それは影から現れた。
突如大地から立ち上がった黒き壁、その壁からすり抜けるかの様に、騎乗した騎士の一団が蹄の音を鳴らし街道へと歩を進める。
「皆さん、これより向かうのはこの祭りの終着地点、ダイソン公国公城となります。ダイソン公国の方々が派手な歓迎をしてくださることは必定、皆さんは鬼神ヘンリー、剣鬼ボビーの指示に従い行動してください。
それと三英雄の皆さんは忙しくなります、監視は配置してありますが状況に合わせた臨機応変さが求められます。
基本的には私の指示に従ってください。
それでは参りましょう、この戦争を終わらせる為の終戦交渉に」
“バサッ”
一陣の風が吹き抜け、旗竿に掲げられた赤・青・白の長旗がはためく。
騎馬の一団が動き出す、向かうはダイソン公国公都。
悲しみと憎しみ、欲望と憎悪にまみれた戦いを終結させる為に。
街道は伸びる、公都を目指し真っ直ぐに、騎馬行列の一団を誘うかのように。
――――――――――
“ザッザッザッ”
城内を武装した兵士たちが忙しなく走り回る。
情報伝達を担った伝令兵が、大会議室の扉を勢いよく開く。
「報告します。街道に配置しました偵察隊より報告、対象が現れました、その数三十騎。先頭に三色の長旗を携えた旗手を確認、報告にあった王国の秘密部隊に間違いありません」
「報告します。騎兵の一団が公都街門前草原地帯に到着、視認距離に入りました」
大会議場に響く報告者の声に、その場の者たちの視線は作戦本部総司令ギラン・ザビエールの下へと注がれる。
「よし、これより作戦行動に入る。これは我がダイソン公国の命運を賭けた一戦である。総員、配置に付け。
命を惜しむな、国の為、家族の為、愛する者の為にその命を捧げよ、ダイソン公国の旗の下に。
自由、ダイソン!!」
「「「「自由、ダイソン、自由、ダイソン!ダイソン公国に栄光あれ!!」」」」
男達は動き出す、己の信念の下に。
全てはそれが、幸福な未来に続く道なのだと信じて。
「グラン司令官、総員の配置が完了しました。街道に埋設した遠隔式爆薬の起爆、いつでも行けます!!」
「よし、敵は我が軍の兵器・爆薬の一切が効かんと言わしめた化け物ども、遠慮も躊躇もいらん!
石火矢による射撃、投擲機による爆薬の投下、魔法弾、痺れ薬に毒薬、その全てをぶつけろ!!
それでもダメなら儂が直接出る、これでも剣の腕は錆びておらんわ。貴様らも腰の物が飾りではない事を証明するのだ。
公都街門を抜けられれば全てが終わる、そう思え!!」
「「「「ハッ、グラン指令官」」」」
グラン司令官は公都東街門の街壁の上より眼下に伸びる街道を睨む。その遥か彼方より迫る三十騎の騎兵たちを見据える為に。
「ふむ、速度を落としたか。流石に警戒していると見えるな。
まぁその方がこちらとしても都合がいいのだがな」
「グラン指令、敵が目標地点に到着します」
“スッ”
上げられた右手、現場に緊張が走る。
「今だ、遠隔式爆薬、起爆せよ!!」
“バッ”
「「「「起動符、発動します」」」」
“チュドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドーーーーーン”
グラン司令官の動作に合わせ、街道に埋設された無数の爆薬が一斉に火柱を上げる。
それはまるで大地が弾け飛んだかのような大爆発、公都前に広がる草原が炎の海と化し、爆炎が天を焦がす。
”
「手を緩めるな!!投擲機、爆薬樽を投下、あるだけ全部だ、出し惜しみをするな!!」
“ヒュ~~ヒュ~~ヒュ~~ヒュ~~ヒュ~~ヒュ~~ヒュ~~”
街門に設置された四基の投擲機から次々と射出される爆薬の詰まった大樽。その全てが目標地点に到達するや轟音を立て爆発する。
終わる事のない爆音と炎に、公国兵たちは自分たちの勝利を確信する。
だがただ一人、現場司令官グラン・ラバルはその表情を曇らせる。
「クッ、化け物が。石火矢隊、射撃はじめ!撃って撃って撃ちまくれ!!」
“ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ”
街門の上、街壁、街壁前に堀を築き潜んでいた兵士達、その全てが石火矢を構え射撃を開始した。
「まぁ、効かんだろうがな。儂が直接出る、公城に伝令、“敵殲滅ならず、次の行動に移られたし”
ライア様、どうかご無事で。儂は先に逝かせていただきます。
剣を取れ、公国の未来を繋ぐのだ!!」
「「「「オォーーー!!」」」」
男達が命を捨てる覚悟をした、その時であった。
「<防護城壁>」
“ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ”
“パカパッ、パカパッ、パカパッ”
大地の消し飛んだ爆炎渦巻く草原に、炎を切り裂いて一筋の道が出現する。それは東街門まで届き、炎の中心からは石畳を鳴らす蹄の音が響く。
“ゴウンッ”
それは強大な力の奔流、抗う事の出来ない大河の流れ。
炎の中心で爆発的に膨れ上がった力は、草原に広がる劫火を飲み込み、天空に巨大な焔龍を顕現させる。
“ガチャ、ガチャガチャガチャ”
その威容に兵士達は手に持つ武器を取り落とし、ガタガタと身を震わせその場にしゃがみ込む。
これは一体何なんだ、自分たちは一体何を敵に回してしまったんだ!?
祖国の為、家族の為、愛する者の為。
耳心地の良い言葉に踊らされ武器を取った、そして戦った。数に勝るオーランド王国貴族軍を相手に勝利し、国を守り抜いて来た。
自分たちは強い、力こそ正義、ダイソン公国に栄光あれ。
・・・自分たちは何時から勘違いしていた?
手に持つ武器が、バルカン帝国の兵器が最強であると。
人は決してドラゴンには敵わない、人は神の意向の前に無力だ。
これまで多くの国家がそうして滅ぼされてきた。
自分たちはやり過ぎてしまった、驕り高ぶってしまった。
そんな自分たちに向け、今まさに龍の
“ガァーーーーーーーー!!!!”
天が落ちる。上空に存在した焔龍が、東街門目掛け落下する。
“ブウォッ”
「「「「うわーーーっ」」」」
突如吹き付ける突風に、東街門周辺にいた兵士たちはまるで見えない腕に薙ぎ払われたかのように建物の壁に叩き付けられる。
そして・・・。
“ドゴーーーーーーン”
東街門はまるで灼熱の何かに焼き尽くされたかのような跡を残し、その場から消え去ってしまうのであった。
“パッカ、パッカ、パッカ、パッカ”
静まり返った東街門前に、石畳を踏む馬群の蹄の音が響く。
先頭の旗手の掲げる三色の長旗がはためく。その場の者たちは、ただ彼らの進行を見守る事しか出来ない。
「待たれよ」
だがそんな中、両手で戦斧を構え立ちはだかる偉丈夫が一人。
「我が名はグラン・ラバル、一騎打ちを申し込む者なり!」
それは男の意地、戦場において暫し行われる一騎打ちは、戦士の矜持を賭けての戦い。
「ほう、面白い」
巨馬に跨った双角のヘルムを被りし偉丈夫が、前へと馬を進めようとした。
「お待ちください、ここは私が」
“バサッ”
声を掛けるや馬を降りたのは、深紅のマントを纏いし騎士。
その体躯は大柄という事はないものの、全身から漂う強者の威圧が、その者が油断ならぬ実力者であることを物語る。
「クッ、我がダイソン公国の紋章を背負うか。貴様ら王国はどこまで我らを愚弄するつもりか!!
ウォォォォォォォォォ!!」
戦斧を上段に構え、瞬時に間合いへと飛び込む偉丈夫、だが。
「団子流剣術、<濁流流し>」
“シュキンッ”
それは自然を友とし大地と一体となったホーンラビットが生み出した呼吸。振り下ろした戦斧の勢いをさらに加速させた強さで宙に吹き飛ばされる偉丈夫。
“ズド~ン”
「グゥゥゥ、儂は、負ける訳には、いかんのだ」
頭から落ち地面に叩き付けられるも、必死に身体を動かし起き上がろうとするグラン司令官。
“カツンッ、カツンッ、カツンッ、カチャッ”
「勝負あり、ですね、グラン爺」
突き付けられたロングソード、それは嘗て侯爵家子息キャスパーとともに姿を消したダイソン侯爵家当主の証。
そしてその刃を突き付け優しく微笑む者は・・・。
「アイリス・・・お嬢様」
「えぇ、久しぶりですね、グラン爺。もう年なんだから、あまり無理をするものではありませんよ?
あなたはミネリオ大公の大事な臣下なんですから。後は私に任せて今は休みなさい」
“ブォン”
言うや鎧を掴み軽々と兵士たちの元へと放り投げるアイリス。
その姿に“うわ~、知り合いのお爺さんをぶん投げちゃってるよ~”と若干引き気味なマルセル村の面々。
“バサッ”
旗竿に掲げられた三色の長旗がはためく。
「我々はオーランド王国北西部貴族連合、南西部貴族連合の代表である。此度の戦を終息すべく、旧ダイソン侯爵家息女アイリス・ダイソン嬢の旗の下、ミネリオ大公閣下との交渉に臨むものである。
この戦は終わる、我々が終わらせる。
我ら三勢力の同盟と終戦交渉が成った暁には、三勢力合同でオーランド王国王家に終戦を迫る。
諸君らの大願、ダイソン公国建国はこの交渉を以って為されるだろう。
武器を捨てよ、闘争の時代は終わった。後は心して交渉の行方を見守るべし!!」
旗手の声に、長かった戦いの終わりを知る兵士達。
“パッカ、パッカ、パッカ、パッカ”
多くの兵士達が見守る中、公城に向け歩を進める騎兵たち。
ダイソン公国の者たちは、ただ彼らの背中を見詰める事しか出来ないのであった。
――――――――――――
“チュドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドーーーーーン”
「キャーッ」
大地を大きく揺さぶる振動と鼓膜を激しく刺激する爆発音。
妹である公女マルネリアの上げた悲鳴に、ミネリオは大きな声を上げる。
「これはどうした事か、誰ぞ説明せよ!」
「ハッ、現在公都東街門前の草原地帯にて、オーランド王国の秘密部隊との交戦が行われているものと思われます。
先程の爆発は我が国の爆薬により敵部隊を攻撃した事によるものかと」
ダイソン公国公城を激しく揺さぶった揺れは味方の攻撃音と知り、若干の安堵を覚えるミネリオ。
「そうか、では敵は既に殲滅出来たと言う訳だな?」
「それは・・・」
“ズドーン、ズドーン、ズドーン、ズドーン、ズドーン、ズドーン”
続く様に再び鳴り響く爆発音に、城内に緊張が走る。
「どういうことだ、先程の爆破で敵を始末する事が出来たのではないのか!?」
「ハッ、ご報告いたします。敵特殊部隊は我が国の兵器である石火矢、爆薬、精霊砲による攻撃の全てを防ぎ切り、アスターナの戦場に向かったオーランド王国侵攻部隊を沈黙させ公都にやって来た者たちであると思われます。
現在我が国の総力をあげ排除しているところであります」
「はぁ!?我がダイソン公国の兵器が効かぬ部隊だと、その様な話は聞いておらぬぞ!?
ギラン、ギランはどうした!」
ミネリオ大公は不快感を露わにし、作戦本部総司令ギラン・ザビエールを呼びつける。
「ハッ、ミネリオ大公閣下、お呼びでしょうか?」
「ギラン、これはどうした事か。我が公国の戦力はオーランド王国に勝る、王国の戦力などバルカン帝国の兵器には遠く及ばないという話ではなかったのか?
公国は、我々はどうなってしまうのか!?」
そう言いギランに詰め寄るミネリオ、その姿はとても国を率いる大公といったものではなく、家族の心配をする少年のもの。
「ミネリオ大公閣下、ご安心ください。このギラン、何があろうともミネリオ大公閣下をお守りする所存でございます」
そう言い膝を突き臣下の礼をするギラン。
「ギラン閣下、東街門グラン司令官より至急の伝令!
“敵殲滅ならず、次の行動に移られたし”、以上であります」
兵士からの報告に、傍で話を聞いていた公母ライア・ダイソンは悲し気に視線を下げる。それは長年付き従ってくれた家臣の遺言、“グランは東街門の防衛に命を捨てる”、そう伝えて来たのだと理解したが故に。
「クッ、あの老いぼれめ、大口を叩いたわりに使えぬ。
ミネリオ大公閣下、申し訳ございませんが一時的に身を隠していただきます。大公閣下は我が国の象徴、大公閣下がおられる限り、ダイソン公国は何度でも蘇るのですから」
「何を言うか、我はダイソン公国大公ミネリオ・ダイソンであるぞ!我は誇り高きデギン・ダイソンの血を引き継ぎし者、父は決して逃げぬ男であった。
ギラン、お前はその遺志を継ぎし我に逃げろと申すか!!」
「いえ、これは逃げるのではございません。一時的に身を引くだけでございます。
現在我が国の侵攻に合わせバルカン帝国の援軍が向かっているところでございます。
この城に向かって来ているのはわずか三十騎の騎兵、数万というバルカン帝国の精鋭を前にすれば成す術なく逃げ出すは必定。
この場で意地を張り無駄に身を危険に晒すよりも、余程賢い戦術でございます。
それとも陛下は自身の意地を優先して公女マルネリア様の身を危険に晒されるおつもりか?」
ギランの言葉に声の詰まるミネリオ。自身の意地の為に大切な妹を危険に晒すなどあってはならない愚行。
「分かった、直ぐに向かうとしよう。母上、マルネリア、急ぎ城を離れます」
ミネリオの言葉に、首を横に振るライア。
「ミネリオ大公閣下、マルネリア、あなたたちだけで向かうのです。この城にダイソン公家の者がいないとなれば王国の手は直ぐに捜索へと回されるでしょう。
聞けば敵は少数、であるのなら公母である私が残る事で敵の注意を引く事が出来ましょう。
ギラン、ミネリオ大公閣下とマルネリアの事、頼みましたよ?」
「ハッ、公母様の御覚悟、このギラン、確かに受け取りました。
ミネリオ大公閣下並びに公女マルネリア様の事は、ギランにお任せを。
お前たち、お二人をお連れしろ。時間が無い、急げ!!」
「馬鹿を申すな、母上を置いて逃げる事など“ブウォッ”!?」
突然身を襲う強大な力の気配、全身に鳥肌が立ち、奥歯がガタガタと音を立てる。
「大変です、公都上空に巨大な化け物が。全身が炎で出来た巨大な蛇の様なドラゴンです!!
東街門の上空にドラゴンが現れました!!」
飛び込んできた兵士の告げる凶報、大公ミネリオと公女マルネリアは母の名を叫ぶも、ギラン達に連れられ城を後にするのでした。
本日一話目です。