それは衝撃であった。
背中に括り付けた旗竿に三色の長旗をはためかせた騎士を先頭に赤・青・白のマントを靡かせた騎士が続く。そのマントにはそれぞれダイソン侯爵家、テレンザ侯爵家、グロリア辺境伯家の紋章が刻まれ、彼らがそれぞれの家の代表である事を示す。
その後に続くは黒色の巨馬に跨った偉丈夫、大きく伸びた二本の角をあしらったヘルムから覗く眼光は、全てを見下ろす覇王の威圧を感じさせ、自身が支配される側の人間だという事を否が応にも分からせる。
「あっ、あっ、あっ、あれは“鬼神ヘンリー”、それに“剣鬼ボビー”。
何でこんな所に“辺境の悪夢”が、アイツらは北の外れに引き籠ってるんじゃなかったのかよ!!」
冒険者の一人が声高に叫ぶ。それは嘗て好奇心から“オーランド王国の最果て”に赴き、金貨十枚を支払って剣鬼ボビーに挑んだ“挑戦者”、四肢を失い金貨四十枚の追加料金を支払って帰された者。
その時の痛みが、その時の恐怖が、その姿を見た瞬間にフラッシュバックの様に蘇る。
総勢三十名程度の騎馬隊、だがその誰しもから尋常ならざる覇気が漂う。
白金級冒険者ダンガーは、己の震えを気力で抑え込み、一歩足を踏み出し声を掛ける。
「私は白金級冒険者パーティー“大地の咆哮”リーダー、白金級冒険者ダンガー。現在ダイソン公国のオーランド王国への侵攻を確認、戦闘に入ろうとしている。
オーランド王家の臣下として、オーランド王国の民として、我々と共に立ち上がっていただきたい」
それは己の信念。国を救い、民を救う。この依頼を受けた以上果たさなければならない冒険者としての義務。
力強い眼差しで見詰める先は巨馬に跨った偉丈夫、鬼神ヘンリー。
だが、彼から返って来た答えは、ダンガーの望むものではなかった。
「ダンガーと言ったか。白金級冒険者としての矜持からの発言であろうから答えよう。
貴様は一体何を聞いていた?我らが何の為にこの地に来たのか、我らは“交渉”に来たと言わなかったか?
貴様はまだ戦い足りないとでも言うのか?すでに多くの命が失われているというのに。
先程誰かが言ったな、何故この地に我らがいるのかと。
オーランド王国とダイソン公国がいつまでもくだらない戦などしているからだ。
我々とてこんな遠くの地に来たくも無いわ。我々は所詮最果ての引き籠りだからな。だが来ざるを得なくなった、引き摺り出したのはオーランド王国王家とダイソン公国だ。
その身に刻め、我らを動かしたという事がどういうことかを、そして忘れるな、この牙は何も貴様らの敵ばかりに向けられてなどいないという事を。
宰相閣下に伝えよ、“眠れるドラゴンを起こすな”、その言葉の意味を今一度よく考えよとな」
鬼神はそれだけを告げると、話は終わりとばかりに視線を切る。
「出立!!」
旗手の号令の下、再び騎馬は進み出す。石火矢の弾丸が飛び交うアスターナの戦地に向かって。
――――――――
「伝令、魔法師団に告げる、状況が始まった、予定通り千メート後方に後退。繰り返す、状況が始まった、予定通り千メート後方に後退!!」
アスターナの荒野にアースウォールによる防壁を築き、簡易的な前線基地としていたキャサリンたち陽動部隊の下に伝令が走る。
魔法師団の者たちはその言葉に目を見開くや、一斉に移動を開始した。
「えっ、ちょっとなに、あんたたちどこに行こうって言うのよ。
あんたたちの役割は陽動でしょうよ、現場を放棄してどうするのよ~!!」
キャサリンの声が空しく戦場に響く、ビアークは今にも逃げ出そうとする魔法使いを引き止め、説明を求める。
「あぁ、遂に辺境の狂人共が来ちまったんだよ。アンタらも冒険者なら聞いた事くらいあるだろう、アルバート子爵家騎士団。
たった五騎でスタンピードを制圧しただのその威圧だけで城を落としただの誇張するにも程があるって話。
あれな、誇張なんかじゃないんだよ、寧ろ過小評価なんだと。
俺たちが何でこの地に派遣されてたと思う?やたらな貴族家じゃアルバート子爵家騎士団と問題を起こして潰されちまうからさ。
うちらの大将エラブリタイン伯爵様がそのいい例さ、視察名目でちょっかいを掛けに行ったら人格ごと変えられちまった。
俺たち家臣の者はありがたいんだがな、その大将がアルバート子爵家騎士団の話を始めると顔を青くしてガタガタ震えだすんだよ。
目茶苦茶真剣な顔でアルバート子爵家には手を出してはいけない、国が滅ぼされるってな。
それとこれは極秘情報だが、王家の諜報部“影”ってのがいるだろう?
