その者は魔の森と呼ばれる場所に生を受けた。
彼の一族は森の中に集落を築き、森の獲物を狩る者たちであった。
そんな一族において、彼は草木を愛し、森と共に在る事に幸せを感じる者であった。
だがそんな彼の有様は、獲物を狩り、獲物から奪う事が当たり前の一族の中では異端であり、彼は侮蔑と蔑みの目で見られる事となった。
彼の一族の中にも狩り以外に己の道を求める者はいた。
ある者は剣や棍棒と言った武器を作る事に目覚め、ある者は建物を作ることに生きがいを見出した。
そうした者は獲物を狩り、命を賭す事を至上とする一族の者からは一段下に見られるものの、その有用性から蔑みの対象になる事はなかった。
だが彼は違う。
“戦士ならば肉を食らえ!獲物を仕留めその命を食らってこそ、真の戦士たりうる”
考え方の違い、気質の違いは、それがどの様なものであろうと壁を作り階層を作る。彼は一族の中で最下層の者として、白い目で見られる事となった。
ある時はホーンラビットの囮にされた。ある時はフォレストウルフの、フォレストディアの。ワイルドベアから逃走する際の囮にされた時は、死を覚悟した。
そんな彼は人族狩りの囮として手足を縛られ、街道に転がされた。
やって来たのは一台の荷馬車、二匹の大人と三匹の子供。
一族の者は木の影に隠れこちらの様子を窺う。
その者達の中から一匹の子供がやって来て、彼に語り掛けた。
「よかったらうちで働かない?」
何故かその子供の言葉はよく理解出来た。これまでも人は何度か見た事があったが、全て喚き声としか思えなかったのに。
そこから彼の人生は変わった。
人の世界に触れ、人の暮らしに触れ、恐ろしい魔物に襲われ、人の恐ろしさに触れ。
そして彼は森の奥で安住の地を手に入れた。
丸太で作られた頑丈な塒、大好きな食べれる植物を育てる事の出来る畑。狩りの技術を教わり、野菜の育て方を教わり、森での暮らしに必要な様々な技術を教わった。
恐ろしいキラービー相手に仕事をしなければいけないという制約はあるものの、それも慣れれば特段なんという事もない日常となった。
彼は幸せであった。
“それが何でこんな事になっちゃったかな~。俺なんか悪いことしたかな~。
これアレだ、ケビンさんが何時か言ってた前世の行いが悪かったって奴だ。多分俺ってば前世で相当悪さしたに違いない、じゃなきゃこんなのおかしいってばよ~!!”
彼は今森の中にいる、それも大森林と呼ばれるとびっきり危険な森の中。
彼は思う、“何で俺がこんな事しなきゃいけないんだよ。冬場は冬眠がオークの基本だろうが~!!”と。
“ブー太郎様、前方から魔物ですよ。
この森はいいですね、中々切り甲斐がある魔物が一杯です♪”
腰の鞘でガチャガチャ音を立てながら思念を飛ばしてくる大剣。全ての始まりはこの大剣との出会いからであった。
「え~、本日皆さんにお集まりいただきましたのは他でもありません、皆さんの中に昇進可能な方々、進化可能な方々がおられるからであります」
雇い主であるケビンさんが御神木様の下の広場に俺たちを集め語ったのは、俺たちの進化の話。俺たち魔物はある程度強くなると何かの切っ掛けで進化といった現象を起こす事がある。
それは自身を強くし、知能を発達させると言われているもの。俺達魔物は常に進化を求め闘い続けていると言ってもいいだろう。
“でも俺別に進化なんて求めてなかったんだよな~。今の暮らしに不満なんて全くなかったし、最低限の強さは必要とか言ってケビンさんの所で目茶苦茶特訓させられたし。
ケビンさんの所って頭おかしいと思う。ケビンさんのお父さん、あれ人族じゃないよね?オーガとか言う化け物だよね?俺見た事ないけど、絶対そう。
緑先輩や黄色先輩にはボコボコにしごかれるし、大福先輩に至っては俺そっくりに化けて木剣で殴って来るし。
ビッグワームって森でお世話になった非常食だよね?全然見た目違うじゃん!大福先輩がスライム?あんなスライム見た事ないから!!
でもお陰で大森林でも生き残れるってお墨付きも貰ったし、後はのんびり畑を耕して生きて行くってだけだったのに~~!!”
“ブー太郎様、何をぶつぶつ言ってるんです?さぁ、血沸き肉躍る戦いですよ♪
ブー太郎様のその美しい迄の剣技とこの私〔聖霊剣グランゾート〕の力をもってすれば乗り越えられない困難などありません!!
大森林の魔物がどれ程の物と言うのでしょう。
さぁ参りましょう、世界が私達を待っています!!”
上機嫌に思念を飛ばす自称〔聖霊剣グランゾート〕。
“いや、世界になんか羽ばたかないからね?俺は農家で森のお店屋さんの店長さんだから。基本自給自足の森の魔物だから、そう言うのは人族の英雄とか呼ばれる人のお仕事だから。
オークはね、森に生きるのよ?人里には出ないの。
世界の誰も待ってないから!!”
“スパンスパン、ズド~ン”
横合いから飛び掛かって来たフォレストスネークを一瞬にして切り捨てながら、オークのブー太郎はため息交じりに答える。
進化の結果手に入れたスキル<聖剣召喚>。
自身がハイオークヒーローとか言うよく分からない種族に進化した事も意外だったし、その結果御神木様よりもやや細身体形の偉丈夫になった事も意外だった。
頭部にはサラサラとした長髪が靡き、手足は何故か人のように細く小さくなってしまった。
まぁその分細かい手仕事はやり易くなったからいいんだけど、靴を履く羽目になったのは少々面倒ではある。
天使のあなた様曰く顔付はオークと言うより猪系統の獣人の様だとか。
“人里に行ったら女性に気を付けなさい”との言葉は、何とも恐ろしく感じたものであった。
だが最も意外だったのはスキル<聖剣召喚>。まさか鍛冶の神様が作り上げた聖剣が姿を現すとは。
今でも思う、“鍛冶の神様、何で鍬を作ってくれなかったんですか!!”と。
幸いなことに世界の命運とか使命とかを押し付けられる事はなかったんですけどね!でも俺が欲しいのは武器じゃなくて農具なの!!
あまりに落ち込む俺を憐れに思ったのか、ケビンさんが新しい鍬を作ってくれると約束してくれたのは唯一の救いだったけども。
“でもな~、落ち込んだグランゾートを慰める為に大森林の探索を約束させられちゃったんだよな~。ケビンさん曰く冬場なら深層に行かなければあまり魔物に会う事も無いって事だったけど、グランゾートが張り切るものだから、魔物が来る来る。
こいつ、大森林では気配を消しての移動が基本って言っても全然言う事聞かないんだもん。
<ブー太郎様は勇者なのです。私を信じて堂々としてください!!>ってそうじゃないっての!!
えっ、聖剣とか言われてる物ってみんなこんな感じなの?世の勇者様は危険地帯でも身を隠さないの?馬鹿なの?”
彼は自らの運命を呪う。そう言えば昔っからこんな感じで周りに翻弄されてばっかりだったと。
彼の名はブー太郎。運命に翻弄されし森の民、自らを農家と自称するオークである。
―――――――
“ハァッ、ハァッ、ハァッ”
森の中を走る人影。それはまるで何かから逃げる様に、何かに怯える様に後ろを振り返りながら、必死に森を駆ける。
“ギャーーーウォ”
背後から聞こえる何かの咆哮。“ミツカッタ!?”
人影は怖れと共に、自らの命の終わりを感じる。
「イゲ、オバエダゲデモニゲロ!」
「でも、あなたが」
人影の一人が叫ぶ。それは自らの運命を受け入れ、それでも必死に抗おうとする者の心の叫び。
「オデバイイ、オデバドウミデモバゲモノ。デボオバエハジガウ、オバエハイギド、オデダディノブンマデ」
人影は言う、狼の様な頭部を持ち、亀の甲羅を背負い、触手のようなものを何本も揺らしながら自らの姿に苦笑して。
「クッ、死なないで」
庇われ逃がされたもう一つの人影は走り出す、これが彼との最後の別れだと感じながら。
「ククククッ、アッハッハッハッ。素晴らしい、素晴らしいですよ。
何という愛情、自身の命を投げ打ってでも仲間を逃がそうというその献身。もっとも仲間と言っても同じ実験体であったというとても薄い関係ではあるんですけどね、共に研究対象になっていたからこそ芽生える何かがあったのでしょうか。やはりキメラの材料に人の脳を活用したのが良かったんでしょうね~。
魔物の身体能力、人の判断能力。究極の生物とは自らの能力を理解しそれを十全に操る事の出来る者、より工夫し更なる進化を求める者でなければなりません。
それにはただの魔物では不十分。いくら能力の向上をしても所詮獣は獣、従順なペットが精々でしょう。
その点あなた方は違う、自らの環境に疑問を持ち逃げ出すという行動に出た、これは称賛に値する成果です。あなた方の身体を観察研究すれば、私の研究も更なる段階に進めるというもの。
さぁ、帰りますよ?実験体α-119、α-732」
““““ギャウギャウギャウギャウギャウ””””
突如背後から掛けられた声に、人影は身構える。だが次の瞬間、複数の気配が自分たちを取り囲んでいる事に気が付く。
「オデガミジヲキディヒダグ、オバエバソドズキニ」
狼頭の人影が周囲を取り囲む気配の一角に飛び込もうとした、まさにその時であった。
“えっと、ねぇグランゾート、これって一体どういう状況だと思う?”
魂に響くどこか間の抜けたような声。それがどこから聞こえるのか、周囲を見渡すといつの間にか彼はそこにいた。
“流石ブー太郎様、引きが強い!!やはりブー太郎様は勇者になるべく生まれた御方、望まぬとも活躍の場がやって来る、これぞ勇者の神髄。
さぁ、御心のまま存分にグランゾートを振るってください!!”
“何その不幸体質、凄い嫌なんですけど~!!”
あまりに間の向けた会話に唖然とする中、それでも事態は動いて行く。
““““ギョギョギョギョギョギョッ””””
襲い掛かって来る周囲の気配、その姿は複数の魔物を悪戯に組み合わせた様な醜悪なもの。生命に対する
その力や能力は基となった魔物を遥かに凌駕し、“キメラ”と言う別の種族と呼んで差支えの無い脅威となって、その場にいる者達に押し寄せる。
“スパスパスパスパスパスパスパスパスパン”
それは美しい剣技であった。流れる様な動きは舞い踊る蝶の様に軽やかで、それでいて力強い。
それは瞬きの間に周囲を取り囲んだキメラたちを切り伏せ、大地に沈めてしまうのだった。
「くっ、どういう事だ!?私の作品が、お前たち起きろ、何をやっている!!」
何処からともなく聞こえる声にキメラたちは動こうとするも、全く身体が言う事を聞かない。
“うわ、凄い、まだ動こうとしてるんだけど”
“複数の魔力溜まりを確認、おそらく切り刻まれても直ぐに再生する様な術式が組まれているんじゃないんでしょうか?
まぁそうはいっても?私〔聖霊剣グランゾート〕に切れないものなど無いんですが!その術式ごとばっさりいってるんですが!!”(大威張り)
魂に響く声が告げる、キメラの術式ごと切断したと。最早キメラは脅威ではないのだと。
「クッ、不甲斐ない。この原因はいずれ解明するとして、今はそこの不確定要素を排除せねばならんな。
何だ貴様のその顔は、かつて貴族共の間で流行った“真実の愛”の呪いにでも掛けられたのか?
呪術は研究対象外だから詳しく知らんが、興味深い現象ではあるな。
まぁいい、貴様の強さに免じて貴様も研究素材の一部としてやろう」
その声の主は林の中から現れた。例えるのなら翼の生えた目玉、その目玉から何本もの触手が伸び、大地に転がるキメラを絡め取る。
「ギョク、ダンダド!?」
「あっ、あっ、あっ、あっ」
それは巨大な肉の塊、様々な魔物を繋ぎ合わせ作った不格好な肉人形。
“GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!”
だがその肉塊が発する威圧は、それが油断ならざる脅威である事を否が応にも分からせる。
“ねぇグランゾート、アレって普通に倒せるの?さっきも切断したくらいじゃ死んでなかったみたいなんだけど”
“そうですね、少し難しいかもしれません。先程の目玉が加わった事で術式が強化された様ですし、それぞれが独立した存在でもあるようです。
真っ二つにしようと先程の触手が伸びて、直ぐに再生されてしまうんじゃないんでしょうか?”
聖霊剣グランゾートの答えは、この存在が厄介極まりない敵である事を示すものであった。
“うわ~、面倒臭。でもまぁ、それだったら再生出来ないくらいに細切れにすればいいだけなんだけどね”
“フ~~~~~~~ッ”
その場の空気が変わる。先ほど迄陽気な雰囲気を纏っていた男から、膨大な覇気と膨大な魔力が溢れ出す。
その相容れぬはずの力は互いに絡まり、これまでにない新たな形を作り出す。
“<覇魔混合>、秘剣
“バッ”
それは神速、瞬きの内に接敵した男は一瞬にして幾千幾万の剣を標的に打ち付ける。それは四方八方、全方位からコマ切れと言う言葉が生温い程の精密さで標的を切り刻む。
“<範囲指定:結界領域:獄炎>!!”
次の瞬間肉塊を取り囲む様に結界が作られ、その中を炎の地獄が吹き荒れる。
“うわ、うわ、うわ、うわ、うわ~~~~!!
ブー太郎様、凄い凄い、キャーーーー!!やっぱりブー太郎様こそ世界を変え得る真の勇者!!
その剣技剣神の如く、その魔法、言うに及ばず、まさに私が思い描いていた以上の勇者様です~~~~!!”
興奮し声を荒げる聖霊剣グランゾート。
“フゴフゴブヒ~~”
その脳内に直接響く声音を至近距離から当てられたブー太郎は、“うるせー!!”と叫びながら頭を抱え悶え苦しむ。
結界内で燃え盛る炎、突然の闖入者に救われるも事態について行けず呆然とする異形なる者たち。
そんな中ブー太郎はいつまでも喚き散らす聖剣を握りしめながら、“こいつ、送還してしばらく放置しよう”と硬く心に誓うのでした。
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora