“パチパチパチパチパチパチパチパチ”
オーランド王国王城謁見の間、国王ゾルバの下王太子をはじめ国内有力貴族が集う重要な集まりの中、その者による場違いな拍手が響き渡る。
「いや~、いい舞台だったよ、やっぱり人間って面白いよね。しかも今回は一年にも及ぶ壮大な演目、こないだのグロリア辺境伯家とランドール侯爵家との戦いも中々趣向を凝らしたいい見世物だったけど、今回は規模が違ったよね。
大道具さん頑張っちゃったよね~、石火矢に爆薬樽の投擲機に精霊砲。
ヨークシャー森林国のトリニア砦の戦いも見て来たけどさ、バルカン帝国の新兵器って頭一つ飛び出てるよね、本当最高」
そういい声を弾ませる者、黒い外套にフードを被った全身黒づくめの何者かの登場に、その場の者たちに緊張が走る。
「お前はあの時の・・・」
マケドニアル・グロリアが言葉を発した、その時であった。
“ババババババババババババッ、キンキンキンキンキンキンキンッ、ガキンッガキンッガキンッガキンッ”
黒衣の何者かに襲い掛かる五つの閃光、それはアルバート子爵家騎士団の者たち。彼らの全身から立ち昇る覇気に当てられ、近衛の兵たちが膝を突く。
愉悦に顔を歪めながら巨大な双剣を振り回す鬼神ヘンリー。
満面の笑みで目を輝かせながら、大剣を振るい縮地とまごうばかりの速度で加速する剣鬼ボビー。
静かな笑みを浮かべながらも全身から殺気を迸らせ剣を振るう執事ザルバ。
時の流れを置き去りにしたような動きで敵に迫る閃光のグルゴ。
全てから解放された様な笑みを浮かべ、一切の無駄をなくした動きを見せる自称最弱のギース。
解き放たれた修羅により、謁見の間が戦いの色に染め上げられる。
「相変わらず修羅の国の人たちは元気だよね~、しかも人数増えてない?
こないだの二人なんか更に強くなってるんですけど、本当どうなってるの?君たち本当に人族?何か変な血でも混じってない?」
その全ての攻撃を手に持つ短剣で受け流しつつ、黒衣の者が呟く。
「でもまぁ、ちょっと休んでてもらってもいいかな?」
“ドゴンッ、ドゴンッ、ドゴンッ、ドゴンッ、ドゴンッ”
大地を揺らすような衝撃音が王城に響く。人体から聞こえる様なものではない轟音に、その場の者は思考が追い付かない。
「本当にこの人たちって丈夫だよね~。今の拳だって大森林深層の魔物だったら死んでるよ?手加減するこっちの身にもなって欲しいよ、全く。
シャドームーン、この人達に適当にポーション飲ませといて~。
ほっといても死なないとは思うけど、お城の人に悪いしね。
やぁ、騒がしくしてごめんね。
マケドニアル卿は久しぶりだね、他の人ははじめまして。
特に名乗る程の者でもないよ、ただの観客。素晴らしい舞台を見せて貰ったからね、ちょっとご挨拶をさせていただこうと思ってね」
そういい手に持つ短剣を消し、おどけてみせるナニカ。
「あぁ、ランドール侯爵家居城以来であるな。素晴らしい舞台という事は此度の戦もいずこからか観察していたという事かの?」
マケドニアル卿は険しい顔をしながらもナニカに問い掛ける。
「そうだね、ダイソン侯爵家が独立を宣言する前あたりからかな。
あの時はヨークシャー森林国とバルカン帝国の戦争に注目していたからね。
いや~、アレも見事だったよ~。
大量の諜報員を忍び込ませておいての呪病の拡散、今回もそうだけど帝国はやることが大胆だよね。更に言えばその全ての戦いが連動して起きているっていうんだから、底しれない帝国の恐ろしさを感じるよね。
これからも注目して行きたい国家だよ」
「して、先程の話に戻るが、お主の言った言葉はどういう意味であるのか。バルカン帝国の侵攻は時間の問題ではなかったのか?」
マケドニアル卿は目の前のナニカを知っていた。それが人の身ではどうする事も出来ない存在である事も、今現在も自身の強さを偽っている事も。
そしてこのナニカは人の事象には関わらない、文字通りただの観客であり、十数万という人が死に多くの者の人生が狂わされた戦争という舞台の総評を述べに来たに過ぎないという事も。
「うん、バルカン帝国の侵攻、それってこの物語の重要な一幕じゃない?だからそれがいつ起きるのか、その結果何が起きるのか、ダイソン公国周辺で待ち構えていたんだよ。
そうしたらこの修羅の国の人たちの登場でしょう?もうね、予想外もいいところ。
何で僅か三十騎あまりの騎兵団で二万近いダイソン公国軍を退けちゃうかな~。しかも僅か二日だよ、たったの二日で一年近く続いた戦争を治めちゃうって意味が分かんない。
それともっと意味が分からないのがアスターナの怪奇現象、何であの戦場で亡くなった十数万にも及ぶ亡霊たちが蘇っちゃうかな~。
あの地はあと数年で誰も近寄る事の出来ない程のフィールド型ダンジョンになる所だったんだよ?ゾンビやレイス、スケルトン、グールにリッチ。リッチキングは勿論リッチエンペラーなんてとんでもない存在が跋扈するね。
文字通り天然の要塞、バルカン帝国どころかオーランド王国も使用不可能の地、ダイソン公国は死霊蔓延る禁足地になるはずだったんだ。
そこに意味の分かんない存在が現れてね、どうやらそいつも僕と同じ観客だったみたいなんだけど、気分が良かったんだろうね、悪霊共に力と理性を与えちゃったんだよね。
奇跡の一夜だっけ?街で噂になってる奴、ソレの原因だね」
ナニカはそこまで語ると「ちょっと座らせてもらうね」と言ってどこからか品のいい木製の椅子とテーブルを取り出し、スッと腰を下ろした。
“カチャッ”
後ろに立つメイドがさり気なくティーカップを差し出す。何かはテーブルのそれに手を伸ばすと、優雅に香りを嗅いでから口を付ける。
フードの影に隠れ顔は見えないものの、身体の動きからこの場を楽しんでいる事が見て取れる。
「街の噂だと、アスターナの戦場で亡くなった将兵が愛する者や家族に最後の別れを言いに来たんだっけ?
僕はその現場を見てないから本当の事は分からないけど、然もあらんと思うよ。
で、家族との別れを終えた彼らがどこへ向かったのか。
ダイソン公国にあと半日といった草原地帯、既にバルカン帝国の侵攻軍は目と鼻の先にまで迫っていたんだよ。
国王様をはじめとしたこの場の偉い人は誰もその事に気が付いてなかったみたいだけどね。
バルカン帝国の情報統制は相当厳しいみたいだし、オーランド王国の諜報組織“影”だっけ?彼らの力不足って訳でもないと思うよ」
そう言いティーカップを傾けるナニカの言葉に、顔を青ざめさせる一同。
「で、恐ろしいのはここから。十数万というあり得ない数の死霊がバルカン帝国の侵攻軍に襲い掛かったって訳。
あれはもう地獄の光景だったね。だって考えてみてよ、石火矢?爆薬樽?魔物の生態に詳しい者なら分かると思うけど、死霊って物理攻撃効かないんだよね。
バルカン帝国も馬鹿じゃないからね、光属性系の術者を使って精霊砲を放ったんだけどね~、ちょっとした足止めにしかならなかったみたい。
仕方なしに剣で応戦したみたいなんだけど、殺しても殺してもしばらくすると蘇って来ちゃうっていうね、だって死霊だし。
あの死霊、聖女クラスの<ターンアンデッド>でも掛けない限り止まらなかったんじゃないかな~。
後はもう只管の追いかけっこ、それが朝日が昇る迄続いたっていうね、本当にとんでもなかったわ~。
それで帝国の侵攻軍はほぼ壊滅状態に陥りながらイースタニアに逃げ帰ったって感じ?ヨークシャー森林国の侵攻の時もそうだけど、バルカン帝国って相手国の武力と関係ない事で撤退を余儀なくされてるよね。
一度お祓いでもした方がいいんじゃないってレベルよ?本気で不憫。
まぁオーランド王国としては死霊たちに守られたって事かな?
でも守ってくれたのに死霊呼びも良くないよね、こういう時は、そう、英霊。英霊に守られし国、オーランド王国。
うん、物語としては悪くないね。
この話、バルカン帝国じゃ恐らく戒厳令でも敷かれて国民には知らされないんだろうけど、かなりの損害だからね~。責任問題で降格処分なりなんなりが起きるんじゃないかな?
あそこの国って内部じゃ常に足の引っ張り合いをしてるらしいしね。
でも本当にこの国が助かったのは偶々だよ?
今回の件でちょっと調べたんだけど、オーランド王国の外交ってどうなってるのさ、大国だからって余裕な態度でいるとすぐに足下掬われるからね?
えっとマケドニアル卿はダイソン公国の宰相職に就かれるんだっけ?
本当に大変だろうけど頑張ってね。
バルカン帝国側の草原地帯での侵攻軍の死者は、ちゃんと僕が供養しといたからアンデッドの発生は心配しなくていいからね。
僕って気前がいいでしょう?」
そう言い席を立つナニカ。先程まで座っていた椅子やテーブルは姿を消し、その場には黒衣の者だけが佇む。
「恨み、
人は様々な感情に突き動かされ、時に争い、時に互いを支え合う。
不合理、非効率、だがそこが面白い。
人間よ、醜くも愛すべき種族よ。
これからも様々な物語を紡いでほしい、僕は君たちに期待しているよ?」
ナニカはそれだけを告げると、まるで霧のようにその場から姿を消し去った。
謁見の間に残された人々は、超常に見逃された事の安堵に、その場に膝を突き荒く息を吐くのであった。
―――――――――
テレンザ侯爵家王都屋敷、王城側の貴族街と呼ばれる区域に存在するその場所に、北西部貴族連合代表タスマニア・フォン・グロリア辺境伯とその姪パトリシア・アルバートはダイソン公国に向かう一団を見送る為顔を出していた。
「アイリス、大変なのはこれからだけどあなたならきっと大丈夫。だって共にマルセル村で修行した仲ですもの。あの理不尽のしごきに比べたら何だって乗り越えられるわ」
「ありがとうパトリシア。でも本当にそう、今回の事で色んな事を経験させてもらったけど、戦場よりマルセル村での修行の方がよっぽど辛かったわ。
エミリーちゃんの拳を思い出すと今でも震えが」
そう言い自身の身体を抱き締めるアイリスに、乾いた笑いを返すパトリシア。
「パトリシア様、此度の件では本当にお世話になりました。ケビン殿やエミリー、ジェイクによろしく伝えておいてください。
私が“またいつか会おう”と言っていたと」
「はい、ロナウド様もお元気で。ダイソン公国まで祖父の事、よろしくお願いします。祖父はああ見えてお茶目な所がありますので、よく見てあげてください」
そう言い大人同士の話に興じる祖父マケドニアル卿に目をやるパトリシア。
マケドニアル卿はこれから始まる大仕事に気合十分といった表情で、大きな笑い声を上げている。
「それとこれ、共に戦った証として受け取って欲しくて」
そう言いパトリシアが差し出したのは、旗竿に掲げられていた赤・青・白の長旗。
「ありがとう、大切にするわ」
「私も、大切にさせていただきます」
互いに目を合わせ朗らかに微笑み合う。
オーランド王国の戦争は終わった、また笑い合える日常が戻って来た。
自分達の行いが、その充足感が、自然と心を温かくする。
「またいずれ」
「「またいずれ」」
出会いと別れ、彼らはそれぞれの居場所に帰って行く。
「本当によいのか?我らの帰りと共に向かえば安全にグルセリアに戻れるのだぞ?」
ダイソン公国に向かうテレンザ侯爵家一行を見送る中、背後からタスマニア辺境伯に話し掛けられパトリシアは顔を向ける。
「ご心配ありがとうございます、タスマニア伯父様。
ですが大丈夫です、アルバート子爵家騎士団は少数ですが精強ですので」
そう言いニコリと微笑み返すパトリシアに、苦笑いを返すタスマニア。
「では私達もこれで」
パトリシアは控えていたアルバート子爵家騎士団の下に向かうと、サッと騎乗し馬を進める。
目指すは辺境アルバート子爵領、“オーランド王国の最果て”にして“貴族令嬢の幽閉地”。
「不思議ですわね、学園に通っている頃は辺境の地とはどんなに恐ろしい所かと思っていましたのに、今ではこんなにも帰りたい気持ちで一杯になるだなんて」
「パトリシアはふと王城に目を向ける。王都では様々な事があった。
楽しい事、嬉しい事、友と笑い、そして泣き。苦しい事、辛い事、周りの全ての人々に拒絶され、絶望に打ちのめされた。
でも今はその全てが懐かしい。
パトリシアは再び前を向き歩き出す。心の
青空広がる王都、王城の尖塔に掲げられたオーランド王国の国旗は、そんなパトリシアの未来を示すかの様に、力強くはためくのであった~」
突然隣から語られた舞台の終幕のようなセリフに、バッと横を向くパトリシア。そこにはいつの間に馬列に加わったのだろう、騎士ケビンの姿。
「け、ケビン、あなたいつの間に!?」
「えっと割と最初から?テレンザ侯爵家の御屋敷では既に合流していましたよ?ですんで「不思議ですわね~」の独り言もバッチリと。
あっ、そこ左に曲がって下さい。なんか貴族街の出口付近でパトリシアお嬢様にお近付きになろうって貴族子弟の方々がわんさと待ち構えてらっしゃるんですよね~。
お嬢様と上手い事行けば最強の騎士団が手に入るとかなんとか?あれだけ怖い目に遭っていながら皆さん根性ありますよね~。
なんでサクッと帰ります、他に寄りたい所でもありました?」
はじめから全てを見られていた、その事に恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にするパトリシア。
「う、うるさいですよ。早く行きますよ!!」
「はいはい、いま影壁を出しますんでお待ちくださいってば」
そう言い影空間に入って行く二人。後に残された者たちは思う、“ケビンはもう少し女心を学んだ方がいい”と。
平和の風が吹く、尖塔の旗がはためく。
王都の空を飛ぶビッグクローは王都の人々の生活を見下ろしながら、今日も餌を求め、枯れ草広がる草原へと飛び去って行くのであった。
本日一話目です。