王都の喧騒、それは辺境の住民からすれば何の祭りが始まったのかと考えてしまう程のモノであり、大通りから脇道の裏通り、果てはスラム街に至るまで数多くの人々で賑わう光景は、最早冗談としか思えないものがある。
そんな王都の街並みをそぞろ歩き何か面白いお土産物はないかと物色する男、どうも、ケビン・ワイルドウッド男爵です。
おいケビン、王都の人混みが怖いとか言ってなかったか?
“貴族怖い、商人怖い、冒険者怖い。王都、駄目、絶対”とか言っていなかったか?とお思いの方も多い事でしょう。
フフフ、これまで私がどれ程準備して来たと?
ホーンラビットの群れを体術・身体運用術のみで通過し、魔力隠しによって大森林を闊歩、最強装備着用によりワイバーンの子育てを直ぐ真横で観察する事に成功したこの私、最早妖怪ぬらりひょんの領域に達しております。
・・・無理だな、認識されてないから噂にすらなりませんね。
認識されないんだったらお買い物も出来ないんじゃないのかと思うでしょう?なんかこの最強装備、こっちの望みの状態を維持してくれるみたいなんですよね。調整が利くって素晴らしい。
ブーツとコートとリュックだけでも十分なんですけど、統一性は欲しいじゃないですか。(格好いいし)
流石に仮面を付けると不審者丸出しなんで、フードも取って素顔を晒してはいますが。
「ご主人様、例のモノを発見いたしました」
さり気に声を掛けて来たのは月影、月影と残月にはお土産物を探す手伝いをしてもらっておりました。
「でかした月影、以前の出会いは偶然だったけど、出来れば同系統の他の作品も欲しかったんだよね。
早速向かおうか」
俺は先を案内する月影に従って王都の喧騒に紛れて行きます。
俺の目的、キャタピラーのぬいぐるみを販売しているぬいぐるみショップに向かって。
―――――――――
“コンコンコン”
「失礼いたします。ホーンラビット伯爵閣下、王宮より使者の方が参っておりますがいかがいたしましょうか?」
グロリア辺境伯家王都屋敷、その客間を借りて今回の陞爵に関する諸々の手続きを終えたドレイク・ホーンラビット伯爵は、前日に伝えられた騎士ケビン・ワイルドウッド男爵の言葉と王宮からの会談を行いたいとの申し入れに、重い気持ちを抱えたままその使者の訪れを迎える事となった。
「分かりました、お伺いいたします。手筈通り来賓の間での会談といたしましょう」
「はい、すでにご使者様方は来賓の間にお通ししてございます。
では参りましょう、ホーンラビット伯爵閣下」
グロリア辺境伯家執事バレリアの案内により部屋を移動するホーンラビット伯爵。この王都に来てからはバレリア執事には本当に世話になっていると感謝すると共に、貴族家における執事の役割について認識を深くする。
貴族家当主の責務とは多種多様である。その政務を補助するのが執事であり使用人や文官と呼ばれる様な者たちである。
男爵家といった収入も少なく周辺諸侯との関係性も低い者たちであればその勤めも限定的なものとなるであろうが、その支配地域も広く収入の大きな所謂高位貴族家ともなればその責務も多方面に渡る。
今回の王都での滞在では、そうした複雑な貴族家の責務を陰に日向に支える者たちの存在のありがたさを実感することとなった。
「バレリアさんにお伺いしたいのですが、バレリアさん方はアルバート家の務めがなくなった今このグロリア辺境伯家王都屋敷に戻られるんですよね?
もしよろしければですが、ホーンラビット伯爵家で働くといった事をお考えいただけないでしょうか?
私共は田舎者故その状況に合わせて役割を熟して来た者ばかり、今回の様な貴族との付き合いといった問題には酷く弱い。
その点バレリアさん方はそうしたものにも精通していらっしゃる。そうした方がホーンラビット伯爵家に来ていただければ非常に心強いのですが。
無論報酬もお支払いいたしますよ、幸いワイルドウッド男爵のお陰で我が家の財政も改善されましたので」
そう言い頭を掻くホーンラビット伯爵に、微笑みを返す執事バレリア。
「ホーンラビット伯爵閣下、大変ありがたいお話、このバレリア心よりの感謝を。ですが私はグロリア辺境伯家に忠誠を誓う身、自身の事であろうとも己の一存では決める事が出来ないのですよ。
それはメイドたち使用人も同様でしょう。ですがホーンラビット伯爵様から高い評価を頂いたという事は、心に留め置きたいと思います。
また執事や使用人の手配をお考えとのことですが、グロリア辺境伯閣下にご相談なされてはいかがでしょうか?
現役で働いている者は難しいでしょうがその上の世代の者、次代に立場を引き継いだ者であればあるいは。
そうした者にホーンラビット伯爵家の生え抜きを育てさせるというのも、手段の一つとしてありなのではないかと愚考いたします」
その言葉はやんわりとした拒絶ではあったが、その提案はホーンラビット伯爵家の今後を考えてのもの。
ホーンラビット伯爵はそんな執事バレリアの心遣いに改めて礼を言いつつ、王宮からの使者が待つ来賓の間へと歩を進めるのでした。
「ホーンラビット伯爵殿、先日ぶりであるな。貴家には何かと世話を掛け申し訳ない。
本日は先日行われたホーンラビット伯爵家騎士ケビン・ワイルドウッド男爵との商談における詫びと、今後のホーンラビット伯爵家との取引について話し合いが出来ればとお伺いさせていただいた。
どうかよろしく頼む」
来賓の間に顔を出したホーンラビット伯爵に頭を垂れながら言葉を向ける人物。
「ホーンラビット伯爵、此度は我々王家側からの無理筋に応えて貰ったにも関わらずこの様な事態になり、本当に申し訳なかった。
王宮内における意思の統一、認識の統一が取れていないと言われてしまえば返す言葉もない。
本当に申し訳なかった」
両人揃い頭を下げる姿に、顔を引き攣らせながら頭を上げる様に促すホーンラビット伯爵。
「ヘルザー宰相閣下、ベルツシュタイン伯爵閣下、お二方ともお顔をお上げ下さい。こちらといたしましても王城にお伺いしておきながら全てを引き上げるような真似をいたし、誠に申し訳ありませんでした」
「イヤイヤ、あの取引に関してホーンラビット伯爵家の言い分は尤も。我が王家はホーンラビット伯爵家に臣下としての残留を望むと言いながら王家に配慮せよと言わんばかりの査定結果を提示してしまった。
これでは「頭を下げながらその先で舌を出しているのか?」と言われても言い訳も出来ない。
そしてその事に指摘されるまでまるで気が付かない辺り、王宮側がいかに驕っていたのかが分かるというもの。
これではホーンラビット伯爵家に仮想敵国認定されても致し方のない事。この件に関しては国王陛下も遺憾の意を示しておられる、本当に申し訳なかった」
「・・・あの、申し訳ないのですがお伺いしてもよろしいでしょうか?
それは、その、我がホーンラビット伯爵家騎士ケビン・ワイルドウッド男爵が何か王城で失礼な発言をしたという事でしょうか?」
ヘルザー宰相の言葉に動きを止め、発言の内容を確認するホーンラビット伯爵。その右手は自然胃の辺りを抑え込む。
「あ~、あれは見事な啖呵だったね。
今回の査定は王宮第二訓練場で行われたんだが、その場に集まった者全員がケビン・ワイルドウッド男爵の放つ覇気に身を縮こまらせていたからね。
これは後から王都商業ギルド会長ベルナール・アパガードによって齎された報告なんだが、そうした威圧行為すらも相当に気を使って行われた交渉の一環だったとか。
王城という場においても雰囲気に飲まれる事なく冷静に立ち回り、時においては威圧行為すら行い交渉を進めるあの胆力、是非とも外交官として採用したい。
まぁ本人は絶対に嫌だと言って辺境に逃げてしまうだろうけどね」
そう言い楽し気に笑うベルツシュタイン伯爵。
“コトッ”
「ホーンラビット伯爵閣下、ケビン・ワイルドウッド男爵様よりお預かりいたしておりましたお飲み物でございます。
それとこちらのクッキーをお出しして欲しいと」
そう言い執事バレリアが差し出して来たのは、時間停止機能付きマジックバッグに収納されていた淹れ立ての聖茶の注がれたティーカップ。
温かな湯気と共に鼻腔に広がる若葉の香りが、緊張した心をやさしく包み込む。
「ハァ~、失礼。少々衝撃的なお話をお聞きしたもので、お恥ずかしながら動揺してしまいました。
それで本日はどのようなお話でこちらにお見えになられたのでしょうか?」
ティーカップのお茶を飲んだ途端人が変わったかのように冷静な態度を取り始めたホーンラビット伯爵に、“あれは聖茶か!?やはり凄まじく有効なお茶だな”とマルセル村産の聖茶の効能に驚きを示す両者。
「あ、あぁ。今後のホーンラビット伯爵家との大森林素材の取引に関してなのだが・・・」
「あぁ、そちらの件ですか。我がホーンラビット伯爵家といたしましては、ケビン・ワイルドウッド男爵が提案しました王家主催のオークションによる取引で構わないかと。
ただしその出品量に関してはそこまで期待いただかない方が良いかと思われます。
あまり多くの素材を取り過ぎますと、大森林の魔物生態系を大きく崩してしまいます。
そうなれば現在の安定を壊す結果になりかねない。何事も性急な変化は大きな反動を生みますから」
ホーンラビット伯爵の言葉に然もあらんと理解を示す両者。
「それと市場価格の変化ですね、貴重な素材はその入手難易度が高いからこそその価格が維持される。
そうした物が比較的容易に入手出来るとなれば、その価格自体も下がるというもの。
我々ホーンラビット伯爵家はそれでよいとしてもそうした希少素材採取を生業とする者からすればそれは大きな痛手かと。
このオークションを長期的に維持する為には、出品量の調整も重要になるかと思われます。
そうした事も含め王宮側の専門部署により管理が必要かと。
我々ホーンラビット伯爵家としては王家との適切な付き合いを望むところでありますので」
ホーンラビット伯爵家当主ドレイク・ホーンラビットの言葉は、王家が想定していたものを上回る王家にとって有益な提案であった。
「ホーンラビット伯爵殿、しかしよいのか?ホーンラビット伯爵家は今回の事態を受けて王家に対し強い立場で物申す事が出来るのだぞ?」
ヘルザー宰相の言葉は、これまで多くの貴族家が王家に対し突き付けて来た要求を踏まえてのもの。王都中央貴族と呼ばれる者たちの多くがそうして利権を享受してきたという事実。
だがドレイク・ホーンラビット伯爵はその言葉に対し首を横に振り口を開く。
「これは度々申し上げて来た事ですが、我々ホーンラビット伯爵家は辺境の片田舎の農村の者なのですよ。その望みは然して多くない。
美味しいものを食べてのんびりと暮らす事。今回の戦争とてのんびりとした生活を送る為にはどうしたらよいのかといった結論の下、治めるに至ったまでの事。
そこに利権や発言力を求めてのものではないのです。
そうした事は王都で日々鎬を削る皆様には理解しにくいでしょうが、我々としてはオーランド王家がオーランド王国を導いていく現在の体制に何の不満もないのですよ。
ただしそれは我々がのんびりと暮らす事が出来たならという事が前提となります。ここで王家が我々の事を便利使いしようとした場合、その事にお応え出来るかと聞かれれば難しいとしか言いようがない。
何せ我々は世間から弾かれた引き籠り、今更表に出て活躍したいと思う者など一人としていないのですから。
騎士ケビンが申したそうですね、“眠れるドラゴンを起こすな”と。
我々はホーンラビット伯爵家が辺境の一地域として忘れ去られるような、安定した世を実現していただけることを強く望みます」
そう言い言葉を締めくくるホーンラビット伯爵。あの騎士にしてこの主人あり。付き合い方さえ間違えなければホーンラビット伯爵家は素晴らしい臣下となりうる。
ただしその存在を便利な辺境の弱小貴族と侮った途端、それは王国を滅ぼしかねない脅威へと変わる。
「ホーンラビット伯爵殿、今後とも永の付き合い、よろしく頼む」
「ヘルザー宰相閣下、こちらこそよろしくお願いします」
両者により交わされた握手、それは辺境の蛮族と王家との間に恒久の平和が訪れた証でもあった。
「あっ、そうそう。我がホーンラビット伯爵家の素材販売担当者はケビン・ワイルドウッド男爵となりますのでよろしくお願いします。何といってもケビン君は我がホーンラビット伯爵家の中で一番大森林に詳しいですからね。
その素材の取り扱いも価格交渉も価格の判断も、ケビン君以上の適任者はいませんので」
そう言いにこやかに微笑むホーンラビット伯爵に、顔を引き攣らせる両者。交渉は成功した、だが脅威は目の前に突き付けられたまま。
ヘルザー宰相とベルツシュタイン伯爵は、この後聖茶を譲ってもらえないかお願いしようと固く心に誓うのであった。
その頃件のケビン・ワイルドウッド男爵といえば。
「お~、これは大魔境に生息すると言われるダンゴムシキングのぬいぐるみ。外骨格の一つ一つが忠実に再現されている。
そしてこっちは南海の孤島に生息すると言われている蚕クイーン。この白くフワフワの体毛、つぶらな瞳。堪らん、堪らんぞ!!
店主、これらの品を全て貰おう!!」
ぬいぐるみショップのラインナップにテンションが爆上がりになり、商業ギルドで稼いだあぶく銭で、初めての“貴族買い”を楽しんでいるのでした。
本日一話目です。