周囲に立ち込めていた土煙が晴れる。
ここは戦場、数百の貴族軍兵士と冒険者の頂点と謳われる白金級冒険者パーティー、そして数万のダイソン公国軍が対峙する一触即発の危険地帯。
だが今その地は、静寂と沈黙に包まれていた。
先程まで飛び交っていた石火矢が、魔法弾が、投擲され激しい爆発を起こしていた爆薬が、大地を光で染め上げた精霊砲が。
その全てが沈黙し、兵士たちは皆ある一点を見詰めていた。
「“心して聞け!!”」
それは不思議な声であった。確かに大声ではあるものの、遠く離れた場所であっても鮮明に聞こえるその声音。
いや、心に直接響く声は、この場にいる全ての者に意思を伝える。
「“我はアルバート子爵家騎士ケビン・ドラゴンロード。
これより北西部貴族連合の代表としてパトリシア・アルバート嬢が、南西部貴族連合の代表としてロナウド・テレンザ様が、旧ダイソン侯爵家の正統としてアイリス・ダイソン嬢が、我らアルバート子爵家騎士団を率い此度の戦を終結させるべくダイソン公国に交渉に向かう。
この交渉が終了するまでの間の戦闘行為の一切を北西部貴族連合、南西部貴族連合の名において禁止する。
この警告が破られた場合、我らアルバート子爵家騎士団はダイソン公国及びオーランド王国王家を敵とみなし、全力で排除する。
諸君らはその為の試金石である、覚悟を持って事に当たられよ。
オーランド王国貴族軍に告げる、この宣言にはそこの冒険者も含まれる。
冒険者が勝手に行ったなどという言い訳は聞かない、冒険者ギルドが敵に回るというのならそれも致し方が無き事、全力で排除するのみ。
我らはそれだけの覚悟を持って事に当たっていると心得よ!!”」
“バカラッ、バカラッ、バカラッ、バカラッ”
巨馬に跨った偉丈夫が荒野を駆ける。彼はつい先程まで貴族軍が陣を敷いていた地点にまで戻ると、背中に背負った二振りの大剣を引き抜いた。
「<覇魔混合>、<天翔>」
“ブォーーーーー”
突如吹き上がる強大な力、その力は巨馬に騎乗したまま、戦士を上空に浮かび上がらせる。
“ガッガッ、ブルルル”
巨馬はまるで上空に地面でもあるかのように確りと立ち、戦士は馬上で大剣を構える。
「双剣一閃、<
“シュインッ”
上空で振るわれたソレは、その見た目からは想像出来ぬほどの流麗で美しい剣技。だが・・・。
“ズドーーーーーーーーーン”
その剣は大地を切り裂き、大きく深い裂け目を作り上げる。
「これは境界線だ。これより先に進むこと、すなわち我らに対する宣戦とみなす。
聞いていなかった、知らなかったなどといった言い訳は許さん。よいな?」
双角のヘルムから覗く鋭い眼光が人々を見下ろす。心に刻めという無言の圧力と共に。
“パッカ、パッカ、パッカ”
赤きマントを羽織りし者が、ダイソン公国軍の前に向かい言葉を掛ける。
「私はシオン・ダイソンが娘、アイリス・ダイソン。
私は帰って来た、この戦いを終わらせる為に」
“シューーッ”
腰から引き抜かれたのは美しく輝くロングソード。
「私は誓う、ダイソン公国の民が笑顔で暮らせる日々を作る事を。
私は帰って来た、ダイソン侯爵家の正統が引継ぎしこの剣と共に。
この戦を終わらせる為に!!」
それはダイソン侯爵家の代々の当主が受け継いできた当主の証、先々代に当たるシオン・ダイソン侯爵の死後失われていたとされるダイソン侯爵家の家宝。
ダイソン侯爵家の誇りが帰って来た、シオン様の娘であるアイリス様と共に。
ダイソン公国の人々の胸に宿っていた激情が、静かに消えて行く。
あの優しくも穏やかであった日々、領民を愛し、家族を愛したシオン閣下。その愛娘であるアイリス様が誇りを取り戻してくれた。
自分達は何時から忘れていたのか、熱に浮かされる様に武器を取り、戦場へと駆け付けた。だが本当に守りたかったものは、本当に愛していたものは。
“ガチャッ、ガチャガチャガチャッ”
ダイソン公国軍兵士の手から落ちる石火矢、自分たちは何時から間違えてしまったのか。
「総員、ダイソン公国大公陛下の居城へと向かう。
三英雄に続け、この戦を我らの手で終結させるのだ!!」
「「「「オォーーーーーーーーー!!」」」」
“ブワサッ”
各家の紋章の刻まれた三色の長旗が戦場にはためく。
その旗手の後方を、赤・青・白のマントを靡かせた若者が続く。
双角のヘルムを被りし巨漢が、濃紺の鎧に守られし騎兵たちが、御旗に率いられ去って行く。
“この戦は終わる、彼らが終わらせる”
「エラブリタイン殿、先ほど仰っておられましたね。
戦争を終わらせる事が出来るのは圧倒的な力、誰もが逆らう事を諦めてしまう程の力であると。
十二万を超える将兵が亡くなるという過去に例が無いほどの大戦を、たった三十騎で終結に導くアルバート子爵家騎士団。
私は自身の白金級冒険者という肩書に驕り高ぶっていたのかもしれない。
世界は広い、私などまだまだだとまざまざと見せ付けられました。
今回の依頼は失敗です、依頼人には依頼失敗報告に向かわねばなりません。
エラブリタイン伯爵閣下には大変お世話になりました」
オーランド王国貴族軍の司令本部にてそう声を掛ける白金級冒険者ダンガー。その顔はどこかスッキリとした、憑き物でも落ちたかのような爽やかなものであった。
「そうか、では道中気を付けてな。バルーセン公爵家の者は昔から我が強い、自身が頭まで下げたのに依頼が果たされなかったとなればその報復に走るやもしれん。
困ったら我が領に来るといい、強い冒険者の訪れは歓迎すべき事だ」
エラブリタイン伯爵はそう言うと、首から下げていたペンダントの一つをダンガーに手渡した。
「これは私が認めた者との証、我が領でこのペンダントを見せれば手厚く遇してくれるはずだ。仕官が望みであればそれも叶うだろう。
貴殿程の者であれば他国にも伝手があろうから不要かもしれんが、手札は多いに越した事はない、持って行け。
同じ戦場を生き残った同志よ」
そう言い本部を離れて行くエラブリタイン。ダンガーはペンダントを握りしめその後ろ姿に深く礼をする。
「お前たち、王都に戻る。直ぐに出発だ!」
「「「「はい、リーダー」」」」
男達は動き出す、それぞれの職務を果たす為に。この場で感じた思いを、その胸に刻み付けて。
―――――――――
「アスターナ草原が破られた!?それはどういうことですか。
あの地は現在オーランド王国侵攻作戦の為に数万と言う数の将兵が向かっているんですよ?その全てが破られたとでも言うのですか」
旧アスターナ男爵領とダイソン公国公都を結ぶ街道の拠点である中継都市キシリア、その防衛を任されていたマチル・ダジャン司令官は部下の報告に耳を疑う。
「ハッ、これは公都総本部に齎された通信によるものです。
敵は騎兵隊、数三十騎。圧倒的な覇気を纏い、王国貴族軍ならび我が公国軍一万七千の将兵を沈黙させたとの事です」
「はぁ!?それでは何ですか、我が軍は戦わずして敗北した、そう言う事ですか?いつから公国の兵はそんな腰抜けに」
「いえ、そうではありません。敵は石火矢、落とし穴、爆薬による爆破、精霊砲の攻撃、その全てに対し無傷であったとの事です。
その上巨大なドラゴンを作り出し精霊砲を消し去ったとか。この辺の情報ははっきりしませんが、少なくとも我が軍の兵器の一切が効かない存在であるとの事です」
「なっ・・・」
マチル・ダジャン司令官は部下の言葉に息を飲む。新興国であるダイソン公国が大国であるオーランド王国に対し戦線を維持出来ているのは偏に武力の差、兵器の差によるものであった。
人的資源の差を圧倒的な兵器の物量でカバーする。改良された石火矢というその辺の農民を一瞬にして戦力に変えてしまう兵器の登場は、辺境の地であるダイソン公国に戦う力を与えた。
そればかりでなくこれまでにない強力な爆薬による爆破兵器や精霊砲と言う広域破壊兵器の登場は、戦場の常識を一変させた。
“この戦、ダイソン公国の勝利で終わる”
誰しもの心にそんな思いが宿っていた。そしてそれは現実となろうとしていた、その矢先であった。
「街門を閉鎖、これよりキシリアは厳戒態勢に入ります。全ての兵力を東街門に集結、その連中の足止めに掛かります。
薬師ギルドに行って毒薬でもなんでも集めなさい、そんな連中普通の方法で生まれるはずもありません、もしかしたら死霊術?
そう言えば呪術の一つに呪い人形というものがあると聞いた事があります。
教会に行き聖水をあるだけ貰って来なさい、時間がない、急ぎなさい!」
“バタンッ”
「ダジャン司令、東街門から伝令。背中に三色の長旗を付けた旗竿を括り付けた騎兵が、真っ直ぐこちらに向かって来ているとの事です」
「なっ、早過ぎではないですか。まだ一日と経ってはいないのですよ?
アスターナ草原が破られたとの連絡が入ったのだって今さっきだというのに」
「司令官、いかがなさいますか?」
「私が直接向かい時間を稼ぎます、その間に準備を済ませなさい。
公都にはミネリオ新大公閣下、マルネリア公女様、ライア公母様がおられるんです。
絶対にキシリアを抜けさせる訳にはいかないのです」
マチルはそう言うや司令本部を離れ急ぎ東街門へと向かう。そこでは既に到着していた旗持の騎士が口上を述べていた。
「我はアルバート子爵家騎士ケビン・ドラゴンロード。
これより北西部貴族連合の代表としてパトリシア・アルバート嬢が、南西部貴族連合の代表としてロナウド・テレンザ様が、旧ダイソン侯爵家の正統としてアイリス・ダイソン嬢が、我らアルバート子爵家騎士団を率い此度の戦を終結させるべくダイソン公国に交渉に向かう。
我らの通過を許可されたし!
我らがこの戦を終結させる!」
大声で語られるそれは、とても単身で敵国の都市街門前にいるとは思えないほど堂々たるものであった。
「交渉であるというのなら書状を置きこの場を下がられよ。
私の名はマチル・ダジャン、このキシリアの街を任された司令官である。
貴殿の書状、確かに公都に届けると誓おう」
東街門の街壁の上に立ち、旗持の騎士に言葉を掛けるマチル。
その周辺では影に隠れる様にした兵士たちが、石火矢を構え狙いを付ける。
「ふむ、こちらを狙う石火矢が三十名、街門の裏には五十四名、爆薬の準備も完了したといったところですかな?」
旗持はそう言うや懐から何かを取り出した。
「それは・・・剣の柄?」
「えぇ、見た目通りの剣の柄ですね。またの名を“魔剣グラトニュート”。
私の役割は騎兵団の先導と露払い、行き先の障害を取り除くのが仕事なんですよ。
グラトニュート、久々の出番だ。目標は街門及び武器装備全般、存分に喰らえ!!」
“ブウォーーーーーーー!!”
突如剣の柄より溢れ出す濃厚な闇属性魔力。それは質量を以って東街門を含む周囲一帯を暗黒で覆い尽くす。
「キャーーーーー!!」
「「「マチル司令官~~!!うわ~~~!!」」」
その暗黒は東街門の上に立つマチル・ダジャン司令官をも吹き飛ばし、その闇の中に沈めて行く。建物も、人も、物も、その力の前には等しく無力。全てを飲み込んだ暗黒はまるで何事もないかの様に剣の柄に戻って行く。
“バカラッ、バカラッ、バカラッ、バカラッ”
街道を走る騎兵隊の蹄の音が近づく。
「ケビン、先行任務ご苦労様です。それでこれは?」
声を掛けたのは北西部貴族連合の代表にしてグロリア辺境伯家の紋章を背負いし三英雄の一人、パトリシア・アルバート。
彼女は自身の目の前に広がる光景に、眉間の皺を揉む。
そこには街を外敵から守る為の街門があるはずであった。その街門が破壊されるでもなく、もちろん開かれるでもなく、周囲の建物ごときれいさっぱり消失していたからである。
「ケビン、これ、一体どうするんですか?」
「あぁ、帰りにでも戻しておきますよ?別に壊してないんで、きちんと収納してありますから。
それと周辺にいた兵士さん方は影空間行きですかね、騒がれるのも面倒なんで魔力枯渇にしてありますが」
そう言いそれがどうしました?と言った風に首を傾げるケビンに、“やっぱりケビンはケビンだわ”と心を一つにする騎兵隊一行。
待ち構えていた者たちは己の使命を果たさんと手に汗を握り武器を取った事だろう。バルカン帝国の兵器が効かない、その情報を聞かされても尚、国の為、愛する家族の為。
だがそんな思いなどこの理不尽の前には関係ない、邪魔だから排除する、ただそれだけなのだ。
「あっ、そうそう、アスターナの戦場でドラゴンに飲み込まれたことになってる兵士さん方がいるんでした。ついでなんでみんなこの街に置いて行きますね」
そう言い影空間から何人もの人間を並べて行く理不尽。
「ウゥッ」
その中の一人が呻き声を上げ身を動かす。
「おぉ、凄い。この方、魔力枯渇に耐えましたよ。日頃から魔力枯渇を起こすくらいの魔法訓練を積んでる証拠ですね、素晴らしい」
そう言い理不尽が褒め称える中、アイリスが声を上げる。
「マチル?マチルじゃない、何でこんな所に」
「ウッ、えっ、アイリス、お嬢様・・・」
「アイリスさん、知り合い?」
「はい、元はお母様の家に仕えていた方で、ダイソン家で護衛騎士をしてくださっていたマチル・ダジャンです。剣の名手で、指揮官としても大変優れた方でした。父シオンが亡くなった後も私達の事を守ってくださっていた方です」
それは思わぬ再会、嘗ての主従の邂逅。
「なぜ、アイリスお嬢様が・・・。この国は・・・」
「大丈夫ですよ、マチル。この戦争は終わります、私達が終わらせます。
またいつか、みんなでお茶をしましょう?お母様やミネリオ、マルネリアと一緒に」
そう言い優しく微笑みかけるアイリス。
その顔を見たマチル・ダジャンは、全てを悟ったかのように静かに目を閉じるのであった。
本日一話目です。