アイツらも相当にアルバート子爵家を警戒しているらしい。
エラブリタイン伯爵様はその影と宰相閣下の御命令でこの地に来たって訳さ、アルバート子爵家騎士団が到着するまでの場繋ぎとしてな。
あんたらも早くこの場を離れるんだな、でないと噂の精霊砲の餌食にされちまうかもしれないぞ?」
魔法師団の者はそれだけを告げると、弾丸飛び交う戦場を身を低くしながら離れて行く。
「キャサリン、どうする?」
「どうするもこうするも、既に作戦は始まってるのよ!?今更持ち場を離れる訳には・・・」
“ブォ”
それは大河の奔流、指令本部の天幕側から発せられる強大な覇気が、キャサリンの言葉を打ち切らせる。
「・・・下がりましょう。状況の変化にいち早く対応出来なくて何が白金級冒険者パーティーよ、何事も臨機応変ってね」
「ハハハ、キャサリンのその切り替えの早いところ、本当尊敬するわ。
これで酒癖が悪くなければ最高にいい女なんだけどな~」
「何よ、私は今でも最高にいい女じゃないのよ。何で世のイケメンは私の魅力に気が付かないのよ、皆してアンヌ、アンヌって。
そんなに聖女様がいいのか~!!アイツリーダーにべったりじゃないのさ!他人の女を羨んでないで、自分の彼女を探しやがれ、ちくしょ~!!」
叫びながら後方へと下がるキャサリンに、“あぁ、これ今夜も荒れるな~”とどこか遠い目をするビアークなのであった。
―――――――
それは悪夢の始まりであった。
「隊長、敵の魔法攻撃が止みました。それとどうやら後方に下がって行ってる様です」
「ハハハ、連中も公国軍本隊の到着に恐れをなして逃げ出したか。
まぁ賢明な判断だな。いくら強力なファイヤーランスを撃てる魔法使いがいたとしても、そんな連中ごく少数。数の暴力の前には無力なものさ。
その事はこの戦場で既に証明されてるからな。
これからは物量、兵器の質と数で勝負する時代、騎士の鍛錬だの魔法使いの修練だのとちんたら時間を掛ける時代は終わったのよ。
この戦、絶対に勝つぞ!!」
隊長と呼ばれる者が、部下の兵士たちを鼓舞しているその時であった。
「隊長、敵陣から騎兵の一団がこちらに向かって来ます。何か旗竿に三色の長旗を掲げてますがいかがいたしますか?」
「はぁ?そいつら馬鹿か?今まさに交戦中だってのに頭沸いてるんじゃないのか?
構わん、これまで同様蜂の巣にしてしまえ。総員目標を変更、敵はイカレた騎兵団だ。撃て!!」
“ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン”
砲身より立ち昇る白煙、燃えた爆薬の臭いが周囲に広がる。
「隊長、目標、停止しません。何事もないかのようにそのまま向かって来ます!!」
「チッ、見た目に反して重装なのか?おそらくは魔法付与の品、余程の高級品か?馬だ、足回りを狙え!!」
“ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン”
「駄目です、全く変化がありません!こちらに向かって来ます!」
「落とし穴は、確かあの辺には落とし穴があったはずだ!」
「駄目です、落とし穴の上を何事もなく進んで来ます!」
「クソ、どうなってやがる。爆薬だ、支給された小樽の爆薬を投擲するんだ!」
“ヒュ~~ズド~ンッ、ヒュ~~ズド~ンッ、ヒュ~~ズド~ンッ”
爆音と爆炎、土煙が立ち昇り、周囲が火薬の臭いに包まれる。
「駄目です、全く効果がありません!」
「クッ、こうなったら接近戦しかない。総員、剣を“ブォッ”・・・」
立ち昇る覇気、周囲一帯を恐ろしい迄の殺気が包み込む。
「てっ、撤退だ!!最終防衛線まで下がる、この化け物共には石火矢も小樽の爆薬も効かん!
本隊に合流し、この情報を伝えるんだ!!
幸い連中の移動速度は遅い、おそらくは結界を張っての移動だろう。
急げ、味方の攻撃に巻き込まれるぞ!!」
「「「ハッ!!」」」
石火矢も爆薬も利かない化け物が向かって来る、その情報は直ぐにダイソン公国軍侵攻部隊司令官の下に届けられた。
「ふん、王国も馬鹿ではないという事か。我々に対抗しうる部隊を作り上げて来た、そう言う事だろう。
だが見た所三十騎たらずの騎兵団、連中は我々を馬鹿にしているのか?
まぁいい、ザビエール閣下も初戦は派手にせよと仰っていたしな。
大型投擲機用意、目標は侵攻してくるあの騎兵団だ。放て!!」
“ヒュ~~~ヒュ~~~ヒュ~~~、ドガーーンッドガーーンッドガーーンッ”
戦場に濛々と立ち込める土煙、しかし・・・。
「敵に損傷は見られません!!全くの無傷です!!」
「なんだと!?次弾、急げ、敵が来るぞ!
放て!!」
“ヒュ~~~ヒュ~~~ヒュ~~~”
宙を舞う大樽、だが・・・。
“バッ、タンッタンッターンッ”
先頭を進む旗持の騎士が馬を蹴り宙に飛び上がったと思うや、背中の旗竿を抜き取り、大樽を打ち返したのである。
“ドガーーンッドガーーンッドガーーンッ”
ダイソン公国軍の上空で激しい爆発音を上げる大樽、そしてその爆発の勢いは大きく立ち上がった投擲機三機を横倒しにする。
「「「ギャ~~~」」」
密集していたが為に避け切れず巻き込まれる多数の兵士、辺り一帯に悲鳴と怒声が響く。
「なっ、ふざけおって~!!
精霊砲の準備だ、あのふざけた連中を焼き尽くす!!」
「司令官、しかし精霊砲の使用は攻城戦で行うものと・・・」
「構わん、どの道あの連中を始末しない限り我らとて進軍は出来んのだ、責任は私が取る!!」
「司令官、精霊砲、いつでも行けます!」
「よし、総員、精霊砲発射に備えよ!発射!!」
地上に光が溢れた。
「な、何だあれは!?」
後方に下がったオーランド王国貴族軍と白金級冒険者パーティー“大地の咆哮”は、あまりに圧倒的なその光景に唯々言葉を失う。
“ブゥワ~~~~~~~~~~~~、チュドーーーーン”
光の洪水は空を照らし、大地を埋め尽くす。
激しい振動と爆発音が地上の全てを焼き尽くす。
「ハハッ、ハハハハハハッ、これが精霊砲、これがダイソン公国の力。
勝てる、勝てるぞ!我々ダイソン公国軍が、オーランド王国王家に鉄槌を下すのだ~~!!」
そのあまりに凄まじい光景に、ダイソン公国軍侵攻部隊司令官が拳を振り上げ声を上げた時であった。
「司令官!!敵が、敵が・・・」
「敵がどうした、我々は無敵だ!この土煙が晴れ次第、進軍を開始する!!」
「敵は無傷です!!こちらに向かい進行を再開しました!!」
「なっ、なんだと~~!!精霊砲、第二射撃準備、急げ!!」
騒然とする公国軍司令本部、だが事態は止まらない。
「射撃準備、終わりました!!何時でも行けます!!」
「よし、放て~「あぁ、それはもういいや」・・・」
静かに、だが何故かその場の者全員の耳に届いた呟き。
“ブゥワ~~~~~~~~~~~~”
激しい光の渦が撃ち出されたその前で。
“グォ~~~~~~~~~~~~~”
覇気とも魔力とも取れない力の奔流が、あり得ない程の規模で立ち上がる。それは次第に膨らみ、精霊砲の光すらも飲み込んで行く。
「あっ、あっ、あっ、あっ」
あまりの光景にその場にへたり込む司令官。
その力は中空に集まり一つの形を模り始める。
「あれは、蛇?いや、ドラゴン!?確か東方には蛇のように長い身体のドラゴンがいると聞いた事が・・・」
ロベルト・エラブリタイン伯爵の呟きが、静まり返った王国貴族軍の中に広がる。
あれが、ドラゴン!?あの巨大で怖ろしいものがドラゴンだというのか!?
人々の胸に宿る感情、それは畏れ、絶対的な力の前に、人はただ只管に祈りを捧げる。
目の前で起きている事、それはまさに祈りを捧げ畏れ敬うべき存在の顕現。
“ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォ”
天が落ちた。
顕現した畏れが、ダイソン公国軍のある一点を目指して落下したのである。
“ガァァァァァァウッ、ドーーーーーーン”
審判は下された。
大地に穿たれた底が見えない程の大穴、その中心にあったであろう精霊砲は、大地と共に跡形もなく消え去ってしまったのであった。
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora