多くの幌馬車や荷馬車が止まる建物前。
活気ある掛け声の下、建物内から荷物が運び出され次々とそれらの馬車に積み込まれて行く。
「失礼、こちらはモルガン商会本店でよろしいか?私はホーンラビット伯爵家騎士ジェイクと言う。
我が主ホーンラビット伯爵閣下が、モルガン商会長殿に挨拶がしたいと仰せでな。あぁ、すまない。聞きなれない家名であったな。
ホーンラビット伯爵家とは元アルバート子爵家のことでな、先だって王都で陞爵式を受けられた際に家名を変更されたのだよ。
すまないが取り次ぎを頼めないだろうか?」(にっこり)
馬上から従業員らしき女性に声を掛け、取り次ぎを頼む騎士ジェイク。
その貴族然とした凛々しい姿に、頬を赤らめ急ぎ建物内に入って行く従業員の女性。
御者台に座るジェイクの父トーマスは、立派に成長した息子の姿に頷きを見せ、騎乗し隣に立つ騎士エミリーは自慢げに胸を張る。
「これはこれはようこそおいで下さいました。ホーンラビット伯爵閣下、この度は陞爵、誠におめでとうございます」
建物の中から急ぎ顔を見せたモルガン商会商会長セルジオ・モルガンは、陞爵し伯爵となったドレイク・ホーンラビット伯爵に祝いの言葉を述べ、慇懃に礼をする。
「「「「ホーンラビット伯爵閣下、ご陞爵、おめでとうございます」」」」
そんな商会長の動きに合わせ、その場に居合わせた商会関係者が揃って祝いの言葉を口にする。
騎士ジェイクは思う、“うわ、前世の大型百貨店の朝のご挨拶みたい。欲しいゲームソフトがあって開店前に並んだことがあったけど、満面の笑みで挨拶されて目茶苦茶ビビったんだよね。やっぱ領都の大商会ってスゲー”と。
領都グルセリアで最も勢いのある大商会モルガン商会、その下支えをしているのがこの徹底された従業員教育であるのかと、改めてこの世界の大商会の凄さに戦慄する騎士ジェイクなのでありました。
―――――――――
“カチャッ、カチャッ、カチャッ”
案内された商会長執務室のソファーに座ると、女性従業員の方がティーカップを差し出してくれます。
俺が従業員さんに軽く礼をし微笑み掛けると、従業員さんは何故か顔を下げ、慌てて執務室を出て行かれてしまいました。
俺が首を傾げながら隣を見ると、何故かドヤ顔になるエミリー。
何なの一体?
テーブルに置かれたティーカップから漂うのは紅茶の香り。
へー、この世界にも紅茶ってあったんだ。
俺はティーカップを手に取り、香りを楽しんでから一口。
口腔に広がる懐かしの味に、思わず笑みが零れます。
「はい、ジェイク君減点。珍しい飲み物に心惹かれ思わず手に取ってしまう気持ちは分からなくもないけどね、今日のジェイク君はホーンラビット伯爵閣下の配下、エミリーお嬢様の護衛騎士だから。
まぁ毒見と言う意味では先に口にするのはありなんだけど、ここはホーンラビット伯爵閣下とモルガン商会様の会談の席だから、ホーンラビット伯爵閣下の動きに合せようか。
まぁそれを言ったらこうやって注意をする俺の行動も減点対象なんだけどね、モルガン商会長様とは古いお付き合いだしその辺はお目こぼしいただくって事で。
ところで商会長様、今日はギースさんはいないんですか?」
ケビンお兄ちゃんに駄目出しされてしまいました。
そうなのか、こうした席では出されたものだからって勝手に手を付けちゃ駄目だったのか。
俺がソファーの背後に立つトーマスお父さんに目を向けると小さく首を横に振るお父さん。そんな俺たちの態度に微笑みを向けるエミリーと、乾いた笑いを浮かべるホーンラビット伯爵閣下。
・・・マナー教育、マルセル村に帰ったらパトリシアお嬢様にお願いした方がいいかもしれない。
俺は自身が何も知らない田舎者の子供だという事を改めて自覚しつつ、姿勢を正し目の前のモルガン商会長様に目を向けるのでした。
「いや、ジェイク君、そこまで畏まる事はないよ。エミリーお嬢様、ジェイク君、授けの儀、おめでとうございます。
ホーンラビット伯爵閣下におかれましては、度重なる慶事、誠におめでとうございます」
「ありがとうございます、モルガン商会長殿。モルガン商会長殿には若い頃から世話になりっぱなしで何の恩返しも出来ずにいましたが、私もいつの間にやらこんな事になり、多少は顔も広くなりました。
何かありましたら遠慮なくお声掛けください、私に出来る事なら力の限り御助力する事を誓いましょう。
今の私があるのは全てモルガン商会長殿のお陰なのですから」
感謝の言葉を述べ今後の関係をより深くするホーンラビット伯爵閣下。前にトーマスお父さんに聞いたけど、ドレイク村長は昔冒険者をしていて、モルガン商会の護衛をしている時にモルガン商会長様に誘われて行商人になったらしい。
商会内で修行して一人前の行商人として認められ、独立して頑張っていたところを三代目村長の娘であるシンディー・マルセル前村長の罠に嵌められたんだとか。
「ジェイク、女性は怖いぞ、気を付けろ」ってのを凄く真剣な顔で言われたんだよね。油断、駄目、絶対。
でも大丈夫だよトーマスお父さん、俺、女性の怖さはこの身に刻んでるから。(主に腹部)
でもな~、ケビンお兄ちゃんの話だと王都の女性って演技力半端ないらしいんだよな~。気を引き締めてモブに徹しないと。
誘蛾灯の役目はジミーにお願いしよう。ジミーってその辺上手いから。
・・・ケビンお兄ちゃんにしろジミーにしろ、ドラゴンロード家の男ってどうなってるんだろう?
うちの村って年頃の女性なんてほとんどいないよね?何故に兄弟揃ってジゴロ?意味分かんない。
「えっ、ロイドの兄貴、それって本当ですか!?ギースさんスゲ~、今日一で驚いたんですけど、今年一番かもしれないっすよ」
「オホンッ、モルガン商会長殿、我が家の騎士が申し訳ない。
ケビン君、いくら永く親しくさせていただいているモルガン商会だからってはしゃぎ過ぎです。モルガン商会長殿に失礼ですよ?
少しは自重してください」
「あっ、すみません、ホーンラビット伯爵閣下。ってそれどころじゃないっすよ、ドレイク村長。
ギースさん、結婚してました」
「・・・はぁ?えっ、ギースの奴結婚したの?いつの間に?」
なんか急に素に戻るケビンお兄ちゃんとドレイク村長。
いいんですか?モルガン商会長様が苦笑なさってますけど?
「しかもお相手がシスターアマンダっす」
「はぁ?え~~~~~~!!ケビン君、それ本当!?あの男、よりによってグロリア辺境伯領の教会勢力を実務で取り仕切ってるシスターアマンダを射止めちゃったのかよ、何やってくれちゃってんだよ。
でもそうか、あいつ昔っから聖女様とかシスター様に憧れてたもんな~。教えろよな、全く水臭い。
あっ、モルガン商会長、すみません。しばらくお貴族様は封印で。
それでギースの奴がどうやってシスターアマンダなんて高嶺の花を口説いたのか、詳しく聞いていませんか?」
完全にラフな口調になるドレイク村長。おそらくこの話し方が村長の素の話し方なんだろうけど、初めて見たからすごい違和感。
隣のエミリーも目が点になってるし、トーマスお父さんもお口あんぐりなんですけど。
でもケビンお兄ちゃんはまったく気にしてないみたいというか古くからの悪友って感じだし、多分こういう姿も知ってたんだろうな~。この二人、なんやかんや言って目茶苦茶仲がいいから。
「はぁ~、ドレイク、お前って奴は昔から変わらんな。お客様の前や取引先ではそうした姿は絶対に見せるなと散々教えて来ただろうが。
まぁ気持ちは分からんでもないがな。私もこの話を聞いた時は働き過ぎでおかしくなったのかと思ったくらいだからな。
だが事実だ、私からすればドレイクが伯爵になった事よりもギースがシスターアマンダと所帯を持った事の方が驚きだったよ。
ドレイクも友人として祝福してやってくれ。
それよりもそれぞれの立場に戻るぞ、エミリーお嬢ちゃんがびっくりしたグラスウルフみたいな顔になっちゃってるじゃないか」
モルガン商会長様の言葉に「エミリーちゃんごめんね~。お父さんの昔からの友達が結婚したって聞いて驚いちゃったものだから。
お父さん、少しはしゃぎすぎちゃったかな?
今日はエミリーちゃんの授けの儀のご挨拶だったのにね、本当にごめんね」と普段の口調に戻るドレイク村長。
ドレイク村長~、その口調も多分にプライベート用ですよ~、お貴族様口調に戻ってくださ~い。
「モルガン商会長殿、この度は我がホーンラビット伯爵領に多大な貢献を果たしてくれている行商人ギース氏のご婚姻、誠におめでとうございます。
これは私的なことにはなりますが、このケビン・ワイルドウッド男爵、幼少の頃よりギース氏には大変世話になっておりました」
“コトッ”
それは陶器製の箱、おそらくはケビンお兄ちゃんが土属性生活魔法<ブロック>で作り出した物。
「こちらを祝いの品としてギース氏にお渡し願えないでしょうか?ギース氏には奥方様と一緒に召しあがる様にとお
そう言いテーブルに置いた箱をモルガン商会長様に差し出すケビンお兄ちゃん。
「ケビン君、これってもしかしなくてもアレだよね。まだ持ってたんだね。
でもアレがバレたらまた大騒ぎになるからあまり他所には出さない様にね」
「ホーンラビット伯爵閣下、あれとは一体。それにこの品は・・・」
ホーンラビット伯爵閣下の態度に、ただ事ではないと困惑の表情になるモルガン商会長様。
そんなモルガン商会長様にホーンラビット伯爵閣下はニコリと微笑みを向けると、何でもない様に口を開かれました。
「いえいえ、そこまで畏まるほどの事はありませんよ。ただの森の恵み、魔物の肉が入っているだけの事です。
ただこれは祝いの品、新たな家庭を築いた古くからの友により豊かな幸せが訪れて欲しいと願った、我らマルセル村の者たちの思い。
ギース殿が何か言われるようでしたら、“幸せな姿を見せに来い”とでも伝えておいてください」
ホーンラビット伯爵閣下はそれだけを告げると、この話はお終いとばかりに笑顔のまま口を噤むのでした。
―――――――
モルガン商会での挨拶を終え、領都の宿“小鳥の巣箱亭”に戻ってきた俺たちは、収納の腕輪に仕舞っておいた普段着に着替え、夕食までの間暫しの休憩を取っていました。
それにしても領都の宿って凄い。モルガン商会に向かう前、部屋を取る為に立ち寄ったときは、あまりの光景に目を見開いちゃったもんな~。
玄関前の広いスペース、ドアマンが立ち一礼と共に大きく開かれた扉と、その先に広がる受付ロビー。
揃いの制服を着こんだ
・・・ここってどこ?完全にホテルだよね?しかも都心の高級って呼ばれるところ。
えっ、ホテルの建物ごと転移して来たとかそんな感じ?だって床が大理石調なのよ?柱の側には観葉植物が置かれてるのよ?
俺とエミリーはヨークシャー森林国で侯爵様のお屋敷に泊まった事があったし、トーマスお父さんもダイソン公国のお城に行った事があったから何とか我慢できたけど、そんな経験なしにこんなすごい宿に泊まったら緊張でまともに休むことなんて出来なかっただろうな~。
「ジェイク君にトーマスさん、大丈夫?本当にびっくりだよね、どこのお城って感じだもん。
俺も初めて“小鳥の巣箱亭”に来た時は口を開けたままぽか~んってしちゃったもん。あれは授けの儀の時だったんだけど、この宿に驚き過ぎて一切緊張しなかったんだよね」
確かに辺境の村人が行き成りこんな宿に連れてこられちゃったら、衝撃で緊張してる暇なんてなくなるんだろうな~。
「それでこの宿の何が凄いって、各部屋にお風呂が付いてます。
ジェイク君とトーマスさんは知ってます?お風呂。
何と贅沢にも大きな盥、湯船って言うんだけど、その湯船にお湯を溜めてゆったり浸かるっていうとんでもない設備です。
今回は特別にこのケビンがお風呂経験者の先達として、入浴方法について説明いたしましょう」
そう言い部屋の中の個室に案内するケビンお兄ちゃん。そこには前世でも創作物でしか見た事のない猫足の西洋式な湯舟が。
「「・・・はぁ~!?なんじゃこりゃ~!!」」
ケビンお兄ちゃんが魔法でお湯を張ってくれた湯船に浸かったときの第一声は、くしくもトーマスお父さんと同じものとなってしまいました。
浴槽にプカプカ浮かぶ癒し草の束、浴室全体に広がる癒し草の独特の香り。
身体の奥からじんわり温まると言うか、心も身体も癒されるって言うか。控えめに言って最高でございました。
その後俺たちの部屋に遊びに来たエミリーにお風呂の事が見つかり、ケビンお兄ちゃんがホーンラビット伯爵閣下の部屋のお風呂にもお湯張りをさせられたことは、言うまでもありません。
本日二話目です。
いってらしゃい。
by@aozora