「こんっちは~、親父さんいますか~」
カンカンと店の中にまで響く金槌を振るう音、職人街ならではの喧騒と雰囲気に何かワクワクと言った気分になるのは男の子なら仕方のない事だろう。
「はいよ~、ちょっと待ってくれ」
店の奥の工房から聞こえる返事、のそのそした動きで前掛けエプロンをしたいかにも職人といった雰囲気を纏った男性が顔を見せる。
「親父さん、お久し振りです」
「ん?どちら様・・・おぉ、お前さんはあんときのオーガの息子、随分と大きくなったな、それに立派な格好をして。パッと見分からなかったぞ」
そう言い俺の肩をパンパン叩く親父さん。
“随分と大きくなった”、“パッと見分からなかった”
その言葉が俺の脳内をリフレインする。そう、俺は親父さんから見てもすっかり青年。他人から言われる事で改めて自覚するそのあたり前に、感動に打ち震える俺氏。
団子先生、団子先生の作って下さったホーンラビットの角から作ったカルシウム丸薬、無駄じゃありませんでした。俺は確り青年と見られる様になりました。俺が小さいんじゃない、周りが大き過ぎるだけだって事が証明されました!!
俺は親父さんの言葉に自身を縛り付けていた呪縛が崩れ落ちるのを感じる。俺はチビなんかじゃない、小柄でもない、周りの連中がデカいだけ。
他人と比較して、上ばかりを見てなんになる。
俺は俺、ケビン・ドラゴンロードなんだと。
「おいリトルオーガ、何を感動に浸ってるかは分からんが帰って来い、連れの方々が困ってらっしゃるぞ」
「はっ、これは失礼しました。ちょっと人生について思いを馳せていたものですから。今日はこの連れの防具の注文をしたくてお伺いしたんですよ」
そう言い俺は後ろに並ぶ三人を紹介する。
ここはグロリア辺境伯領領都グルセリアに工房を構える武器装具工房ヘンドリック武具店。以前黒鴉に素晴らしい鞘を用意して下さった名工の工房である。
「ちょっと待てリトルオーガ、そちらの御三方って見るからに高貴な御方って雰囲気を醸し出してるんだが?それと右端の御令嬢は以前お見かけした事のあるグロリア辺境伯様の御孫様のパトリシア様によく似てらっしゃるんだが?」
そう言いややたじろぎの姿勢を見せる親父さん。うん、流石は領都に長年工房を構えるヘンドリック武具店の工房主、その目は確かな様です。
「おぉ、流石は親父さん、鋭い。親父さんも噂では知ってると思うけど、パトリシアお嬢様のお母様、デイマリア様がアルバート子爵様と再婚なさってね。今はパトリシア・アルバート子爵令嬢におなりあそばされまして。
で、知っての通りおらっちのお父上は“笑うオーガ”、今じゃ“鬼神ヘンリー”の方が通りがいいかな?
例のアルバート子爵家騎士団の一員って訳ですよ。まぁそんな関係でおらっちも無理やり、無理やり、騎士団に入れられちゃったって訳です。
聞いてよ親父さん、酷いのよ?ある日行き成りアルバート子爵様が家に来て、“君、今からアルバート子爵家の騎士だから。これ任命書ね”って有り得ないから、有り得ないよね?本人の意思確認なんて一切なしよ?
俺は調薬と農業の兼業農家になるはずだったのに~!!」
「どうどう、落ち着けリトルオーガ、話は分かったから今日ここに来た用件を言え」
親父さんは慰めるでもなく話を進めます。もっと優しくしてくれてもいいのよ?ぐすん。
「オホンッ、え~、今日ここに来た要件はこの三人の防具鎧一式を作って貰う為ですね。素材はこの魔鉄のインゴットとキャタピラーの攻撃糸繊維を基にですね~」
俺はそう言うと収納の腕輪から作り置きしておいたなんちゃって魔鉄のインゴットと紬の眷属たちが作った攻撃糸繊維の紬糸、布地等を取り出すのでした。
「わっ、ちょっと待て、リトルオーガ、お前さん今この品をどこから出した!?突然現れたんだが収納のスキルか何かなのか?」
「ん?あぁ、これ?何か三百年前の大賢者シルビア・マリーゴールド様がお作りになったって言われている収納の腕輪っていう魔道具。凄いよね、腕輪なのに収納ってどうやって仕舞うのって思うじゃん?手で触れれば仕舞えるし、何が仕舞ってあるのかも何となく頭で分かっちゃうの。
何か大森林の中層にお墓があったみたいで、そこで大賢者様の亡霊さんにいただきました。
おらっち蜂蜜が欲しくてフォレストビーを探しに行っただけなのよ?何で大森林のしかも中層に行く羽目になったんだか、やっぱりマルセル村って“オーランド王国の最果て”って言われてるだけあるわ。おらっちの家から大森林迄直ぐよ?お散歩感覚で行けちゃうって意味解らないから」
そう言い肩を竦める俺に、口をポカンと開いたまま固まる親父さん。
お~い、親父さーん、俺の事はいいから三人の事をお願い出来ない?
「あ、あぁ、すまん。あまりの話に気が動転しちまった。それでこの三人だがどう言った装備がいいんだ?」
「うんとね、いかにも英雄って感じでお願い出来る?見た目重視、機能性があれば尚良し。時代を切り開く若き指導者、この戦乱を治める英雄、誰しもが分かり易く期待を寄せてしまう、そんな装備にして欲しいんだよね」
俺の説明にキョトンとした顔をする親父さん。
「はぁ~!?何言ってんだお前?ここは装具屋だぞ?演劇の道具を作ってるって訳じゃないんだぞ?」
「いや、分かってるって。演劇の小道具じゃダメなんだよ、ちゃんと本物じゃないと。その為のこの素材なんだから。
ここだけの話、ダイソン公国とオーランド王国の戦いを終息させる為に必要になっちゃってさ。ただの装具ならマルセル村で作った物でもどうにか誤魔化せるんだけど、多くの民衆から支持される様になるには見た目って重要じゃない?民衆の支持は終戦の機運に繋がる、見た目も立派な武器になり得るんだよ。
だからここは本物の名工の力を貸して欲しいんだ。親父さん、お願いします、アルバート子爵家騎士団騎士ケビン・ドラゴンロードに力を貸してください」
俺はそう言うと深々と頭を下げる。
そんな俺の動きに合わせる様に、後ろに控える三人も頭を下げる。
「わっ、分かった分かった、頭を上げてくれ。騎士様が名乗りを上げられたうえに頭を下げたとあっちゃ、こちとらも無下には出来ねえっての。
それでその英雄様衣装だが、何かほかに注文はあるのか?」
「おぉ~、流石親父さん、話が分かる。それぞれの衣装の色ですが、やはり人目を惹くようにですね・・・。それとマントを付けてですね、大きく紋章を・・・」
「ブフォッ、お前、これ、グロリア辺境伯家の紋章じゃねえか!流石に不味いだろう。それとこっちはテレンザ侯爵家って。で、こっちは・・・どこかで見た事があるような・・・」
腕組みをしながら何やら考え込む親父さん。
「これは今話題のダイソン公国の前身、ダイソン侯爵家の紋章だね。
それと親父さんが見た事あるってのは多分少し前にエルセル方面で話題になってた“赤鷲”が掲げてた旗の紋章に似てるからだね。
関係があるのかどうかは知らないんだけどね」
「あぁ、どこかで見た事あると思ったらあれか、思い出したわ。
まぁこっちも仕事だ、本音を言えばここの所不景気でな、大きな仕事は有り難い」
「それじゃ親父さんの知り合いにも声掛けして貰っていいんで、最高の武具を作って下さい。腰の物はこっちのロナウド様がロングソードでパトリシアお嬢様がサーベル、アイリス嬢がロングソードを予定しています」
俺がそう言うと三人の体型を繫々と眺める親父さん。
「そっちのロナウド様ってのは体格も確りしてるしロングソードでいいだろう。パトリシアお嬢様のサーベルって選択肢も悪くない。
だがアイリス嬢だったか?彼女にはパトリシアお嬢様と同じサーベルの方が良くないか?筋力もそうだがバランス的にもその方が合ってると思うんだが」
それぞれの体型に合った武器と言うものは存在する。スキルありきの世界では筋力を無視したような武器選びはまま見られる事だが、取り回しという一点から言えば、体型に合った武器選びが明暗を分けるという事を熟練の職人は熟知しているのだろう。
「まぁその点は親父さんの言う通りなんだけど、ちょっと事情があってね」
俺はそう言うと収納の腕輪から預かっていた一振りのロングソードを取り出す。それは柄の最後に紋章の刻まれた物。
「代々の嫡子が受け継ぐダイソン侯爵家の家宝の品。このロングソードが正当な血と共に凱旋する事に意味があるんだよ。
俺たちは必ずこの戦争を終わらせる。親父さん、協力してくれないか?」
差し出したロングソード、親父さんはそれを引き抜き鋭い視線で眺めた後、「これは一度研ぎ直した方がいいな」と呟くのだった。
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「いや~、親父さんが引き受けてくれて助かったわ~」
俺たちはヘンドリック武具店で武具一式の作製依頼を済ませた後、領都内のこじゃれた食堂で食事を行っていた。
何でまたわざわざ領都の武具工房まで足を運んだのかと言えば答えは簡単、マルセル村じゃ誰しもが目を引かれるようなお洒落で格好のいい武具なんか作れないから。
だってマルコお爺さんって魔道具職人だし、ベネットお婆さんも裁縫師よ?畑違いもいいところなのよ?
前回のランドール侯爵領遠征の時は時間も無かったし、それっぽい衣装を揃えられれば良かっただけだったからいいけど、今回はそうはいかない。この御三方主役さんですから、色んな方々から注目浴びまくりですから。
餅は餅屋、材料提供するからいい感じに作ってって事になった訳でございます。
それじゃマルコお爺さんとベネットお婆さんは何してるのかと言えば、村人の衣装作製ですね。
報酬の甘木汁は小樽なんですけどね~。アルバート子爵様と奥方様方との協議の結果その様に決まったんですが、それでも参加者多数で。皆いいのかそれで、鬼神ヘンリーの殺気マシマシの覇気耐性訓練が待ってるんだぞ?そんなの見慣れてる?ジミー君とヘンリーさんの訓練はいつもそんな感じだった?
・・・ですよね。冬場の娯楽、チャンバラ大会参加組、いつの間にか覇気耐性の準備は出来ちゃってたみたいです。
でもなんか戦場に出向いて貰うのに甘木汁小樽一個じゃ申し訳なかったんで、ケビン建設提供ってことでジャイアントフォレストビーの蜂蜜を小壺一つお付けしたところ、参加者の中にメイドさんやらアルバート子爵夫人のお姿が。
ちょっと待とう、メイドさん方は百歩譲って目を瞑ろう、あなた方は駄目でしょう!!そりゃ魔力纏いも覇気も習得済みでしょうけど、お二人ともご自分のお立場をですね!
そう俺がお説教をかまそうとした時です、元助産師のセシルお婆さんから待ったが入りまして。
「ふむ、おめでとうさん、二人ともご懐妊だね」
「「「・・・はぁ!?」」」
どうやら亀さん、いい仕事しまくっちゃったようです。
これは目出度いという話と共に、急遽村の女性の健康チェックと相成りまして、結果他に三名ほど妊娠が発覚いたしまして。
犯人はボイルさんにジョンさんにザルバさん。
ボイルさんはいい、マイヤーさんもエリザお嬢様がお子さんを作られて幸せそうにしているところを見てほっとなさったのかなって感じだし。
ジョンさんもまだいい、「俺は女性はちょっとな」と陰のある所があったジョンさん、そんな彼に惹かれる女性が現れたってだけだから。
お相手はデイマリア様付きのメイドさん、マルセル村じゃお相手を見つけるのも大変だしね。この際元貴族って事で手を打っちゃったのかな?
問題はザルバさん、お相手は何とカミラメイド長。
やったねケイト、お母さんと弟か妹が出来るよ。
なんか夏に色々と疲れ果ててたカミラメイド長をザルバさんがお世話しているうちに惹かれ合ったんだとか。看護師と患者の恋?弱ってた所にイケオジが優しくお世話をしてくれてコロッといっちゃったとか?
最初に迫ったのはカミラメイド長とか、カミラメイド長大胆。すでに結婚は諦めてパトリシアお嬢様のお世話に生涯を捧げようと思っていたらしいんですけどね、パトリシアお嬢様、かなりタフになられましたから。
「あの、ケビン。この後なんですけど、カミラに何か懐妊のお祝いをしたいのだけど、お買い物に付き合って貰ってもいいかしら?」
「えぇ、構いませんよ?買い物後でいいんですが、学園を訪ねてもいいでしょうか?ボビー師匠に連絡を取りたいんですが、どこに宿泊してるのか分からないので。ボビー師匠ならケイトの所に顔を出しているでしょうから、宿泊先も聞いていると思うんです」
俺たちは午後の予定も決まったところで食堂を後にした。
領都の雰囲気は若干寂れたというか、以前に比べ元気がないというか。ヘンドリック武具店の親父さんが言っていた通り、街全体が不景気なんだろう。モノの値段も上がってるって言ってたしな。
「おうおう、ディア、手前よくもうちの連中に手を上げやがったな。俺たち“ドラゴンテール”も舐められたもんだな、あん?」
「・・・誰?私はあなたなど知りませんが?用がないのなら退いてくれませんか、買い出しの途中ですので」
街の喧騒の中から物騒な声が聞こえる。景気が悪くなると誰もかれもがいら立つものなのだろうか?
・・・今ディアとか言わなかった?俺が咄嗟に声のした方に目を向けると。
“ドガッ”
「ウゥゥ・・・」
ゆっくりと地面に沈んで行く大男。そして男の影から姿を現す鋭い目つきをした女性。ってディアさんじゃん。
「お~い、ディアさ~ん、何やってるの?」
「あっ、ケビンさん。いつ領都に来られたんですか?」
俺は早速目的の一つが達成出来たことにほっと胸を撫で下ろすも、すっかり殺伐としてしまったディアさんの姿に、“やっぱり冒険者ってなるもんじゃないわ”との思いを強くするのでした。
本日一話目です。