“カンカンカンカン、トントントン”
木槌を振るい何かをトントン叩く音が、小屋の中から聞こえる。
「よし、完成。ここのところ忙しかったからな~。これを作るだけでこんなに時間が掛かるとは思わなかった」
ここはケビンの実験農場と呼ばれる村外れの農園、その脇に建つ小屋の中の作業部屋で、一人の青年が目の前の完成品を見詰めながら満足気に呟く。
「ケビン君、これは一体何なんですか?」
青年に言葉を投げ掛けたのは、この小屋に住み暮らす女性アナスタシア。
アナスタシアは目の前のソレを眺めながら首を捻る。
白い木目の美しさ、丈夫な木枠が取り付けられ確りとした足場が備えられたそれは。
「扉?」
そう、部屋の中にデンと置かれたそれは、どこをどう見てもただの扉。開閉しても部屋の先が見えるだけの何の変哲もない木製扉そのものであったのである。
「フフフフフッ、いい扉でしょ?なんとこの扉、純御神木様の枝製という大変贅沢な造りとなっております。扉の取っ手部分の金具は緑の鱗を練り込んだなんちゃって魔鉄を使用、マルコお爺さん曰く“魔物鉄(疑龍)”という全く新しい金属となってるそうです。やたら魔力伝導率のいい素晴らしい金属だとか。
本物のドラゴンの鱗は逆に魔法を弾き返しちゃうんですけどね。あれも粉にして練り込んだら真逆の性質を示すんですかね?
まぁそこは置いといて、この扉が凄い扉だって事はお分かりいただけたと思います」
ケビンはそう言うとどうだと言わんばかりに胸を張り、自慢の扉をポンポン叩く。
「はぁ、まぁこの扉が凄い素材で出来ているって事は分かりましたけど、これが一体何なのかがさっぱり。ケビン君の事だからただ扉を作りたかったってだけでもないでしょうし・・・」
アナスタシアはそうは言いながらも、いまだ「この蝶番もお手製で“魔物鉄(疑龍)”で作ったんですよ、結構難しかったんですから~」と言いながらニヤニヤしているケビンの姿に、“この人はただ扉が作りたかっただけなのかもしれない”と疑いの目を向ける。
「いや~、流石アナさん、分かっちゃいますか。実はこれ、俺のスキルの実験用に作ったんですよ。俺のスキルに<自己領域>ってのがありましてね?どうも自分だけの世界が造れるっぽいんですよね。
そうは言ってもちょっとした空間だと思うんですけど、要は紬が造った“精霊の庭”の劣化版だと思うんですよ。
それで紬の場合俺の“ドラゴンが踏んでも壊れないリュック”の中に“精霊の庭”を造っちゃったんですが、紬曰くドラゴンリュックの中の“精霊の庭”作製はとっても造り易かったらしいんです。
って事はこのスキルはその設置場所や付与するものが重要って事になると思ったんです。
ほら、物語にも高位の存在は神聖な場所に出現するってのがあるじゃないですか、要はそう言う事です。
で、作ってみたのがこの扉です。俺は紬みたいにリュックの中に庭を造るみたいな発想が出来なかったんで、自分の想像し易い物、例えば扉を開ければ自分の世界が広がってるっていったような感じにした方がスキルが成功し易いんじゃないかと思ったんですよ」
ケビンの説明、それはある意味世界の創造、そんな事が本当に人の身で出来るのか、人の身に許されるのか?
アナスタシアは改めてケビンの規格外振りに目を見開く。
「まぁ出来るか出来ないかはやってみないと分からないんですけどね、スキルってのは要は魔法、魔法は魔力と想像力、魔力量と妄想力なら自信があります。勇者病仮性ケビン、全力で事にあたろうかと。
ってな訳でもしかしたら危険かもしれないんで、アナさんは屋敷の方に避難していてもらえますか?最悪でも小屋が崩壊する程度で済む様に結界を張っておきますけど、何が起きるのか俺にも分かりませんから」
そう言い収納の腕輪から対閃光ゴーグルを取り出し頭に掛けるケビン。
「わ、分かりました。でも本当に気を付けてくださいね」
ケビンがあのワクワク顔をし始めたら誰にも止める事が出来ない。少年の様なキラキラした瞳でとんでもない事を始める、それが勇者病仮性重症患者ケビン・ドラゴンロードと言う青年なのだから。
アナスタシアは心配に後ろ髪を引かれつつも、とんでもない事態が起きた時に備え月影たち特殊使用人部隊“月光”(月影命名)に連絡を取るべく畑脇のケビン屋敷に向かうのでした。
「さて、それじゃ始めましょうか。先ずは室内に<結界>っと。
それで紬先生曰く、対象に魔力を注ぎつつどんな空間を作りたいのかよくイメージするだったかな。
俺のイメージ、ついこないだまでは在りし日の記憶風のマンションの一室だったんだけどね~。城が手に入っちゃったし?
これはもうやっちゃうしかないでしょう。男だったら誰しもが夢見る秘密基地、夢はでっかく果てしなくってね!
魔力の腕輪さん、全開だ、フォローよろしく!!
逝くぜ、<自己領域>!!」
ケビンはスキル<自己領域>を発動すると、目の前の扉に向け全魔力を注ぎ入れるのでした。
――――――――――
「そうですか、また御主人様がハッチャケちゃいましたか」
アナスタシアから話を聞いた月影は、“そう言えばこないだは村の守護獣たちと悪の秘密結社の城に乗り込んで来たと言ってはしゃいでましたっけ”とどこか遠い目をする。
自らの主人であるケビン・ドラゴンロードという人間は基本温厚でのんびり屋である。だが一度内に秘める<仮性心>に火が付くと、とことん暴走するところがあるのだ。
「分かりました。ご主人様が結界を張られているのなら周囲に被害が出る事はないでしょうが、ご主人様自体が傷付く恐れがあります。
あの御方は自らの身体の心配より周りを優先するきらいがありますから。
残月、それと十六夜、これより御主人様の下に向かいます。何が起きても対処出来る様に準備と心構えを。
更、新月、満月は周辺待機、一時間たっても何も連絡が無ければ小屋周辺を閉鎖、誰も近付けない様にしてください。
ご主人様が行うのはスキル<自己領域>の使用実験です。ご主人様の話では紬の“精霊の庭”の劣化版との事、最悪小屋内部に異界が形成されてしまう可能性がありますから」
月影の言葉にその場の者たちに緊張が走る。空間領域生成、それは人類の夢である。魔術式による空間拡張のその先の別空間の生成は、これまで数多くの魔導師や賢者が挑戦して来た難題であった。
その結果フィールド型ダンジョンを形成してしまったり、街を崩壊させたなどと言った話は数多く残されているのだ。
「報告、膨大な魔力反応を確認、発生源は畑脇小屋内部。マスターのスキル実験が始まったものと思われます」
残月の言葉とほぼ同時に、その場の者全員が畑脇の小屋方向に顔を向ける。
それは激しく、そして美しいとも思える魔力の煌めき。小屋の隙間から溢れ出る激しい光が、内部でとんでもない事態が起きているだろう事を物語る。
「魔力反応が収まりました。マスターのスキル実験が終了したものと思われます」
「では行きましょう。アナスタシア奥様は安全の為こちらに」
「いえ、私もまいります。ケビン君の無茶は今に始まった事ではありませんから」
そう言いニコリと微笑むアナスタシア。畑脇に立派な屋敷が移築された今でもこれまで通り小屋に住み、愛する“村人ケビン”の訪れを待つ彼女の姿勢は、月影をはじめとした使用人達から敬意を持って受け止められていたのである。
「十六夜、残月、アナスタシア奥様をお守りしなさい。ではまいります」
「「はい、月影メイド長」」
彼女達は向かう、敬愛する主人の下に。主人が行った“お楽しみ”の結果を見届ける為に。
――――――――――――
“ザバ~ンッ、ザバ~ンッ”
岸壁に打ち付ける波の音、爽やかな海風が髪を靡かせる。
緑に覆われた森、その先にはこの地を見下ろすかの様な高い岩山が聳え立つ。
「これは一体・・・」
その場にいる者達はただ茫然と言葉を失う。自分たちは今一体どこで何をしているのか?頭の中が疑問符で埋め尽くされる。
「うん、やっぱりこの手の城はジャングルの中よりも開けた岸壁側の方が見栄えがいいよね。
まさか影空間の中に仕舞っておいた城も移築してくれるとは、更に言えば排水関係もいい具合に処理してくれるって、至れり尽くせりじゃん。
やっぱスキルってスゲーわ、神の御業だわ、何でもアリだわ」
隣では敬愛する主人がポカンと口を開けながら、自ら
「ケビン君、これは一体」
「ん?秘密基地。やっぱり男だったら孤島の秘密基地は憧れじゃん?
だって城だよ?だったら波の打ち付ける岸壁は必要でしょう。
でもご安心、ちゃんと砂浜エリアも作ってあるから。洞窟の中の隠された港もご用意させていただいております。
とは言ってもここは自己領域だから外海との接点なんてないんだけどね、そこは気分でしょう気分。
紬が雲の流れる草原を造ってたから、植物関連ならいけるかと思って森と海藻類も想像しておいたんで、おそらくちゃんと用意されてるんじゃないかな?大気やら潮の流れって辺りはスキルがカバーしてるみたい、流石に俺もその辺までは設定出来ないから」
そう言いどうだと言わんばかりに胸を張るケビン。
「「「イヤイヤイヤ、えっ!?イヤイヤイヤイヤ」」」
残月を除いた全員からのツッコミ、さしもの月影もこの事態には突っ込みを入れざるを得ない。
ダンジョンと呼ばれる場所には地下空間ではあり得ない様な空や湖がある階層が存在するという。であるのならスキルによって海洋上の孤島を再現出来てもおかしくはないのだろう。
だがその規模が人の身が行うにしては大き過ぎる。
島一つを作り出す、その様な事が出来るなど誰が想像出来るであろうか。
「いや~、でも失敗したよね、このスキル<自己領域>も魔法と一緒である程度下準備を行って置けば魔力消費を抑えられたんだよね。
簡単な話、どこかの無人島を周囲の海ごと広域結界で取り囲んで自己領域指定しちゃえばもっと少ない魔力でこの空間を作り出す事も出来たんだよね。
要は箱庭、どんなものが出来るのかは製作者次第ってね。まぁ結果は十分満足出来るものなんでいいんですが。
因みにここって俺がマスター権限持ってるから後からある程度の修復が効きます。紬の“精霊の庭”なんかは紬の思うが儘なんだけど、その辺は劣化版だから仕方がないかな?
でも水場になる泉を作ったりも出来るから便利って言えば便利なんだけどね」
主人はあくまで箱庭と言い張るものの、これは世界の創造と何が違うのだろうか?
月影と十六夜は、自分たちの主人の規格外さに改めて敬意を向けると共に、その理不尽な在り様に頭を抱えるのでした。
―――――――――
それは不思議な扉であった。ケビンの実験農場と呼ばれる畑の脇にある一軒の屋敷、その屋敷の一室に置かれたそれは、一見芝居の小道具の様なただの扉であった。
取っ手を握り扉を開く、するとその先は同じ室内の同じ場所。こんな物に一体何の意味があるのか?誰しもが首を捻ってしまう様な、そんな扉であった。
一人のメイドがその扉のある部屋にやって来た。メイドはおもむろに扉の取っ手に手を添え「ホーム」と唱えると、その足を扉の向こうへと進める。
ゆっくりと閉じられる扉、そして静寂が訪れる。
誰もいなくなった部屋に残された扉は、ただその場に佇むだけなのであった。
本日一話目です。