望、王家の考え、バルカン帝国の覇道。いつの時代も若者たちは時代の荒波に飲まれ、そして漂う。それはまるで嵐の中の一艘の小舟の様に、ただ必死に抗う事しか出来ないのであった。
本日一話目です。