領都の中心街に聳え立つ巨大な建造物。
多くの人々が訪れ祈りを捧げる荘厳且つ神聖な場所。
大聖堂と呼ばれるそこは、グロリア辺境伯領における女神信仰の中心地である。
「ようこそお出でくださいました、ホーンラビット伯爵様。
本日はご息女エミリー様の授けの儀、誠におめでとうございます」
大聖堂の石段を登り、大きく開かれた扉の前に行くと、そこには数人のシスター様がホーンラビット伯爵閣下一行を出迎える為に待機してくださっていた。
「これは
本日は娘ともどもよろしく頼む」
鷹揚に言葉を返すホーンラビット伯爵閣下。シスター様方の案内の下、大聖堂の中に入って行く俺たち。
そこはまさに祈りの場といった荘厳な場所であった。
天井のステンドグラスからは柔らかな日の光が差し込み、聖堂内を明るく照らし出す。ミルガルの大聖堂もすごく立派で神聖な場所って感じだったけど、領都の大聖堂は更に豪華というか、海外旅行のパンフレットに出て来そうって言うか。
「ジェイク君、なんか凄いね。エミリー、ちょっと緊張してきちゃった」
「あ、あぁ。俺もびっくりした。本当に凄いよな、こんな場所を見れたってだけでも領都に来たかいがあるよ。
“小鳥の巣箱亭”もそうだけど、世界にはマルセル村にいただけじゃ知る事の出来ない事や光景が沢山あるんだろうな。
エミリー、これからもよろしくな」
俺はそう言うと、エミリーにニッと笑みを向ける。
エミリーはそんな俺に「うん、私こそよろしくね、ジェイク君」と言って花の様な笑顔を返してくれるのでした。
「ではお付き添いの皆様はそちらの長椅子にお座りになりお待ちください。
授けの儀を受けられるエミリー様、ジェイク様は女神様の像の前にお越しください」
大聖堂の最奥には祭壇が作られ、巨大な女神様の神像が俺たちに微笑みを向け佇んでおられました。
「ホーンラビット伯爵様、お久しぶりでございます。本日はエミリーお嬢様、騎士ジェイク殿の授けの儀、誠におめでとうございます」
声を掛けて来られたのは周りの方々よりも豪華な神官服を纏った初老の神官様。
「これはメルビン司祭様、長らくご無沙汰してしまい申し訳ございません。お陰様で娘のエミリー、ホーンラビット家騎士ジェイクが無事授けの儀を受ける運びとなりました。
これも全て女神様と教会の皆様方のお陰、心よりの感謝を申し上げます」
深く礼をし、メルビン司祭様にお言葉を返すホーンラビット伯爵閣下。こちらの御方がボビー師匠のご友人のメルビン司祭様なのか。
柔らかい物腰の優しそうなお爺さんというか、全てを包み込んでくれそうな徳の高い司祭様っていう雰囲気なんですけど。
とてもボビー師匠の言う様なお酒好きの女好きって感じには見えないんですけど?“ナンパ師メルビン”とか“王都の悪童”とかって話は、若かりし日の黒歴史って奴なのかな?
「ホーンラビット伯爵様の敬虔なお心に感謝を。
ではエミリー様とジェイク様はこちらに。
膝を突き女神様に本日まで無事に育つ事の出来た事の感謝と、職業とスキルをお授け下さるご慈悲に祈りを捧げてください」
俺とエミリーは司祭様に促されるまま女神様像の前に向かい、膝を突いて祈りを捧げます。
思い出されるのはこれまで行ってきたマルセル村での修行の日々。あの下地がある限り、たとえどんな職業を授かろうとも俺たちが世界に羽ばたく冒険者になる夢を諦める事はありえない。
それに職業が強さとは関係ない事はケビンお兄ちゃんが教えてくれたしね。
マルセル村の最強ケビンお兄ちゃん。職業、<田舎者(辺境)>って意味が分からないから。
でもケビンお兄ちゃんだったらこれが<農民>とか<村人>だったとしても、結果は変わらなかったんだろうな~。だってケビンお兄ちゃん、ずっと村人になりたいって言ってたし。
なんかケビンお兄ちゃんのことを考えたら、緊張している自分が馬鹿馬鹿しくなって来た。
俺は“授けの儀”を前に硬くなってる自分が急におかしくなり、クスリと笑みを漏らした後、祈りの姿勢のままメルビン司祭様のお言葉に耳を傾けるのでした。
―――――――――
「これより執り行います“授けの儀”とは、この魔物蔓延る世で人々が生き残れる様に、より心豊かな生活を送れるようにと女神様がお与えになられた慈悲。
例えお授け下さった職業やスキルが皆様方にとって望んだものではなかったとしても、その全てに意味があり、必ずや皆様方の支えになってくれるものであるという事を忘れてはいけません。
お与えくださった女神様に感謝し、真摯に向き合って下さることを望みます。
“我らを見守る偉大なる女神様、本日あなた様の子が新たなる一歩を踏み出します。願わくば彼の人生に幸多からん事を”」
メルビン司祭様の上げる祝詞と共に、ジェイク君とエミリーちゃんの身体が淡い光に包まれる。
これって前にパトリシアお嬢様がメルビン司祭様にやって貰った<祝福>と同じだよね?
俺が授けの儀を受けた時って、ただ女神様像の前で祈りを捧げて祝詞を上げて貰って終わりだったはずなんだけど?
まぁ俺の場合システム上のバグが発生してあなた様の執務室に御呼ばれしちゃうっていうとんでも現象に巻き込まれたりしたんだけど。
でもそうか~、お貴族様の授けの儀ってこうしたサービスがあるんだ~。
でもそれはそうだよね、結構な金額を寄進して「“日々私達を見守ってくださる女神様に感謝を、皆に女神様の慈悲が訪れん事を”」で終了じゃ、お貴族様方怒っちゃいますもんね。
さっきの祝詞だってちょっとグレードアップしてたし?そこに光の演出があればお貴族様もニッコリ?
パトリシアお嬢様に聞いた話だと、身体がぽかぽかと温かくなって何か心が落ち着いたって言ってたし、光属性系の癒し効果でもあるのかもしれませんしね。
俺がそんなことをつらつらと考えながら儀式の進行を見守っていると、突然フッと姿を消すエミリーお嬢様。
・・・はぁ!?
えっ、何?何が起きたの?って言うか目の前で人が消えたのになんで誰も騒がないの?
メルビン司祭様なんてモロ真ん前よ?気付かない訳ない位置よ?
俺は突然の怪奇現象におろおろするも、この事態を伝えようとホーンラビット伯爵閣下に声を掛けます。
「ホーンラビット伯爵閣下、落ち着いてください、エミリーお嬢様の事は必ずやこのケビンが・・・」
エミリーお嬢様の方を向き、優し気な視線のまま固まるホーンラビット伯爵閣下。トーマスおじさんにいたっては涙を浮かべたまま固まっておられます。
・・・俺、こんな現象を知ってます。
俺は長椅子の席を立つと、女神様像の前に進み、膝を突き祈りを捧げるのでした。
「ちわっす、ケビンです。あなた様、お忙しいところすみません。ちょっとよく分からない状況に陥ってまして、そちらで確認していただけると助かるんですが」
待つこと暫し、女神様が<自己領域>空間にご用意くださった南海の海の幸に思いを馳せていると、あなた様からのお返事がやってまいりました。
“何よケビン、こっちはそれどころじゃないのよ。突然地上人が現れるわ、ステータスを調べたら聖女だわで大騒ぎなのよ。
今その原因究明で各部署が立て込んでるから切るわね”
「えっ、ちょっと待ってくださいよ。こっちもいつかあなた様にやられたみたいな時間の狭間に落とされちゃってマジ大変なんですから。
授けの儀を受けていたエミリーちゃんは忽然と姿を消すし、周囲の人たちは時間停止されたみたいに固まっちゃうしって、俺こんな状態で歳取って死ぬなんて嫌ですから。
こうなったら黒鴉と合体してこの時間停止空間を崩壊させて・・・」
“だ~、余計な仕事を増やそうとするな~!!そんなことされたらその修復にどれだけの歳月が掛かると思って・・・ちょっと待って、ケビン、あなた今なんて言ったの”
「へ?黒鴉と合体してこの時間停止空間を」
“そこじゃなくてその前、いや、空間破壊宣言も問題なんだけど、その前に授けの儀がどうのとか忽然と姿を消すとか言ってなかった?
って言うか今あなたどこにいるのよ?”
「あっ、俺ですか?領都グルセリアの教会大聖堂ですね。領主のホーンラビット伯爵閣下のお嬢様のエミリー嬢が授けの儀をうけるっていうんで、その護衛に。
女神様像の前で司祭様が祝詞を上げているところを、最前列の長椅子に座ってみていたところですね」
“教会の大聖堂、女神様像、授けの儀、司祭の祝詞、聖女・・・。
**#@様、原因が分かりました!特異点です、前回の事故と同様です。私、ちょっと確認の為に現地に行ってきます”
神託越しにそう告げられ、突然繋がりの切れるあなた様。
えっ、これで終わり?俺どうなっちゃうの?
俺がそんな不安に
“バサッ”
大きく広げられた純白の翼、厳しくも優しげな瞳で人々を見守る天上界の守護天使、煌めく髪を靡かせた絶世の美女の降臨に、矮小なる地上人は膝を突き、“お願い、助けてください”と只管に祈りを捧げ、
“あぁ、そう言うのいいから。まずは状況から確認させてちょうだい”
天界の出来るOL(総合職)あなた様、お仕事モードの時は効率優先なんですね、了解です。
俺はこれまでの状況と経緯について、あなた様の質問に答えながらできるだけ細かく丁寧に語って行くのでした。
“はぁ~、一度ある事は二度あるって言うけど、本当にそうなのね。今回は完全な事故、システム上の問題というよりむしろシステムが正常に作動した結果といったところかしら”
そう言い疲れた表情で肩を竦められるあなた様。
“ケビンには以前“神託の聖女”というものについて説明したわよね、覚えているかしら?”
「はい、なんでも天界からのご指名で、女神様と直接お話の出来るお立場の方々だとか。前回俺は偶然にもその神託の聖女様と同じ条件を揃えてしまった為に、あなた様の所に呼ばれたんでしたよね。
その後システムに修正が入って同様の不具合が起きないようにしたとお聞きしましたけど」
俺の言葉に“そうなんだけどね”と肩を竦めるあなた様。
“神託の聖女が天界に呼ばれて女神様と直接お話をされる。
地上世界の様子を知る為や、女神様のお言葉を広く世界に伝える為といった目的で行われる事なんだけど、神託の聖女には幾つかの条件があるのよ。
・聖女や神官といった聖職と呼ばれる職業を授かっている事。
・神の加護を受けている事。
・教会の女神様像の前で神託を受ける事。
・神具を持ち合わせる事。
ケビンの場合様々な偶然からこれらの条件を揃えてしまった。
では今回はどうかといえば、あなたの護衛対象であるエミリーちゃん、聖女候補者だったみたいでこの授けの儀を以ってめでたく聖女の職を授かったのよ”
「えっ、そうなんですか?光属性の魔法適性があったんで魔法使いか魔導士にはなると思っていたんですけど、まさかの聖女ですか~。
だから<祈り>なんて癒し系のスキルを持っていたんですね、納得です」
“そう、聖女なのよ、聖女なのになぜか<加護:拳神>を持ってるのよ。どこで気に入られたんだかって話よね。
普通聖女が加護を授かる場合、聖女としての献身的な働きにより癒しの神や博愛の神だったりから授かったりするんだけど、職業を授かったばかりなのに加護を持っているって結構異例なのよ?
それとスキルね、どう見ても武術系の職業持ちのそれなのよね。
勇者と聖女の職業を授かる者は特別でね、勇者候補、聖女候補という扱いで最初からある程度決定してるのよ。
その特徴は職業を授かる前であってもその行動により新しいスキルに目覚める事が出来るというもの。候補者たちの行動はシステムにより常に監視され、一定の条件を下回った場合候補者から削除されるのよ。
例えば自らのスキルを使い他者を害するような行動を繰り返すような者ね。これはスキルに限らず生活全般からも判断されるわ、それだけ勇者や聖女の存在が希少で世界に大きな影響力を持っているという事ね。
ケビンの場合は未修得という形で多くのスキルを持っていたけど、エミリーちゃんは習得済みという形でスキルを所持していた訳。あれほど多くのスキルを有しながら問題らしい問題を起こさなかったことの方が驚きよ。
それで授けの儀、これは天界と繋がる儀式でもあるわ、職業付与の申請でもある訳だしね。
で、最後の神具を持ち合わせるって事なんだけどね~”
あなた様はそこまで語ると言葉を止め、チョンチョンとご自分の右腕を指差されました。
・・・あぁ、なるほど。そういえばありましたね、神具。
まさに三年前の焼き回し、エミリーちゃん、偶然にも神託の聖女様と同じ条件を揃えられてしまっていたようでございます。
俺は自身の右腕に嵌められた闇属性魔力回収装置、あなた様より授かった神具“魔力の腕輪”を摩りながら、乾いた笑いを浮かべるのでした。
本日一話目です。