「エミリーちゃん、お帰りなさい。無事に“鑑定の儀式”も終わったようだね」
「はい、ドレイクお義父様。こちらが鑑定士様から頂いた<詳細人物鑑定>の鑑定書と各ギルド提出用の鑑定書になります。
鑑定士様からは“大変すばらしい職業ですね”とお褒めの言葉をいただきました」(ニコッ)
“鑑定の儀式”から戻ったエミリーちゃんは、お義父様であるドレイク・ホーンラビット伯爵閣下に鑑定用紙の入った封筒を手渡すと、綻ぶ花の様に微笑まれました。
・・・ホーンラビット伯爵様、この後どうするんだろうな~。
今は娘の成長を喜ぶお父さんって顔をなさってるけど、その鑑定書、結構な爆弾なんだよな~。
しかも今回は更にもう一枚爆弾が。この後ジェイク君が“鑑定の儀式”を終えて戻って来るんですよね~。そうなったらホーンラビット伯爵閣下だけじゃなくてトーマスさんも壊れちゃうって言うね。
よし、ここは先手を打っておくか。
「ホーンラビット伯爵閣下、エミリーお嬢様、“授けの儀”並びに“鑑定の儀式”が無事終了いたしましたこと、誠におめでとうございます。
この後はグロリア辺境伯家居城への登城予定が組まれております。
そこで提案なのですが、そちらの鑑定書はグロリア辺境伯閣下にお会いするまで開かないというのはいかがでしょうか?
女神様から職業やスキルを授かる“授けの儀”は人生の転機と言っても差し支えの無いほど大きなものです。
それが例えどの様な結果であろうとも一喜一憂してしまうのが人の常というもの。その様な落ち着きのない心持でグロリア辺境伯様にお会いする事は、失礼にあたるのではないかと愚考した次第。
であるのならばここは敢えて結果を知らない状態でお会いし、城においてともに情報を共有することにすれば、我がホーンラビット伯爵家のグロリア辺境伯閣下に対する誠意の証ともなるのではないでしょうか?」
俺の言葉に暫し考えを巡らせるホーンラビット伯爵閣下。俺からの提案のメリットとデメリットを計算なさっておられるのだろう。
「話は分かりました。確かにケビン君の言う様にエミリーちゃんの職業やスキルの事を知ってしまえば静かな心持でいることは難しいでしょう。
一般でも鑑定書は家に帰ってから家族だけで確認するのが通例、本来であれば“小鳥の巣箱亭”に戻ってから確認したいところですが、面会の予定時刻の関係上そうはいかないでしょう。
であれば先程の提案のようにグロリア辺境伯閣下の下で確認するのも一興、どのみちお見せしなければならない事ではありますしね」
そう言い肩を竦められるホーンラビット伯爵閣下。エミリーちゃんは少しつまらなそうな表情になっていますが、そういった大人の事情には口を挟まない方針の様です。
エミリーちゃん、こう見えて確りしてるからな~。マルセル村の女衆とパトリシアお嬢様の薫陶が効いている様です。
授けの儀が終わればエミリーちゃんも立派な淑女、今日からはちゃんとエミリーお嬢様とお呼びしなければなりませんね。
そんなこんなでエミリーお嬢様にこの後の予定と領都の観光スポットについてお話しされるホーンラビット伯爵閣下。エミリーお嬢様もやはり女の子、街のお買い物には興味津々といったご様子でございます。
お買い物って言えば庶民の味方ユニック商会ってどうなったんだろう?あそこって製品をバルカン帝国からの輸入で賄ってたからな~、ダイソン公国とオーランド王国が戦争を始めちゃったから製品輸送路が確保出来なかったんじゃ。
なんと言ってもバルカン帝国諜報組織の最前線だし、帝国が手を引けば下部組織も撤退するから撤退するのが筋?逆にそのまま開いてれば根性があるというかオーランド王国が間抜けと言うか。
“影”もユニック商会の情報は掴んでるんだろうから、流石に王家としても動かないと駄目でしょう、マジで。
「あっ、ジェイク君お帰りなさい」
「あぁ、ただいまエミリー。ホーンラビット伯爵閣下、騎士ジェイク、無事“鑑定の儀式”を終える事が出来ました。
本日は私に授けの儀を受けさせていただき、ありがとうございました」
“鑑定の儀式”から戻るやホーンラビット伯爵閣下にちゃんと報告とお礼を述べる事の出来たジェイク君、花丸です。
こうした礼節は本当に大事、これから王都の中央学園に行くジェイク君は特にその事に注意しないといけません。
マルセル村に帰ったらパトリシアお嬢様のマナー教室が待ってるぞ、頑張れ、転生勇者様!!
