“トントントントンッ、カンカンカンッ”
街のあちこちから聞こえる木槌や金槌を振るう音。
その小気味良いメロディーに心踊らせながら、職人街の路地を目的の工房に向かい進んで行く。
“ガチャッ”
「こんちは~っす、親父さんいますか」
領都の老舗武器装具工房ヘンドリック武具店の扉を開き大きく声を掛けると、店舗奥の作業所からドタドタと音を立て工房主が顔を出す。
「おぉ、ドラゴンロード様、お待たせして申し訳ありません。ご注文の品は全て出来上がっております」
先ほど迄作業をしていただろう壮年の男性が、ササッと前掛けに付いた削り滓を払いつつ、丁寧な口調で頭を下げる。
「ブフォッ、親父さん、俺に
なんか矢鱈名前は売れてるけど、ウチってただの田舎騎士だから、農兵だから。要するに蛮族だから。
まぁ貴族社会のお客さんを相手にする親父さんが身分を気にするのも分かるけどね。俺なんざ成り上がりもいい所だから気にしなくっていいって。
でも流石領都の老舗工房の工房主だね、言葉使いが堂に入ってる。いよ、大将、格好いいぞ!」
俺の言葉に「ええい、止めろ止めろ。本当にこの坊主は調子の狂う」と頭を掻く親父さん。
フフフッ、おだてて調子に乗らせようとしてもそうは行かんのだよ、明智君。
「それで早速例の衣装装備を見せて欲しいんだけど」
「あぁ、ウチの母ちゃんたちが向こうの部屋で待ってるから試着して来てくれ。着込んでもらって動きに違和感がある様なら調整しないといけないからな」
そう言い工房の奥を指し示す親父さん。俺は背後の英雄候補生たちに目配せをし、衣装合わせに向かわせるのだった。
「そうそう、後から頼んだ長旗って出来てる?」
「あぁ、出来てるぞ。でもいいのかこれ?グロリア辺境伯家、テレンザ侯爵家でも大分問題はあるんだが、ダイソン侯爵家って結構不味いんじゃないのか?」
それは英雄候補の衣装武装を注文した後に追加したアイテム、言うなれば俺の専用装備。
「いいんじゃない、別に。こんなもんはやった者勝ちみたいなところがあるからね。これもこちらの正統性を示す一手段って事で。
で、この長旗を旗竿に括り付けてっと、完成。
いいねいいね~、馬上ではためかせるならこれくらい派手じゃないとね~。後はこの旗竿装備を背中に括り付けるだけ、う~ん、実にいい感じ」
俺は収納の腕輪から取り出した旗竿に各家の紋章入りの旗を括りつけると、満足気に頷くのでした。
「あんた、こっちの準備は終わったよ。動きを見ておくれ」
やや恰幅の良い女性が俺たちに向かい声を掛ける。
俺は旗竿装備を収納の腕輪に仕舞うと、親父さんと一緒に英雄候補生たちの下へと向かうのでした。
―――――――――――――
“ガチャガチャガチャガチャ”
“““ヒヒ~ン、ブルルルルル”””
馬たちの吐いた息が白く染まる。手綱を引いた者達が、朝靄の中から姿を現す。
アルバート子爵家仮本邸前広場、通称“村の健康広場”と呼ばれるそこは今、そのほのぼのとした名にそぐわぬ物々しい雰囲気に包まれていた。
「総員、整列!」
““““ザザッ””””
「ドレイク・アルバート子爵閣下に敬礼!」
““““バッ””””
「アルバート子爵家騎士団及びその旗下騎兵団、総勢二十七名。
ドレイク・アルバート子爵閣下の下に揃いましてございます」
それは紺色の鎧兜に身を包んだ一団であった。その口元はハーフマスクに隠されていて分からないものの、正面を見据える鋭い眼光は、その者達がただならぬ戦士である事を物語っていた。
「皆さん、これまで理不尽に理不尽を重ねた様な訓練によく耐えてくれました。先ずはその事に感謝を、これまで本当にありがとう。
そしてグロリア辺境伯家の寄り子であるアルバート子爵家の者として、戦場に赴いて下さることに感謝申し上げます。
皆さんの活躍はおそらく正当に評価される事はないでしょう。人は強過ぎるモノ、自身の理解が及ばぬモノを酷く恐れる。
そうした者は国の最果てに、辺境の地に追いやってしまおうと。
ですがそれこそが狙い、それこそが望み。私達はこの辺境マルセル村でただのんびり暮らしたい、それだけなのですから。
お偉い方たちとの面倒な折衝は領主である私が引き受けます。皆さんは存分にこの“祭り”を楽しんでください」
領主ドレイク・アルバート子爵の宣言に、その場の者達は一斉に頭を垂れる。それは今後起こりうる面倒事の一切を引き受けると宣言したアルバート子爵に対する感謝と敬意の表れ、そうした面倒事が一番厄介である事を身をもって知るが故の行動であった。
「皆さん、顔を上げてください。これよりこの祭りの顔である三人から言葉があります」
アルバート子爵が屋敷のメイドに目配せをする。
“ガチャリ、カツンッ、カツンッ、カツンッ、カツンッ”
開かれた扉、靴音を響かせ現れた三名の若者たち。
“バサッ”
翻るマント、全身から漂う覇気が、若者たちが剛の者である事を言外に語る。
白いマントにグロリア辺境伯家の紋章を背負った戦士が一歩前に出る。
「皆さん、この場に集まってくれた事、アルバート子爵家の者として心から感謝申し上げます。
アルバート子爵家は北西部貴族連合の一員として、盟主であるグロリア辺境伯家の旗の下、今度の戦を終結に導くことを宣言します。
皆さん、どうかこのパトリシア・アルバートに力を貸してください」
“シュピン”
腰から引き抜かれたサーベルが、白銀に煌めく。それはその得物が総ミスリル製の逸品である事を現すもの。
“カツンッ、バサッ”
テレンザ侯爵家の紋章を刻んだ青きマントを翻した若者は、己の使命を胸に言葉を発する。
「アルバート子爵家騎士団の者よ、マルセル村の者たちよ。此度の戦が皆に何ら利益を齎さぬ雑事である事は、このロナウド・テレンザ、しかと理解しているつもりだ。
であるにも関わらず、こうして誰一人欠ける事無くあの理不尽を乗り越えてくれた事、感謝に堪えない。
我がテレンザ侯爵家が皆の思いに報いる事が出来る事は少ない。精々が“ふわふわ卵の甘トロオムレツ”に使う材料として皆の分のコッコの卵を用意する事しか「「「「テレンザ侯爵家万歳、我々に勝利を!!」」」」・・・。
皆の気持ちはよく分かった、共に勝利を掴もうではないか、美味しい食卓の為に!!」
「「「「オーーーーー!!」」」」
“バッ”
二人の若者に挟まれた最後の一人が前に出る。
それは鷲の紋章が刻まれた、深紅のマントを羽織りし女性。
彼女は暫しの瞑目の後、ゆっくりと口を開く。
「私の名はアイリス・ダイソン。今は無きダイソン侯爵家の正統なる血筋の者。
父であるシオン・ダイソンは穏やかな家族と民を愛する人でした。
その父は叔父であるデギン・ダイソンの謀略によりその生涯を閉じました。
正統な後継者であった兄キャスパー・ダイソンも侯爵家の地位を叔父に奪われ命を脅かされた末に出奔、侯爵家を取り戻すべく活動するも道半ばで果ててしまいました。
我がダイソン侯爵家は既になく、私の存在はオーランド王国にとってもダイソン公国にとっても不要物でしかありません。
ダイソン侯爵家は滅びました。正統な血筋がどうのと言うのは、過去の妄執に囚われた敗者の戯言に過ぎません。
ですがこの血筋が、この戦を終わらせるカギとなるのなら。
私は失われた誇りと共に剣を取りましょう」
“スーーーッ”
腰から引き抜かれたロングソード、女性が持つには大き過ぎるそれを彼女は確りとした動きで抜き放つ。
美しく磨き上げられた刀身が、日の光を浴びて眩しく輝く。
「この剣は代々の当主が受け継ぎしダイソン侯爵家の誇り、オーランド王国を守る盾にして矛、バルカン帝国の脅威から民を守ると誓ったダイソン侯爵家の者たちの願い。
その思いは再びあの地に返さなければならない。
失われてしまった誓いと誇りを取り戻す事、それこそがこの戦を終わらせる為に必要な事。
私はアルバート子爵家の皆さんにただ感謝する事しか出来ない力無い者です。戦を終わらせる駒としてしか価値のない者、それが私です。
ですがその為にこの命を捧げましょう、これ以上難民として苦しむ者を生まぬ為に、これ以上無用の血を流さぬ為に。
この馬鹿馬鹿しい戦いを理不尽で染め上げようではありませんか!!」
「「「「ウォーーーーーーーーーーーー!!」」」」
その場に集う者達は思う、“本当に戦なんて馬鹿馬鹿しい、何で私達がこんな目に遭わなきゃいけなかったのよ!そりゃ甘木汁とジャイアントフォレストビーの蜂蜜に釣られたのは私達だけども!!
