転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

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第435話 辺境の格闘家、お使いを頼まれる

“ジョキジョキジョキジョキ”

辺境の農家の朝は早い。まだ空が白み始めた時間帯には起き出し、朝の作業を開始する。

 

“ジョキジョキジョキジョキ”

「フゥ~、こんなもんかな」

春前のこの時期の作業は眠さよりも寒さとの戦い。吐く息は白く、身を刺す様な外気が体力を容赦なく奪っていく。

 

「白雲、すまないな。お前は今日から白玉師匠の免許皆伝の試験があるんだろう?それなのに朝の作業に付き合わせてしまって」

父親である蒼雲の言葉に白雲は首を横に振る。目上の者を敬う事は武に生きるものとして当然の礼儀。ましてや相手は自身の為に生活を支えてくれている父親である、その手伝いを行う事に否やがあるはずもない。

 

「気にするな親父。それよりこっちこそ悪いな、茶畑の剪定作業は今の時期に行わないといけない大事な仕事だってのに抜ける様な真似をしちまって。本当にいつも世話になる」

白雲はそう言い蒼雲に頭を下げる。

ここはなだらかな傾斜の続く蒼雲の茶畑。初めに植えた特殊なお茶の木である聖茶の実から数を増やして行ったマルセル村産のお茶の木たちである。

通常であれば僅か一年で収穫を行えるような状態にまで育つ事などあり得ないのだが、そこは種となる聖茶の実の性質と与えられたポーションビッグワーム肥料という特殊な条件が重なった結果であろうと気にしない事とした蒼雲。

マルセル村で生きていく為にはこれまでの常識に囚われていては駄目なのである。(精神衛生上好ましくないので)

 

「ハハハ、子供がそんな事を気にするな。白雲は白雲の人生を生きればいい、俺はお前が伸び伸びと生きてくれる事だけが望みなんだからな。

前はそれが出来なかった、このマルセル村に来る事が出来て、ケビン殿に拾って貰う事が出来て本当によかった。

この穏やかな生活を送れるのも全てケビン殿のお陰だ、俺はそんなケビン殿に報いる為にも旨いお茶を作り続けるつもりだ。

 

ところで白雲、お前は白玉師匠から免許皆伝のお許しをいただいたらどうするつもりなんだ?」

 

「あぁ、俺か?なんか兄弟子が男爵様になって名目上の配下が欲しいから騎士にならないかって誘われてるな。男爵家の騎士だったら身分証明が楽とかなんとか。

あと女神様の職業が欲しかったら何時でも言ってくれとか言ってたぞ。

何でも教会を通さなくとも礼拝堂で授けの儀が出来るんだと、本当に兄弟子は何でもありだよな」

そう言い肩を竦める白雲に、今更ながら授けの儀すら受けさせてやれていなかった事に思いが至る蒼雲。

扶桑国であれば神社で行われる授けの儀、自身もその授けの儀で符術師の職業に目覚めたのであったかと懐かしの故郷を思い出す。

 

「まぁなんにしろケビン殿であれば白雲の意思を尊重し、悪い様にはしないだろう。さっきも言ったが白雲の人生は白雲のモノだ、よくよく考えてお前の好きにしろ。

後悔をするのもまた人生、それすらも楽しめ」

 

「ハッ、分かってるよ。って言うか俺は親父の跡を継いでお茶農家に成るんだが?騎士とお茶農家の兼業だな。

これは兄弟子からも了解を貰ってるから何の問題もないぞ?

それじゃ道具を片してから行って来る」

そう言い家へと戻って行く白雲。

 

「フゥ~、白雲の奴、嬉しい事言いやがって。泣きそうになるのを堪えるのが大変だったじゃないか」

蒼雲は昇りはじめた朝日に目を向けながらボツリと呟く。

 

「志乃、俺はお前との約束を果たせたか?

白雲は俺なんかよりよほど強く人を思いやれる心の持ち主に成長したよ。

俺の力なんか何の役にも立たなかったが、幸いにも俺たちを温かく迎え入れてくれる村があってな。

志乃、こんな物で勘弁してくれないか?」

眩しい日差しに目を細める蒼雲。その口元は亡き妻を思い、自嘲気味に笑っているのだった。

 

―――――――

 

“シュタンッ、シュタンッ、シュタンッ”

そこは枯葉の中から春の息吹が顔を出し始めた森の中。冬眠から目覚め始めた魔物が、ノソリと活動を開始し始めようとしている、そんな場所。

 

「白玉師匠、やはりいくら大森林とは言えこの時期は魔物の数が少ないですね。少し探して回った方が良くないですか?」

“キュキュキュキュ、キュイッキュ”

 

「深層なら一年を通じて魔物が沢山いるんですか。不思議なものですね」

 

だがその様な危険な場所を我が庭の様に疾走する影が二つ、ラビット格闘術創始者ホーンラビットバルキュリアの白玉と、その弟子ラビット格闘術奥伝白雲であった。

 

「うわっ、これが大森林の深層、露骨に雰囲気が変わるんですね」

それは驚きの光景であった。

確かに魔の森から大森林に入った時、大森林浅層から中層に入った時に大きな力の違いと言うか、周囲の空気が変わった感覚を受けたのを覚えている。

だがそれでも周囲の植生があからさまに変わるという事はなく、徐々に変化を見せるといった程度のものであった。

だがこの深層は違った、季節に関係なく生い茂る植物、その色濃い緑の葉はその場がそれだけ濃密な魔力により覆われている事を示していた。

 

“キュキュ、キュイッキュ、キュキュキュイ”

この場から先は魔物の楽園、レッサードラゴンや巨大なブラックウルフ、ホーンタイガーが鎬を削る別世界。

白玉からの注意にブルブルと身を震わせる白雲。

 

「押忍、ラビット格闘術奥伝白雲、挑ませて頂きます!」

 

“ガサガサガサ、ギロッ”

早速とばかりに姿を見せ、白雲たちを見つけるや眼光を光らせる巨大トカゲ。

 

「ラビット格闘術奥伝白雲、推して参る!」

ラビット格闘術免許皆伝の試練、その本当の試しが始まった。白雲は高揚する心を抑え、目の前の獲物に鋭い眼光を向けるのであった。

 

“ザッ”

「<地龍天昇脚、龍尾三連打>」

“ドゴーン、ドガドガドガーン”

 

“ゴフッ、ドザ~ン”

白雲の連撃に地に沈む巨大ブラックウルフ。その周りには同様のブラックウルフが何頭も倒れ伏し、その全てから命の鼓動が消えうせている。

 

“キュキュ”

その傍ではホーンラビットの白玉が満足そうに頷き、弟子の成長に賛辞を贈る。

白雲は油断なく周囲を警戒しながら、倒したばかりの獲物を収納の腕輪に仕舞っていく。

 

「白玉師匠、直ぐに移動しましょう。何頭か吐血させてしまいました、いつ魔物が集まって来るとも限りません」

そう言い急ぎその場を離れる様提案する白雲。大森林における戦闘は基本打撃による撲殺が推奨される。何故なら大森林において血の匂いをさせる事は周囲の魔物をおびき寄せる行為に他ならないからだ。

魔物同士の戦いにおいても、その際に負った傷の血の臭いに寄せられた他の魔物に襲われ命を落とす者はざらなのだ。

ましてや剣を振るい魔物を切り殺す事を主とする人族にとって、大森林の魔物の数の暴力は恐怖以外の何ものでもない。

人族の最高峰とされる白金級冒険者ですら大森林に侵入する事を拒むのには、それ相応の理由があるのであった。

 

“キュキュキュイ”

「了解です、白玉師匠」

白玉の指示によりさらに奥地へと進む白雲。その先に待っているものは果たしてどの様な地獄か。

白雲は己の闘志を燃やし、次なる獲物へと歩を進めるのであった。

 

森が終わった。正確には森が切れた。

まるで線でも引いたかのようにピタリとなくなった森の植物たち。そして目の前には岩場が広がり、その先に渓谷のようなものが姿を現す。

そこは何もかもが違った。それは単純に植生が変わったといった問題ではなかった。

空気が違った、どんなに鈍い者でも気が付くであろう濃厚な魔力の壁が訪れた者に容赦なく襲い掛かる。

 

「これが・・・魔境・・・」

そこは魔境、この世の地獄のその先に存在するとされる別世界。

魔境の素材を持ち帰った者はその品がどんな些細なものであろうとも大金を手にする事が出来ると言われている、人々の欲望を刺激してやまない場所。

 

“ガバッ、シャーーーッ”

それは既にそこにいた。大きく立ち上がった巨木、そう評するのが相応しいといった姿に、唯々目を見開く白雲。

馬車を一飲みにしそうなほどの大きな(あぎと)、その存在自体が厄災と称される巨大な魔物ジャイアントスネーク。

 

“キュキュ、キュイッ”

「“丁度良い獲物”って、まぁそうですけど。大福師匠の多頭ヒドラに比べたらただデカいだけですし。

それじゃ行きます。ラビット格闘術奥伝白雲、お相手申す!」

肩慣らしは終わった。大森林の深層、そこはまさに楽園であったのだ。

本当の地獄はここから、魔境とはそうした地獄を求める修羅の集いし場所。

白雲は気が付かない、己の口が愉悦に歪んでいる事に。これまで培った全てを出しても構わない相手がいる事への喜びに打ち震えている事に。

 

一匹の修羅が駆ける。そこは戦場、己と敵しかいない修羅の宴。

白雲は思う、免許皆伝の試しに相応しいと。

ラビット格闘術奥伝白雲は、いま己の力でその遥かなる高みへの一歩を踏み出そうとしているのであった。

 

魔境フィヨルド山脈、その渓谷はまさに地獄も生温い修羅の世界であった。

巨大蛇であるジャイアントスネーク、その大きな角から雷を飛ばすサンダーディア、全身を鋼の岩で覆ったアイアンタートル。その全てが強大な敵であり、敬意を捧げるべき相手であった。

 

“キュキュッ”

そこはそんな地獄に口を開けた巨大な切れ目であった。

山が割れた、そう評した方が理解し易い程の巨大洞窟。その自然が見せる想像を超える光景に、暫し言葉を失う白雲。

何よりその洞窟から流れ出る圧力を伴う魔力に、最大級の警戒心を向ける。

 

だが自身の師匠でもある白玉はまるでその場が目的地でもあると言わんばかりにヒョコヒョコと洞窟内へと進んで行く。

“ゴクリッ”

額から流れ落ちる汗、さっきから自身の中の警戒音が巨大な滝つぼの様にうるさく鳴り響く。

“逃げろ、逃げろ、逃げろ、逃げろ!!”

自身の生存本能が、逃走という選択肢を突き付ける。

 

「スーーッ、フゥーーーーーッ。まさかここまでに至るすべてがただの前座だっただなんて、誰が思うんだよ。

こえ~よ、フィヨルド山脈。こんな場所、普通じゃない人間だって死ぬわ。

白玉師匠にしろ、大福師匠にしろ、緑師匠にしろ、黄色師匠にしろ、こんな場所に送り込むだなんて絶対頭おかしいから。冥府の入り口って言われても納得の場所だから。

中でも一番頭おかしいのは兄弟子だよな、なんだよ「お使いを頼む」って、意味が分かんねぇよ」

 

“パンパンッ”

両手で思いっきり頬を叩き気合いを入れる白雲、いつまでうだうだ言っていても仕方がない、免許皆伝の試しを受けると決めたのは自身なのだから。

 

「ラビット格闘術奥伝白雲、この試し、受けさせていただきます!!」

洞窟からは濃厚な魔力が溢れ出る。

“ブワッ”

まるで質量を以って立ち塞がる魔力の壁に、自ら歩を進め立ち向かう。

白雲は己の全てを賭け、白玉が用意した地獄の試練に突き進むのであった。

 

薄暗い洞窟を進むこと暫し、ヒカリゴケが洞窟内を淡く照らすそこは、ゴツゴツとした岩がまるで棘の様に尖った岩場であった。

この場所に辿り着くまでも洞窟内の魔力はその濃さを増し、白雲はその身を襲う魔力の奔流に必死に抗いながら、何とか辿り着いたというのが本音であった。

 

“キュキュッ、キュイッキ”

白玉はそんな白雲を見詰めながら満足そうに頷く。

自身の弟子は遂にこの場に辿り着く事が出来たのだと、嘗て自身がこの場に辿り着くのにどれ程の時間を要したのか。それを成し遂げるのがどれ程の偉業であるのかを知るが故に。

 

“キュイ、キュッ”

白玉の号令に重い体を起こし立ち上がる白雲。

 

“キュイッキュ、キュイッ”

「ハッ、白玉師匠、ありがとうございます。

師匠の教えを胸に、これからも精進してまいります」

 

免許皆伝、それは師匠が弟子に与える最高の栄誉。己の全てを受け継いだと認める最大の賛辞。

今この時を持って白雲は弟子から同じ道を志す同志となった。

武の道に終わりはない、共に研鑽しより高みを目指す。

 

“キュイーーーーーー!!”

白玉の叫びが洞窟内に響き渡る。それは白玉の喜びの声であると共に、嘗ての弟子に送る最後の贈り物。

 

“ふむ、白玉よ。そこの者がお主の言っていた弟子の白雲か。

どれ、中々精悍そうな若者ではないか”

 

・・・それはそこにいた。何時からとか何処からといった言葉に意味はない、それは既にその場に佇んでいたのだから。

 

「あっ、あっ、あっ、あっ」

声が出ない、思考が止まる、息をする動作の仕方が分からない。

白雲はこれまで多くのものに挑んで来た。それは全て己の格上であり己では太刀打ち出来ない相手であった。

だが己を磨き鍛え上げる事でそれらすべてを乗り越えて来た。

勝利ばかりの人生ではなかった、寧ろ敗北の記憶しかない人生であった。

でも自分は辿り着いた、高みに手を掛けたと思っていた。

 

“白雲、よくぞこの場に足を踏み入れる事が出来た。それは素直に見事であり称賛に値する行為、己を誇るとよい。

そんなお主にこの爪をやろう。加工の仕方はお主の兄弟子、ケビンが知っている。

前に渡した牙も見事な棍棒に変えておったからな。

 

それとケビンから預かりものがあるはずなんだが?”

 

ケビンと言う言葉に意識が徐々に覚醒する白雲。

これまで様々な目にあわされて来た白雲にとって“ケビン”とは“理不尽”と同意義、つまり今の状況そのもの。

 

“ゴトンッ、ゴトンッ”

それは兄弟子ケビンから預かっていたワインの大樽、白雲が収納の腕輪から取り出したそれを見て小躍りを始める目の前の存在。

 

“うむ、白雲よ、ご苦労であった。ケビンはちゃんと約束を守ったのであったな、良きかな良きかな。

それではこれからも配達の件、頼んだぞ”

 

その存在はそれだけを言い残しワイン樽と共に姿を消して行った。

後に残されたのは目の前にいた超常から解放され、地面に突っ伏す白雲とその様子を懐かしそうに見詰める白玉。

白玉は思う、“その道は皆が通った道なんだ”と。

 

白雲の試練は終わった、だがその精神的ダメージは魂に刻まれるほど大きく重篤であった。

その後白雲が急遽呼ばれたレッサーフェンリルの良狼に運ばれマルセル村の自宅に帰った事、帰宅後一週間寝込んだことは致し方のない事なのであった。

 




本日一話目です。
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