「ハハハハ、ドレイク・アルバート子爵殿、そこまでお気になされるな。何事もなる様にしかならないからな?」
出発の朝、ストール監督官様にお声掛け頂いたアルバート子爵閣下は引き攣り笑顔で言葉を返されておりました。
まぁそれはそうですよね、ミランダ夫人のご両親は娘を上司に差し出して自身の出世に役立てようとしたような典型的中央貴族ですから。
借金まみれで生活が立ち行かなくなった所に救いの神のように現れたドレイク村長、グロリア辺境伯家という後ろ盾を得て尚且つ王都での暮らしも安定化、順風満帆と思っていたら今度はグロリア辺境伯家の自治領宣言。
ご両親としては話が違うと憤慨ものだったことでしょう。
そして世の中は戦時下へ、中央での立場は戦争に参加しない臆病貴族家、針の筵だったに違いありません。
それが一転、オーランド王国最強と謳われる王宮騎士団を歯牙にもかけないアルバート子爵家騎士団の登場、急に注目される事となった自分たち。
アルバート子爵家の先代当主として各家のパーティーに引っ張りだこ、噂のパトリシアお嬢様や不肖の孫エミリーちゃん、跡取り孫であるロバート君の縁談も舞い込みまくっている事でしょう。
浮かれまくってるご両親が空手形を出しまくってるのは想像に難くない、しかもドレイク村長入り婿ですし、自分たちの方が立場が上と思い込んでるに決まってますから。
“ガタゴトガタゴトガタゴト”
二台の馬車は進む、一路王都を目指して。でもその前に寄り親のグロリア辺境伯家にはご挨拶をしなければなりませんので、領都グルセリアには立ち寄る事になりますが。
“コンコンコン”
俺は御者席から車内のアルバート子爵閣下に合図を送ります。
「ん?どうしたのかな、ケビン君」
「いえ、今後の対応についてアルバート子爵閣下のお考えをお聞き出来ればと思いまして。そちらに移動してもよろしいでしょうか?」
俺の言葉に「別に構わないが」とお言葉を下さる子爵閣下。
「では失礼して」
“ニュインッ”
俺は早速影を伸ばし、影移動の要領で車内の椅子の上に姿を現すのでした。
「うおっ、びっくりした。ケビン君はそんな事も出来たのかい!?
まるで勇者物語に出てきた影使いジルバじゃないか」
「あっ、はい。影使いジルバの技は全部出来ます。授けの儀の後スキル<魔物の雇用主>のお陰で影魔法が使える様になりまして。
そこから練習を重ねて今では自由自在に。
勇者物語を読みながら頭の中で練習していたのが良かったんですかね、割りとあっさり習得出来ました。今では本家のブラッキーよりも俺の方が影の使い方が上手なくらいですよ、何事も諦めない姿勢が大事ってことなんですかね」
俺の言葉に「ケビン君はケビン君だもんね、これくらい出来て当然だよね。そう言えばデイマリアも黒い壁から村人がとか言ってたよな~」と黄昏るドレイク・アルバート子爵閣下。
影空間の話はしてあったはずなんですけどね、ストール監督官様のお話で精神的に弱ってるのかな?
俺は収納の腕輪から各種クッキーの入った革袋を取り出すと、そっと子爵閣下に手渡すのでした。
“コリコリコリッ”
「うん、この甘木汁のクッキーは旨いね。甘さが上品と言うかなんというか。前にミランダが作ってくれたものよりも甘さが洗練されている気がするんだが」
そう言いクッキーを口にする子爵閣下、違いの分かる繊細な舌をお持ちの様です。
「そちらは御神木様の領域で育てていますちょっと他所に出せない甘木の樹液を、ジャイアントフォレストビーが蜂蜜にしたものですね。
なんか心が落ち着くというか、癒されるというか。聖茶とはまた違った精神安定効果があるんですよ。
凄く自然に癒されるって感じですかね、無論考えも纏まり易くなりますよ?」
「・・・ケビン君、またかね。ケビン君の所は本当に人に言えないものの宝庫だね。爵位いる?ってもう貰っちゃったね。
今度新しい台詞を考えないと」
アルバート子爵閣下、少しは復活なさったようです、良かった良かった。
「それでわざわざ君が馬車に乗り込んで来たって事は、王都のアルバート子爵家の両親の事で話があるって事なのかな?」
「えぇ、お話と言うか牽制ですかね。アルバート子爵様の事です、自らの置かれた状況を逆手にとって周りからは蔑まれつつ自身の希望を叶える様な真似をしかねない。
その時に俺に被害が来ない様にって話です」
「ん?一体何の事かな?」
「またまた。どうせあれでしょ?ミランダ夫人のご両親からなんやかんや言われたら「当主の地位をお返しします、元は平民の村長であった自分がアルバート家の当主を引き継ぐこと自体間違いであったのです。
身分とはそれを持つに相応しい者が持つべきである、そうではありませんか?」とかなんとか言って、ご両親に責任を押し付けるつもり満々なんじゃないんですか?」
“プイッ”
おい、ドレイク・アルバート、何でそこで顔を逸らす。こっちを見ろ、こっちを。
「でもそれだとマルセル村の事が心配だ、そこで出て来るのが私、ケビン建設です。
マルセル村の各整備事業の借財をまともに計算し直し、今回の戦費やヨークシャー森林国の疫病対策に使った天使の微笑みの値段を算出すればその借金金額は膨大なものとなる。
それを辺境の地マルセル村の権利を与えることで相殺させる。
幸い俺は男爵の地位を給わりましたから、両家の合意があればそれも可能となる。
その件も含めてグロリア辺境伯様にご相談とか考えちゃったりしてないかな~と」
“ジ~~~~~~~~~ッ”
あれ?おっかしいな~。まだ春も迎えてないのにアルバート子爵様が汗を流しておられる。
風邪でも引かれたんだろうか、このところ忙しなかったからお疲れが溜まってたのかな?
「アルバート子爵閣下、また村長職に返り咲く気だったでしょう?「ケビン君には面倒事を押し付けてしまって申し訳ない。せめて村の運営は手伝わせて欲しい」とかなんとか言って。
対外的には調子に乗った子爵家が没落したように見えますし?王家としてもアルバート子爵家の家の問題には口出し出来ませんから、結果を受け入れざるをえませんからね。
問題があるとすればデイマリア夫人とパトリシアお嬢様ですけど、あの二人はこれ幸いとばかりにこの話に乗りそうなんですよね、お二方ともすっかりマルセル村に染まっちゃいましたから。
でもね、この話が進んだら前面に出されるの俺じゃないですか、勘弁して下さいよ。俺嫌ですからね、領主とか」
「大丈夫、安心したまえ、分からない事はみんな私が教えてあげよう。
デイマリアやパトリシアもその辺詳しいからね、これからはよろしく頼むよ、ケビン男爵閣下」
「うわ、この人開き直りやがった。マジ勘弁して」
飛び出すアルバート子爵閣下の本音、ご本人としては村長職が天職だと思われていた様でございます。
それを言ったら俺は兼業農家だから、憧れの人はジニー師匠だから。
いいよね、養蜂家。
我が家の蜂さんも巣分けするって言ってたし、蜂蜜生産も順調に進んでいるんだけどな~。
今度の旅立ちの儀が終わったら薬師ギルドの正規会員、これで身分証明も問題なし!!って思ってたのにな~。
「この件に関してはちゃんと考えますんで、この方法は却下で。
大体王家とベルツシュタイン伯爵閣下が御認めになる訳ないじゃないですか。今回の叙爵は辺境の蛮族に首輪を付ける為って意味合いが強いんですよ?これじゃ首輪どころか放し飼いじゃないですか、アルバート子爵家騎士団が従う相手なんてドレイク村長以外にあり得ないですっての。
仮に俺が領主になったら修羅の国の住人は年中挑んで来るわ、女衆は甘味を求めて押し掛けるわでしっちゃかめっちゃかになりますから、却下です、却下!」
俺の言葉に「え~、いいじゃん、ケビン君やってよ~」と駄々を捏ねる子爵閣下。え~い、幼児退行して誤魔化そうとするんじゃない、いい年したおっさんが駄々を捏ねても似合わないから止めい!!
馬車は進む、カタコト音を立てて。王都へ向かう途中の都市、グロリア辺境伯領領都グルセリアを目指して。
――――――
“カツンッ、カツンッ、カツンッ”
石造りの重厚な城、長い廊下を進んだ先にある歴史を感じさせる扉。
“コンコンコン”
「失礼します。ハインリッヒ・ベルツシュタイン伯爵閣下、並びにドレイク・アルバート子爵閣下をお連れしました」
「うむ、入って貰ってくれ」
部屋の主からの返事に、その扉は開かれる。
城の執事の案内のもと向かった部屋は、質のいい調度品が並べられた豪華でありながら落ち着きのある場所。
「ドレイク殿、よくぞ参った。デイマリアとパトリシアは元気にやっているかな?妹と姪には苦労を掛けているからね、いつも心配していたのだよ」
「お久し振りでございます、グロリア辺境伯閣下。何分我が領は大森林に最も近い辺境なものですから、中々お伺いする事も叶わず申し訳ありません。
今度妻デイマリアの子が生まれましたら、ご挨拶に伺わせて頂きたく存じます」
そう言い部屋の主に慇懃に礼をするアルバート子爵閣下。
え~、ここがどこかといいますと領都グルセリアのグロリア辺境伯家居城内の来賓の間ですね。
速過ぎる?その間の移動はどうしたのか?
ただ只管な馬車移動の旅でしたが何か?
大体事件らしい事件が起きる訳ないじゃないですか、こちとらお貴族様の馬車ですよ?いかにもな騎士が御者台に座ってるんですよ?しかもまだ魔物が活性化する前、全く移動に問題はございません。
寄り道はしなかったのか?出来なかったんだよ、大人しくしてろって釘を刺されちゃってたんだよ。
途中の出来事と言えば領都手前の街バーナンでザルバさんの馬車とすれ違いまして、叙爵の話をしたら物凄く嫌そうな顔をなさっておられました。
ですんで「アルバート子爵閣下が伯爵におなりあそばすので、執事長としては男爵くらいの箔があっても良いのでは?」とお話ししたところ、それはそれは良い笑顔で納得なさってくださいました。
「ほら、アルバート子爵閣下、配下の執事長様がご期待なさっておられますよ?諦めてください」
俺の言葉にアルバート子爵閣下が凄く嫌そうな顔をなさっていたといった出来事がございました。
「タスマニア・フォン・グロリア辺境伯閣下、先日の王城の謁見の間以来ですかな。
ご壮健の様で何よりです」
「これはこれはベルツシュタイン卿、貴殿が動かれるという事は余程の事であるのでしょうな」
王都諜報組織“影”の総帥、ハインリッヒ・ベルツシュタイン伯爵閣下。王国の全てに手を伸ばしていると言われる組織の長がわざわざ動くという事は余程の事、ついこないだ戦争が終わったばかりなのにまた何かが起きるのかと警戒されても致し方がありません。
「イエイエ、余程の事はこの前漸く終わりを迎えましたから。私は後処理の使い走りですよ。
と言うか他の者では余計な事態を引き起こすか、事を拗らせそうだったので私が直接動く事にしたというのが真相なんですが。
この度王命によりドレイク・アルバート子爵殿が伯爵位に陞爵する事が決定いたしまして。それと共にアルバート子爵家騎士団の騎士六名に男爵位を叙爵、他騎兵として参加した者を騎士として任命する様に通達しに向かったという訳です。
正直に言えば対外的に王家がアルバート子爵家に首輪を付けているという喧伝ですかね。
アルバート子爵家にとっては何の利益もありませんから。
一般的な貴族の価値観からすれば伯爵位への陞爵などありえない程の栄誉となるのでしょうが、アルバート子爵家ですから。
物凄く嫌そうな顔をされましたよ」
そう言い声高に笑うベルツシュタイン伯爵閣下、タスマニア辺境伯閣下が物凄い苦笑いをなさっておられますよ?
「ハハハ、まぁ致し方がないと言えば致し方が無いんですが。
幾ら戦争を終息させるためとはいえ、我々はやり過ぎましたから。
やはり強力な存在が自分たちの支配下に無いという事は、王家として放置出来ないという事なのでしょう。
剣の勇者様の話ではないですが、ある程度の歩み寄りは必要でしょうから。不干渉でいてくれるのが一番なのですがね」
そう言い肩を竦めるアルバート子爵閣下に同情の視線を送るタスマニア辺境伯閣下。
「それでグロリア辺境伯閣下にお伺いしたい事がございまして。
現在お世話になっております王都アルバート子爵家屋敷の先代当主たちの事でございます」
アルバート子爵の言葉にしばし考え込まれたタスマニア辺境伯閣下は、「あぁ、そう言えばそういう者もいたな。確か王都の辺境伯家屋敷で仕事を与えた者であったか」とすっかり忘れてしまっていた事を思い出して下さったのでした。
「オードリー、あの者たちが今どうしているのか何か分かるか?」
「はい、それが・・・」
タスマニア辺境伯閣下の側近の方により語られる王都アルバート子爵家屋敷の実態。
そのあまりの予想通りの話にアルバート子爵閣下は頭を抱えられ、タスマニア辺境伯閣下とベルツシュタイン伯爵閣下は乾いた笑いを浮かべる事しか出来ないのでした。
本日一話目です。