鬼神ヘンリーは怖過ぎるのよ!、剣鬼ボビーはマジで鬼なのよ!エミリーちゃんの拳が夢に出て来て起きてうなされるのよ!!
鬼ー、悪魔ー、ケビンー、この理不尽の塊が~~~!!”と。
「総員、騎乗!!」
““““バッ””””
「皆、無事に帰って来るように。
ヘンリー、ボビー、ザルバ、グルゴ、ギース。皆の事をよろしく頼む。
ロナウド様、どうかご無事で。
アイリス嬢、気負い過ぎる事の無い様、コレはただの“祭り”なのですから。
パトリシア、お二人の事頼んだぞ。パトリシアも決して無理だけはするなよ?
それとケビン・・・やり過ぎだけはしない様に。本当に勘弁して?
って言うか一蓮托生だから、逃がさないからね?」
アルバート子爵の言葉に、ブフッと笑いが起きる。今までのどこか緊張した空気が緩み、自然な雰囲気に代わる。
「出立!!」
英雄たちが旅立つ。先頭を進む騎士ケビン・ドラゴンロードの背中に括り付けられた旗竿には、三家の旗章が大きくはためく。
この祭りはオーランド王国の内戦の終わりを告げるもの、民衆を守る絶対的強者の存在を知らしめるもの。
彼らは進む、一路オーランド王国南西部アスターナ男爵領の戦場に向かって。その先にあるダイソン公国の城を目指して。
―――――――――――
「そろそろ彼らも旅立った頃でしょうな」
「うむ、予定通りであればな。
此度の遠征はオーランド王国国内の情勢不安を抑えるという狙いもある。
少数の部隊であるため移動自体は速いが、アルバート子爵家騎士団の威容を見せ付ける事に意味がある。
街道を駆け抜ける彼らの姿は、民衆にこの戦の終わりを確信させることになるであろうよ」
王都に続く街道を進む馬車の一団。前後を屈強な騎士団に守られた者たちは、車内で内戦の終結について話し合う。
「しかしよろしかったのでしょうか?いくら何でも総勢三十名と言う数は城を攻め落とす部隊としては少な過ぎる。
せめて第一騎士団でも付けておいた方が・・・」
たった五騎でスタンピードを制圧せしめたアルバート子爵家騎士団の話は聞き及んでいた。広域破壊兵器の使われているダイソン公国との戦闘において、数の有利が全く効かないという事も理解していた。
だがかと言って、たった三十騎の騎兵で国落としをしろと言うのは無謀が過ぎる。敵はオーランド王国貴族軍十数万の将兵を滅ぼし、オーランド王国を挙げての討伐にも未だ領地を守り続ける軍勢。
例えそれがバルカン帝国の兵器のお陰であろうとも、それを十全に運用し、勝利を掴み続けるダイソン公国軍を侮っていいというものではない。
「ふむ、お主の言わんとする事も分からんでもない。だがアルバート子爵家の者達は、我らの想定を簡単に吹き飛ばす者ばかりであるからの。
彼らは自身の功績を誇ろうとせぬ、ともすれば人に擦り付けようとする者ばかりであろう。
儂もまさかこの歳で再び宰相職をせよと提案されるとは思いもせなんだわい。
タスマニアよ、お主も気を付けよ。アルバート子爵家の者は、マルセル村の者どもは少し距離を置くくらいで丁度いい。
内に引き込み利用しようとすれば途端巻き込まれて痛い目を見る。
ただ良好な関係さえ築いておれば、いざと言う時に力を貸してくれよう。それこそ一国を救う程の成果をもってしてな。
ここから先は我らの戦い、既にテレンザ侯爵家スコッティー・テレンザ侯爵閣下も王都への途に就いていよう。
我らのすべきは彼らアルバート子爵家騎士団と三英雄が吉報を運んで来るのを、王都にてどっしり構えて待つ事よ」
“ガラガラガラガラ”
冬の街道を騎士団に守られた馬車が進む。
人々の思惑が動き始める。
オーランド王国の先行きは、未だ混迷に包まれているのであった。
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora