“カリカリカリカリカリカリ”
“カタンッ、フゥ~”
室内に響くペンを進める音、その音が途切れ深いため息が漏れる。
「ウ~ッ、終わった~。バレリアさん、申し訳ないがこの返礼状の確認を頼みます。
前に娘のパトリシア宛に縁談の身上書が大量に送られて来た事がありましてね。あの時もお断りの返事を送るのが大変だったのですが、祝いの品を送り付けられての返礼状というのはこれまで経験した事が無かったものですから、本当に助かりました。
私は別に敵を作りたい訳ではないのですが、ここまであからさまに媚を売られると嫌がらせ?と穿った見方をしてしまいたくなります。
王都ではこれが普通なのでしょうが、辺境の田舎貴族には厳しいものがありますよ、本当に」
そう言い目の下に隈を作り、大きく背伸びをするホーンラビット伯爵に、クスリと笑いを漏らすバレリア執事。
「そうですね、グロリア辺境伯家でも祝いの際などは多くの祝い状が祝いの品と共に送られて来たものです。
先代当主マケドニアル閣下は宰相職を務められたほどの御方、その影響力は絶大でございましたから。
私共使用人はそうした祝いの品や祝い状の整理、返礼状の作成もお手伝いさせていただいていたのですよ。
使用人が作成した返礼状の最終確認を主人である者が行い、署名を行うというのが一般的な流れとなります。
そうした事もあり高位貴族家と呼ばれる家には複数の執事が務めているのですよ」
バレリア執事の言葉に再び遠い目をするホーンラビット伯爵。
ホーンラビット伯爵家は辺境の農村を一つ所有するだけの名ばかり貴族家である。
確かにビッグワーム農法やビッグワーム干し肉、ホーンラビット牧場によるホーンラビット干し肉の生産により周辺の農村地域どころか地方都市よりも裕福と言ってもよい収益を叩き出してはいる。
だがそれは一地方の一都市と言ったレベルの話であり、領地を持つ貴族家といった意味では成功した男爵家レベルと言っても差し支えの無い小さなもの。
中級貴族とされる上位子爵家や伯爵家、高位貴族と呼ばれる上位伯爵家や侯爵家とは比べるべくもない。
そんな所謂お金のかかる貴族家とのお付き合いに日々鎬を削る中央貴族と呼ばれる者たちとの付き合いなど、正直負担以外の何物でもないのが実情なのであった。
「ハァ~、これでまたケビン君への借財が。以前のマルセル村の整備工事に掛かった費用やこの前の戦費の支払いも溜まっているというのに、本当に陞爵しても碌な事がない。
騎士団の給金も碌に払えていないんですよね~、これで使用人が必要とか言われてもどうしようもない。
またザルバに負担を掛けてしまうと思うと心苦しいばかりです。
これはホーンラビット伯爵領に引っ込んでいるに限りますね」
貴族社会は閉鎖社会、一度その付き合いが始まってしまえば決して逃れる事が出来ない。王都であればその付き合いから利益を生み出す事も出来るのだろうが、そうした事が出来るのはほんの一握りの者たちのみ。大概の者は借財を膨らませ日々の生活に困っていると聞く。
「ケビン君が昔から言っていた言葉、“貴族怖い、商人怖い、冒険者怖い。王都、駄目、絶対”の意味が身に染みて分かる日が来るとは。
人生何が起こるのか分かりませんね」
“コトッ”
メイドにより執務机に差し出されたティーカップ、そこから漂うのは若葉香る癒し草のもの。
「こちらはケビン・ワイルドウッド男爵様がホーンラビット伯爵閣下にお出しして欲しいと用意されたものでございます。
癒し草の新芽の煮出し茶だとか、マルセル村ではこうした楽しみ方をなされているのですね。
王都では癒し草はポーションの原材料といった考えが強く、煮出し茶にして楽しもうといった発想はありませんでした。
飲み口が爽やかで疲れた身体が癒される、なかなか良い事を教わったと皆喜んでいるのですよ」
そう言い微笑みを向けるメイドに、“そう言えばこの癒し草の煮出し茶を始めたのはアナさんでしたか。マルセル村の新文化の発信基地は何時もケビン君の実験農場でしたね”と、懐かしそうに笑みを浮かべるホーンラビット伯爵。
始まりはケビン君の実験農場から、マルセル村を今日の様に変えた源泉は全てケビン君であった。
“流石にもうこれ以上の事はないですよね?頼みますよ、ケビン君”
ホーンラビット伯爵の切実な思い。だがその願いは、ホーンラビット伯爵家騎士ケビン・ワイルドウッド男爵の帰宅と共に脆くも崩れ去ってしまうのであった。
――――――――
「ホーンラビット伯爵閣下、ケビン・ワイルドウッド、只今戻りました。
それと幾つかご報告いたしたい事項がございまして、お時間の方はよろしいでしょうか?」
「・・・ケビン君、今日は一体どこに行っていたのかな?
その報告は今すぐ聞かなければならないものなのかな?
新しく訳アリの使用人が増えたとか村の移住者が増えたとか、そういった類の話なのかな?」
グロリア辺境伯家屋敷に戻って直ぐ、ホーンラビット伯爵閣下の下に今日の出来事について報告に訪れた俺氏。何故かとっても警戒されてしまっているんですが?
まぁ心当たりがありまくりなんで、文句は言いませんが。
えっ、聖茶とクッキーの準備をして欲しい?
俺って信用無いな~。いや、ある意味信用されてるのか、悪い意味で。
“コトッ、カチャッ”
収納の腕輪から取り出した聖茶の入ったポットをテーブルに置き、ティーカップを取り出して注ぎ入れる。
本日のクッキーは抹茶入りのものオンリー。甘木汁の物は既にホーンラビット伯爵閣下が食べられてしまったからな~。
でも太られていないのは何故なんだろう?太るどころかやつれてる?疲れが溜まっておられるようでございます。
後でポーションビッグワーム干し肉の炙り焼きでもお出ししてあげよう。
「それではご報告いたします。
まずは嬉しい報告です。ホーンラビット伯爵家のケビン建設からの借財が無くなりました。
正確には新たに納められる税収分から借財分が引かれたといった話なんですが。
次に王家との取引に関してですが「ケビン君、ちょっと待とう。話の展開が早過ぎです。その税収とはどういったものであるのか説明してくれるかな?」・・・そうですね、言葉が足りず申し訳ありませんでした。
ではまず本日私が何をしていたのかについて順を追って説明いたします。
え~、つい先日私達ホーンラビット伯爵家の者は王都貴族街に挨拶回りに向かいましたよね?
それは何故かといえばドレイク・ホーンラビット伯爵閣下が目出たくも伯爵様に陞爵なさったからに他なりません。
本日もホーンラビット伯爵閣下におかれましては返礼状の作成と返礼品の選定に頭を悩まされていたはず。何故かといえば我がホーンラビット伯爵家にはお金がないからです。
幸い返礼品に関してはグロリア辺境伯家が仲立ちしてくれる形で用意する事が出来ましたし、その支払いもケビン建設からの借財という形で済ます事が出来ました。
ですがこのまま借金を積もらせて行く事は、健全な貴族家経営を行っている状態とは言えません。
ですので私は以前ベルツシュタイン伯爵閣下からお話のあった王家による大森林の素材買取を行ってもらうべく、ベルツシュタイン伯爵閣下のお屋敷にお伺いしてまいりました」
俺の言葉に、「なるほど、そう言えばケビン君の収納の腕輪は大賢者様の特別製だったんだよね」と状況を理解されたホーンラビット伯爵閣下。
まぁ、結構溜め込んでましたからね、丁度いい在庫処分だったって訳です。
「そのままベルツシュタイン伯爵閣下のお屋敷で鑑定・査定となれば一番良かったのですが、事もあろうに王城の王宮第二訓練場にて鑑定・査定を行うという話になりまして。
大勢の見学者が集まる中、素材買取が行われることになったんでございます。
これ、絶対仕組まれてました。
ホーンラビット伯爵閣下の陞爵に伴い多くの貴族諸侯から祝いの品が届く事、その返礼の為にホーンラビット伯爵閣下が奔走なさる事、資金不足から大森林の素材を売りに来ることまでが全て織り込み済みだったんです。
長年王都貴族の実態を見続けて来たベルツシュタイン伯爵閣下なら当然読めた展開、我がホーンラビット伯爵家はお金がありませんから。
まぁ私も王都に行ったら売りつけてやろうとは思っていましたんで否やはないんですが、まさか王城で衆人環視の下査定が行われることになるとは思ってもみませんでした。
で、行われた査定なんですが、王家四割、ホーンラビット伯爵家六割といった査定金額を提示されまして。
ちょっとこれでは合意出来ませんという事になってそのまま商業ギルドに向かって査定に出した品を売り払って来たって訳です。
それで商業ギルドでですが」
「あっ、ごめん、ケビン君。既によく分かってない。
えっと確認してもいいかな?」
何故か困惑しながら質問を行うホーンラビット伯爵閣下。
どうも説明に不備があったようでございます。
「まずベルツシュタイン伯爵閣下の下に伺って大森林の素材買取を願い出たら王城にて査定を行う事になったと、まぁこれは今後行われる大森林の素材買取が王家との直接取引になる手前いたし方のない事として、多くの見学者の下買取査定が行われたって事は王家側が公平性を示す為に行った行為なんじゃないのかな?
それがどうなると買取拒否に繋がるのかな?
それと王家四割、ホーンラビット伯爵家六割といった査定金額というのもよく分からないんだけど、商業ギルド会員でもないケビン君がどうして大森林素材の買取などという大取引を王都商業ギルドで行えたのかな?」
流石ホーンラビット伯爵閣下、きちんと状況が分かっていらっしゃる。そう、俺が王都商業ギルド会長と知り合って買取を行ってもらえる事自体、本来からすればおかしな状況なんですよね~。
「王家四割、ホーンラビット伯爵家六割というのはその素材の商品価値に対する取り分の割合ですね。これは冒険者ギルドの査定金額を参考に算出した割合となります。
冒険者ギルドではその商品に対する価値から三割を引いた金額を冒険者に支払います。冒険者は土地に根付きませんから収入から税を取る事も難しい、ならば初めから天引きしてしまえばいいといったことが背景にある措置ですね。
三割の半額を冒険者ギルド側が、残りを税としてその土地の領主が受け取る方式となっています。
今回王家とホーンラビット伯爵領との間で行われる取引でもこうした考えの下計算が行われた、でもこれっておかしいんですよ。
ギルド方式であるのならば買取先である王家は天引き分の半額をホーンラビット伯爵家に支払わなければならないのにそれが無い、しかも天引き割合が四割、嘗めてるとしか言いようがない。
形の上ではホーンラビット伯爵家と王家との取引ですから買取先が王家で税金は王国に支払っているんだという理屈が通らなくもない。
ホーンラビット伯爵家騎士団の者に支払われる買取価格はこのホーンラビット伯爵家の取り分から三割引かれた金額であるという当初の説明からして王家の考えはそうしたものであったのでしょう。
ふざけるなって話です。
であるのなら冒険者ギルドの買取所なり商業ギルドの買取所なりを誘致してしまった方が余程利益が高い。
ホーンラビット伯爵家としても安定的な収益が見込めるというものです。
大体我々ホーンラビット伯爵家が王家に気を使って利益提供をしなければならない意味が分からない。
ホーンラビット伯爵家の武力を恐れ国内に
今回の措置は王宮内の会議によって決められた内容であったはずです。つまり誰かの独断ではない。
そこには多くの思惑が絡んでいたのでしょう。そしてそんな思惑を利用し城内の粛清を推し進めようとする勢力も。
つまり我々ホーンラビット伯爵家は最初から利用されていたって訳です。
そんな黒幕たちの目的は先ほど言った旧勢力、権力と利権に執着する邪魔者の排除、そしてこの私、ケビン・ワイルドウッドの見極めでしょう。
そう考えれば王都商業ギルド会長がわざわざ会長執務室にて商談を行ってくれたこと、大量の大森林素材を買い取ってくれた事に説明が付く。
因みに買取金額の総額は金貨百三十四万六千四百枚(134万6400枚)です。その内の三割、金貨四十万三千九百二十枚(40万3920枚)が税としてホーンラビット伯爵家に入ります。
ただしケビン建設の借財が金貨十万五千四百枚(10万5400枚)ございますので、差し引き金貨二十九万八千五百二十枚(29万8520枚)となります。
これらは全て商業ギルドの口座に入金したという形で処理させていただきました。後ほど王都商業ギルドでご確認いただければと思います。
借用書に関しましてはホーンラビット伯爵領に戻り次第処理いたしましょう。まずは商業ギルドで作成いたしました入金証明書を以って支払いの証としたいと思います」
そう言い俺が渡した入金証明書に開いた口が塞がらないといった表情になるホーンラビット伯爵。
うん、金額が金額なだけに聖茶の精神安定効果を越えられてしまったようでございます。
因みにこの金額に村人装備と騎士団員装備の値段は入っておりません。だって魔物鉄装備はヤバいんだもん。あれは他所に出せない代物なのでケビン建設所有とさせていただきたいと思います。
あしからず。
本日二話目です。
いってらしゃい。
by@aozora