でもラノベとかの転生勇者様って前世知識を活かしてその辺無難にこなすか、やたら不遜に振る舞ってるかのどっちかって印象だったけど、ジェイク君ってばそのどちらでもないんだよな~。
良くも悪くも普通?一般的なこの世界の子供って感じ。
いや、その時点でもうおかしいのか。特別な力が与えられ尚且つその事を自覚していながら普通の少年でいられる、中々出来る事じゃない。
これも全て大福先生とボビー師匠の薫陶の賜物だね、良き師に恵まれた事に感謝って奴だね。
称号に<理不尽の弟子>ってあった?何の事かな?
我が村の英雄様方は全てボビー師匠のお弟子さん、これは事実。つまり称号の“理不尽”とは世間的にはボビー師匠って事になると。
やっぱり英雄を育てる指導は並大抵じゃなかったんだろうなと周りが勝手に判断して下さると、何と素晴らしい。マルセル村の剣術指南役“剣鬼ボビー”、その名声がますます高まりますな~。
ジェイク君は鑑定士様から渡された鑑定用紙を父親であるトーマスさんに渡し、トーマスさんはそれをホーンラビット伯爵閣下に差し出します。
これ、一見何面倒な事をやってるのって思われるかもしれないけど、凄い重要な手順だったりします。
“権力者や教会が人々の職業を私利私欲に使ってはならない”
その昔教会勢力や多くの国が有用な<職業>や<スキル>を持った者たちを権力や発言力を使い自分たちの奴隷の様に使おうとした時代がありました。
<職業>や<スキル>は人々を魔物の脅威から守るために女神様がお与えになった慈悲でありシステム。そのシステムを悪用しようとした人族に対する報復は苛烈であったとか、その報復により複数の国や教会組織が滅ぼされたんだそうです。
以来人族は<職業>や<スキル>の有無により人を権力で縛ることを自ら禁じたのだとか。天使様軍団の容赦ない天罰が余程恐ろしかったのでしょう。
先程の行為はそうした考えによるもの、権力者であるホーンラビット伯爵がジェイク君から直接鑑定書を受け取る事は権力者による搾取と受け取られかねません。
そこで一度父親であるトーマスさんを介し、トーマスさんから受け取る事で権力によって強引に奪ってはいませんよと女神様に示されたわけです。
要は周囲に対するアピール、ある種の慣習ですね。
「メルビン司祭様、本日は貴重なお時間を本当にありがとうございました。娘エミリー、騎士ジェイク共々、女神様の御見守りを受けより良い人生を歩む事が出来るでしょう。
我がホーンラビット伯爵家は、教会の益々の発展と、多くの人々が女神様の教えと共に在らん事をお祈りしております」
ホーンラビット伯爵閣下が、メルビン司祭様に感謝の言葉を述べられます。それと同時にトーマスさんがシスター様に豪華な布地に包まれた革袋を寄進します。中身は所謂“お気持ち”、伯爵家ですからね、結構な額を包んでいる事は間違いございません。
あっ、お受け取りになっておられるのはシスターアマンダではないですか。行商人ギース氏とのご結婚おめでとうございます。
俺は皆様の列をそっと外れ、近くにいたシスター様にシスターアマンダに渡して欲しいとジャイアントフォレストビーの蜂蜜の入った小壺を預け、結婚の祝いの言葉を
それとは別に教会のシスター様方用にキラービー蜂蜜の入った小壺も進呈、余計な軋轢を生むような愚は犯しませんともさ。
「皆様方に女神様の祝福がございます様に」
教会関係者揃ってのお見送り、やはり喜捨は大切って事ですね、ありがたやありがたや。
ホーンラビット伯爵閣下とエミリーお嬢様、それと騎士ジェイクは馬車の中に。トーマスさんと俺は御者台に乗ってグロリア辺境伯閣下の元へと向かいます。
街の石畳の道をカタカタ音を立てて進む馬車の御者台、トーマスさんはジェイク君の職業がどんなものだったのか気になって仕方がないといった様子。
まぁそりゃそうですわね、大切な長男の“授けの儀”ですもんね、気にならないという方が変でしょう。我が家のオーガ、父ヘンリーですら一応気にはしてくれましたから。
・・・ごめん、嘘ついた。“授けの儀”を終えて帰村した日は、母メアリーにタコ殴りにされてぼろ雑巾のようになっておりました。
父ヘンリーはずっと母メアリーの側に寄り添っていて、こっちの事は放置でございました。
職業について聞かれたのって、翌日ドレイク村長が両親に事情説明した後だったわ。(涙)
ジェイク君、君はご両親からとっても愛されているんだよ?この幸せを大切にね。
「次、ご身分とお名前をお聞かせ願いたい」
「私はホーンラビット伯爵家騎士、ケビン・ワイルドウッド男爵。隣は同じく騎士トーマス。
ホーンラビット伯爵閣下の御息女エミリー・ホーンラビット嬢授けの儀に伴い、グロリア辺境伯閣下にご挨拶に参った」
「面会のご予定は聞き及んでおります。どうぞお通り下さい」
“ガタゴトガタゴト”
グロリア辺境伯家居城正門では、前日に先触れを出しておいたお陰でスムーズに入城。隣でトーマスさんが若干緊張なさっていますが、こう言ったものは慣れですから、頑張ってください。
まぁそうは言ってもトーマスさんって普通の銀級冒険者だったみたいだし、お城に行ったのってこの前のダイソン公国城が初めてだったって言ってたしな。
大丈夫です、“小鳥の巣箱亭”とそれほど変わりませんから。
俺なんかモルガン商会から一人きりで拉致られたんすよ?それに比べたら余裕余裕。
俺が御者台の隣でトーマスさんを和ませようと声を掛けますが、何故かキッと睨まれて「ケビンと一緒にするな!」と言われてしまいました。解せん。
「ホーンラビット伯爵閣下、ようこそおいで下さいました。
御息女エミリー様の授けの儀、誠におめでとうございます」
出迎えて下さった執事様に祝いの言葉をいただき城内を案内されるホーンラビット伯爵家一行。
向かった先は何時か訪れた事のある来賓の間でございました。
「ホーンラビット伯爵殿、本日は御息女エミリー嬢の授けの儀、おめでとう。それと王都での陞爵式は大変であっただろう。
話は王都からの連絡で聞いている、王家との取引も無事に締結したとか。
まぁその過程に関しては腹を抱えて笑ったが、ホーンラビット伯爵殿の立場からしたら堪ったものではなかったであろう。
騎士ケビン・ワイルドウッド男爵、この様な劇薬を配下に持つ心中、察しようというもの。
いずれにしても本日は目出度い祝い、別室に祝いの席も用意してある。
共に美酒を酌み交わそうではないか」
そう仰りホーンラビット伯爵閣下とエミリーお嬢様に着座を勧めるタスマニア・フォン・グロリア辺境伯閣下。
タスマニア閣下、以前のような意識高い系起業家みたいな雰囲気は鳴りを潜め、懐の広い大貴族の風格を纏われております。
やはり父親であるマケドニアル卿がダイソン公国に旅立たれた事で、名実ともにグロリア辺境伯家を背負って立つといったお立場になり、色々心境に変化があったのでしょう。
「これはタスマニア・フォン・グロリア辺境伯閣下、我が娘の為にお心遣いをいただき感謝の念に堪えません。
また王都グロリア辺境伯家屋敷に
着座の前に礼の言葉を述べ頭を下げられるホーンラビット伯爵閣下、それに合わせカーテシーを決めるエミリー嬢と礼をする俺たち。
こうした貴族の礼節が円満かつ円滑な貴族のお付き合いを生むんですね。
・・・村に帰って畑を耕していたい。
「早速ではございますが娘エミリーと騎士ジェイクの鑑定結果をご報告いたします。実は私もまだ結果については知らないのですよ。
これは騎士ケビンの提案だったのですが、へたに結果を知ってその事で心乱れたままグロリア辺境伯閣下にお会いするのはいかがなものかと進言されまして。
確かにその通りだと思い今に至るという訳なのです」
「ほほう、では我々は共に結果を知らぬまま鑑定書を見る事が出来るという訳ですかな?
これは中々に愉快な趣向、騎士ケビン、其の方の進言、このタスマニアからも礼を申そう」
「ハハッ、ありがたきお言葉。このケビン、心よりの感謝を」
ウッ、不意にパスが来る。油断も隙もありませんな。
「では早速拝見させていただこう」
“パラッ”
開かれた二枚の鑑定書。
無言になる二人の偉い人。
トーマスさんは既に一杯一杯で直立不動です。多分今話し掛けても耳に入らないんだろうな~。鑑定結果は“小鳥の巣箱亭”に帰ってから教えてあげよう。
聖女と勇者、その影響力は絶大。そんな二大職業の持ち主を輩出する事となったホーンラビット伯爵家。
ドレイク・ホーンラビット伯爵閣下の平穏は、まだまだ先の様でございます。
本日二話目です。
いってらしゃい。
by@aozora