「みんな元気でね。みんなの事はずっと忘れない、僕たちは同じ道を志す仲間。お父さん、お母さんを大切にね」
季節は巡る。草花は枯れ、樹木は寂しい肌を晒し、フィヨルド山脈から吹き付ける風が厳しさを増す。
「ジェイクの兄貴、俺、俺、絶対兄貴みたいに強くなって、お父さんやお母さんを守るって約束する!」
「ジェイクお兄ちゃん、私、ずっとマルセル村にいたかった。
私、ジェイクお兄ちゃんと一緒に・・・」
涙を流しジェイクに抱き付く少女たち。ジェイクはそんな彼女達に優しい目を向け、彼女達の頭をそっと抱き寄せる。
「大丈夫、君たちは決して一人じゃない。君たちには大切な家族がいる、大切な友達がいる。この訓練場で共に剣を振った日々は、決して無駄に何かにはならないんだよ?
故郷の村に帰ってもこの村での訓練を忘れずに研鑽に励んでね」
「「「ジェイクお兄ちゃん(兄貴)~」」」
少女たちは声を上げ、抱き付く力を強くして別れを惜しむのでした。
「「「パトリシアお嬢様、長い間本当にありがとうございました。パトリシアお嬢様、アルバート子爵様、マルセル村の方々は私達の命の恩人。
この御恩は決して忘れません!!」」」
アルバート子爵家仮本邸の前の健康広場に集まった人々は、声を揃えパトリシアとアルバート子爵に礼を述べ、頭を垂れる。
「皆さん、顔をお上げください。皆さんに手を差し伸べる事が出来たのは偶然、ですがそれはアルバート子爵家の者としての矜持。皆さんが必要以上に謙る事はありません。
ですが皆さんの其の感謝の言葉は素直に受け取りましょう。
そしてお礼申し上げます、皆さんは我が村のビッグワーム農法とホーンラビット牧場の技術を正確に習得して下さった。
皆さんは種です、オーランド王国南西部地域にこの農法を伝え広める為の希望の種、それが皆さんです。
我がマルセル村がこの辺境の地で食べる物に困らない豊かな暮らしを実現出来たのも、この二つの農業技術があったからに他ならない。
皆さんが故郷の村に帰りこれらの農法を実践し豊かな暮らしを手に入れる、その様子を見た他の村の人々が自分達もと実践し、同じく豊かな暮らしを手に入れる。そうして南西部地域から飢えや貧しさが消え、人々の笑顔が広がっていく。
これは理想、でも決して不可能ではない事はここマルセル村が証明しています。ですがそれには正しい技術の習得が絶対条件となります。特にホーンラビット牧場は手を抜けば大惨事を引き起こしかねない大変危険なものですから。
皆さんの働きには期待しています、ビッグワーム農法とホーンラビット牧場技術の正しい普及を、何卒よろしくお願いいたします」
パトリシアはそう言うと、これから故郷に向け旅立とうとする難民たちに深々と頭を下げる。
パトリシアが避暑地レンドールからの帰り道に拾った難民の一団。老人や女子供の集団であった彼ら彼女らは、辺境の地マルセル村で身体を癒し、心を癒し、安定した生活の中でマルセル村の技術を学んでいった。
領主ドレイク・アルバート子爵の指示の下行われた調査により、彼らの村の現状や戦地から戻ってきた男衆たちの安否が確認され、安全が確保されたとの判断により難民たちの帰村の準備が整えられたのである。
「アルバート子爵様、パトリシアお嬢様。俺たちは必ずお二人の御期待に応えてみせます。故郷の村をオーランド王国南西部地域のビッグワーム農法発祥の地とする事を誓います。
何時かお二人に胸を張ってご報告に参りますので、その時を楽しみにしていてください」
難民たちの代表である隻腕の男が深々と頭を下げながら礼の言葉を述べる。未だ世の中には戦乱の空気が漂う、彼らが乗り越えなければならない苦労は並大抵ではないだろう。だが男の目は希望に輝いているのであった。
「あっ、マリンバさん、盛り上がってるところ悪いんだけど、左手出してくれない?そうそうそれでこれを腕に嵌めて、肩口からベルトで装着してっと、はい完成」
挨拶を終えた隻腕の男マリンバに不意に声を掛けて来たのは、アルバート子爵家騎士ケビンであった。彼はマリンバに近付くと、肘から先の失われたマリンバの左腕に何やら器具の様な物を装着し始める。
「ケビン殿、これは一体・・・」
それはまるで手甲の様な装具。ズシリと重みのあるその装具を付けたマリンバは、あたかも手甲を付けた健常者の様に見える。
「これ?魔力感応式義手“守護者の盾”、これから村に帰るマリンバさんへの餞別。マリンバさんって確か風属性の魔法適性があるって言ってたよね?」
「あぁ、片腕でも何とか村の用心棒が出来たのはそのお陰でもあるが、それがどうかしたのか?」
「それじゃ左腕の義手の先からボール魔法を飛ばす事を想像して、“大いなる神よ、この手に集いて”って所まで唱えてみてくれる?」
「?まぁいいが・・・。“大いなる神よ、この手に集いて”」
その変化は直ぐに現れた。マリンバの左腕に付けられた義手が“ガチャリ”と音を立て動き出したのだ。
「えっ!?なんで?左手の感覚がある、って言うか左手が、義手が左手に」
ガチャガチャと自身の左手に装着された義手を操るマリンバ、その様子を冷静に観察し、「動作上の問題はなさそうだね」と呟くケビン。
「ケビン君、これは一体?」
その様子を直ぐ側で見ていたアルバート子爵が、透かさずケビンに問い掛ける。
「はい、先程も言いましたがこれは魔力感応式義手“守護者の盾”と言います。本当に間に合ってよかったですよ、昨晩漸く完成して、動作確認なんかを行ってたら出発ギリギリになっちゃいましたから。
構想自体は前々からあったんですが、諸々の兼ね合いから素材の厳選を行って、世の中に出せるギリギリの所ってのがこれになります。
腕の主体となる義手は大森林中層部の材木を使用、魔力伝達力の高さと丈夫さを両立いたしました。外装は魔鉄製ですね、インゴット作製時に緑の鱗を粉状にして練り込む事でより魔力伝達力を上げる工夫がなされています。
ただそれだけだとここまでの使用感は生まれません、そこで帝国の呪術術式と魔導術式を採用し、使用者の魂に呼び掛ける様にしました。
アルバート子爵様は幻肢痛という言葉をご存じでしょうか?これは魔物との戦闘や戦場で手足を失った冒険者や兵士などにごくまれに見られる症状で、無いはずの手足の痒みや痛みを訴えるというものです。
こうした事は昔から知られていて、教会の治癒術師は光属性魔法によって魂の傷を癒す事でその症状を取り除くと言われています。帝国などでは医師が患者の頭に光属性魔法を浴びせる事で痛みの感覚をやわらげ、徐々に症状を改善させるといった方法を取るんだそうです。
つまり失われた手足の感覚は、その部位がなくなろうとも脳や魂には残り続けるんです。この義手はそれを利用します。
流石に義手自体に痛覚や触覚といった様々な感覚器官を組み込むのは技術的に難しいですからね、元々ある感覚を魂や脳が疑似的に体験する事で、あたかも義手にそうした感覚があるかのように錯覚させているって所です。
マリンバさん、義手の表面を軽く撫でてみて貰えます?」
マリンバはケビンに言われたように義手を撫でる。
「えっ、嘘、感覚が分かる!?」
「それじゃ今度は強く叩いてみてください」
“ガンガンガン”
「今度は痛くもなんともない、軽い衝撃くらいにしか感じない・・・」
「それがこの義手の特徴です。生活に必要な感覚は分かるが不必要な衝撃や痛みからは守ってくれる、故に“守護者の盾”。
さらに言えばもう一つ、今度は空に向かって<ウインドボール>の魔法を撃って貰えますか?」
マリンバは謂われるがまま義手を天に掲げ、風属性魔法の初級ボール魔法<ウインドボール>の詠唱を行う。
「“大いなる神よ、我が手に集いて眼前の敵を撃ち滅ぼせ、ウインドボール”」
“ブォッバシューーーーーーー”
左手の義手の先に出現した大きな風の球が勢い良く天に向かい飛び去っていく。その光景に呆然と天を見詰めるマリンバ。
「マリンバさんはこれから故郷の村を守り、ビッグワーム農法とホーンラビット牧場の技術を広めていくんでしょう?
