“パッカパッカパッカパッカ”
街道を進む馬列、前方に二頭の騎馬が進み、馬車を挟んで一頭の騎馬が続く。
如何にも騎士に守られたお貴族様といった一行は、特にトラブルらしいトラブルもなく本日の目的地、オークの森手前の村、ラッセル村に到着した。
「失礼、本日の宿を頼みたい」
宿の宿泊交渉を行うのは歳若の騎士。まだ不慣れな様子ながらも凛々しく頼もしさすら伺える容貌に、宿屋の店主は初々しいものでも見る様に丁寧に対応する。
「失礼します、ホーンラビット伯爵閣下。少々この後私用がありまして、暫く留守にさせていただきたいのですがよろしいでしょうか?」
それは主人である伯爵に自由行動の許可を求める騎士の言葉。
「あぁ、ここはラッセル村でしたね、という事は養蜂家のジニーさんを訪ねられるという事でしょうか」
そう言いつついつかいただいた蜂蜜の巣の欠片の味を思い出すホーンラビット伯爵。
「はい、ここしばらく顔見せする事も叶いませんでしたので」
そう言い頭を掻く騎士ケビンに「あ~、色々ありましたからね~」と疲れた顔をするホーンラビット伯爵。
「分かりました。まだ時間も早いですし皆で伺う事としましょう。
トーマス、エミリー、ジェイク、そういう事です。少し出掛けます」
そういい宿の部屋をたつマルセル村一行。
事態の分からないトーマスたちは、嬉し気に先を案内するケビンの様子に一抹の不安を感じつつ、養蜂家という聞きなれない単語に首を捻るのでした。
「うわ~、蜂さんが一杯」
それは暖かな春の草原を飛び回り、花の蜜を集めて来た多くの働きバチの光景であった。
「今の時期は冬眠から目覚めたフォレストビーたちが、咲き始めの花の蜜を集める大事な時期なんだ。
この時期確り体力を回復させてやることで、これから夏に向けての蜂蜜の生産量がグンと多くなる。
確かに春先の蜂蜜は貴重で付加価値も高い、でもここで焦っちゃ駄目だ。蜂蜜生産の主体はあくまで蜂たち、俺たち人間はそのお手伝いをする事で恵みを分けていただくくらいのつもりでいないと、旨い蜂蜜は作れないんだよ」
蜂蜜農家であるジョージさんが、ホーンラビット伯爵たちに蜂と蜂蜜の関係を解説しながら、巣箱の様子を見せて歩く。
普通であれば観光客が巣箱に近付く事など危険な行為かもしれないが、そこは底辺魔物専門のテイムスキル<魔物の友>を有するジョージさん。
フォレストビーたちには見学者を攻撃させる事なく、見事に観光案内をしてくださいました。
観光養蜂場、新しいジャンルの観光地としていいかもしれない。
周囲に花畑を作って季節の花々を咲き乱らせれば尚良し?
これってマルセル村の新しい産業に出来るかも。
うちのフォレストビーたちは新しい女王様誕生で巣箱が二つに増えました。観光養蜂場にするには少なくとも十箱くらいは巣箱が必要かと、まだまだ先の話になりそうですな~。
「お久し振りです、ジョージさん。本日ジニー師匠は御在宅でしょうか?」
「久し振りだね、ケビン君。すっかり大きくなって、見違えたよ。
親父ならそろそろ森から帰って来ると思うけど、ちょっと正確な所は分からないな。それまでよかったら蜂の巣箱でも見ていくかい?」
ジニー師匠のお宅を訪れた俺達マルセル村一行は、養蜂場の長男であるジョージさんのご厚意により養蜂場の見学と、大変ありがたいバージンハニーを味わわせていただく事が出来ました。
この時期はまず取る事の無い蜂蜜ですが、女王様に交渉して味見させていただく事に。お礼にローポーション芋汁を進呈したところ、大変喜んでいただく事が出来ました。
お味の方はやや糖度が低いというかさっぱりした感じ。でもこれくらいの味の方がお茶に混ぜる時にほんのりした蜂蜜感が味わえるから逆にいいかも。香りもいいですし、ちょっと他では味わえない味覚体験でございました。
実験農場に帰ったらうちのフォレストビーの女王様にお願いして、少し分けて貰おうっと。
「おぉ、ケビン君、久し振りだの。暫く見ない間にすっかり立派な青年になってしまって、見違えたよ。
そう言えば今年は旅立ちの儀があるんだったか、ケビン君も成人か、時の経つのは早いものだな」
声を掛けて来たのはジニー師匠、その足元にはピョンピョン飛び跳ねるスライムが三体。
「あぁ、こいつらか。儂も久方ぶりにスライムたちの世話がしたくなってな。スライムの可能性、森のスライム達に新たな環境を与える事でどのような変化が起きるのか。
フォレス、ウッド、ビー、ご挨拶しなさい」
ジニー師匠の言葉にピョンピョン跳ねながら前に歩み出たスライムたち。
こちらに対し一列に整列した彼らは、ピョンピョンと重なり合い子供の背丈ほどの塊を作り上げる。
“ペコッ”
「合体・・・だと!?」
それはともすれば不格好なトーテムポール、在りし日の記憶にある西洋のスノーマンのようなもの。
だが行われたものは、スライムによる組体操、<仮性心>を激しく揺さぶる必殺の奥義、“合体”。
“ザッ”
「まいりました。流石はスライムマスタージニー師匠、その発想と技術、私など遠く及ばない遥かなる高みを見せていただいた思いでございます」
片膝を突き頭を垂れるケビンの様子に、“あぁ、またケビンの勇者病が始まったのか”と生暖かい視線を向けるマルセル村一行。
「そうか、そうか。分かってくれるか。こ奴らは互いに意思の疎通を行い連携する事を覚えた個体だ。
これまでスライムたちにはその性質に合わせ状況に合った仕事をさせて来た。だがそれは冒険者としての、テイマーとしての視点であった。
こうして仕事を離れ自由な発想でスライムに向き合う事が出来た時、スライムという生命体には無限の可能性があるという事が改めて分かって来たのだよ。
ただそれは野生のスライムが持ち合わせるものと言うよりもテイムスキル<魔物の友>が合わさって実現出来るもの。
これは広く知られた事ではあるが、魔物たちはテイマーのテイムスキルを介する事で魔物同士の連携を深める事が出来る。であるのなら魔物同士の連携をより親密なものとし、その可能性を引き出してやればより複雑な連携、先程の様な挨拶のような事も可能なのではないかと思い至ったのだよ。
ケビン君、儂の情熱を蘇らせてくれてありがとう、お陰で儂は毎日が充実しているのだよ」
そう言い合体したスライムに木の棒を手渡すジニー師匠。
すると一番上のスライムが触手を伸ばし木の棒を振り回す。
「何とかゴブリンくらいなら倒せるようになったよ。スライムにとっては快挙と言ってもいいんじゃないんだろうか」
そう言いにこやかに微笑むジニー師匠と、そんな師匠の周りで楽し気に跳ねまわるスライムたち。
く~、羨ましい。互いに思い合う関係、これがテイマーとテイム魔物との関係性ですよ、最高の形じゃないですか。
それに比べうちの従業員たちと来たら・・・。
負けた、何もかも負けた。
やはり心の師匠、永遠の目標にさせていただきます。
「ジニー師匠、大変すばらしい光景を見せていただきました。このケビン、感動に打ち震えております。
そんなジニー師匠にお見せするのは些かお恥ずかしいのですが、以前お話ししました我が家のスライム、大福をご紹介させて頂きます」
「ほう、あの幼少の頃より育てたというスライムかね?
非常に興味深い、是非会わせて欲しい。どこにいるのかな?姿は見えない様だが」
ジニー師匠があたりをキョロキョロ見回します。やはり師匠はスライムが大好きなんですね、では満を持してお呼びいたしましょう。
「<業務連絡>大福先生、出番です!!<出張:大福>!!」
“プワンッ”
地面に青く輝く六芒星の魔法陣、その中心よりニュインと姿を現す漆黒の水饅頭。
「なっ、これは一体!?」
「はい、私のテイムスキル<魔物の雇用主>が進化いたしまして、<出張>という魔力を消費してテイム魔物を呼び出すスキルに目覚める事が出来たんです。
ご紹介いたします、この黒いデカスライムが私の雇用魔物、大福です。
大福、こちらが以前お話しした伝説のスライムマスター、ジニー師匠だ」
俺の言葉にポヨンポヨン飛び跳ねてジニー師匠の前に移動した大福は、握手を求めるかのようにニュッと触手を伸ばす。
「あ、あぁ。大福君、はじめまして。儂がジニーだ。
こっちの三匹はフォレス、ウッド、ビー。儂ともどもよろしく頼むよ」
そう言い大福と握手を交わすジニー師匠。大福をただのテイム魔物とせずきちんと正面から受け止める。
簡単そうに見えて中々出来る事ではありません。
初見でこんな事が出来るのはミルガルの宿“ブラックウルフの尻尾亭”のご主人くらいのものでしょう。
あの御方、普通に従魔と会話するもんな~。
「フォレス君、ウッド君、ビー君、君たちは大変優秀で素晴らしいスライムたちだ。そんな君たちにスライムの可能性、一つの方向性をご覧いただこうと思う。
大福、小型三つ首ヒドラだ」
“ニュウィ”
デカスライムの身体を変形させ、三つ首ヒドラを完成させた大福に目を見開いて驚くジニー師匠。その三つの首それぞれを器用に操り、まるで本物のヒドラのように振る舞う大福。
「これは君たちが見せた触手の応用、形態変化を加える事でまるで本物のヒドラのように動く事が出来る。
大福は体積がある為一体でも小型ヒドラを再現出来るが、君たちには連携による合体がある。
それこそそれぞれの首を各人が担当する事で、より本物の様なヒドラが可能となるだろう、精進してくれたまえ。
それとこれは目標と言うよりもお願いだ、是非とも訓練し実現して欲しいものがある。
大福、小型ゴーレム」
“ニュインッ”
それは騎士、漆黒の身体を持つ暗黒の戦士。暗黒騎士大福はその手から触手を伸ばし剣を作り上げると、流麗な動きで剣舞を始める。
「三体合体による剣士、この領域は遥かな高み。才能豊かな君たちでも一朝一夕では難しいだろう。
だが君たちならやれる、いや、やって下さい。
三体合体のスライムが剣を振るう姿が見たいんです。合体ってのがいいんです、お願いします!!」
勇者病<仮性>重症患者ケビン、その<仮性心>が震えた時、彼は全てを投げ捨て全力で夢を追い掛ける。
ジェイクとエミリーは思う、“騎士大福って、ボビー師匠をボコボコにしてなかった?”と。トーマスは思う、“うん、俺絶対勝てないわ”と。ホーンラビット伯爵は思う、“騎士の人数合わせの時、大福君にお願いするのもありかもしれない”と。
そんなマルセル村の者たちの思いとは裏腹に、身体を震わせ、感動に涙する者が一人。
「ケビン君、スライムの一つの可能性、堪能させてもらったよ。
流石は同じ道を志す同志、ケビン君はすでに儂の遥か先を進んでいたんだな。
であるにも関わらず儂のスライムたちから新たな可能性を見つけ、その点を称賛する。ケビン君のその姿勢は、研究者として最も必要とされる飽くなき探求心に満ち溢れている。
儂もまだまだだと改めて教えられた思いだよ。
これからも同じスライムテイマーとして、更なる研鑽に努めようじゃないか」
「はい、ジニー師匠!!」
弟子は師を選び、師は弟子を選ぶという。
素晴らしき出会い、不遇のテイマー最下層魔物使いジニーと勇者病<仮性>重症患者ケビンの交流は、スライム界に新たな風を吹き込む事になるだろう。
師と弟子は固く握手を交わし、互いの研鑽と成果を褒め称えるのであった。
――――――――
“パチンッ、パチンッ”
暖炉から響く薪の爆ぜる音。揺らめく炎を眺め、とっておきの酒を口付けながら、今日あった出来事を思い出す。
日課になっていた森の散策、三体のスライムを引き連れ、連携と戦闘の訓練を行う。
いくらテイマーと言えどスライムを引き連れて森を彷徨うなど自殺行為、ゴブリンにすら敵わぬテイム魔物を連れ歩いてどうするのか。
冒険者時代散々言われ続けてきた言葉を思い出し、ふと笑みが漏れる。
以前の自分が今の儂を見たらどう思うのだろうか。まるで開き直った底辺テイマーの姿に、顔を顰めるだろうか。
「あの頃は若かったからな」
思わず洩れる呟き、今となっては何もかも懐かしい。
家に帰り着いてみれば、そこには懐かしい顔が見て取れた。それは底辺テイマーである自身の事を初めて心から認めてくれた人物、スライムマスターと呼ばれた自身の話を目を輝かせながら聞いてくれた人物、自身の書いた手慰みをあの様な立派な本にして世に発表してくれた人物。
“そう言えばあの後頼まれた「養蜂家の入門書」はモルガン商会のギースさんが預かってくれたんだったか。
スライムの本もモルガン商会の商会長様が書籍にしてくれたとか、降って湧いた様な蜂蜜定期購入の話がうちに来たのもケビン君が紹介してくれたからなんだろう。そう考えれば全ての話に辻褄が合う。
本当に彼には感謝してもし足りない。
そして彼から紹介された彼のテイム魔物、スライムの大福の衝撃。
スライムとはこんなに自由でこんなに可能性に満ち溢れているのだと、自身の思いの浅さを突き付けられた。
「スライムの可能性は無限大・・・儂は何時の間にか自分で可能性を狭めていた様だな。
フォレス、ウッド、ビー。明日から特訓だ、目指すべき姿は見せて貰った。お前たちなら出来る、そう断言されたんだ、これに応えなくて何がスライムマスターか。
一緒に頑張ってくれるな?」
“““ピョン、ピョン、ピョン、ピョン♪”””
主人の周りを嬉しそうに飛び跳ねながらその期待に応えると誓うスライムたち。彼らの戦いは続く、いつかあの青年の見せたスライムの可能性に追いつくまで、そして遥かな高みを目指し続ける。
そんな楽し気な夫の姿に、妻は苦笑を浮かべながら“ほんと男の人は幾つになっても子供なんだから”と小皿に盛った摘みをテーブルに運ぶのだった。
本日一話目です。