「それではドレイク様、こちらの書類がアルバート家からの除籍に関するものとなります。はい、結構でございます。
アルバート様、こちらに署名を。はい、ありがとうございます。
こちらのご署名を持ちましてドレイク様はアルバート家とは何の関わり合いもない者となりました。
アルバート様、私はこれよりこれらの書類を王宮に提出し、承認を受けてまいります。
王宮よりの承認を以ってアルバート家当主に復権なされる事となります。心よりお喜び申し上げます」
執事バレリアの言葉に、来賓室にいるメイドと騎士が一斉に頭を垂れる。
目の前には全ての物事に疲れ切り、憔悴した田舎者の優男。
アルバート家当主の座を取り戻した先代当主は、全ての物事が自身を中心に動き出したことを実感し、満足気に頷きを示す。
「旦那様、ですがよろしかったのでしょうか?あの者には側室として五人の妻を娶らせるお約束をなさっていたのではなかったかと」
その指摘はこれまで一切口を開かず影に徹していた当主夫人のものであった。
「ふむ、そう言われればそうだな。流石に相手家との関係もある、私が娶ると言う訳にも行くまい」
「アルバート様、発言をよろしいでしょうか?」
その声は田舎者と共に王都屋敷を訪れた騎士のもの。
「うむ、発言を許す」
「はい、ご当主様におかれましては寛大なお心、感謝いたします。
先程奥様が仰られた側室様方の件ですが、新たにご養子様をお取りになり、その上でお決めになられてはいかがかと愚考いたします。
側室をお決めになられた各貴族家の皆様方は、アルバート家の血ではなくアルバート家との縁を求められてのご判断ではないかと思われます。
現に婚姻は書類上のものであり、皆様共に王都屋敷にお住まいになられるとか。
婿であったドレイクに嫁いでも得られるのは平民の血、であれば皆様方のお考えも至極当然のものかと。
なればです。相手は平民落ちしたドレイクでなくとも構わない、寧ろアルバート家と縁を結びたいと願う家の若者を養子とすればより皆様方の繋がりも強固なものとなるかと愚考した次第。
そうなればご当主様の名声もさらに高まるかと」
「ほう、その方、田舎騎士にしては知恵の回る。
名を聞こうか」
「ハッ、お褒めのお言葉を頂き恐悦至極に存じます。アルバート子爵家騎士団所属ケビン・ドラゴンロードと申します。
若輩ではございますが、よろしくお願いいたします」
自身を思い進言する者がいる。例えそれが若輩者が自身を売り込もうとする行為であろうと、それをなされる自分の存在の大きさに気分が高揚する。
復権を果たしたアルバート家当主ギネス・アルバートは、全てが正しい方向に動き出したのだと実感する。
「で、そこの平民は何時まで我が屋敷に居座っているのだ?いい加減立場というものを弁えたらどうだ?」
視線の先、そこにはいつまでも神聖なる自身の屋敷に居座る不要物。
「でしたら私が連れ出しましょう。やたらな事をされてアルバート家の名を汚されても面倒だ、こうした事はきっちりとしておきませんと」
そう言い歪んだ笑みを浮かべるもう一方の騎士。
“ふむ、こ奴もよく心得た者であったか。
全く配下の者の方が常識というものをよく理解しているではないか”
本当にこの不要物は使えない者であったのだと、改めて侮蔑の視線を送るギネス。
「ふむ、では後の事は任せた。バレリア、私たちは下がる、よいな?」
「ハッ、アルバート様におかれましては何の憂いもなく」
世間では戦乱が終わり新たな時代がやって来たと賑わっているという。それは我がアルバート子爵家の栄耀栄華の始まりを祝ってのものなのだろう。
ギネス・アルバートは全ての物事は終わったとばかりに席を立つ。彼の目にドレイクなる人物は映っていない。
それは既に終わった者、過去の汚物に過ぎないのだから。
――――――
“バタンッ”
来賓室の扉が閉まる。部屋の主は夫人を伴って去って行った。
「はい、お疲れ様~。バレリアさん、素晴らしかったです。
それとメイド様方もいい味出してました、あの蔑みの視線、最高です。
そして本日の主役、ドレイク・アルバート子爵改め、ドレイク・ホーンラビット子爵閣下。
王都の舞台に立てますって、なんですかあの迫真の演技、誰がどう見ても敗北者そのものだったじゃないですか。
お陰でこっちもノリノリで役に入れましたよ」
「イヤイヤイヤ、ケビン君の演技力には負けるよ。アルバート夫人が投げ掛けた疑問にも咄嗟に対応、しかもきっちりご当主様に媚びまで売っちゃって。
以前モルガン商会のギースが「ケビン君なら絶対大商人になれるのにもったいない」とぼやいていた気持ちがよく分かるよ。
ケビン君、今度商会を作らないかい?実際問題ケビン建設やらなんやらで商会規模の事はしている訳だし」
なんかホーンラビット子爵様がほざいておりますが、俺っちはそうした面倒事が苦手なの。やれても個人経営者、行商人が精々なの。現場一辺倒のケビン君なのであります。
「まぁそれは置いといて、ギースさん、ホーンラビット子爵閣下をグロリア辺境伯家王都屋敷までお願いします。
ギースさんはそのまま子爵閣下と行動を共にしてください。
バレリアさんは書類の方をベルツシュタイン伯爵家にお願いします。直ぐに手続きを終わらせて承認される
メイド様方は普段通りでお願いしますね、ご当主様が調子に乗って夜這いを掛けてきたらぶん殴ってくれていいですから。
後の対処はこちらで致しますんで。
それでは皆さん次の幕に移ります、ご協力のほどよろしくお願いします」
舞台は進む、王都の貴族社会を背景とした演目は、次の場面へと移り変わって行くのであった。
―――――――
アルバート家の当主交代が行われた翌日、その知らせは昼食を取るアルバート夫妻の下に齎された。
「ご当主様、ベイレン伯爵家からお祝いの品が届いております。
ナバル伯爵家、バルーセン公爵家、他複数の貴族家からお届け物が次々と」
「はぁ?バルーセン公爵様が届け物だと?
クックックックッ、アッハッハッハッ。そうかそうか、皆私が当主の座に着いた事を祝ってくれるというのか。
それ程までに我が家との関わり合いを持ちたいと?
クックックックッ、アルバート子爵家騎士団、辺境の蛮族も随分と役に立つではないか。
昨日のケビンとやらもそうであるが物事を弁えた者もおるようだし、一度王都に呼び出してみるか?
話では王宮騎士団を壊滅させたとか、その様な者たちが我が配下。
クックックックッ、我がアルバート子爵家の栄華は確定的ではないか。
これはいずれ王家からのお声掛かりも?
ふむ、早速屋敷を相応しいものに変えねばならんかな?」
我が世の春、ギネス・アルバートは自身に訪れた栄光に酔いしれていた。これが正義、この世が正しく回り始めたのだと。
「ご当主様、祝い状が添えられておりましたのでお読み上げいたします。
“ドレイク・ホーンラビット伯爵殿
貴殿の陞爵はオーランド王国にとっての慶事であり、我が事の様に喜び申し上げる。
我がバルーセン公爵家とホーンラビット伯爵家とのより一層の繋がりが、オーランド王国に更なる繁栄を齎すものと信じてやまない。
共に王家に尽くしオーランド王国の礎となる事を望む。
バルーセン公爵家当主オルセナ・バルーセン”
他各家から同様の祝い状が添えられておりました」
執事バレリアは複数の祝い状をテーブルに差し出すと、スッと背後に下がるのでした。
「はぁ!?何を言っているのだ?ドレイク・ホーンラビット伯爵?そんな家名はこれまで聞いた事などないぞ?
というか何故その様な聞いた事もない様な貴族家宛の祝い状が、我がアルバート子爵家に届くのだ。
しかもそのどれもが我が家と関わりを持とうとしている家ではないか。
バレリア、一体何がどうなっていると言うのだ!!」
状況の不可解さに混乱し、声を荒げるアルバート家当主ギネス・アルバート。
“コンコンコン”
「失礼いたします。アルバート様、お客様がお見えになっておられます」
「なに、客だと?先触れも無しにどこの無礼者だ、追い返せ!!」
ギネスの怒声が室内に響く。だがメイドは淡々と言葉を続ける。
「お客様はドレイク・ホーンラビット伯爵様と仰られておりますが、お返ししてもよろしいのでしょうか?」
「なに!?ホーンラビット伯爵だと?
先程から出てくる不可解な家名の者が訪ねて来たと申すか。
くそ、意味が分からん。忌々しいが会ってやろうではないか。
客間へ通しておけ」
「いえ、既にこちらにお越しになっておられます」
「あぁ、これは申し訳ない。何分田舎者故貴族の礼節が分かっておりません、平にご容赦ください」
そう言い扉の向こうから声を掛けて来た者、それは先日アルバート子爵家から切り捨てた不要物。
「貴様、平民風情が無礼であろうが!何をしに参ったと言うのだ。
いや、その様なこと聞くまでもない。者共、この無礼者を取り押さえろ。私が直々に鉄槌を下す!」
興奮し怒声を上げるギネス。だがその場の者は誰も動こうとはしない。そればかりかギネスに対し蔑んだ眼差しを向け続ける。
「お前たち、一体何を「まぁまぁ、落ち着いてくださいよ。アルバート家のご当主殿。私がこの場に来たのはその事についてご説明差し上げる為なのですから」・・・クッ」
ギネスは目の前の不要物に怒りの視線を向けるも、ドレイク・ホーンラビット伯爵はそのような事は意に介さず、淡々と話を始めるのでした。
「なに、難しい事ではありません。私は昨日この場でアルバート家当主の座をお返しした。アルバート家からの除籍の手続きを経てただのドレイクとなった。
ここまではよろしいですか?」
「あぁ、貴様はアルバート子爵家とは縁もゆかりもない者となった、つまりただの平民に戻った、そう言う事であろう」
ギネスの吐き捨てる様な言葉に、「あぁ、やっぱり分かってなかったんですね~」と道理の分からぬ子供を見るような目になるホーンラビット伯爵。
「まずその時点で考え違いをなさっておられる。
私がお返ししたのはアルバート男爵家当主としてのお立場です。
当然ですよね、私が引き継いだのは男爵家の爵位とアルバート男爵家当主という立場なのですから。
その後私はランドール侯爵家戦役を経てグロリア辺境伯家より子爵の爵位を叙爵された。つまり我が家には二つの爵位があったのですよ。
アルバート男爵家当主の座をお返ししアルバート家から除籍した私がアルバートの家名を名乗る訳には行きません。
そこで新たに付けた家名がホーンラビットというものなんです。
そして本日王城にて陞爵式が行われまして、
あっ、ご安心ください。これらの手続きはすべて王国法に
アルバート男爵には本当に迷惑を掛けてしまったね、申し訳なかった。
私はこの王都で屋敷を持っていないのでね、関係のあった男爵の屋敷に祝いの品を送ってしまったのだろう。
これらの品は私の方で各家に返しておくこととしよう。私の了承なしに勝手に縁談話を決めた家々にはよくよく話を通さねばならんからね。
昔から言うだろう?“貴族は嘗められたらお終い”だと。
今回はその事を身に染みて学ばさせて貰ったよ。
妻の両親だからと借金の返済や屋敷の修繕、仕事の斡旋から家の使用人の手配まで。
貴様らは何様のつもりだったのかね?
貴様らの働きで今の様な生活が維持出来る訳がないだろうが。
全ては我がホーンラビット家とグロリア辺境伯家の関係があったればこそ、何の働きもない貴様らがこの屋敷で生活出来ていたのは我々の恩情と管理人としての立場があったればこそだったと言うのに」
ホーンラビット伯爵の言葉に絶句するアルバート男爵夫妻。
「バレリアさん、外に荷馬車を待たせてあります。祝いの品を積み込んでいただけますか?
我々ホーンラビット伯爵家としては、これから各家に挨拶周りをしなければなりませんので」
「畏まりました。私どもも積み込みが終わり次第グロリア辺境伯家王都屋敷に戻らせていただきます」
交わされる言葉、その意味が理解出来ず言葉を掛けるアルバート男爵。
「な、何を言っているのだ、バレリア、貴様は我がアルバート子爵家の使用人であろうが!!」
「・・・何を仰られているのですか?アルバート
私共《わたくしども》の雇用主はグロリア辺境伯家でございます。これまでアルバート家から給金の支払いなど無かったと思いますが?
大体アルバート男爵様の稼ぎでは月の給金すらお支払いいただけないではありませんか。そのような事も分からなかったのですか?」
蔑むような冷徹な視線に、言葉を失うアルバート男爵。“お前は何時から勘違いしていたのだ?”と暗に告げる態度に、次に繋げるセリフが浮かばない。
運び出される品々、一礼ののち去って行く使用人たち。
がらんとした空虚な屋敷に唯々立ち尽くすアルバート男爵夫妻。
「そうそう、グロリア辺境伯家からの伝言です。
“これまでの仕事ご苦労、もう来なくてよい”との事でした。
と言うかここ二カ月余り無断で休まれていたんですね。本当によく生活出来ていましたね」
その声は部屋の扉脇から聞こえて来た。姿を現したのは一人の青年。確か騎士ケビン・ドラゴンロードといったか。
「あっ、俺がなんでまだこの場に残っているのかが不思議といったお顔ですね。
簡単に言えば監視ですね、アルバート男爵様がどこかへ行ってしまわない様に見張っておいて欲しいと頼まれていまして。
来られたようですね」
“ドタドタドタドタ”
部屋に入って来たのは数名の衛兵と文官らしき者。
「財務監察局デリル・ベンジャミンである。
ギネス・アルバート男爵、貴殿には財務管理局局長ガリウム・クラウディア子爵と共謀し、財務管理局において横領を行った疑いが掛かっている。
それとは別に十三年前に暗殺者ギルドに依頼し冒険者ユーゴを事故に見せかけ殺害した殺人教唆の容疑が掛かっている。
我々に同行してもらおうか。
それ」
「「「ハッ」」」
「ばっ、何をする。お前たちは私を誰だと思っているのだ!!
私はアルバート子爵家の・・・」
バタバタと暴れ抵抗するも、鍛え抜かれた衛兵により容赦なく捕縛連行されるギネス・アルバート男爵。
「あぁ、アルバート男爵夫人。今のうちに娘さんなりに助けを求めた方がいいですよ?
この屋敷は財務監察局の差し押さえ対象となりますので。
宝飾品類など持ち出せるものがありましたらお早めに、明日には着の身着のまま放り出されますので。
では私はこれで」
去って行く青年。残された夫人は放心しながらも、青年の助言に従いいそいそと荷物をまとめ始めるのでした。
本日二話目です。
いってらしゃい。
by@aozora