豊かな村は多くの悪意を引き寄せる、“守護者の盾”はそんな村の人々を守る為の盾であり矛。これから大変だろうけど頑張ってください」
ケビンから掛けられた励ましの言葉。マリンバは戦うための手段を与えてくれたケビンに深く感謝すると共に、マルセル村の人々から貰った数多くの恩をいつか必ず返すと、堅く心に誓うのだった。
「出立!」
騎士ギースの掛け声のもと、二台の幌馬車が走り出す。
マルセル村の村人たちは、帰郷する難民たちの幸せを願い、大きく手を振り声を掛ける。
「「「ジェイクお兄ちゃ~ん、エミリーお姉ちゃ~ん、フィリーお姉ちゃ~ん!!」」」
幌馬車の荷台からは子供たちが顔を出し、大好きな兄や姉に手を振り別れを惜しむ。
「気を付けて行けよ~、元気でな~!」
ジェイクは去って行く幌馬車にいつまでも手を振り、彼らの幸せを祈るのであった。
「ジェイク君、行っちゃったね」
「そうだな。無事に村に辿り着けるといいな」
難民たちが生まれ育った村に帰る、それは目出度く喜ばしい事。
だが急に静かになった健康広場に、胸のどこかに冬の風が入り込んだような寂しさを感じるジェイク。
“コテン”
ジェイクの肩に頭を寄せ、上目使いで見詰めるエミリー。
寂しそうに潤んだ瞳、朱色に染まった頬、艶めいた桜色の唇、その全てがジェイクの鼓動を早くする。
「ジェイク君はどこかに行っちゃったりしない?」
「あぁ、俺がエミリーを置いてどこかに行ったりするものか」
普段見る事のない今にも折れてしまいそうなか弱い姿に、思わず抱き締めて仕舞いたくなる衝動をグッと堪える。
ジェイクはエミリーの手をギュッと握ると、“エミリーの事は俺が守らないとな”という思いを強くするのでした。
—――――――――
レンドールの避暑の帰りにパトリシアお嬢様が保護した難民たちが、タルンドール男爵領の村に帰る日がやって来た。
当初行き場を失った彼らはマルセル村の新たな住民になるのかと思ったんですけどね、テレンザ侯爵様がマルセル村に訪れたりロナウド様が訓練の為に滞在する事になったりと、アルバート子爵家と南西部貴族連合との関わりが深くなった関係でビッグワーム農法とホーンラビット牧場の普及を行う事となりまして。
難民の皆さんにはそのお手伝いをして貰う事となった訳でございます。
「取り敢えず戦いは収まったみたいだし村に帰ったら?」なんて話だったら暗に「死ね」って言ってる様なものですが、今回はちょっと違います。
テレンザ侯爵家の後ろ盾による帰村、農法の普及という目的のもと村の補修から整備までテレンザ侯爵家が全面バックアップ。これに乗らない手はないでしょう。
しかも故郷では戦場に行っていた愛する夫や父親が待ってるんです、その無事が確認されたってだけで帰郷への想いは爆上がりってなものです。
パトリシアお嬢様が足しげく顔を出されて彼らの生活を支えた甲斐もあり、精神的に荒む事もなく素晴らしい農民の姿を見せてくれた彼ら。あれなら帰郷後も上手く農法を広めて行ってくれるのではないでしょうか。
ジェイク君、折角のハーレム(幼女)が帰っちゃったね。
でも君にはエミリーちゃんっていう大きな壁が立ち塞がってるから、他の女性は近寄る事も出来ないと思うよ。
それと今、何か凄く良い雰囲気を作ってるところ悪いけど、それって全てエミリーちゃんの作戦だからね?
女衆の集まりでラブストーリーとラブコメ大好きな十六夜が中心になって作戦会議が行われていたらしいよ?月影が「どうします?」って聞いて来たから、思わず「面白そうなので放置で」って答えちゃった。
まぁ何かジェイク君に実害がある様な話でもないし、村のお兄ちゃんとしては温かく見守らせて頂きたいと思います。
だから十六夜、「そこはグッと抱き締めないと!そこから見詰め合って濃厚な口付けを!ジェイク君のヘタレ!!」とか言うんじゃない。
それとお姉様方、ニヤニヤした目でガン見するんじゃありません、ジェイク君が嫌がってるでしょう!
あ~あ、ジェイク君顔真っ赤にしてエミリーちゃんを連れて逃げちゃった。
頑張れジェイク君、君とエミリーちゃんの恋物語はマルセル村の者全員が応援してるからね。
俺は可愛い弟分と妹分の幸せそうな姿に、胸の中がほっこり温かくなるのを感じるのでした。
「あっ、アルバート子爵様、今度新しく執事を雇う事になりまして」
「初めまして、ケビン・ドラゴンロード様に仕えます“残月”と申します。
以後お見知りおきを」
突然気配を現し綺麗に一礼をする執事姿の女性に、ギョッとするアルバート子爵様。
「ケビン君、またかね」
「またですね。どっちかと言えば紬と同類です」
俺の言葉にこめかみを抑えるアルバート子爵様。えっと、残月の居住許可をいただきたいんですが?
幌馬車は走る、草原の街道をカタカタ音を立てて。
村を去る者、新しくやって来る者、人は出会いと別れを繰り返す。
そうした数多くの出来事を経て、若者たちは少しづつ大人になって行く。
澄み渡る空、上空高く舞うビッグクローは、そんな人間たちの営みを眼下に今日も餌を求め飛び回るのでした。
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora