「ただいま~。お母さん、終わったよ」
「今帰った。メアリー、長い事留守にしてすまなかった」
オーランド王国の南西部で起きたダイソン公国独立騒ぎに端を発する内紛は、ダイソン公国とオーランド王国との間に不戦条約が結ばれ、オーランド王国王家がダイソン公国を承認する形で終息する事となった。
一年にも及ぶ戦乱はオーランド王国国内に深い爪痕を残す事となったが、戦争終結により治安も回復傾向を見せて行く事になるだろう。
「お帰りなさいヘンリー、ケビンもご苦労様」
「エッガー、まえ、まえ。パッパン、帰り~♪」(ニパッ)
俺たちの声に玄関先に顔を出した母メアリーとミッシェルちゃん。
母メアリーは心底ホッとした様な表情で、父ヘンリーを見詰めます。
そんな母に力強い笑みを返す父ヘンリー、いつまでも夫婦仲が良いのはいい事です。
そしてミッシェルちゃん、この数日ですっかりエッガードを乗りこなせるようになったご様子、プカプカ浮かぶエッガードに危なげなく跨っておられます。そして殻をパシパシ叩きながら指示を飛ばすミッシェルちゃん、その姿に父ヘンリーが蕩けた様な表情で「なんだあの可愛らしい生き物は、ウチの娘は最高だ!!」と呟きを漏らしておられます。
「パッパン、抱っこ、抱っこ」
「どれ、ほーら、抱っこだぞ~」
ミッシェルちゃんの抱っこ要求に父ヘンリー陥落。流石はミッシェル様、人心掌握術は完璧でございます。
「あっ、お母さん、これ王都土産ね。こじゃれた小瓶に入ったお菓子。
やっぱり王都だよね、色んな品があって目移りしちゃったよ。
ミッシェルちゃんにはキャタピラーのぬいぐるみ。殆ど一目ぼれ、製作者のセンスが光ってるよね」
そう言い取り出したお土産に、微妙な顔になる母メアリー。
えっ、キャタピラーのぬいぐるみって良くない?在りし日に水族館の売店で見たダイオウグソクムシのぬいぐるみ並みの素晴らしいセンスだと思うんだけど。
「お帰りなさいケビン君。ってその大きなキャタピラーはどうしたの?」
「おかえり、ケビン。キャタピラーの抱き枕、センスの塊。お昼寝に最適」
台所から顔を出したのはアナさんとケイト。どうやら二人して母メアリーにドラゴンロード家の家庭の味を教わっていたんだとか。
そしてケイトさんは分かってらっしゃる。いいよねキャタピラー、早くお布団様でキャタピラーになりたい。
「お義父様、お帰りなさいませ。無事なお帰り、心よりお喜び申し上げます」
「お義父様、お帰りなさいませ。直ぐに食事の支度をいたしますので、お着替えになられてお待ちください」
そう言いパタパタと台所に向かう二人。ケイトもこの数日ですっかり我が家に馴染んだ様です。
「なぁケビン、あの二人、すっかり嫁気分って感じだが、いつ頃一緒になるつもりなんだ?」
「ん?あぁ、出来ればジミーが戻って来てからと言いたい所だけど、秋の収穫祭の時にでもって思ってる。
あまり待たせるのも悪いしね。ケイトには学園の休みを貰って帰って来てもらうつもり。
あそこってお貴族様の子女が通うところだろう?在学中に婚姻の為休みを取るって生徒もそこそこいるらしいんだよね。
俺も一応アルバート子爵家の騎士だし、ケイトも騎士の娘って事になるから特に問題ないんじゃない?」
俺の言葉に「ハハハ、なんかいつ聞いても他人事の様にしか思えない話だよな」と乾いた笑いを漏らす父ヘンリー。
それは俺のセリフですから、本当にどうしてこうなったし。
「しかし王都の報告をボビー師匠とザルバさんに任せてしまってよかったのか?お前が一番関わってたんじゃないのか?」
「あぁ、あれね。多分俺の報告の前に心構えがしたかったんじゃない?
こないだ帰って来てから報告に行った時も結構お疲れになってたみたいだし。ドレイク村長、お貴族様になってから心労が溜まりまくってるからね~。今年の夏はご家族そろってレンドールの避暑地にでも行かれるんじゃないのかな。
でも駄目か、奥様方のお子様がお生まれになるし、落ち着くのは秋以降?小さい子供の長旅はあまり良くないからね、折角購入した別荘地も碌に利用出来ないとは、ドレイク村長不憫」
俺の言葉に「そういうことか」と納得する父ヘンリー。アルバート子爵家としては祭りの余波がどっと押し寄せて来る事でしょう、主にパトリシアお嬢様の縁談と言う形で。それ程にアルバート子爵家騎士団の残した印象は強烈だったからな~。
俺たち親子はアルバート子爵家に仕える騎士として、我らが主ドレイク・アルバート子爵閣下に深い感謝の祈りを捧げるのでした。
―――――――――
“コトッ”
テーブルに差し出されたティーカップからは春の若葉の香りが漂う。
癒し草の新芽の煮出し茶、もうそんな季節になったのか。
身体を癒してくれる優しい味わい、飲み物の変化は季節の移り変わりをさりげなく教えてくれる。
「ザルバ、王都から戻って早々悪いね、この後報告もあるというのに」
「いえ、主人の飲み物を用意するのは執事として当然の仕事ですので。
今回の遠征を経てつくづく思いました、自身は既に騎士ではなく執事なのだと。戦い納めには良い機会であったのやもしれません。
もっとも剣を振るう機会は最後の王城内での一幕だけでしたが」
そう言いにこやかな笑みを浮かべるザルバに「えっ、王城内で剣を振り回しちゃったの?それって大丈夫だったの?」と焦りの表情になるアルバート子爵。
ここはアルバート子爵家仮本邸、現在建築中の本邸は夏には完成の予定ではあるものの、それまでは健康広場脇のこの屋敷が実質的なアルバート子爵家の中枢であった。
「アルバート子爵閣下よ、その辺は今更じゃろうて。前々からケビンが言っておったじゃろう?此度の祭りはランドール侯爵領戦役の再演であると。
そうであればそこには例のナニカが現れる。
今回も確り一撃で沈めてきおって、ほんにどれだけ強いんじゃか。
先ずは一勝、こうなれば恥も外聞も言ってられんわい」
そう言い獰猛な笑みを浮かべるボビー師匠に、この人達は王都で一体何をして来たのかと報告を聞く前から不安になるアルバート子爵。
「ではまず王都に到着してからになります」
そうしてザルバの口から語られる物語の様な英雄譚に、思わず頭を抱えこめかみを揉むアルバート子爵なのであった。
「それではあれですか、王都の守護者と謳われる王宮第一・第二・第三騎士団と、各貴族家が用意した騎士団の全てを王都南街門にて全滅させたと。
その後まるで芝居の演出の様に三英雄を先頭に王城に向かい、王宮を威圧しまくったという事ですか?」
「まぁ簡単に言えばそうなるの。全滅と言っても儂らの全開の覇気に当てられた連中が勝手に気を失っただけではあるのじゃがの。
覇気の影響範囲に関しては裏方に回ったケビンの奴が上手い事調整しておったみたいで、王都民は儂らの事を見ても誰も怯えを見せてはおらなんだ。
王城に向かう際も横合いから邪魔が入る事なく進む事が出来たし、ほんにあ奴の手腕は大したものであったわ。暗雲から伸びる一筋の光、その光に照らされ口上を述べる三英雄の姿は何処の演劇だと開いた口が塞がらんところであったわい」
「そうですね、確かにあれは見事でした。その後私達の進む道を照らし出すかの様に大通りに光が差した光景は、女神様の思し召しか何かだと勘違いしそうになりましたから。
その全てが壮大な演出だなんて誰も思いませんよ、真似をしたくとも不可能でしょうしね」
肩を竦めながら話すザルバに、開いた口が塞がらなくなるアルバート子爵。自らの想定の遥か上空を飛び回る理不尽の理不尽振りに、次の言葉が思いつかない。
「王城ではアイリスの嬢ちゃんが頑張っておったの。予めグロリア辺境伯閣下とテレンザ侯爵閣下が場を作っておったからだろうが、全くの想定通りに話が進んでの。無事に不戦条約締結とダイソン公国の承認を得る事が出来たわい。
これは王家側が事前協議を終えておった事も大きかったのやもしれんの、そうした意味ではガーネットとリンダの手柄と言えるやもしれん。
ほんにご苦労じゃったわい」
そう言い部屋の壁際に控える二人のメイドに目配せをするボビー師匠に、軽く礼で応える諜報員たち。
「話は大体わかりました。先ずは不戦条約締結とダイソン公国が承認されたことを喜びましょう。
ですが今の話だとザルバが剣を振るうという事に繋がらない様な気がするんですが。
それとバルカン帝国との戦争に向けての動きについて、私達アルバート子爵家騎士団に打診の話がないという点も引っ掛かるのですが」
アルバート子爵の懸念はそこであった。ダイソン公国とオーランド王国との間に不戦条約を締結する事が出来たのはいい、その為にアルバート子爵家が関わっていた事は隠し様の無い事実。であるのならば次に考えられる事はバルカン帝国との戦争参加の打診。
僅か三十騎で一年に及ぶ戦争を二日で治めたアルバート子爵家騎士団。
王都の最大戦力を実質五騎の騎士隊の覇気の力で制圧した自分たちに参戦要請がないという事はあまりにも不自然。
「その事であるのだがな、例のナニカがバルカン帝国からの侵攻は当分ないと告げて行ったのじゃよ。
儂らは奴が現れて直ぐに応戦するもその悉くを防がれた上に一発で沈められての、その後どう言った話し合いになったのかはサッパリなのじゃが、後からパトリシアお嬢様に聞いた話ではアスターナの戦場で亡くなった十数万の将兵が英霊となってバルカン帝国の侵攻軍に襲い掛かったのだとか。
要は死霊による大規模スタンピードじゃの、お主も知っての通り死霊は物理攻撃が効かんからの、軍隊にとっては天敵以外の何ものでもなかった事であろうさ。相当数の被害を出しながらイースタニアに逃げ帰って行ったらしいわい。
その辺の裏取りはいずれ王都の諜報組織“影”が行うのじゃろうが、ナニカの話が本当であればヨークシャー森林国侵攻作戦に次いでの大損害、さしもの帝国もしばらくは大人しくせざるをえんじゃろうよ」
ボビー師匠はそう語り終えるとテーブルのティーカップに手を伸ばしお茶を啜る。
「癒し草の新芽の煮出し茶は旨いの~。この季節のご馳走じゃわい」
ボビー師匠の呟きが室内に広がる。
「そうですか、またアレが現れましたか。
ガーネット、ベルツシュタイン卿はアレの事を何と?接触について指示が出ていると思うのですが」
「はい、その者に関して我々は“鑑賞者”と呼称しています。
その得体のしれない実力と見識、全体を俯瞰で見るものの見方。そして己の主義主張とは関係なくただ人々の有様を見て楽しんでいる様な態度から、触れてはならない者、関わりになってはいけないものとして位置付けております」
ガーネットの言葉に「ですよね~、あれは駄目だよね~」と呟くアルバート子爵。
「と言う事はベルツシュタイン卿はアレに付いて不干渉の方針ということなのでしょうか。
ゼノビアさん方の件は報告してあるんですよね?その時の話も」
「はい、ですが上からは何も」
アルバート子爵の問い掛けに、ガーネットは短く言葉を返し口を閉じる。
「はぁ~、でもこうなって来るとまたひと騒動起きそうではありますが、それはその時考えるしかないでしょう。
先ずはお疲れ様でした、祝勝会は明日行うものとしますので今日はゆっくりとお休みください。
ザルバ、後程今回の騒動で掛かった費用の計算を行います。明日の祝勝会が終わってからで構わないので、請求書をまとめておいてください」
戦争とは“負の経済”、生産性とは無縁の只管な消費と消耗、それが戦争である。それはたとえ“祭り”として参加したアルバート子爵家であっても変わらぬ事実、ドレイク・アルバート子爵は弱小子爵家に重くのしかかる戦費に、再び頭を抱える事になるのであった。
本日二話目です。
いってらしゃい。
by@aozora