転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

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第445話 転生勇者、授けの儀に向かう

マルセル村に春がやって来た。

今年の春は本当に忙しかったと言うか、ドタバタしていたと言うか。

まずダイソン公国とオーランド王国との戦争を止めに行ったこと、その前提となるダイソン公国と北西部貴族連合・南西部貴族連合との不戦条約と同盟締結の為にオーランド王国南西部のダイソン公国にまで遠征したんだよな。

前に隣国ヨークシャー森林国に行った事があったけど、あの時はケビンお兄ちゃんの影空間に入ってただけだったから気が付いたらそこにいたって感覚だったし、アスターナの戦場に行った時も突然連れてこられたって感じだったんでどれ程の距離を移動したのかって事を実感する事って出来なかったんだよね。

 

でも今回は馬での移動、かなりの速さで街道を駆け抜けたから通常では考えられないくらい早く着いたって話だったけど、それでも何日も馬に跨っての移動は結構大変だったな~。

この国って本当に広いんだって事がよくよく理解出来た出来事だったんだよね。

 

「このオーランド王国はエイジアン大陸北西部の内陸国家だからな。

ジェイク、お前は見た事がないから想像出来ないと思うが、この世には海ってものがあってな、どこまでも水だらけと言うか、水しかない場所があるんだ。

グロリア辺境伯領の南、レンドールって街にはシリアル湖っていう大きな湖があってな、それこそ見渡す限り水面(みなも)が広がってるんだが、海ってのはこれの何倍もすごいんだ。

そうだな、お前が授けの儀を迎える歳になったら前祝にシリアル湖に出掛けてもいいか、畑はヘンリーに頼めば管理してくれるだろうし、あのうちにはケビンもいるしな」

 

前にトーマスお父さんがそんな事を言ってたけど、お父さんたちに連れて行ってもらう前にエミリーが連れて行ってくれたんだよね。その足で戦場に連れて行かれるとは思ってもみなかったけど。

 

ダイソン公国からマルセル村に帰ってからはお疲れ様の意味を込めての宴会、パトリシアお嬢様方が帰って来てからは終戦祝いの宴会、春のお祭りをやったと思ったらドレイク村長が伯爵様に陞爵するっていうお話が来て、アルバート子爵家騎士団の皆が男爵様になるって事になって。

ダイソン公国の遠征に参加した村人は全員騎士になるって事になって、トーマスお父さんとマリアお母さん、それに俺も騎士になっちゃって。

まぁその流れで宴会って事になって。

 

ついこないだはエミリーのお母さんたちが赤ちゃんを産んだことで大騒ぎ、王都にいたはずのドレイク村長がいつの間にか帰って来てるし、執事のザルバさんの奥さんになったカミラさんやボイルさんの奥さんのマイヤーさん、ジョンさんの奥さんになったメイドさんの・・・名前なんだっけ?流石にメイドさんの名前まで覚えてないけど、妊婦さんたちがみんな出産っていう大騒動になって。

これ、絶対ケビンお兄ちゃんが何かしたよね?

騒動の影にケビンお兄ちゃんあり、信頼と実績の勇者病仮性重症患者だし。

 

それで出産と陞爵のお祝いを兼ねてまた宴会。

このところ宴会しかしてない気がするのは俺の気のせいじゃないと思います。

 

「ジェイク君、準備出来た?」

「あぁ、って言うか基本的な準備は収納の腕輪に常に用意されてるんだけどな。本当に便利だよな、この収納の腕輪。

流石は伝説の大賢者シルビア・マリーゴールド師匠の作品、時間停止機能付きで容量は込めた魔力量次第。

ケビンお兄ちゃんは毎日の魔力枯渇訓練にはもってこいって言ってたけど、本当にそう。

最近は魔力枯渇状態での訓練が癖になっちゃって。

この“自分の身体を使ってる”って感覚がいいんだよ、来てます来てますって感じがして」

 

「それ分かる~。エミリーも最初の頃は普段と全然違う感覚に戸惑ったけど、今はこれが本当の私なんだって思えるようになったし。

その上で“自分の身体を使う”って事を覚えたら、普段の身体の動きにキレが出たって言うか、今まで以上に繊細な操作が出来る様になったって言うか。

エミリーも毎日寝る前に魔力枯渇状態にして体操をするようにしてるの」

 

そう言いにっこり微笑むエミリー。そうか~、エミリーは更に繊細な“力”の運用が出来る様になったのか~。

ケビンお兄ちゃん、俺に“覇魔混合”を教えてくれてありがとう。

俺、エミリーの隣で自然な微笑みを浮かべられるようになったよ。

タフな身体って最高、“覇魔混合”の練度向上は俺の生命線です。(死活問題)

 

「ジェイク、そろそろ時間だぞ。エミリーちゃん、いつもありがとうね。

授けの儀を受けたらエミリーちゃんも大人の仲間入りか、そうしたらエミリーお嬢様って呼ばないと駄目なのかな?

ジェイク、お前も今までみたいに呼び捨てには出来なくなるんだからな、気を付けろよ?」

 

トーマスお父さんの言葉にハッとなる俺たち。

そうか、考えてみればエミリーはホーンラビット伯爵家のお嬢様で俺はそのホーンラビット伯爵家に仕える騎士。

呼び捨てはまずいよな。

少なくとも普段は“エミリーお嬢様”って呼ばないと。ケビンお兄ちゃんもその辺は気を付けてるみたいだし、こうした事って咄嗟の時にぽろっと出ちゃうもんだしな、普段から心掛けないと。

 

「そうだね、すっかり忘れてたよ。ありがとう、トーマスお父さん。

そう言う事だからこれからもよろしくお願いします、エミリーお嬢様」

 

俺がそう言い礼をすると、ニコリと微笑みを浮かべ「えぇ、たのみますよ、ジェイク」と答えるエミリー。

 

「「アハハハハハハ」」

お互い我慢できずに噴き出す俺たちの様子に、“こいつら本当に大丈夫なのかね”といった呆れた表情を浮かべるトーマスお父さん。

 

「お兄ちゃん、格好いい。お兄ちゃん、抱っこ~♪」

扉を開け部屋に入って来たのは妹のチェリー。

あぁ、俺の天使、その笑顔の為ならオークのスタンピードだって制圧して見せるよ。

 

「チェリー、ごめんね。お兄ちゃんね、これから授けの儀を受けにグロリア辺境伯領の領都に行かないといけないんだよ。

チェリーにはお土産をたくさん買って来るからね、しばらく留守にするけどいい子にして待っててね?」

 

俺はチェリーを抱っこして目を合わせながら語り掛ける。

そんな俺の言葉にチェリーは目を潤ませてギュッと抱き着く力を強くする。

あ~、なんて愛らしいんだ。

 

「よし、チェリーも一緒に行こう。俺がホーンラビット伯爵閣下にお願いして“ベシッ!!”・・・」

「ジェイク、いい加減にしろ。お前はホーンラビット伯爵閣下の護衛任務があるんだぞ?これは遊びじゃないんだ、ホーンラビット伯爵家の騎士という自覚を持て。

エミリーお嬢様、申し訳ございません。マリア、チェリーの事を頼む。

ジェイク、いつまでもチェリーに甘えてないでいくぞ!!」

 

俺とチェリーとの仲を嫉妬したのか、トーマスお父さんが俺の耳を引っ張って外へと連れ出そうとする。

チェリー、待っててね~、お兄ちゃん、直ぐに帰って来るからね~!!

 

「・・・チェリーちゃん、ジェイクお兄ちゃんはこれから大切な儀式に参加しないといけないの。ジェイクお兄ちゃんの事は私に任せてちゃんとお留守番していてね?」(ニッコリ)

 

父親のトーマスに連れられ部屋を出て行くジェイクを見送りながら、妹のチェリーに優しく語り掛けるエミリー。

 

「そうですか、分かりました。ジェイクお兄ちゃんが私の為に立派になって帰ってくるのを、お家で待つことにします。

ジェイクお兄ちゃんが帰ってくるのはこのお家で、私の下ですから」(ニッコリ)

 

エミリーの言葉に寂し気な笑みを見せるも、内心を隠し気丈に振舞うチェリー。

 

「「・・・・・・」」

見詰め合う両者、そこには静かで穏やかな時間が流れる。

 

「そうだわ、マリアお義母様、今度メアリーおばさんやキャロルさんの所のお子様と一緒に我が家に遊びにいらっしゃいませんか?

うちのロバートも大分大きくなって、そろそろ子ども同士の交流をしてもいい年頃になりましたので。

それに今はミランダお母さんやデイマリアお母さんの赤ちゃんが生まれて家の中が何かと忙しないんです、ロバートも口には出しませんけど寂しく思っていると思うんですよ」

 

「そうね、うちの子もメアリーのところのミッシェルちゃんにはあった事があるけど、他の子にはまだあった事が無いのよね。

後でミランダ様に聞いてみるわ」

ロバート?その聞きなれない名前に母親の顔を見上げるチェリー。

 

「ん?あぁ、チェリーはまだ知らなかったのよね。ロバート君って言うのはエミリーちゃんの弟で、チェリーと同い年の男の子よ。エミリーちゃんと同じく母親のミランダ様に似てとても美形でね、あれは将来大変よ、女の子が放っておかないんじゃないかしら」

 

母マリアの言葉にエミリーとマリアの顔を交互に見やるチェリー。

 

「コホンッ、エミリーお姉ちゃん、ジェイクお兄ちゃんの事、よろしくお願いします」(ニコッ)

「えぇ、こちらこそロバートの事、よろしくお願いね」(ニコッ)

 

交わされた握手、今ここに長年に渡って続いた一つの戦いが終わりを迎えた。

チェリーには勝算があった。ミッシェルは唯我独尊、大きな卵やキャタピラーのぬいぐるみに跨って大笑するような女の子である。

彼女は勝負以前の問題であった。

ならば相手は一人、兄ジェイクをメロメロにした自分に勝てる者などいやしない。

 

だが彼女は知らなかった、生まれながらにして妖艶さと気品の高さを併せ持つキャロルの娘、ルビアナという存在を。

まだ自我が芽生え始めたばかりの男の子であるロバートが、ミッシェルの操る巨大卵やキャタピラーのぬいぐるみ(エッガードが触腕で操作)に目を輝かせるという事を。

“井の中の蛙大海を知らず”、家族という狭い世界から足を踏み出したチェリーは、マルセル村という新しい世界を知る。

頑張れチェリー、負けるなチェリー。いつか理想のイケメンをその手に掴み取るその日まで。

 

――――――――――

 

「ミランダ、デイマリア、行って来る。バーミリオンとマリアンヌのこと、よろしく頼む。

二人とも、お父さんはちょっとお仕事で留守にするけど、直ぐに帰ってきますからね~」

 

ホーンラビット伯爵家仮本邸前健康広場。そこには娘エミリーの授けの儀を受ける為、グロリア辺境伯領領都グルセリアに向かう一行が馬車の準備をして揃っていた。

 

「ホーンラビット伯爵閣下、そろそろ出立いたしませんとエルセルの街まで辿り着く事が困難となりますので。お乗り込みを」

家族との別れを惜しむドレイク・ホーンラビット伯爵に騎士トーマスの無情な言葉が掛けられる。

 

「あっ、あぁ、分かった。それじゃ行って来る、後の事を頼む」

「旦那様、エミリーの事、よろしくお願いします」

「旦那様、無事のお帰りをお待ちしております」

 

愛する妻たちに声を掛けられ、馬車へと乗り込むホーンラビット伯爵。

馬車の前には二騎の騎馬が立ち、ホーンラビット伯爵の安全を守るため待機する。

 

「ホーンラビット伯爵様、行ってらっしゃいませ」

村に残る騎士による激励の下、馬車の一団はゆっくりとその足を

「って駄目だからね、何しれっと見送りの列の中に紛れ込んでるのかな、ケビン君。君、今回は護衛係だから、逃がさないからね」

 

・・・何やらホーンラビット伯爵様が不思議なことを仰っております。

 

「えっと、今回俺要らないですよね?別に緊急性もないですし、騎士が三名も付いてるんですよ?

これ以上どんな守りが必要かと」

「だ~か~ら~、その内の二名は授けの儀の前だから、しかも一人は護衛対象の娘エミリーなの、本来は馬車に乗ってないといけない立場なの!

本人たっての希望と将来冒険者になったときの訓練を兼ねて騎乗を許可したけど、本当だったら駄目なんだからね?授けの儀っていったら伯爵令嬢の公務なんだからね?

ケビン君は今回二人の護衛、分かったらすぐに準備をしなさい」

 

チィッ、見逃してもらえなかったか。流れ的に誤魔化せそうだったのに。

農兵男爵ケビン君、主家の為に金策したら農家に戻らせてもらえなくなった件について。

はいそこ、パトリシアお嬢様は“私もご一緒しましょうか?”って顔をするんじゃありません。これ以上人が増えたらマジで面倒なの、ヨークシャー森林国の二の舞は勘弁して。

 

「アナスタシア、すまない、仕事だ。またしばらく留守にする、家の事は頼んだ」

「はい、農場の事はお任せください。ケビン様は任務の事だけを考えて、無事なお帰りをお待ちしております」

 

俺は脇に立つアナスタシアに言葉を掛けると<業務連絡>で黒龍号を「あっ、ケビン君はロシナンテでお願い、間違っても黒龍号とかシルバーを呼ばないでね、あの二頭は迫力が半端ないから」

・・・ロシナンテを呼んで一行と共に領都への旅路に付くのでした。

 

時間がないからもう出発する?了解です、俺の方が馬より速いんで直ぐに出発してください。ロシナンテ、馬具を付けるのは後だ、ゴルド村まで競争だ~!!

緑が広がり始めた草原に真っすぐ伸びる街道、騎馬と馬車の一行はグロリア辺境伯領領都を目指しひた走る。

吹き抜ける風、流れる雲。

上空を飛ぶビッグクローはそんな人々の営みを見下ろしながら、今日も餌のキャタピラーを求め風に身を任せるのであった。

 




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